自然治癒力セラピー協会=Spontaneous Healing Therapy Japan

自然治癒力を発揮させるために、心と体の関係を考えます。

お盆休み

2024年07月12日 | 協会ホームページ
今年は、両親の7回忌 11回忌にあたり、
お盆休みをいただきますので、
ブログは、少しの間、お休みさせていただきます。
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池見博士の医療に生かされた ”悟り” 

2024年07月10日 | 自然治癒力・生命力・発揮する考え方


自然治癒力協会の方針との接点(3)
******************************

前置き)
池見博士は、私の知る限り、最も尊敬する医師である。
自分の最期は、(一般的な西洋医術では自分は納得できないし)、
(解剖に回されたり警察に引き渡されたりする手間がない
ように)(さらに、家族への説得のために)心身医療に
特化した池見博士のような医師にご協力いただいて、
自宅で静かに息をひきとれたら理想的だ思っている。

心療内科を日本で設立された博士は、すでに天国
へ旅立たれた。

心療内科は、その後、各病院で増設されていったようだ。

創立者の池見博士のような、極めて、スピリチュアル的
(あえて、この言葉を使うが)で、心理学的な奥深さと
医科的専門知識を兼ね備えた、達人を、私は知らない。

***************

前書きにも書いてあるように、心療内科の創始者である
池見酉次郎博士のご持論の中に、とてもスピリチュアル的
要素を感じる。

その大きな理由は、今日のタイトルにあるように、博士
ご自身が東洋的”悟り”の境地に達せられていたからだと
思う。

以下のように、博士は、自著(*1)に”悟り” について
書いている:

” ’悟る’とは、自分と自分が住む世界の実体に、目覚める
ことである。
これをわたしどもは、医学心理学の立場から’意識の拡大’
と呼んでいる。”

では、意識はどの位、拡大されると、悟りの境地に
なるのか?

博士は続ける;

”人間が自らを知ろうとするためには、その生みの親
である、自然(地球と宇宙)を知らねばならない”

つまり、意識を、地球と宇宙に考まで広げるということだ。

そして、私たちの、”実体”が何か?と知る事。

宇宙に意識を拡大すると、”実体”を統一している、
一定の法則が存在していて、それに則って
宇宙の運行がなされていることがわかる。

この宇宙の法則と同じものが、人の身体を司って
いるということを理解できたとき、”実体”が
わかるのだろう。

池見博士の診療の根底にある、深い意識でもある;

”自然(地球と宇宙)の中に内在する法則性(隠された
秩序)を探し求め、自然と人間の融和を、はからねば
ならぬことについても述べてきた。

これこそが、自然科学の本来の使命でもあるはずである。

しかも、われわれを取り巻く、自然の中にあり、同時に
我々の中にもある法則性は、それが科学的な方法によって、
数式化されると否とにかかわりなく、それに先立って、
すでにあるものであり、生きて働いている実在なので
ある。”(34頁)

この意見を読むと、私たちの、”すでにあるもの”が、
法則性をもって、私たちの身体機能をも、司って
いることがわかる。

つまり、この”法則”によって、私たちは、”自ら意識
するとしないとに関係なく、生かされている”のである。

池見博士は、この生命の法則を 医学的に特化して使える
達人であったから、これまでの、”心療内科”という領域
にそれを生かすことができたのだろう。

池見博士は

”人間の内なる自然が持つ、統合的な営みを忘れがちな
現代医学の弊害
を、避けるためには、この身体に流れる自然法則を、
理解しなければならないという。

’統合的な身体の営みに重きを置かない現代の医療体制”は、
病院で、個々の“~科”で、専門の器官の検査が主流となり、
専門医の間を、次々とたらいまわしにされるのが常だろう。

そうこうして、各部門で、その診断名をもらっても、
それらを総合的に責任をもって、診断できる医師が、
少ない。

池見博士は、こうした状況に対して、シンプルにこう
言い切っている;

”多くの、いわゆる現代病の病根が、現代の生活の
ひずみにあることを考えれば、個々の器官や症状のみを
対象とする、現代医学のありかたでは、真の病根には
ふれることなく、症状とのいたちごっこを繰り返す

まず、真の病根 を突き止めなければ、対症療法に
すぎない。

では、’真の病根を突き止める’ためには、何が必要か?

”人間の身体が小宇宙であり、大自然の一部である
ことを、謙虚に認めるであろう。

宇宙の営みを円滑に行っている自然法則は、人の身体にも
適応されている。
それを、乱すから病根が芽生えるのだ。

元は、人間としての存在のありかた(心理、感情、行動、
想いなど)の歪(ひずみ)にほかならないと、博士は、言う。

”自然(宇宙)と、自然の中のあらゆる存在者、人間社会
とすべての個人をあらしめ、個を貫いて全体に及ぶ生きた
秩序への気づきを深め、それを踏まえて、自己実現、
ないし、セルフ・コントロールを促す′道’”

それが、真の病の病根を絶する一つの方法である、と
博士は、考えた。

このセルフ・コントロールの医学を、”人間回復の医学
または、”心身一如の医学”と呼んで、心療内科の本髄と
なしたのである。

心身一如の理念、は、自然治癒力セラピー協会の
自然治癒力を発揮させるために、最も、大きな軸で
あるわけで、池見博士とは、その活用方法こそ、
異なるが、接点を同じくするものと、思う。



参考)
”セルフ・コントロールの医学” 池見酉次郎s・57年9月1日 日本放送出版協会
”ストレス健康法” S.50 池見酉次郎 ㈱潮文社
”セルフコントロールー交流分析の実際” 池見酉次郎 杉田峰康 2007年創元社
”続心療内科” 池見酉次郎 1973年 中央公論社
”心療内科” 池見酉次郎 1963年 中央公論社





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”カエルは脳梗塞にならない” の意味

2024年07月07日 | 自然治癒力・生命力・発揮する考え方
池見博士と自然治癒力セラピー協会との接点(3)  2024年7月7日
******************************************


前置き)

池見博士は、私の知る限り、最も尊敬する医師である。
自分の最期は、(一般的な西洋医術では自分は納得できないし)、
(解剖に回されたり警察に引き渡されたりする手間がない
ように)(さらに、家族への説得のために)心身医療に
特化した池見博士のような医師にご協力いただいて、
自宅で静かに息をひきとれたら理想的だ思っている。

心療内科を日本で設立された博士は、すでに天国
へ旅立たれた。

心療内科は、その後、各病院で増設されていったようだ。

創立者の池見博士のような、極めて、スピリチュアル的
(あえて、この言葉を使うが)で、心理学的な奥深さと
医科的専門知識を兼ね備えた、達人を、私は知らない。

***************

自然治癒力とは、何か?

それは、前回でもみたように、本能的に生まれながらに
生物に備わっている身体を健全に機能させる働きをいう。

自律神経やホルモンバランスなどの精妙な仕組みによって
常に一定の安定した働きの状態に身体は保たれている。

が、池見博士は、人間の自然治癒力とは、動物
たちと比較すると はるかに見劣りしている背景を考えた。

引用する:

"両棲類や、爬虫類では脳機能の修復は日常茶飯事であり、
人間のように、脳卒中をおこして半身不随になった
カエルなど見たことが無い。”

では、なぜ、爬虫類は脳卒中を起こさず、人は、起こし
半身不随になるのか?

それは、人の心の仕様が原因だと、博士はいう。

人の持つ、三つの心の仕様。
Cの心(本能的で、子供のような純粋性のある心は、生きる
ための様々な欲求と、身体を一定に保つホメオスタシスを
支配している)が、成長にともない、Aの心大人の心)
に阻害されていく。

文学者の中野好夫氏は、その有様を次のように言う。

”獣、いや、動物のほうが、はるかに、美しい調和の中で
生きているのではないだろうか。

およそ、世に人類ほど、邪悪で、残忍で、貪欲で、しかも
醜ろうな生物は、かつて、存在もしなかったし、また
将来も断じて存在しえまいとさえ思える”

"邪悪で、残忍で、貪欲で・・・の生物”と言わせしめた
心は、Cの心でも、Pの心(親的な愛情をもち、道徳的心)
でもなく、A(大人の心)である。

その果てしない権力欲望を持つ ”エゴ”意識は、人の負の
感情や欲望を創り出す。
(注:PACのそれぞれの心に関しては、6月30日の記事を
参照してください)

さて、カエルは脳梗塞にならない‥のお話に、戻すと・・
ヤモリが足をもぎ取られても、また、生え直す再生能力を
持っているのは、他の生物でも普通に見られること。

この、自然の心で生きている彼らの、驚異的な自然治癒力!

彼らと比べて、人間の、そうした エゴ的な感情や心が
本来の”自然の心”をもつ私たちの、Cの心への圧迫とともに、
自然治癒力を抑えているようだ。

それでも、大方の病は、自然治癒力の発動で、未病のまま、
症状になる前に、抑えられている。

しかし、これまでの、医学界では、自然治癒力の働きや機能
について、心身との関係性で考えてこられなかった。

そんな従来の医学的背景について、池見博士は ”人間不在の医学” 
と呼んでいる。

池見博士は、次のように、”人間不在の医学”について述べている;

”量子物理学のような、科学の先端をゆく領域に属さない
一般の医師の中には、19世紀の科学観を抜けきっていない
人たちが多い。
・・・
人間を生かしている全体的秩序が見失われていたことに、
20世紀末になってようやく気付き始めているのが現状と
いえよう。・・・

古代の医学は、人間を心身一如の存在としてとらえ、
全人的な立場からの治療を行うものだった。

すなわち、病気を特定の器官の病態としてだけ、とらえる
のではなく、人間としての存在の在り方のひずみに起因
するものとして、取り扱っていたようである。”

この池見博士の意見は、博士の診療の特性を端的に示している。

とくに、最後のライン、病が、
人間としての存在の在り方のひずみに 起因するものとして”、
取り扱うことを忘れた現代の医学。

その欠けている”全体性”を補うために、独自の路線で、
心療内科がたちあげられた。

心療内科治療の提唱する、”人間を心身一如の存在”とみなし
病気を特定の器官の病態としてだけ”に取り扱わない、
池見博士真髄がここにある

それは、自然治癒力セラピー協会の 自己セラピーの基盤的
考えと一致する。

”心身一如” の理念、は、博士流に、セルフコントロールという
手法につながっていった。
上に述べた、PACの心の統合である。

自然治癒力セラピー協会では、”心身一如”の理念は、実際の
セラピー(自己セラピー)に生かされる。

つまり、心(想い)が身体(の状態)造るのだから、
心(想い)を、宇宙意思の完全性に波動をあわせれば良い。

”宇宙意思”に即した、人の本来もつ、”自然の心波”に整えれば、
人の細胞は、病態にはなりえないし、病態は、自然体(健康体)
にまた戻る。

宇宙意思とは、絵に描いた餅ではない。

私たちは、宇宙の元素で造られたこの肉体分子を持つ以上、
その宇宙の’物を創成し生かす’心に、満ちている。

それは言い換えれば、”祝福され” ”愛されている存在”(
もちろん、宇宙意思によって)であるということだ。

このことを 片時も、忘れないことが、健康維持と促進に
かかせないと思う。


続く

参考)
”セルフ・コントロールの医学” 池見酉次郎s・57年9月1日 日本放送出版協会
”ストレス健康法” S.50 池見酉次郎 ㈱潮文社
”セルフコントロールー交流分析の実際” 池見酉次郎 杉田峰康 2007年創元社
”続心療内科” 池見酉次郎 1973年 中央公論社
”心療内科” 池見酉次郎 1963年 中央公論社




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ホメオスタシス(自然治癒力)と愛情の関係

2024年07月03日 | 自然治癒力・生命力・発揮する考え方

 池見博士と自然治癒力との接点(2)2024年7月3日
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6月30日から数回にわたり、池見博士の診療の指針と
自然治癒力セラピーの健康へのアプローチとの、
接点を考えている

前置き)
池見博士は、私の知る限り、最も尊敬する医師である。

自分の最期は、(一般的な西洋医術では自分は納得できないし)、
(解剖に回されたり警察に引き渡されたりする手間がない
ように)(さらに、家族への説得のために)心身医療に
特化した池見博士のような医師にご協力いただいて、
自宅で静かに息をひきとれたら理想的だ思っている。

心療内科を日本で設立された博士は、すでに天国
へ旅立たれた。

心療内科は、その後、各病院で増設されていったようだ。

創立者の池見博士のような、極めて、スピリチュアル的
(あえて、この言葉を使うが)で、心理学的な奥深さと
医科的専門知識を兼ね備えた、達人を、私は知らない。

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前回【6/30】、乳幼児期に、親との触れ合い体験が
少なく育った子供たちが成長したとき、成長したとき、
神経症や、うつ病になるケースが多々あると書いた。

それを検証する実験がサルを使って行われた:

それは、生まれてから6か月間、親から隔離されていた
子ザをを妊娠させ、子供を産ませた。

すると、親の自覚が芽生えるどころか、生まれた自分の
子供を放り投げたり、自分に近寄せまいとする傾向が
多くみられた。

そうして育てられたサルが親になったとき、子ザルを
かみ殺した母猿もでてきた。

つまり、生まれてから半年間、親から隔離された弊害が
こうした行動につながっている可能性が示されたのだ。

こうした幼少期の’触れ合い’と 成長してからの’種族保存の
反応’の間には、深い関係があると、池見博士は述べている。

“疎外され、孤独な環境で育った人間の母親たちにも、
近頃はこれと似たような、悲しむべき母親像が
みられるようである。”

いわゆる、近年の赤子虐待や、捨て子や、養育放棄をする母親
の増加をさしている

産後休暇を取った後、社会復帰する仕事を持った女性が
増えたこと、祖父母との同居世帯は減り、核家族となり、
乳幼児たちの、肉親との十分な触れ合いの減少、などが
そうした、虐待の社会的背景と関係がないとは、言えない。

なぜなら、そうして、育った幼児が 成長して、自分が親に
なったときに、子供に愛情を感じられず、虐待するという
ケースも少なくないからだ。

乳幼児の時のスキンシップの大切さ、集団の中で与えられる
刺激は、”自然治癒力”の土台になるとも、博士は言う。

博士によれば、誰にでもC”と名付けられた、子供の心があり、
その特徴は、生まれながら本能的な生命活動に関係している
という。

”C(child)子供の心~・本能的な欲求や、感情、生命活動。
二つの基本的原理、ホメオスターシス*と、’ふれあい’が特徴”

上にあるように、その特徴として、ホメオスターシスの働き’を、
博士は上げている。これが、自然治癒力の基礎となると、次
のように博士はいう。

“いわゆる、自然治癒力 ということもこのような、
ホメオスターシスの営みが基本になって発揮される。
それは、造化の妙であり、驚嘆させられる” 


言い換えれば、生まれてからの乳幼児期の’触れ合い”は、
親からの愛情表現の一つとして肌を通じて、Cの心に
キャッチされ、ホメオスタシスを強化させる。
それが、自然治癒力の大切な、発動要因となっていると
博士は言う。

ホメオスターシスとは、人体が常に一定の安定した状態を
保つための身体機能に備わった、生理的自然能力をさす。

たとえば、外的環境の変化に、体温を常に36度から37度に
保つていたり、自律神経やホルモン分泌の働きなど、
自然と、身体の様々な器官や生理機能がそれぞれの働きを
完璧にこなして、生理機能の統一が図られているのも
ホメオスタシスのおかげである。
 
Cの心は原始的なこうした能力を、司る。

自然治癒力と ホメオスタシスとは、編み込んだ糸のように
かかわりあっていて、根本的には、幼児期に人が自然に
与えられてきた、あたたかな触れ合いという”愛情表現”と、
無関係ではないということかもしれない。

それは、人は、常に、”触れ合い”という乳児期に受けた、
原始的な愛の基盤を 忘れることなく、成長の過程でも、
大人になっても、”愛情のぬくもり”は、生きるために、
不可欠だといえるだろう。

’生きるために不可欠’ということは、私たちの身体を、正常に
健全に機能させる、ホメオスタシス、もしくは、自然治癒力
という能力のために、”愛”の働きが、常に、大きな推進力の
役目を 担っていることは、確かなようだ。



続く・・・


参考)
”セルフ・コントロールの医学” 池見酉次郎s・57年9月1日 日本放送出版協会
”ストレス健康法” S.50 池見酉次郎 ㈱潮文社
”セルフコントロールー交流分析の実際” 池見酉次郎 杉田峰康 2007年創元社
”続心療内科” 池見酉次郎 1973年 中央公論社
”心療内科” 池見酉次郎 1963年 中央公論社



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