ステージおきたま

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コントとランとご飯パンにうつつを抜かす老いの輝き

『キネマの天地』下積みの叫びに涙する!

2011-10-10 22:36:08 | 劇評

 おおーっ!入ってるじゃない!開場時間前だってのに駐車場は8割方埋まっている。ちょっとと意外!そんなに入る芝居じゃないって踏んでいた。だから、折り込みをお願いしたチラシも、まっ、500もあればいいんじやない、って軽く見積もっていた。ところがホールに入ってみるとほぼ満席。遠く仙台や秋田からの懐かしい顔も随所に見られた。 

 この作品、井上さんのお芝居としては珍しく政治や社会への批判が影を潜めている。しかも中心になるのは庶民とはほど遠い映画スターの4人の女優。推理劇仕立てで、娯楽作品とくると、コアな井上ファンには物足りない作品じゃないかなって思っていたんだ。

 で、実は僕はその点がとても気に入っていて、この芝居なんとか菜の花座でできないかって考えたことも再三あった。今から思えば野望なんたけど、結局年代の異なる4人のスター女優を演じられる役者が見あたらず実現しなかった。

 さて、舞台だ。こまつ座の装置(石井強司)、心憎いよねぇ、いつも。ほんと丁寧に作られている。今回は有名劇場の裸舞台という設定なのだが、奥のコンクリート打ちっ放しの壁面が実にそれらしい。バラシの時に確認したら、断熱用のウレタンフォームに彩色したもので作ってあった。そこにはキャットウォーク?って言うのかな?2間半ほどの高さに通路も造られていて、一幕から二幕への転換のシーンで見事にミステリアスな成果を上げていた。

 さらに効果的だったのが、中央奥の鉄扉。これは本当に鉄製で開け閉めの際のノイズが効果音でなく、実際に生ずる音で賄われていた。だいたい舞台の中央奥にこんな出入り口があるなんてあり得ない設定なんだけど、これがほとほと感心!見事に演出に活用されていた。オープニングのスター一人一人の登場シーン。クライマックスの犯人逮捕シーン。そしてスターたちの退場。そうなんだ、スターは中央から現れ、中央から去っていかなくちゃ!

 道具類も気配りが効いてたなぁ。無くたって差し支えないよなぁ、って思うようなものまで几帳面に設えられていて、そんな道具たちを追うだけでも楽しくなってしまう。バラシの際に、えっ、こんなもん出てたんだっけ?ってものたちをかなり運んだ。いつも、すけすけの舞台作ってる身としては、こういうとことんの作り込み、肝に命じなくちゃね。

 役者の素晴らしさも言うまでもないけど、やっぱり何と言っても井上さんの本の見事さだろな。スター同士のさや当て、いやぁ、おっかないねぇ、女同士の闘争心。後輩女優をいじめ抜くエピソードの奔放なこと。アテレコシーンで新人のせりふに皮肉と嫌みで応じる先輩スターとか、生きたドジョウ入りの太巻きとか、他社からの引き抜きを邪魔する話しとか、いやぁ、ありそうだ、あったら怖いよなぁって話しが次々と積み重ねられていく。そして、見事などんでん返し、それも2回もひっくり返させる爽快さ。こういう知的な遊びが僕は何より好きなんだ。

 でも、一番は、大部屋の下積み男優が、舞台への熱い思いを込めて往年の名作の主人公の名を叫ぶシーンだ。泣いた。久しぶりに芝居見て泣いた。きっと多くの観客が思いを同じくしたことだろう。我々はみんな下積みだ。こうありたい!との願いを心に秘めつつ結局は叶わぬ夢をそっと置き去りにして生きていく。そんな人間の張り裂ける心の内がずんずんと迫ってきた。映画への愛情、舞台への情熱、いつの日か!との思いもむなしく消え去っていった人々、消え去りつつある人々。庶民なんだよなぁ、井上さんが深く思い入れしているのは、やっぱり。

 そして、極めつけが、やはり演出(栗山民也)なんだな。何気なく読み飛ばしていたせりふの端々に、時には笑いを見いだし、時には観客をねじ伏せる緊張感を見つけ出す。そして、せりふの持ち味を100%いや、その2倍も3倍も大きくふくらませる。おそらく、井上さんが書いた以上の意味づけがなされていたんじゃないだろうか。そんな馬鹿ななんて思わないでほしい。作者が書いたものがもっともっと深く広く演出家によって捉えられ、提示されていくことはよくあることなんだ。

 とりわけ最後のシーンだろう。下積み役者の叫びを三度もやった。台本では2回なのに。演出の意図は明白だ。でも、普通、そこまでやるか!?て、言うより、三度もやたら茶番だろう。そこを観客の拍手喝采のシーンに仕上げてしまっていた。お見事!演出によって台本が数倍も輝く、これぞ演出ってことなんだろう。

 久しぶりにスタンディングオベーション!スタンディングてのは、なかなか勇気のいることで、立つかどうかためらいが先に立つものだけど、今日の舞台は惑うことなく、立っていた。涙を流しながら立っていた。拍手していた。

 僕もそんな下積みの一人だ。常に、いつか主役を!いつか名作を!いつか名声を!と熱い気持ちを抱えつつ、生身の自分のしょぼさにうんざりする下積みだ。ままならぬ今に諦めが先に立つ脇役だ。

 でも、そのいつか!を忘れてはならない!そういう熱き思いに支えられてスターも存在する。ひたむきに夢を追い続ける庶民がいて舞台が成り立つ。そんなメッセージが、井上さんからも栗山さんからも届いたステージだった。

 お客さんもたくさん入って、舞台も素晴らしい出来で、熱気が充溢したフレンドリープラザ、いつだってこういう熱気溢れる場にしていかなくちゃね。最近渋りがちだった館長の阿部さんの表情も自信にあふれた満足顔だった。

 

コメント
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