胆石 と 類脂体の関係性・・・ 2018.12.24
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途中、風邪とインフルエンザの臨時投稿をしたが、
今日は再び、二木医学博士の名付けた生命素という、
類脂体の話の続きである。
類脂体を生命素と、博士(*1)は名付けている理由は、
生命的に活発に元気に平常に体が機能するために
なくてはならない要素だからだ。
この働きは人間の生命の素と言ってよいと、博士は言う。
”これが豊富ならば、長生きするが欠乏すると死んでいく”
と自著(*2)に書いている。
あまり、聞きなれない、この類脂体には、特徴がいくつか
あって、一番めの特徴は、先回述べたように、水と脂の
中間体で、脂の形をしているのでドロドロしていると
いうことだ。
ドロドロしてはいるが、水に溶ける性質を持っている。
類脂体の第二の特徴は、固形と液体の中間体であるということ。
結晶体ということは固体であるのだが、実際は集まると
液状を呈している。
“液状結晶”という。
例えば、血液が例である。
固形であるのに、血管の中では液状であるから、
液状結晶状態ということになる。
他の例では、松脂(まつやに)がある。
松の木の毛細管の中で、葉から根っこへと流動体で
上下運動しているが、毛細管が傷つけられて木の外に
松脂が出てくると、粘り気ある液状に代わりさらに、
固体へと変化していく。
こうして、血管や松脂の例でわかるように、必要な場所
で液状になって活動しているのは、類脂体の生きている
証である。
ところで、この働きが弱まると、どのような症状となって、
人の体に出てくるのだろうか?
”胆石”を博士は取り上げている。 なぜ、体の中で、
固体である石ができるかというと、類脂体の働きが
弱くなっているからだと博士は以下のように、指摘する。
“類脂体の性質が衰えると、人間の体の中に石ができたりする。
膀胱結石、胆のう結石、腎臓結石、というようなものが
できるのは、すべて類脂体が非活動的になったからである。
これを起こさぬようにするには、生きた物を食べなくては
ならない、
野菜類、果物類を食べると、この石でさえ、溶けるよう
になる。“(引用終わり)
類脂体の第三の特徴は、無機物と有機体の中間体であると
いうことだ。
たとえれば、木の根に加里肥料などの有機物を与えると、
植物の根の膜(まく)の一枚を通して、その植物全体を
有機化してしまう。
それが活動性の類脂体の顕著な特徴で、人間体でも
同様の働きをする。
博士の言葉を引用。
“人間の体内にあって、燐でもなんでも有機化させて
いるのは、類脂体の働きである。
そうして、その有機化された無機物を今度は必要に
応じて、歯とか骨に無機物として置いていく。
また帰って行って、無機物を有機化して持ってくる。
その代わり、体が酸性体質になったら、歯も骨も皆、
溶かしてもっていってしまう。
そういう自由自在の働きをするのである。”(引用終わり)
類脂体の第四の特徴は、死んだ物と生物の中間体に
なっていることだ。
生きているように見えて、死んだように動きがなく、
繁殖もない反面、死んでいるように見えて、生きている
働きを突然する。
玄米が完全食というのは、玄米の中の類脂体が人間の
生命力を高め、血液の粘りを薄め、サラサラした血を
つくり、生命力の枯渇を防ぐからだと博士は言う。
類脂体が人間の体の健康に影響を与えていることは、
納得できそうだ。
しかし、活動的な類脂体を取るということが大切で
あって、死んでしまった、類脂体では、働きが期待
できない。
だからこそ、博士は玄米食を絶賛している。
玄米食には、類脂体が、活動的なまま含まれているからだ。
一方、普段私たちが食べている白米ではどうだろうか?
白米を食べるために、コメの皮の部分を捨てられている。
博士はこの皮の部分に栄養素が含まれているというが、
面白い喩えをしているのでご紹介したい。
”たとえば、リンゴは皮のままならば、無毒である。
皮をむいておくと、実のほうが茶色に変わる。
これは一種の腐った状態で、毒でないとはいいきれない。
また、卵を中身と殻と分離しておくと、恐ろしい毒になる。
そんな卵を食ったら、ひどい中毒を起こす。
また、空気を酸素とチッソとに分離したらどうなるか、
窒素を一呼吸したら、世界の人間は一分間に皆、
死んでしまう。
また、酸素を分離しておいたら、タバコ一本吸っても
世界中焼けてしまうのである。
空気中に窒素という毒があるから、空気を吸っては
いけないといったら、大変なことになる。
塩だって、クロール、ナトリウムが入っているから、
これを分解すれば、クロールは毒ガスで、ナトリウムは
人間の体を腐敗させる恐ろしいものであるから、
塩を食ってはいけないというのは間違いである。
それと同じで、分析したり分解したりしてはいけない。
天然そのものには毒はない。
空気だって、光線だって 水だって、その通りで、紫外線
にばかりあたっておれば、人間は死んでしまう。
だから、この節の学者は行き過ぎたことをして、
自殺研究に陥っているようなものである。
渾然融和した状態へ戻ってこなければならない。
玄米というのはその意味で渾然融和しているのだ。”(引用終わり)
ここで次のような疑問を持つ人もいるだろう。
”それでは、生きている類脂体をとる、玄米でそれを
補給するといっても、炊いて食べては、結局は類脂体
は死んでしまうのでは?”という疑問だ。
野菜でも玄米でも煮炊きする前は確かに生きているが、
熱を通したら、死んでしまうのは事実だ。
博士はその問いに次のように答えている。
”生きた鼠を猫が食う。噛んでいる間にねずみは死ぬ。
胃の中にはいれば、鼠の肉も、みな煮られた肉の
ようになって、胃の中の胃酸で煮られてしまう。・・
であるから、どうせ、生きているものを歯でかんで
殺し食べても胃の中で死ぬのだから、いきたものを
直前に煮炊きして、すぐ口に運ぶ分なら、かまわないだろう。”
”しかし、死んでからしばらくたったものはいけない。
なぜかといえば、生きた物を食べた時、胃の中で
殺されるが、その時にはまだ、復活性がある。
すなわち鼠の血液はみな、猫の蛋白、猫の血液に復活する。
それが、死んだ食べ物を食べるとそうはいかない。・・・
殺して間もない、生きがよいのを食べるのが
よろしいのである。”(引用終わり)
*1)明治6年 秋田佐竹藩の藩医の家に生まれる。
20歳までいろいろの病気に悩み、玄米食の実行により、
健康となった。
明治34年東大医学部卒、駒込病院勤務中伝染病の研究
をしながら、栄養学的に食物の研究に努力する。
ドイツに留学し、天然免疫性に関する医学界に
おける世界最高の業績を残す。
帰国後、赤痢駒込菌を発見し、鼠咬症病原
スピロペーターの発見によって、学士院の恩賜賞
を受けた。
かたわら、二木式腹式呼吸を発表、玄米・菜食、
すなわち完全食を提唱した。
その間、当で愛教授、都立駒込病院長、
日本学士院会員、養生会会長、豊島丘女子学園理事長、
修養団団長、その他多くの要職を兼ねる。
藍綬褒章を賜り、その後昭和30年11月3日、
文化勲章を授与せられた。
*2) “健康への道” ~完全正食の医学~
東京書院発行、昭和32年
近藤医師による医学的常識に対する異なる観方 2018・12.16
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完全食について話を進めているところだが、最近のニュースで
今年もまた、インフルエンザが猛威を振るい始める兆候がある
~と聞いたので、テーマを変えて、今日はインフルエンザに
ついて、書いてみたい。
二木博士(*1)が、わかりやすく説明している箇所(*2)
があったので引用してみる。
“インフルエンザとは、どのような病気で、風邪と
どう違うかというと、普通の風邪ならば、鼻かぜをひいた、
咽喉かぜをひいた、とか、今度はかぜをひいて
胃腸を壊したといった具合に、本当の一部分だけしか
侵されなくて、大したこともなく
すぐ治ってしまうもので、普通、感冒と唱える。
この感冒というのは、病名ではない。それはむしろ
抵抗力の弱った人が侵される誘因のことである。
抵抗力の弱っているときに、寒さに会って、鼻カタル、
咽頭カタル、気管支カタルを起こしたというが、
これは寒さそのものが病気にするのではなく、抵抗力減弱
の結果である。
抵抗力さえ強ければ、氷室に三十分や一時間入っていても、
風邪をひくものではないから、風邪という病気ではなくて、
カタルが病気である。
それが病名で、誘う原因が寒さである。”(引用終わり)
インフルエンザの症状としては主に次の三つがある。
①神経症状、
②カタル症状、
③胃腸症状、
それぞれどういうのかといえば、
①神経症状では、頭痛や足腰が痛んだりして、気分が
落ち込んだりする。
②カタル症状とは、鼻水が止まらなかったり、
タンが多く出たり、腸カタルならば、下痢が止まらない。
最後の③胃腸症というのは、食欲がわかず、
胃腸は弱くなり、害される。
風邪が局所的症状ならば、このような形で、インフルエンザは
もっと、全身に症状が出て、この三つの症状が主要症状として、
ともに来たり、別々に前後して自覚されたりする。
しかし、二木博士は、インフルエンザは決して怖いものでは
なく次のように言う。
“一週間か長ければ二週間から三週間ぐらい、症状は出るが、
熱が出て苦しい状態が過ぎると、必ず治るものだ。
死ぬのは千人に1人くらいで、怖いのは本来のインフルエンザ
ではなく、その合併症のほうだ。”と述べている。
インフルエンザも風邪と同様、まだ、その究極の原因が
わかっていないという。
以下は、慶応義塾大学病院に勤務していた近藤医師の著書(*3)
にしるされている言葉をそのまま引用させていただいた。
風邪薬のにかかわらず、高血圧と判断される基準値など、
いわゆる”常識”的な基準値に、疑問を投げかけている近藤医師の
意見は、当たり前を少し立ち止まって考える良い判断機会
になると思い、掲げさせていただいた。
①風邪薬も抗がん剤も病気を治せない~ことについて
**********************************
”病気の9割は医者にかかったからといって、治るわけでも
回復が早くなるわけでもありません。
そして、副作用や後遺症のリスク はとても大きい。
たとえば、風邪のウイルスに作用して、治せる風邪薬は
まだ発見されていません。
熱を下げる、解毒剤や咳止めなど、不快な症状を一時的
に抑える ”対症療法薬” も、体は束の間 ラクになっても、
回復は遅れます。
発熱やせきなどの 症状はすべて、体がウイルスを
追い出そうと闘っているサイン。
薬は体の治癒力[須田注:自然治癒力をさす)を邪魔します。
インフルエンザをワクチンで防げるとか、リレンザなどの
治療薬で治せるという 医学的な証拠はなく、せいぜい
”効果が期待されている” レベルです。
一方、風邪薬やインフルエンザワクチンの副作用で
亡くなる人は大勢います。”(p・4)
②高血圧のガイドラインについて
*********************
”高血圧患者が4千万人、高コレステロール血症3千万人
糖尿病は予備軍を含めて2300万人・・と、日本には凄い数
の病人がいることになっています。
これは 薬を売るための策略としか思えません。
’この位は治療したほうがいいよ’ という高血圧の基準が
たいした根拠もなく、どんどん、下がっているのです。
長い間、最高血圧の基準は、160mmHgだったのが
2000年に140 に、2008年のメタボ健診では、ついに、
130 までに引き下げられています。
五十歳を過ぎたら、”上が130” というのは、一般的な
数値ですから、大抵 高血圧患者にされ、降圧剤を飲んで
”治療”するはめになる。
その結果、薬品業界はホクホクです。
1988年には降圧剤の売り上げがおよそ、2千億円だった
のが2008年には1兆円を超えて、20年間で売上が6倍に
伸びています。
総コレステロール値も、日本人は高いほうが長生きだ
と10年以上前からわかっているのに、 基準値はなかなか
上がりません。
コレステロール低下薬の スタチン類は年間2000億円
の売上があって、関連医療費はその三倍と言われています。
問題は血圧やコレステロールを薬で下げると、
数値は改善しても、早死にするリスクが高くなること、
世界中の 数万人規模の追跡調査ではっきりしています。
高血圧というのは 上140mmHg,下90mmHg
が基準値でそれ以上は高血圧症とされます。
この基準値が全くあてにならない。病気ごとの専門学会が
造っていますが、総合体質で根拠なく数値が決められています。
高血圧の原因は9割以上は不明です。
また、日本人の血圧を下げることによって、死亡率が
下がる、心臓病や脳卒中などが減ると実証されたデータ
は見当たりません。
大人になると 動脈も老化して、硬くなり、血圧を先に
送る力が衰えます。
そこで、体は年をとるほど、血圧を上げようとしまいます。
脳や手足の隅々まで血液を送り続けるため、それを薬で
下げたら、ぼけたり、ふらついたりしてしまいます。
フィンランドで75歳から85歳までの”降圧剤を
飲まない”男女521人の経過を見た調査では、
80歳以上のグループでは、最高血圧が180以上の
人たちが生存率が最も高く、最高血圧180を切った
人たちの生存率は、ガクンと下がっています。
なのに日本では最高血圧は130で病気にされ、
薬で下げようとさせられているのです。”
(p・6)
③基準値はどうして決まるか?
”基準作成委員の多くが製薬会社から巨額の寄付金を
受け取っているのも問題です。
たとえば、2005年に作成された、高血圧の基準も含む、
日本版メタボ診断の作成委員会メンバーのうち、
国公立大の医師11人全員に2002~04年の3年間に
高血圧などの治療薬メーカーから、合計14億円も
寄付金が渡っています”
以上、近藤医師の言葉を引用させていただいたが、
二木博士と近藤医師の、人間の生命力の持つ治癒力に
対する観方が似ているように思われる。
血圧が高くても、それは体が血液を循環させるための智慧、
高いから悪いのではなく、高い圧力がでるのは、その
必要性を体が持っているからであり、生命力が強いからだと
発想を転換してみる。
二木博士がインフルエンザが治る過程で、高熱を出して、
2週間ほど、静養していれば、自然に治るものだという
上記の言葉などは、体の自然治癒力への信頼が行間に見られる。
インフルエンザは決して怖いものではなく、真の特効薬が
無くても、他の病気を誘発しないように、よく休養し、
普段からふさわしい食事をとり、抵抗力のある体を
作っておくことで自然に治るという立場をとっている。
さらに、コレステロールでいえば、近藤博士は
”いまだに悪者扱いのコレステロールも、実は長寿のもと”
と言っている。
これも、コレストロールに対する常識を転じて観た言い方だろう。
そして、何年かごとに改正されるそれらの基準値には、
根拠がない、と近藤医師は書いている。
基準値によって、右往左往するより、自分の体の声、食事や睡眠、
休息やストレスの回避など、今、自分の身心が、何が必要で、
何が不必要なのか語り掛けている声を、しっかり聴きとることが
大切だろう。
”症状”は、病気そのものではない。病気にならないよう体が
異常な侵入者や状況に、対抗して熱が出たり、正常化
しようとして 活動している生理作用の顕れだと、
近藤医師や二木博士を含めて 生命医療に携わる医師は
考え、むやみに薬を出すことを躊躇さえしているようだ。
**************************
*1)明治6年 秋田佐竹藩の藩医の家に生まれる。
20歳までいろいろの病気に悩み、玄米食の実行により、
健康となった。
明治34年東大医学部卒、駒込病院勤務中伝染病の
研究をしながら、栄養学的に食物の研究に努力する。
ドイツに留学し、天然免疫性に関する医学界に
おける世界最高の業績を残す。
帰国後、赤痢駒込菌を発見し、鼠咬症病原
スピロペーターの発見によって、学士院の恩賜賞を受けた。
かたわら、二木式腹式呼吸を発表、玄米・菜食、
すなわち完全食を提唱した。
その間、当で愛教授、都立駒込病院長、日本学士院会員、
養生会会長、豊島丘女子学園理事長、
修養団団長、その他多くの要職を兼ねる。
藍綬褒章を賜り、その後昭和30年11月3日、
文化勲章を授与せられた。
*2) “健康への道” ~完全正食の医学~
東京書院発行、昭和32年
*3)”医者に殺されない47の心得” 近藤誠著
2013、 株)アスコム
赤子の授乳時に秘められた、類脂体と免疫の話 2018・12.11
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玄米の成分を考えてみよう。87%はでんぷん、
たんぱく質は7.9%、2.3%が水溶性不変質脂、
1.6%が無機分~自然の塩。リン酸が0.84%など
含まれている。
このような、玄米食に含まれる有機的栄養分の解析結果、
博士(*1)が玄米食を完全食という理由の背景は
以下の3つに要約できる。
① 玄米食に含まれるたんぱく質は、白米にすると34%ほど
減るため、白米食では、自然とほかにたんぱく質を含んだ
食品をとるようになる。
植物性たんぱく質は、豆製品に多く含まれるが、戦後
は動物性たんぱく質へ嗜好は移ってきているようだ。
そのため、健康面への弊害が出てきていると博士は考える。
動物性たんぱく質の過剰摂取は疾病という形で人の健康
をむしばむという理由の1つに、動物性たんぱく質は
体内で消化されない分が毒素として腸内で発酵するからだ。
いわゆる自家中毒のようになり、それが基で病の引き金になり
やすいと博士は言う。自著(*2)から引用すると:
“日本人が動物たんぱく質を食べると、しばしば中毒して、
風邪をひいたりして、炎とかカタルという病気を起こす。
炎(えん)と名付けられた病気を数えてみると、
病の8割ぐらいにあたる”(引用終わり)
一方、玄米中心の食生活であれば、たんぱく質も適当に
含まれ、他の食製品から補給する必要もあまりないので、
肉製品からの動物性たんぱく質を体がそんなに必要と
しなくなるというのだ。
”玄米だと何もそんな物を選ぶ必要はない“
② 次に 玄米に含まれる、脂質を見てみよう。
白米食だと、含有脂質が少ないため、他の食にから補給する
ことになる。
精製された小麦粉で作った白い食パンには、確かにバターが
よく合うし、”~丼”というどんぶりものには、白米の上に
天ぷらや肉類の揚げ物など、動物の脂質や植物油を使った
食材がふさわしい。
健康ブームで、肉より、魚の脂は体に優しいとされていても、
長い目でみると、決して体に負担のないものとは
いえないようだ。
なぜなら、それらの脂質は、水に溶けない不溶性油であり、
言い換えれば、変質油とか変質脂肪なので、人の体に
入ってもそのままでは、栄養効果が出ない。
胃腸によって、十分に消化されることで栄養分となるが、そ
のための胃腸への負担は玄米に含まれる水溶性の脂質と
比べると大きい。
③ 次に、玄米に含まれる無機分を見る。
これは、いわゆる灰分(かいぶん)といわれる栄養素で、
30種類ほどあり、自然の塩ともいわれる。
塩といっても、舌の上にのせても、塩気の味はしない。
完全な塩だからだ。
その完全な塩というのは、ケイ素、チタニウム、カルシウム、
カリウム、マグネシウム、ワナジウムという、無機質
の要素が多く含まれていて、人の血液にとって、特に
大切な栄養要素となる。
一方、市販の塩には、クロールとナトリウムしか含まれず、
舌の上にのせれば、旨味より、塩辛い味がするのはこの成分
のせいだ。
この塩では、骨や歯、血液といった組成を作ることはできない。
それどころか、時には体に有害になることもある。
たとえば、腎臓炎のとき、咽喉が弱っているとき、
腎臓廟のとき、医師から塩辛いものは避けるように
言われるだろう。
こうした病がなくても、長年の、生活習慣の塩の取りすぎで、
中年以降、腎臓炎を起こす人は多いし、骨の栄養と
ならないから、老年に骨が萎縮していき、カルシウム欠乏
やヨード欠乏を引き起こすことがある。
中高年で高血圧の人が多くなるのも、この影響があるだろう。
血圧は高くなったり、肋骨に水がたまったり、咳が出たり
などなど、市販の塩気の過剰摂取が長年にわたると、
このような形で、体の不調和として、表面化してくるから、
市販の塩の過剰摂取には気を付けたい。
④ 次に、玄米に含まれる、リンの有機化合物について考えてみる。
玄米に含まれるリン酸は多く、成分の一割に近い量が含まれる。
一方白米ではわずか、0.009%しかリン酸は含まれておらず、
10%と0・009%という、大きな差が見られる。
玄米食中心にしていれば、特に、リン酸を補う必要性はないが、
白米を主食にしたとき、補食する必要が出てくる。
しかし、分析したリン酸は有害であるので、医者が
簡単に処方して、出せるものではないらしい。
人の健康には大切な要素であるにもかかわらず、補うことが
できないため、白米を中心に食していると、やはり、
長年の間には、病の要因として体に現れる場合があると
博士は指摘する。
⓹ 最後にでんぷんを見てみよう。
白米は玄米の皮部分を向いた部分であるから、でんぷんは含まれる。
ところが、上記でみてきてような、体に必須のの有効繊維は
実より”皮”のほうにあるわけだから、脂肪、蛋白、ビタミン、
類脂体など、が 白米として精製されるときに捨てられている
ことになる。
そのほかの有効成分はというと、玄米には、ビタミンA.B.C.D.E
が含まれるが、白米はビタミンに関しては、ゼロだ。
ならば、ビタミンはサプリメントで補おう~という人は多いが、
博士の考え方によれば、ビタミンは“生きた食べ物”からとる
以外に人の体に吸収され難いから、サプリメントの効用は、
精神的な満足度からくる安心感(リラックス)程度で、
実際の栄養効果は期待できないということになる。
このように見てみると、玄米が完全食という博士の言葉も
納得できそうだ。
それ以外に、注目したい栄養素として類脂体について、一言、
付け加えさせていただきたい。
先回のブログで触れたように、“類脂体”という生命要素、
有機体が玄米には含まれている~というポイントだ。
”生命素”と名付けられた、この有機体について、博士の著書
から引用させていただく。
“活動性類脂体は、すなわち生命素である。これは脂肪に
属する物体という意味で、脂に似ているが、脂でもなく、
水でもない。・・類脂体は今日まで普通栄養学ではあまり
考えられなかったが最近だんだん明らかになってきた
のである。“ (引用終わり)
たとえば、牛乳の例をとってみよう。
取り立ての乳には脂は水と十分混和して、どこに脂があるか
わからない。
しかし加工すると、クリームの層ができる。
このクリームから、バターを造り、さらに、たんぱく質と
して残った部分を精製してチーズができる。
つまり、脂分を加工して乳製品が造られ、言葉を換えれば、
類脂体を非活動性に変容させて加工品が生まれる。
つまり、その時点で、“生きていた乳は死んだ”
ということになる。
私の体験だが、デリー滞在中は必ず、自家製のヨーグルト
を創るのだが、このとき、スーパーでパックされている
ミルクでは、できないのだ。
地元の牛で絞った乳を袋詰めにして朝特定の時間
に売りに来るそれを使えば、100%、ヨーグルトが出来上がる。
そのミルクは雑菌など入っているのを考慮して軽く沸騰させ、
人肌ほど冷めたところで、前日残ったヨーグルトを
小さじ一杯いれてかき回せ、土鍋に入れて一定の温度で
一晩おくだけで上質なヨーグルトが出来上がっている。
これも、類脂体がどの程度、牛の乳に残っているかが
関係しているのだろうか?
生きているミルクかどうか?というところが関与して
いるのだろうか?
ちなみに、日本でこれをしようとしたが、日本の市販の
ヨーグルトと牛乳でうまくいった試しがないので、やはり、
生乳といっても、日本で売られているそれは、
加工された要素が大きいのだろう
と察しているが、如何なものだろう?
生きているミルクかどうか?
このことは、人間の乳にも言えるそうだ。
だから、人間の生来の智慧で、“生きた乳”を赤子に与える
特別な術を、母子は知っていると博士は言う。
冷えたり、空気に充てたりしただけで、乳の類脂体は
非活動的になってしまうし、太陽にあてたら、もっと始末が
悪いというわけで、母子の授乳は、赤子の唇が乳腺の出口
に吸い付いて、口という暗室の中に上手く吸い込み、
空気や光線に触れさせない。
次に冷やしてはいけないから、親の体温と同温度の暖かい
口の中に蓄える。
空気に充てないように、真空の中で赤子は母親の乳を
吸い入れるのだ。
本能的に、“生の生きている乳が、無防備な赤子の身体の免疫育成
や成長に役立つ“よう、”完全食“として赤子に与えられているわけだ。
この二木博士の説明で、母体から授乳された子供の免疫力の
確かさは従来から言われていたが、母乳本来の栄養素、
特に類脂体がそのまま赤子の体内に流れていくその仕組みに、
”なるほど”と目から鱗(うろこ)が落ちる感がする。
*1)明治6年 秋田佐竹藩の藩医の家に生まれる。
20歳までいろいろの病気に悩み、玄米食の実行により、
健康となった。
明治34年東大医学部卒、駒込病院勤務中伝染病の
研究をしながら、栄養学的に食物の研究に努力する。
ドイツに留学し、天然免疫性に関する医学界に
おける世界最高の業績を残す。
帰国後、赤痢駒込菌を発見し、鼠咬症病原
スピロペーターの発見によって、学士院の恩賜賞を受けた。
かたわら、二木式腹式呼吸を発表、玄米・菜食、
すなわち完全食を提唱した。
その間、当で愛教授、都立駒込病院長、日本学士院会員、
養生会会長、豊島丘女子学園理事長、
修養団団長、その他多くの要職を兼ねる。
藍綬褒章を賜り、その後昭和30年11月3日、
文化勲章を授与せられた。
*2) “健康への道” ~完全正食の医学~
東京書院発行、昭和32年