自然治癒力セラピー協会=Spontaneous Healing Therapy Japan

自然治癒力を発揮させるために、心と体の関係を考えます。

ヨガのイロハ------- ヴェーダ一元論~サイババ師のお話し(11)

2021年05月25日 | 健康と直結する”一元論”について

食事と安心                 2021年5月25日

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先回 の続きです。

 

わたしたちは無意識に、“~こうなったら、どうしよう”とか、“~が心配だ”とか 

時には、何を自分は、愁いているのかわからないまま、眉間に皺を寄せて

いる自分に気がつくときがあります。

それほど、普段、人は何かしら考えて、心配したり愁いたりしているということ

なのでしょう。

なぜ、人は心配するのが常なのでしょうか?

サイババ師は、その一番の理由は、“自分自身に対して、本当の自己信頼”

が無いからだと言います。

そういうときは、とかく、無意識に、恐怖心(上に書いた心の状態)で心が

占められている時が多いというのです。

 

今日のお話しは、そこから入って行きます。

*********************

 

“人生で、あなた方がこれから直面するかもしれない、困難と損失と

悲嘆に、勇敢に立ち向かうのに必要な4つの力があります。

それは、4つのFとも言われます。

*あなたの本当の心(主人)である良心にFollow(従う)

*困難や損失、悲嘆などのマイナス事象にFace(向き合う)

*最後までFight(闘う)

*人生ゲームを、Finish(完結する)

 

この’4つのF’を実行すれば、前向きに人生を進んでいけるのです。

ところで、英語のアルファベットの最初の3文字はABCですが、

その意味を知っていますか?

それは、‘Always Be Careful’ のABCです。

(意味は‘常に注意をしていなさい’)

この戒めはベーダのウパニシャッドの初めにも、次のように、書かれています。

‘人間は起きて、目覚めて、目的地に達するまでは止まるな’と教えています。

 

あなたがたは、どんなに長く生きようと、どんな科学的知識を獲得しようと、

どんな地位に登ろうと、いつかは、自分自身についての真実を知らねば

なりません。

それは今から始めても遅くはありません。

 

まず、常に目を見張っていることが大切です。

それは、どんな場所で、どんな状況でいつ、神の恩寵と、愛と、祝福が、

あなたに、豊かに降りそそがれるか、全く知りようがないからです。

世界で起こる事象と違い、あなたがたは霊的領域において、何が今

起こっているのか、起こりつつあるのか、また、神の計画がどんなもの

であるかを知ることはできません。

それゆえ、あなたがたが自分の目の前にある、しなければならない

仕事や義務を、熱意と喜びをもって果たしていることが、至福という

境地に達する一つの方法でもあります。

言い変えれば、将来に関して心配する必要はないということです。

過去について、くよくよ思い悩むのはやめましょう。

すべての現象は過ぎゆく雲のようです。

この世では人でも物事でも永久的なものは何一つありません。

ジャガット(宇宙)の意味は、‘未来’です。

未来とは、今この瞬間から始まります。この瞬間の心持が未来を創造します。

だから、どんな種類の心配にも、あなたの心に入り込む機会を与えて

はなりません。

そのようにして、初めて人間は、聖なるものになる資格を得ることができます。

 

聖なる資格を与えられているのは人間だけです

いいかえれば、自らの神性を自覚し、発見する能力を与えられているのは、

人間だけです。

地上の生物は840万種に及びますが、そのうち839万9千999種類が無私や

鳥、動物や獣などで、自然界に神によって用意されているものを食べて

生きており、概して病気にはかかりません。

 

この点で、人間は唯一の例外です。

食欲の奴隷になって、人間は料理され、スパイスの効いた種々の食物だけ

を喜んで食べていますが、このような食物が人間の命をどのくらい、

縮めているかわかりません。

その他にも、植物性の嗜好を持った人達のほうが、肉食性の嗜好を

持った人達より、比較的、健康的でいられるのは何故でしょう?

理由は、動物食は、人間の身体の本来の必要性と両立しないからです。

医者たちは、動物食にはタンパク質があると言いますが、実は、野菜、豆類、

ミルク、カード(ヨーグルトの一種)にはもっと良質なタンパク質があります。

動物食は人間の 心にも悪影響を与えています。

 

食物、頭脳、神・・・この三つには相互関係があります。

動物食を摂取することによって、動物的傾向が呼び起こされます。 

食物のとおりに、あなたがたの想念は影響されます。

こんにちの人達は、森の野獣より、残虐な行為をすることができます。

現代人の中には、残酷無情で、頑なな心を持っている人が増えました。

人と人との間には、同情や理解が薄くなってきています。

この状態の主な理由の一つに、摂取する食物との関連があります。

学生諸君、それゆえ、自分が食べる食物に注意を払いなさい。

諸s供物があなたの健康と幸福に役立つように留意してください。

 

わたし達の祖先は1日に2食でした。

古代の賢人たちは1日に1食でした。

1日1食の人は、ヨギといわれ、2食の人はボーギ(享楽者)、3食の人は

ローギ(病人)とされてきました。

 

現代の人々は絶えず、食物を消費し続け、もちろんその合間に飲み物

や間食をするのが普通です。

健康を損ないやすい身体をこうして食生活の習慣から造っていると

いえるでしょう。

人間はおよそ、1分間に1キロカロリーに等しいエネルギーを供給する

食物が必要です。

若者は1日に2千キロカロリーの食物で満足できる量です。

健康のためには、一般人は一日1500キロカロリーで充分です。

ところが、実際は、多い人で、一日に5千キロカロリーも摂取しています。

その結果、人々は消化不良と不眠に悩まされています。

睡眠不足は多くの病気の原因になっています。 睡眠不足を回避する

には、簡単なことです。

何の心配もしないで床につけば、自動的に安眠できるからです“

(以上サイババ師の言葉)

 

健康を保つために、一日1500カロリーあれば充分であること、

そして、インドの古代の賢人たちは一日に、一食だったことは

興味あります。

日本の超古代史の”秀真伝え”の中にも、天照大神が、健康に

なるための食物の摂取量について、事細かく、説いている下り

があります。

やはり、古代インドと同様、植物食を薦め、なるべく小食のほうが、

心身の健全と 魂の純粋さを保てるとも教えます。

それぞれの動物食には、火の要素の強いもの、風の要素が強いもの、

土の要素が強いものなどを、細かく分類して、鳥や獣肉をとった

ときは、生姜や大根などを取って、身を清めるための日数も記されています。

興味あるかたは、ブログ、右欄のカテゴリーの”秀真伝え”の中に、

それに関しての記事を載せてますので、よろしければご覧くださいね。

 

では、サイババ師のお話しは、今日はこれで、お・し・ま・い です。

又、次回まで・・・お腹が本当に空腹感があるときだけ 少量の食事を

取るという路線で’食生活’をお送りいただければ、ひと月後には、今日の記事の

信憑性が体感していただけると、思いますよ。

 

 

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ヨガの原理=不二一元論のイロハ(10)

2021年05月17日 | 健康と”悟り”・スピリチュアリズム

”自分の鏡は自分を映すためにあります”          2021年5月17日

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 精神とか、魂レベルの、目に見えない世界に、

本物の何かを、求めていると思えば、この身は

様々な原始的で本能的な欲求を、出してくる、面倒くさい

ものと、とらえてました。

だから、”身体が求める声はあまり、かかわらないほうが無難だ”

と、ずいぶんと長い間、考えてきました。

 それが、ホ。オポノポノ(ブログのカテゴリー”モ―ナ女史の

ハワイの癒し”参照)を学び、ウニヒビリと呼ばれる、身体から

から発せられる意識の声を、無視できないということに、

驚きました。

身体の意識の声というのは、”現在意識”で感じている感情や

想いです。

 

長い間、私は、神と繋がっている自分の中の”超越意識”や、

過去の浄化に関係する、”潜在意識”を考えることはあっても、

現在意識の”勝手な声”に耳を傾ける余裕など無い、と

思い込んでいたのです。

 

サイババ師はそのあたりをどう考えているのでしょう。

その身体と”本当の自分”との関係を、今まで以上に深く、

触れている内容になっています。

 **********************

サイババ師(以下はスワミ)は、束の間の間しか存在しない、

”身体”をとりあげて、お話が始まりました。(以下)

 ”身体がたとえ、一過性のはかない存在だとしても、

それが続く限りは、身体を尊重し、よくケアーをしなさい。

なぜなら、身体は神が住む、動く神殿だからです。

世間の言う価値を信じるのではなく、’本当の自信’を

みつけなさい。

’自信’は、あなたのその身体の神殿の礎(いしずえ)を

なします。 

'神我実現’はこの神殿で得られる最大の幸福。

本当の’自信’を自覚したら、あなたは、どんなことでも

歓びをもって、なしえるでしょう。

 

ところで、’自分’の意味を知ってますか?

英語では'アイ’と自分をさします。

’I 'と英語で書くとき、それは、すべての人に存在する、

共通する、神の資質をもさしています。

(ヒンズー語で)’ボーギ’快楽主義者)’でも、

’ローギ(病人)’でも、ヨーギ(神と融合した人)’でも、

’ヴィラ―ギ(世捨て人)’でも、

’ピラーギ(乞食)’でも、

この’I'(アイ=私)と自分を呼ぶとき、その’I'の資質は

同じです。

彼らの名前は異なるでしょう。外見も違うでしょう。 

でも、すべての人の中にある、’私’は同一なのです。


ヴェーダ文献の中に、’エーカム・サット・ヴィブラ・パフダ・

ヴァダンティ’(真実の’実在’は一つであるが、聖賢たちはそれを、

様々な名前で呼ぶ)と書かれている意味は、それをさしています。

 

多様性は世界中、宇宙の中に、どこでも見られるものですが、

学生諸君、あなたたちは、宇宙の多様性の根底にある、

’統一性’を見つけなさい。 

 

あなたがたが、統一性を無視して、多様性ばかり見ること

が原因で、世界にはこれほどの多くの不安と平和の欠如

があるのです。

 

たとえば、国々はたくさんありますが、地球は一つです。

星の数は多くても、空は一つです。生物は無数に存在するが、

呼吸は一つです。

 

それゆえ、多様性のなかの、この統一性を、人がとらえて

いれば、世界に差別やもめごと、戦争の余地はなくなるはずです。

互いに、皆、理解しあうからです。 

あなたも私も、本質的には同じなのだ、とわかるからです。 

外見や状況、立場がそれぞれ異なっていても、本質の中の

統一性を見出せるからです。だから、戦争などで、 自分

以外の人や物を破壊しても、それは、自分を破壊している

ことだと、ヒトは気がつけば戦争はなくなるでしょう。

 

学生諸君、

自分の想念と言葉と行動において、相違点と差別に

対して、余地を与えることは避けてください。

あなたがたは、だれでも、自分の中に起こる考えの

性質から、自分が強く健康でいられるか、それとも、弱く

不健康であるか、知ることができます。


なぜなら、’(サンスクリット語で)

ヤット・バーヴァム・ヤット・バーヴァディ’

(自分の考える通りの人になる)からです。

 

内部にしまってある宝石のために哲の金庫を大切に

管理するように、あなた方も、内部にある’アートマ’のために

自分の身体に気をつけるべきなのです。

生きるために食べるのであり、食べるために生きるの

ではありません。

あなたがたに自己信頼があれば、必要な食物は、

あちらからあなたの方にやってくるでしょう。

その時は食物を探しに行く必要もないくらいです。

 

それゆえ、バガヴァッド・ギータ

には、’アートマを求めるものはゴービ(帰依者)であり、

食物を求めるものはバービ(罪人)だ’と書かれて

いるのです。 

言い換えれば、尊い人の姿に生まれ、アートマを求める

代わりにアンナ(食物)を追いかけまわしているのは、

情けないと思います。

 

ヴェーダンダ哲学では、人は本当の自分を’発見’

することを、強く勧めています。その本当の自分をみるために、

あなた方は、自分の知力という、自分の鏡を使う

代わりに、その鏡を、自分以外の他人の前 において、

他人を見ています。

だから、あなたがたは、本当の自分の姿を見ることが

できないのです”

(以上)

 

ノートからの引用は、今日は、ここまでです。

いかがでしたか?

身体を大切に扱うこと、それは、それが、”アートマ”という

自分の本質=神性=神の、お住まいだからです。

 

本当の自分の資質、そのアートマ を、人として

生まれてきた以上、探し求めることが、生まれてきた

大きな目的だといいます。食べ物を探し求めるために

生きているのではない、というのは、比喩でしょう。

食べ物=物質的な満足~を追い求めるのではなく、

自分は何か~と本当の自分を探していると、自然と、

必要な物質(食べ物を含めて)が、供給されると

いうのです。

それは、偶然を装い、気がつかないうちに、私たち

の手元に届けられているはずです。

たとえば、誰かからの、差し入れだったり、お土産

だったり、お食事に招待されたり、プレゼントだったり、

サプライズで、宅急便で届けられたりするのでしょう。

 

自分の”智慧”(本来の自分が持っている、良心や、

直観で顕れる真理のかけら)という鏡で、この神殿の中

にある永久存在の自己、

つまり、アートマを映し出すことを、まず、考えなさいと

サイババ師は、言います。

にもかかわらず、普段は、この鏡を、他人の前に

おいて、批判やジャッジをすることに、私たちは忙しく

なりがちのようです。

今日の講義では、サイババ師はそのことを、留意する

ように、その鏡は、本物の自分を映し出すために

使われるべきものだということを主眼にしているのです。

 

また、続きは次回に・・・

 

 

 

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ヨガのイロハ―ヴェーダの 一元(いちげん)思想(9)

2021年05月01日 | 健康と”悟り”・スピリチュアリズム

バランス を取ると言うこと       2021年5月1日

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先回、インドの古代から教え伝えられている、

人生の4つの目的をお話ししました。

ダルマ探究(道徳律の会得)、

アルタ(富と繁栄)

カーマ(欲望)、

モクシャ(解脱)

でした。

この話を以前したときに、ある方から、質問をいただきました。

精神世界の師である人(サイババ師)が欲望や富なども、人生の目的に

入れているのは何故か?ということでした。 

スピリチュアルの人は、物質的な要素から自分を切り離そうと

するのではないか?というご質問です。

確かに、”物質の執着心をとること”がスピリチュアルの前提

のように考えられているむきもありますが、

この4つの人生の目標、(プルシャルタス)はサイババ師

特有の意見ではありません。

 

世界最古の聖典、ヴェーダ書にそう書かれているのです。

こう考えてよいかと思います。 若いころ、つまり、就学時期に、

人はダルマ(道徳律)を学びます。成年期に社会に出ると、富や繁栄を

追います。

現代的にいえば、就職したり、職を身につけて、生活基盤のための収入を

得ることです。

カーマ(欲望)がなければ、子孫繁栄はありませんから欲望も必要です。

そして、古代インドの規範では、それらのステージをすべて、

つつがなく終わったとき、人は森の中に隠遁して、静かに

下界から離れた心持で瞑想しながら、自分について、

熟慮し内面を見つめる時期が来ると、教えています。


その時に、最終も目標として”、

”モクシェ”、つまり、”解脱”の道を人生の最後の段階で、

進むということになります。

 

それらの4つの段階において、それぞれ、違った分野の魂の

学びがあるわけですから、一概に物質的な考え方や執着は悪い~

と、言えないわけです。

今日のテーマはそのような人生の中で”バランスを取る”ことの

大切さになります。

***************************** 

”4つの人生の目的を達成するために必要なこと。

それは、身体の健康であることは言うまでもありません。

それは摂取する、食べ物の質にも影響されます。

ところが、こんにちの人間は、悪い食物の摂取よりも、

むしろ心配や悩みなどの精神性が原因で病気になりがちです。

 

心配とは何か? それは心で創りだした恐怖にしかすぎません。

思い込み(推測)、不安、心配、は本来あってないものです。

つまり、自分の心が創りだしている場合が多いのです。

 

大学生を調査したある結果によると、学生80~90%が何らかの種類の

心の病気にかかっているということが判明しました。

心身のバランスをとるためには、不必要な考え事や心配事から

心を切り離し、過度の遊び、睡眠、食事などには、日ごろから

注意してください。

さて、心の想念以外に、もちろん、食物が健康に与える影響も大きい

のはさきに述べました。

私は”欲望に天井”というプログラムを、学生たち[スダ注;サイババ師

の経営する大学の学生]にかかげました。

 

これには4つの要素が含まれています。

第一は、”食物を浪費するな”です。 

なぜならば、食物は神だからです。

第二は”金銭を浪費するな”です。

金銭の浪費は、心の平安を失います。

あなたがたの人生自体の破滅にもなりかねません。

我が国は、こんにち、重大な経済的諸問題に直面しています

ので、金を利己的な目的に無差別に使うことは、社会全体の利益の

ために留意しなければなりません。

協力精神を促進する時でもあります。

それは、国家の利益と個人の利益との間にバランスを保つという

ことです。

バランスとは、日常すべての行為にかかわっています。

歩くとき、自動車の運転、座るときでさえ、バランスが必要です。

こんにち、このバランスは過剰な知識とその悪用が原因で失われて

しまいました。

知識を正しく用いるのなら、知識は技能に変るべきなのです。 

それをしないと、かえって、知識を殺してしまいます。

若い人達は特に、誤った方法で過度に見たり、聞いたり、話したり、

考えたりすることに、知識とエネルギーを浪費しています。

 

それゆえ、”欲望に天井”の第3項は、”エネルギーを浪費するな”

ということです。

これは、物質的なエネルギーのことだけではありません。

たとえば 例を出して説明しましょう。

ラジオをある特定の放送局にあわせたとします。

音量を高くするか低くするかに限らず、あなたが

それを聞いているかいないかにかかわらず、電気エネルギーは

消費されます。

同様に、あなたの身体はラジオです。

あなたはいつも考え続け、大きい声や小さい声で話しています。

独り言もあるでしょう。

心でいろいろな考えをまとめるの声を出さないで話している時も

あるでしょう。

目覚めている時も、寝ている時も、話し続けています。

このように、夜昼にかかわらず、話し続けるためには、どのくらい

の多くのエネルギーが浪費されていることでしょう。

話す内容によっては、特に消費が大きくなります。

悲しい事、悩み事、心配事、それらのマイナスの想念

を含む言葉は、プラスの想念の言葉より、はるかに

自分のエネルギーを浪費させていると、いうことに

なります。

 

”欲望に天井”の最後の箴言は、”時間を浪費するな”ということです。

学生諸君[スダ注:学生を対象とした夏期講習のため、聴衆は

学生】、身体が強く健康であり、幸せであるときにのみ、

あなたがたは人生における正しいバランス状態を楽しむことが

できます。

過去のことをくよくよ思いだし、将来のことを心配すればする

ほど、時間とエネルギーが浪費されます。

 

人間の悲しみと病気の根本原因は何でしょうか?

自分が持っているもの、今置かれている状況のプラス面に

満足せず、持っていないものを切望するため、心の平和

失われます。

過ぎたことや、未来に起こることについて、考える必要は

ありません。

取り戻すことができな過去をかんがえたり、はっきりして

いない将来について心配することが、

いったい、何の役にたつのでしょう。

 

一番大切なのは、”今”です。”現在”です。 

それは普通の現在のことではありません。

”全在”(ぜんざい)です。

意味は、常にどこにでもあること、です。

過去の結果と未来の結果は、両方とも現在に存在しています。

あなたは、今、過去に蒔いたものを収穫しています。

そして、あなたが現在、蒔いているものを

未来に収穫することになります。 

 

このように、過去と未来の両方とも、

現在だけに含まれています。

ですから、現在を最高に活かしなさい。

あらゆる種類の心配を捨てて、不滅性と人生目的の成就に

直結する理想的人生を送ってください。”

 

*******************(以上講義から)

 

ここで私が注目したのは、”国家”の利益を考えるというサイババ師

の言葉です。

これは日本人なら日本の、インド人ならインドのという、

それぞれの国が対象になりますが、個人の利益を広げて、もっと

大きな国の利益を考える、それがさらに、地球の利益にも

つながるというように、小さく小さく考えをまとめる

のではなく、私から私たちの利益、というように、考えて行くこと

が大切なのではないかということでしょう。

 

”欲望に天井”の言葉の中には、いろいろな欲望があるでしょう。

けれど、共通していえることは無駄なエネルギーを消費しない

こと、に尽きるでしょう。ここで注目したいのは、心の

想いがマイナスの考えであればあるほど、余計なエネルギーを

放出してしまっているという、サイババ師の言葉です。

逆に、温かい想い、一言で言えば、愛念を心の想いとするならば、

それはプラスのエネルギーを造っていくということでもあります。

 

さて、自然治癒力と関係がある言葉が次の、言葉です。

”人間の病の原因は、心の平安を崩すこと”ということです。

心の平安は、過去のことをくよくよ思い煩うことに

起因しているといいます。

大切なのは、”今”、それもただの”今”ではなく、

”全今”という言い方がここでされています。

全ての今・・という意味は、過去も未来も、今に有り、と

いう考え方をさしています。

時間の経緯は、結局、今、この今に、すべてが含有されて

いる、逆に言えば、今しかない、いうことでもあるのでしょう。

 

そこで

”現在を最高に生かしなさい”というサイババ師の言葉につながります。

最高に生かす・・ひとりひとりがそれぞれの最高な今の過ごし方

を合点して生きていれば、それが、素敵な未来につながり、過去の

失敗も今に生かされているということにもなるのだと、

思います。

 

以上、サイババ師のお話しです。

まだまだ続きます・・・・

 

 

 

 

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