自然治癒力セラピー協会=Spontaneous Healing Therapy Japan

自然治癒力を発揮させるために、心と体の関係を考えます。

胆石と消化器系の病~二木医学博士の所見(6)

2018年12月30日 | 自然治癒力・生命力・発揮する考え方
胆石と胃潰瘍(いかいよう)の原因の共通性、
吐き気の伴う下痢、がなぜ起こる? 
2018   12/30
****************************************
海の幸、山の幸、お節料理が食卓に並べられる
’平成最後の新年’を迎えようとしている。

12月の忘年会が終わって引き続き、新年会や
親戚家族の集まりなどで、”美食とお酒”を楽しむ
機会も多いことだろう。

食べすぎ、飲みすぎで、胃腸の病の引き金にならない
ように~そんな時こそ、腹八分目 の言を思い出して
いただければ・・・。という今日の、お話。 

 


胆石で元巨人軍監督長嶋監督が7月から入院していると
いうニュースを聞いた。

その痛みは強烈で、冷や汗をかき、息をつめるほど、
苦しいという。
私のクライアントの方、叔母や、知人の何人かは、
この胆石で長年、難儀しているのだが、胆石が本当に
怖いのは、膿を持つに至った時だ。

その膿が腹腔に敗れ出たら致命傷となる。 
先日の、12月24日のブログで、二木博士(*1)
の胆石ができるのは生命素の働きが低下し
たからだというお話をご紹介した。

今日は そのあたりを、もう少し掘り下げてみてから、
さらに、有機的につながっている胃腸の病に触れて
みたい。

要所を 博士の自著(*2)から引用する;

“どうして胆石ができるかといえば、胆のう内の
体液が濃厚になり、含有物が沈殿(ちんでん)して
それがいつの間にか、長年のうちに、固まって
石のようになるからである。”(引用終わり)

質問①~なぜ、体液が濃厚になるのか?

“その理由は、濃厚な食物を好んで食べるのが大きな
理由だ。
淡泊な食べ物を摂る人にはあまり、できない。
中華料理、西洋料理、刺身、てんぷらなどを始終
食べているとついに、胆汁まで濃厚になる。”(引用終わり)

質問②~“類脂体”との関連性はどうなのだろうか?

”類脂体が働いていると、固形体を溶状にする働きが
あるが、ごちそうを食べている人には活動性の
類脂体は入っていかない。

しかし、早く菜食にして、生きた食べ物、淡泊な
食べ物を食べると、石が大きくならず、幾分、
粉になって落ちるか、溶かされるかして治る。”(引用終わり)

質問③~体液濃厚になると、血液に与える影響は?

”血液まで濃厚になって粘りが強くなる。
そうなると、小さな血管を通ることが困難になり、
おのずと心臓が強い力で打たなければならないから、
血圧が高進する。

菜食で、玄米食にすれば、血圧が下がって楽に
通るようになる。
脳溢血も起こさない。”(引用終わり)

質問④~菜食玄米にするとほかにメリットは?

”消化器官を考えると、胃の第一消化が良くなるから、
腸の第二消化が完全に近く行われる。
玄米は堅いから、よく噛んで食べるようにすると、
胃の消化は良くなり、腸の消化も自然と
良くなる。すべて関連がある。

一生を病気しやすく生きるか、無病で生きるか
の分かれ道にもなる。

難しいようだが、至極簡単である。
天に従うものは栄え、天に逆らうものは滅びる。
同様に如何に食べるべきかも定まっている。
腹がはりさけるだけ食うのは悪い。
しかし、悪いものを食べると余計食わざるを得ない。

悪い物の中には必要な養分が少ないから、
補うためには沢山食わねばならぬ。
そのために病気が起こる。
まことに因果である。”(引用終わり)

胆石にしても、食べるものとその消化が大いに
関連している。
たとえば、この季節、多くの人が消化器の不調を
感じやすいがその理由はさまざまである。

胃潰瘍や十二指腸カタル、大腸カタルや直腸を下がって
いくと、痔(じ)も消化器系の病に含まれる。 
ストレスで胃潰瘍になることはよく知られているが、
30代の無理を利かせやすい働き盛りの私の夫が
そうだった。

夫は、職業柄、真夜中に家を飛び出して、寝る暇も
なく働いたり、現場、特に、アフガニスタンなどの
内戦の中で、銃弾が体の脇をかすめる空気さえ感じる
所での仕事は、私には想像できないストレスを身心
に与えていたと察する。

その当時、胃の痛さを訴えていた。 
それでもいつの間にか、症状が和らぎ、海外で暮して
いたこともあって、放置したまま、3年間の任務を
終えて、日本に帰国した。

その際、会社の定期的健康診断と人間ドッグを受け、
”胃潰瘍の痕跡がある”と診断書に書かれ思い当たった
のが、その海外勤務当時の症状だった。 

いつの間にか、自然治癒して痕跡だけが胃の壁に
残っていた。
胃病はこのように、神経性な原因も多く、ストレスが
その引き金になっていることがある。

消化不良が原因で、慢性胃病になることも多い。
食物が胃に入って消化され腸に送られるまで
4時間かかるという。
しかし、胃の働きが弱く咀嚼(そしゃく)がうまく
いかないと、胃に食べ物が残る。

残ったところに、また、次の食事で摂った食べ物が
はいってくると、咀嚼がますます、弱くなり、
胃カタル、胃下垂、胃拡張という慢性胃病に
なる原因となる。

二木博士が、完全食とともに、小食を薦めるのも、
ここに理由がある。

適度に歯で咀嚼されてよくかんだ食品は、胃に
負担をかけずに消化され、そのまま腸へ送られる。 
すると、胃の中は、すっきりと空っぽ状態となり、
次の食べ物が入ってくるまでの間、胃は休息を
とることができる。

胃が空になるとき、胃の前壁と後壁が、小銭が
入っていない空っぽの財布のようにくっついて
しまっているという。

この状態で初めて胃は休養できるわけだから、
体の調子の悪い時、食欲が落ちると、栄養不足に
なることを心配して、無理やり食べ物を口に
押し込むと、むしろ、胃に負担をかけ、療養に
ならないということになる。 

身体の調子が悪い時は、胃を休めさせてあげる
ためにも、食欲がなければ、無理に食べない
ほうが、自然と体は回復していきやすいと言えそうだ。

健康な時は、お腹がすくと、食欲が出て、食物を
摂取したい気分になる。休息時間を与えられた胃は、
新しく入ってきた食物に元気よく活動を開始する。
胃が空の状態で物が入ってくると、ある程度の量
に達すると、胃がふくれて、物が十分入ったという
感触が湧く。 
この満腹感を、’内臓感’と呼ぶが、この内臓感を感じる
ことが健康な証拠だという。

それ以上食べなければ、胃病になる心配はないと
二木博士は言う。
この内服感を大切にして、そこで食物をとらなければ
”腹八分目” 状態。 
体にとって、適度な食事の量といえる。

さて、胃の中で消化されるのは主にたんぱく質だ。
脂肪や含水炭素はあまり、胃の中で消化されない。

胃の中にある塩酸(HCL)がたんぱく質に働く。 
するとたんぱく質は凝固する。

凝固して消化されると同時に、ここで殺菌作用が働く。
胃が丈夫であれば、多少のばい菌も消毒されて、力を失う。

塩酸で凝固した、たんぱく質はペプシンという消化液
によって溶かされて、ペプトンになる。

ペプトンになって、幽門を通過して腸に送られる。
このとき消化不良でその働きが弱くなっていると、
幽門を通過できないばかりか、無理して通過しよう
とする際に胃痙攣をおこしたりする。 

運よく、腸に送られても、消化が不完全なので
腸の第二消化が行われず、下痢になってしまう
理由がここにある。 

胃潰瘍の原因も、この ”第一消化が弱いため” 
といえないこともない。

胃が悪い時、吐き気がともなうことがある。
下痢して吐き気ということもある。

これは、幽門から咀嚼の悪い食物が腸に降りて
行かないので、噴門(ふんもん)を開いて口から吐き出
させるためだ。 

その際、大体、酸っぱいものが出る。
胃酸の酸っぱさだけでなく、乳酸が含まれているからだ。
乳酸がなぜ、造られるかというと、胃の中で
糖化できなかった炭水化物が発酵して、乳酸と
なるためだ。

つまり、乳酸菌が胃の中で繁殖しているわけで、
胃の中の塩酸によって、普通なら死んでしまう
乳酸菌が活発化している証拠で、胃が
弱っている状態といえるだろう。

乳酸ができているということは、炭酸ガスが
胃内にたまっている。

慢性胃カタルの人は、胃の中がガスが半分たまり、
流動体が半分残り、がぶがぶと音がするほどだから、
よくいう、”胸が焼ける”という感じになる。

そうして酸っぱいものが口に上がってくるときがある。
それが胃酸過多症といわれる症状だ。

これは、先ほど述べたように、胃の中の塩酸の酸
ではなく、乳酸の酸が過多になっている状態。

塩酸が多ければ、乳酸のもとになっている乳酸菌が
胃の中で殺菌されるから胃の中にガスがたまる
ということはない。

この胃酸過多症が原因で胃潰瘍が起きる場合が多い。 
乳酸菌の作る乳酸が胃の壁面を弱め、そのただれた所
から血管が切断させられて、出血。 

出血は繰り返されると、ただれた部位はだんだん
深くなり、胃の壁に穴が開く最悪の事態になる。

’胸が焼けた’感じとか、気持ち悪くて’吐き気がする’
というその時、どのようなことが胃や腸の中で
起こっているのか知ることで、胃に負担をかけない
ように、普段から食べ物の量と質には気を使う
余裕がでてくるような気がする。


*1)明治6年 秋田佐竹藩の藩医の家に生まれる。
20歳までいろいろの病気に悩み、玄米食の実行により、
健康となった。

明治34年東大医学部卒、駒込病院勤務中伝染病の
研究をしながら、栄養学的に食物の研究に努力する。
ドイツに留学し、天然免疫性に関する医学界
における世界最高の業績を残す。
帰国後、赤痢駒込菌を発見し、鼠咬症病原
スピロペーターの発見によって、学士院の
恩賜賞を受けた。

かたわら、二木式腹式呼吸を発表、玄米・菜食、
すなわち完全食を提唱した。
その間、当で愛教授、都立駒込病院長、
日本学士院会員、養生会会長、
豊島丘女子学園理事長、修養団団長、
その他多くの要職を兼ねる。

藍綬褒章を賜り、その後昭和30年11月3日、
文化勲章を授与せられた。

*2) “健康への道” ~完全正食の医学~ 
東京書院発行、昭和32年


 


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二木医学博士の”生命素”=”類脂体”の働きとは?(5)

2018年12月24日 | 自然治癒力・生命力・発揮する考え方

 

胆石 と 類脂体の関係性・・・ 2018.12.24

*******************************************************

 

途中、風邪とインフルエンザの臨時投稿をしたが、

今日は再び、二木医学博士の名付けた生命素という、

類脂体の話の続きである。

 

類脂体を生命素と、博士(*1)は名付けている理由は、

生命的に活発に元気に平常に体が機能するために

なくてはならない要素だからだ。

この働きは人間の生命の素と言ってよいと、博士は言う。

 

”これが豊富ならば、長生きするが欠乏すると死んでいく

と自著(*2)に書いている。

 

あまり、聞きなれない、この類脂体には、特徴がいくつか

あって、一番めの特徴は、先回述べたように、水と脂の

間体で、脂の形をしているのでドロドロしていると

いうことだ。 


ドロドロしてはいるが、水に溶ける性質を持っている。

 類脂体の第二の特徴は、固形と液体の中間体であるということ。

結晶体ということは固体であるのだが、実際は集まると

液状を呈している。

“液状結晶”という。

 

例えば、血液が例である。

固形であるのに、血管の中では液状であるから、

液状結晶状態ということになる。


他の例では、松脂(まつやに)がある。

松の木の毛細管の中で、葉から根っこへと流動体で

上下運動しているが、毛細管が傷つけられて木の外に

松脂が出てくると、粘り気ある液状に代わりさらに、

体へと変化していく。

 

こうして、血管や松脂の例でわかるように、必要な場所

で液状になって活動しているのは、類脂体の生きている

証である。

 

ところで、この働きが弱まると、どのような症状となって、

人の体に出てくるのだろうか? 

胆石”を博士は取り上げている。 なぜ、体の中で、

固体である石ができるかというと、脂体の働きが

弱くなっているからだと博士は以下のように、指摘する。

 

“類脂体の性質が衰えると、人間の体の中に石ができたりする。

膀胱結石、胆のう結石、腎臓結石、というようなものが

できるのは、すべて類脂体が非活動的になったからである。


これを起こさぬようにするには、生きた物を食べなくては

ならない、

野菜類、果物類を食べると、この石でさえ、溶けるよう

になる。“(引用終わり)

 

類脂体の第三の特徴は、無機物と有機体の中間体であると

いうことだ。

 

たとえれば、木の根に加里肥料などの有機物を与えると、

植物の根の膜(まく)の一枚を通して、その植物全体を

有機化してしまう。

 

それが活動性の類脂体の顕著な特徴で、人間体でも

同様の働きをする。

博士の言葉を引用。

“人間の体内にあって、燐でもなんでも有機化させて

いるのは、類脂体の働きである。

そうして、その有機化された無機物を今度は必要に

応じて、歯とか骨に無機物として置いていく。

また帰って行って、無機物を有機化して持ってくる。

その代わり、体が酸性体質になったら、歯も骨も皆、

溶かしてもっていってしまう。

そういう自由自在の働きをするのである。”(引用終わり)

 

類脂体の第四の特徴は、死んだ物と生物の中間体に

なっていることだ。

生きているように見えて、死んだように動きがなく、

繁殖もない反面、死んでいるように見えて、生きている

働きを突然する。


玄米が完全食というのは、玄米の中の類脂体が人間の

生命力を高め、血液の粘りを薄め、ラサラした血を

つくり、生命力の枯渇を防ぐからだと博士は言う。


類脂体が人間の体の健康に影響を与えていることは、

納得できそうだ。

しかし、活動的な類脂体を取るということが大切で

あって、死んでしまった、類脂体では、働きが期待

きない。

だからこそ、博士は玄米食を絶賛している。

玄米食には、類脂体が、活動的なまま含まれているからだ

 

一方、普段私たちが食べている白米ではどうだろうか?

白米を食べるために、コメの皮の部分を捨てられている。

博士はこの皮の部分に栄養素が含まれているというが、

面白い喩えをしているのでご紹介したい。


”たとえば、リンゴは皮のままならば、無毒である。

皮をむいておくと、実のほうが茶色に変わる。

これは一種の腐った状態で、毒でないとはいいきれない。


また、卵を中身と殻と分離しておくと、恐ろしい毒になる。

そんな卵を食ったら、ひどい中毒を起こす。

また、空気を酸素とチッソとに分離したらどうなるか、

窒素を一呼吸したら、世界の人間は一分間に皆、

死んでしまう。


また、酸素を分離しておいたら、タバコ一本吸っても

世界中焼けてしまうのである。

空気中に窒素という毒があるから、空気を吸っては

いけないといったら、大変なことになる。


塩だって、クロール、ナトリウムが入っているから、

これを分解すれば、クロールは毒ガスで、ナトリウムは

人間の体を腐敗させる恐ろしいものであるから、

塩を食ってはいけないというのは間違いである。

 

それと同じで、分析したり分解したりしてはいけない。

天然そのものには毒はない。

空気だって、光線だって 水だって、その通りで、紫外線

にばかりあたっておれば、人間は死んでしまう。

だから、この節の学者は行き過ぎたことをして、

自殺研究に陥っているようなものである。


渾然融和した状態へ戻ってこなければならない。

玄米というのはその意味で渾然融和しているのだ。”(引用終わり)

 

ここで次のような疑問を持つ人もいるだろう。

”それでは、生きている類脂体をとる、玄米でそれを

補給するといっても、炊いて食べては、局は類脂体

は死んでしまうのでは?”という疑問だ。


野菜でも玄米でも煮炊きする前は確かに生きているが、

熱を通したら、死んでしまうのは実だ。

士はその問いに次のように答えている。

”生きた鼠を猫が食う。噛んでいる間にねずみは死ぬ。

胃の中にはいれば、鼠の肉も、みな煮られた肉の

うになって、胃の中の胃酸で煮られてしまう。・・


であるから、どうせ、生きているものを歯でかんで

殺し食べても胃の中で死ぬのだから、いきたものを

前に煮炊きして、すぐ口に運ぶ分なら、かまわないだろう。” 


”しかし、死んでからしばらくたったものはいけない。

なぜかといえば、生きた物を食べた時、胃の中で

殺されるが、その時にはまだ、復活性がある。

すなわち鼠の血液はみな、猫の蛋白、猫の血液に復活する。

それが、死んだ食べ物を食べるとそうはいかない。・・・

殺して間もない、生きがよいのを食べるのが

よろしいのである。”(引用終わり)

 

 

*1)明治6年 秋田佐竹藩の藩医の家に生まれる。

20歳までいろいろの病気に悩み、玄米食の実行により、

健康となった。

明治34年東大医学部卒、駒込病院勤務中伝染病の研究

をしながら、栄養学的に食物の研究に努力する。


ドイツに留学し、天然免疫性に関する医学界に

おける世界最高の業績を残す。

帰国後、赤痢駒込菌を発見し、鼠咬症病原

スピロペーターの発見によって、学士院の恩賜賞

を受けた。

かたわら、二木式腹式呼吸を発表、玄米・菜食、

すなわち完全食を提唱した。

その間、当で愛教授、都立駒込病院長、

日本学士院会員、養生会会長、豊島丘女子学園理事長、

修養団団長、その他多くの要職を兼ねる。

藍綬褒章を賜り、その後昭和30年11月3日、

文化勲章を授与せられた。

 

*2) “健康への道” ~完全正食の医学~ 

東京書院発行、昭和32年

 

 

 

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 血圧と脳溢血と風邪の関係

2018年12月19日 | 自然治癒力・生命力・発揮する考え方

 

風邪は治すものではなく経験するもの~
(2018のブログ記事の補足的追考) 2018・12・19
**************************************
昨日のブログ解析を見た。
読者の中で10名の方が以下のページを開いて読んで
くださっていた。
この記事は、2018年12月16日の’風邪とインフルエンザ’に
関するブログ記事に書いてあるように、私の友人医師の
言葉、’風邪薬が見つかったらノーベル賞ものだ’ 
という、それを載せるきっかけになった記事だった。

今、読んでみても、当時と全く私の見解は変わって
いないし、むしろ、もっと、それが本当であることを、
実感する。
古い記事なので、読んでいらっしゃらない方もいるか
と思い、あえて、推敲せずにそのまま、
2018年12月16日記事の補足として、臨時投投稿
させていただく。
*****************************************************
血圧と脳溢血と風邪の関係           2014・12・8
  *************************************************************  
風邪の”体の調整”とはどういうことかというと、
体の柔軟性を回復させて、順気のめぐりを良くして、
”コリ”や”つまり”を自然治癒力で解いてくれることだと、
順気の流れを感じることのできる人は知ってる。 

風邪をひいて、柔軟性を回復すると弾力が戻ると
言われてもピンとこないだろう。 
弾力が戻ると どのように変化が起きるのだろうか?

風邪をひいて血圧が下がるのが、良い例である。
風邪をひいたあと、血圧が高かった人が、
低くなるは、体全体に弾力がもどり、柔軟性が
増したためだ~と考えられる。
つまり、血管の硬化状態(つまりがある状態)が
平常に戻ったためと言える。

血管が柔らかくなれば、圧迫されない分、血圧が
下がるということになる。
私の84歳の実母は10年程前, 血圧が、170であった
ので、当時、血圧を下げる薬を飲み始めていた。

ところが、飲み始めてから数か月後、ちょうど
私がインドから一時帰国したとき、母の変化を感じた。

どこか、精神的にボーとして、機敏性が薄れて、
気持ちも浮かないのか、お洒落に気を使わなくなり、
靴のかかとを踏んだまま、つっかけのように
ひっかけて平気で外出する姿を見た。 

その歩くさまは、まるでホームレスの老人の
徘徊のようにさえ感じられた。 
その時、普段は薬を飲まない父が、高血圧だけは、
脳の血管が破れることもあり、怖いからという理由で
母に血圧を下げる薬を飲ませていることを知った。 

自身のアートマセラピーを日本にいる家族に施そうと
思ったのはこの時が初めてだった。

父に説明をして、了承を得て、しばらく、薬を
保留してもらい、集中的に母にセラピーをした。
数日間で血圧を、140まで落ちた。

すると、母は、薬を飲まないときの方が 気分が
良いといって、それ以来、少々血圧が上がっても、
薬は飲まなくなった。

認知症の要介護3になってからは、月に一度の
薬なし(薬の処方無し)の健診に病院へ伺う。
現在も、母の血圧が高いことには変わらない。 
175、否、それ以上の時もある。

ずいぶん前に、主治医からは以前、高血圧を抑える
薬のお話しをいただいた。 
その時点で、私は、主治医と 話し合った。 
自然治癒力という、自分自身の見解をお話ししたりして、
幸いにも、私の主旨は先生のご理解をいただいた。

MRIで脳を徹底的に検査した折、すでに、小さな
脳梗塞跡は発見されており、高血圧もからんで、
その治療となると、母の高齢と体力不足から、体力的
負担が大きく、マイナスのリスクも かなりあるという
先生の見解だった。

血圧を低くしても、母の脳の状況では、いつ、
クモ膜下出血が起こっても不思議でないと、
すでに数年前に言われている。

その折、先生とお話しさせていただいた中で 私は
血圧が高いということが、一概に悪いと思っていないこと。
血圧が高いことより、血管が硬化しているほうが
怖いこと。
だから、自然治癒力によって、体全体の柔軟性を保つこと、
に重点を置きたいということを話して ご理解をいただいた。

血管が硬化して、血圧が高ければ、破れて、脳溢血や
脳梗塞をひきおこす。 
血圧が高くても、体全体のバランスが柔軟に順気が
整っていれば、高血圧の薬を飲んで、その合併症や
副作用をもたらすよりは・・という 思いがあった。

血管のみならず、体全体の細胞、そして、ひいては、
心の柔軟化が健康の維持に必要だ。
元気(気の元)はそうした、柔らかい体組織に
浸透していくからだ。

元気が浸透して、体を満たしていれば、自然治癒力が働く。
上手に風邪をひくとはどういうことなのだろうか?
整体創始者、野口晴哉氏は以下のように述べている:

”肩が凝るとか、首が凝るとかいうことを
感じている間は倒れない。
そういうのを感じなくなると、バタッと行く。
ところが、上手に風邪さえひけば、血圧も下がるし、
体の硬張りもなくなる。 
だから風邪を引くと脳溢血にならない。
脳溢血になった人の過去を丁寧に見ると、
ある時期から急に風邪をひかなくなっている。
必ずそういう時期がある。”

“コリ(凝る)がある”、とか ”こっている” 
という感覚はある人は、まだ健全だ。
ほんとうに凝り切ってしまうと、凝っていると
いう感覚さえなくなる。 

コリは(”経絡”=けいらくを通じて)巡り巡って、
知らず知らずに頭や心臓・その他内臓に影響を
与えていく。
”コリを気が付かずに、放っておく” と、
バタッと倒れてしまうと、野口氏は言われる
理由がそこにあると思う。

ちなみに、コリは体の芯から解くことが必要だ。 
その理由は、私たちの コリの原因は 順気の
つまりで、これは生きている気だ。 

生きている気 は、決して、物質的な機械的波動や、
生命力のない刺激からでは、根本的に左右されない。
五感感覚の、”触れて感じる” 部分で、一時的に
気持ちよくなっても、真から解くということとは、
意味合いが違う。
別の種類の一時的快感であることが多い。

風邪をひくことは、”自然治療”なのだ。 
体をほぐすために、身体に備わった各器官智慧を
働かせて、コンピューターより精密な企画をたてて、
どう、硬化した部署をほぐすかというところを
綿密に計算して風邪の症状を引き起こす。

だから、野口氏の言われるように、
”風邪をこまめに引いている人のほうが、
脳溢血になりにくい”という話の筋になる。

風邪をこまめにひくというと、自分はそんなことは
無いと思われる方が多いと思うが、半日、のどが、
いがらっぽかった、とか、鼻水が出たとかの
経験はないだろうか?  

もっと、短い風邪をひく方もいる。 
よくセラピー中、くしゃみを連続してされる方がいる。 
”アレルギーで・・” と言われるが、これも、
ある意味で一種の風邪の症状だ。

つまり、自然治癒力が発動して、コリ の部分を
柔軟化するために、”くしゃみ”が出るのだ。

野口氏はさらに続けて次のように言われる:
”早く風邪を治そうとして、熱を下げようとしたり、
咳を止めようとしたり、というような、
中断法ばかり講じていると、風邪を治そうとしながら、
体が硬張り、治療をしながら、体が
だんだん鈍くなるというようなことになる”

上手に風邪をひくとは、ここにヒントがあるようだ。
つまり、熱、咳、などの症状を止めるのではなく、
その症状ができるまで、体を楽にして、安静に
無理せず、暖かくして、水分をとりながら、
その経過をきちんと見届けるということなのだ。

以前にブログで引用させていただいた内科医の
内田久子先生も、熱や下痢、その他症状は体の
自然浄化作用であると言われている。

私自身の体験でも、風邪の症状をどのように、
とらえるかということが、体を健康に保つ秘訣に
なっている。

風邪とインフルエンザとは違うと思う方もいる
かもしれない。
一口に風邪といっても、いろいろな風邪がある。
小児麻痺や天然痘も風邪の一種であるということが
話題になったことがあった。
頭の酷使でも風邪をひく。消化器に負担を
かけすぎても風邪をひく。
栄養過多で腎臓に負担をかけていれば、
そこから風邪をひく。 
心配性の人は神経系統から風邪をひく。

要は、体の柔軟性がアンバランスになって
偏ったとき、人は風邪をひきやすい
状況にある といえるだろう。
それぞれ、それなりの風邪をひき終わると、
偏りが改善されて疲れていた部分の回復し、
風邪ひき前とくらべ、体全体のバランスが
よくなり、順気(じゅんき)が回る。

だから、野口氏が言われるように、
”風邪は治療するものではくて、経過するもの” 
であるという意味がここにあるのだと思う。


 

 

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インフルエンザと風邪、二木博士の特効薬はないというお話(5)

2018年12月16日 | 自然治癒力・生命力・発揮する考え方

近藤医師による医学的常識に対する異なる観方       2018・12.16

********************************************

 

完全食について話を進めているところだが、最近のニュースで

今年もまた、インフルエンザが猛威を振るい始める兆候がある

~と聞いたので、テーマを変えて、今日はインフルエンザに

ついて、書いてみたい。


二木博士(*1)が、わかりやすく説明している箇所(*2)

があったので引用してみる。 

 

“インフルエンザとは、どのような病気で、風邪と

どう違うかというと、普通の風邪ならば、鼻かぜをひいた、

咽喉かぜをひいた、とか、今度はかぜをひいて

胃腸を壊したといった具合に、本当の一部分だけしか

侵されなくて、大したこともなく

すぐ治ってしまうもので、普通、感冒と唱える。

 

この感冒というのは、病名ではない。それはむしろ

抵抗力の弱った人が侵される誘因のことである。

抵抗力の弱っているときに、寒さに会って、鼻カタル、

咽頭カタル、気管支カタルを起こしたというが、

これは寒さそのものが病気にするのではなく、抵抗力減弱

の結果である。


抵抗力さえ強ければ、氷室に三十分や一時間入っていても、

風邪をひくものではないから、風邪という病気ではなくて、

カタルが病気である。


それが病名で、誘う原因が寒さである。”(引用終わり)

 

インフルエンザの症状としては主に次の三つがある。

①神経症状、

②カタル症状、

③胃腸症状、


それぞれどういうのかといえば、

①神経症状では、頭痛や足腰が痛んだりして、気分が

落ち込んだりする。


②カタル症状とは、鼻水が止まらなかったり、

タンが多く出たり、腸カタルならば、下痢が止まらない。


最後の③胃腸症というのは、食欲がわかず、

胃腸は弱くなり、害される。

 

風邪が局所的症状ならば、このような形で、インフルエンザは

もっと、全身に症状が出て、この三つの症状が主要症状として、

ともに来たり、別々に前後して自覚されたりする。

しかし、二木博士は、インフルエンザは決して怖いものでは

なく次のように言う。

 

“一週間か長ければ二週間から三週間ぐらい、症状は出るが、

熱が出て苦しい状態が過ぎると、必ず治るものだ。

死ぬのは千人に1人くらいで、怖いのは本来のインフルエンザ

ではなく、その合併症のほうだ。”と述べている

 

インフルエンザも風邪と同様、まだ、その究極の原因が

わかっていないという。

以下は、慶応義塾大学病院に勤務していた近藤医師の著書(*3)

にしるされている言葉をそのまま引用させていただいた。


風邪薬のにかかわらず、高血圧と判断される基準値など、

いわゆる”常識”的な基準値に、疑問を投げかけている近藤医師の

意見は、当たり前を少し立ち止まって考える良い判断機会

になると思い、掲げさせていただいた。

                     

①風邪薬も抗がん剤も病気を治せない~ことについて

**********************************

”病気の9割は医者にかかったからといって、治るわけでも

回復が早くなるわけでもありません。

そして、副作用や後遺症のリスク はとても大きい。

たとえば、風邪のウイルスに作用して、治せる風邪薬は

まだ発見されていません。

熱を下げる、解毒剤や咳止めなど、不快な症状を一時的

に抑える ”対症療法薬” も、体は束の間 ラクになっても、

回復は遅れます。

 

発熱やせきなどの 症状はすべて、体がウイルスを

追い出そうと闘っているサイン。

薬は体の治癒力[須田注:自然治癒力をさす)を邪魔します。


インフルエンザをワクチンで防げるとか、リレンザなどの

治療薬で治せるという 医学的な証拠はなく、せいぜい

効果が期待されている” レベルです。


一方、風邪薬やインフルエンザワクチンの副作用で

亡くなる人は大勢います。”(p・4)

 

②高血圧のガイドラインについて 

*********************

”高血圧患者が4千万人、高コレステロール血症3千万人

糖尿病は予備軍を含めて2300万人・・と、日本には凄い数

病人がいることになっています。


これは 薬を売るための策略としか思えません。

’この位は治療したほうがいいよ’ という高血圧の基準が

たいした根拠もなく、どんどん、下がっているのです。

 

長い間、最高血圧の基準は、160mmHgだったのが

2000年に140 に、2008年のメタボ健診では、ついに、

130 までに引き下げられています。 


五十歳を過ぎたら、”上が130” というのは、一般的な

数値ですから、大抵 高血圧患者にされ、降圧剤を飲んで

”治療”するはめになる。

その結果、薬品業界はホクホクです。


1988年には降圧剤の売り上げがおよそ、2千億円だった

のが2008年には1兆円を超えて、20年間で売上が6倍に

伸びています。

 

総コレステロール値も、日本人は高いほうが長生きだ

と10年以上前からわかっているのに、 基準値はなかなか

上がりません。


コレステロール低下薬の スタチン類は年間2000億円

の売上があって、関連医療費はその三倍と言われています。

問題は血圧やコレステロールを薬で下げると、

数値は改善しても、早死にするリスクが高くなること、

界中の 数万人規模の追跡調査ではっきりしています。

 

高血圧というのは 上140mmHg,下90mHg 

が基準値でそれ以上は高血圧症とされます。 

この基準値が全くあてにならない。病気ごとの専門学会が

造っていますが、総合体質で根拠なく数値が決められています。


高血圧の原因は9割以上は不明です。

また、日本人の血圧を下げることによって、死亡率

下がる、心臓病や脳卒中などが減ると実証されたデータ

は見当たりません。

 

大人になると 動脈も老化して、硬くなり、血圧を先に

送る力が衰えます。

そこで、体は年をとるほど、血圧を上げようとしまいます。

脳や手足の隅々まで血液を送り続けるため、それを薬で

下げたら、ぼけたり、ふらついたりしてしまいます。

 

フィンランドで75歳から85歳までの”降圧剤を

飲まない”男女521人の経過を見た調査では、

80歳以上のグループでは、最高血圧が180以上の

人たちが生存率が最も高く、最高血圧180を切った

人たちの生存率は、ガクンと下がっています。


なのに日本では最高血圧は130で病気にされ、

薬で下げようとさせられているのです。” 

(p・6)

                              

③基準値はどうして決まるか?

”基準作成委員の多くが製薬会社から巨額の寄付金を

受け取っているのも問題です。

たとえば、2005年に作成された、高血圧の基準も含む、

日本版メタボ診断の作成委員会メンバーのうち、

国公立大の医師11人全員に2002~04年の3年間に 

高血圧などの治療薬メーカーから、合計14億円も

寄付金が渡っています”

 

以上、近藤医師の言葉を引用させていただいたが、

二木博士と近藤医師の、人間の生命力の持つ治癒力に

対する観方が似ているように思われる。 


血圧が高くても、それは体が血液を循環させるための智慧、

いから悪いのではなく、高い圧力がでるのは、その

必要性を体が持っているからであり、生命力が強いからだと

発想を転換してみる。 

 

二木博士がインフルエンザが治る過程で、高熱を出して、

2週間ほど、静養していれば、自然に治るものだという

上記の言葉などは、体の自然治癒力への信頼が行間に見られる。


インフルエンザは決して怖いものではなく、真の特効薬が

無くても、他の病気を誘発しないように、よく休養し、

普段からふさわしい食事をとり、抵抗力のある体

作っておくことで自然に治るという立場をとっている。

                      

さらに、コレステロールでいえば、近藤博士は

いまだに悪者扱いのコレステロールも、実は長寿のもと” 

と言っている。

これも、コレストロールに対する常識を転じて観た言い方だろう。 

そして、何年かごとに改正されるそれらの基準値には、

根拠がない、と近藤医師は書いている。


基準値によって、右往左往するより、自分の体の声、食事や睡眠、

休息やストレスの回避な、今、自分の身心が、何が必要で、

何が不必要なの語り掛けている声を、しっかり聴きとることが

大切だろう。

 

”症状”は、病気そのものではない。病気にならないよう体が

異常な侵入者や状況に、対抗して熱が出たり、正常化

しようとして 活動している生理作用の顕れだと、

近藤医師や二木博士を含めて 生命医療に携わる医師

考え、むやみに薬を出すことを躊躇さえしているようだ

 

 **************************

 

*1)明治6年 秋田佐竹藩の藩医の家に生まれる。

20歳までいろいろの病気に悩み、玄米食の実行により、

健康となった。

明治34年東大医学部卒、駒込病院勤務中伝染病の

研究をしながら、栄養学的に食物の研究に努力する。

ドイツに留学し、天然免疫性に関する医学界に

おける世界最高の業績を残す。

帰国後、赤痢駒込菌を発見し、鼠咬症病原

スピロペーターの発見によって、学士院の恩賜賞を受けた。

かたわら、二木式腹式呼吸を発表、玄米・菜食、

すなわち完全食を提唱した。

その間、当で愛教授、都立駒込病院長、日本学士院会員、

養生会会長、豊島丘女子学園理事長、

修養団団長、その他多くの要職を兼ねる。

藍綬褒章を賜り、その後昭和30年11月3日、

文化勲章を授与せられた。

 

*2) “健康への道” ~完全正食の医学~ 

東京書院発行、昭和32年

*3)”医者に殺されない47の心得” 近藤誠著 

2013、 株)アスコム

 

 

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二木医学博士の完全食とは?(4)

2018年12月11日 | 自然治癒力・生命力・発揮する考え方

 

赤子の授乳時に秘められた、類脂体と免疫の話  2018・12.11

**************************************************

 

玄米の成分を考えてみよう。87%はでんぷん、

たんぱく質は7.9%、2.3%が水溶性不変質脂、

1.6%が無機分~自然の塩。リン酸が0.84%など

含まれている。

このような、玄米食に含まれる有機的栄養分の解析結果、

博士(*1)が玄米食を完全食という理由の背景は

以下の3つに要約でき

① 玄米食に含まれるたんぱく質は、白米にすると34%ほど

減るため、白米食では、自然とほかにんぱく質を含んだ

食品をとるようになる。 

植物性たんぱく質は、豆製品に多く含まれるが、戦後

動物性たんぱく質へ嗜好は移ってきているようだ

 

そのため、健康面への弊害が出てきていると博士は考える。

動物性たんぱく質の過剰摂取は疾病という形で人の健康

をむしばむという理由の1つに、動物性たんぱく質は

体内で消化されない分が毒して腸内で発酵するからだ。 


いわゆる自家中毒のようになり、それが基で病の引き金になり

やすいと博士は言う。自著(*2)から引用すると:

 

日本人が動物たんぱく質を食べると、しばしば中毒して、

風邪をひいたりして、炎とかカタルという病気を起こす。

炎(えん)と名付けられた病気を数えてみると、

病の8割ぐらいにあたる”(引用終わり)

 

一方、玄米中心の食生活であれば、たんぱく質も適当に

含まれ、他の食製品から補給する必要もあまりないので、

肉製品からの動物性たんぱく質を体がそんなに必要と

しなくなるというのだ。

 ”玄米だと何もそんな物を選ぶ必要はない“

 

② 次に 玄米に含まれる、脂質を見てみよう。 

白米食だと、含有脂質が少ないため、他の食にから補給する

ことになる。 

精製された小麦粉で作った白い食パンには、確かにバターが

よく合うし、”~丼”というどんぶりものには、白米の上に

天ぷらや肉類の揚げ物など、動物の脂質や植物油を使った

材がふさわしい。

健康ブームで、肉より、魚の脂は体に優しいとされていても、

長い目でみると、決して体に負担のないものとは

いえないようだ。 

 

なぜなら、それらの脂質は、水に溶けない不溶性油であり、

言い換えれば、変質油と変質脂肪なので、人の体に

入ってもそのままでは、栄養効果が出ない。 

胃腸によって、十分に消化されることで栄養分となるが、そ

のための胃腸への負担は玄米に含まれる水溶性の脂質と

比べると大きい。

 

③ 次に、玄米に含まれる無機分を見る。

これは、いわゆる灰分(かいぶん)といわれる栄養素で、

30種類ほどあり、自然の塩ともいわれる。

塩といっても、舌の上にのせても、塩気の味はしない。

完全な塩だからだ。

その完全な塩というのは、ケイ素、チタニウム、カルシウム、

カリウム、マグネシウム、ワナジウムという、無機質

の要素が多く含まれていて、人の血液にとって、特に

大切な栄養要素となる。

 

一方、市販の塩には、クロールとナトリウムしか含まれず、

舌の上にのせれば、旨味より、塩辛い味がするのはこの成分

のせいだ。 

この塩では、骨や歯、血液といった組成を作ることはできない。

それどころか、時には体に有害になることもある。


たとえば、腎臓炎のとき、咽喉が弱っているとき、

腎臓廟のとき、医師から塩辛いものは避けるように

言われるだろう。

こうした病がなくても、長年の、生活習慣の塩の取りすぎで、

中年以降、腎臓炎を起こす人は多いし、骨の栄養と

ならないから、老年に骨が萎縮していき、カルシウム欠乏

やヨード欠乏を引き起こすことがある。 

 

中高年で高血圧の人が多くなるのも、この影響があるだろう。

圧は高くなったり、肋骨に水がたまったり、咳が出たり

などなど、市販の塩気の過剰摂取が長年にわたると、

このような形で、体の不調和として、表面化してくるから、

市販の塩の過剰摂取には気を付けたい。

 

④ 次に、玄米に含まれる、リンの有機化合物について考えてみる。

玄米に含まれるリン酸は多く、成分の一割に近い量が含まれる。 

一方白米ではわずか、0.009%しかリン酸は含まれておらず、

10%と0・009%という、大きな差が見られる。


玄米食中心にしていれば、特に、リン酸を補う必要性はないが、

白米を主食にしたとき、補食する必要がてくる。

しかし、分析したリン酸は有害であるので、医者が

簡単に処方して、出せるものではないらしい。


人の健康には大切な要素であるにもかかわらず、補うことが

できないため、白米を中心に食していると、やはり、

長年の間には、病の要因として体に現れる場合があると

博士は指摘する。

 

⓹ 最後にでんぷんを見てみよう。

白米は玄米の皮部分を向いた部分であるから、でんぷんは含まれる。

ところが、上記でみてきてような、体に必須のの有効繊維

実より”皮”のほうにあるわけだから、脂肪、蛋白、ビタミン、

類脂体など、が 白米として精製されるときに捨てられている

ことになる。


そのほかの有効成分はというと、玄米には、ビタミンA.B.C.D.E

が含まれるが、白米はビタミンに関しては、ゼロだ。 

ならば、ビタミンはサプリメントで補おう~という人は多いが、

博士の考え方によれば、ビタミンは“生きた食べ物”からとる

以外に人の体に吸収され難いから、サプリメントの効用は、

精神的な満足度からくる安心感(リラックス)程度で、

実際の栄養効果は期待できないということになる。

 

このように見てみると、玄米が完全食という博士の言葉も

納得できそうだ。

それ以外に、注目したい栄養素として類脂体について、一言、

付け加えさせていただきたい。

先回のブログで触れたように、“類脂体”という生命要素、

有機体が玄米には含まれている~というポイントだ。


”生命素”と名付けられた、この有機体について、博士の著書

から引用させていただく。

 

“活動性類脂体は、すなわち生命素である。これは脂肪に

属する物体という意味で、脂に似ているが、脂でもなく、

水でもない。・・類脂体は今日まで普通栄養学ではあまり

考えられなかったが最近だんだん明らかになってきた

のである。“ (引用終わり)

 

たとえば、牛乳の例をとってみよう。

取り立ての乳にはは水と十分混和して、どこにがあるか

わからない。

しかし加工すると、クリームの層ができる。

このクリームから、バターを造り、さらに、たんぱく質と

して残った部分を精製してチーズができる。

 

つまり、脂分を加工して乳製品が造られ、言葉を換えれば、

類脂体を非活動性に変容させて加工品が生まれる。

つまり、その時点で、“生きていた乳は死んだ

ということになる。


私の体験だが、デリー滞在中は必ず、自家製のヨーグルト

創るのだが、このとき、スーパーでパックされている

ミルクでは、できないのだ。 

地元の牛で絞った乳を袋詰めにして朝特定の時間

に売りに来るそれを使えば、100%、ヨーグルトが出来上がる。

そのミルクは雑菌など入っているのを考慮して軽く沸騰させ、

人肌ほど冷めたところで、前日残ったヨーグルトを

小さじ一杯いれてかき回せ、土鍋に入れて一定の温度で

一晩おくだけで上質なヨーグルトが出来上がっている。


これも、類脂体がどの程度、牛の乳に残っているかが

関係しているのだろうか? 

生きているミルクかどうか?というところが関与して

いるのだろうか?

 

ちなみに、日本でこれをしようとしたが、日本の市販の

ヨーグルトと牛乳でうまくいった試しがないので、やはり、

生乳といっても、日本で売られているそれは、

加工された要素が大きいのだろう

と察しているが、如何なものだろう?

 

生きているミルクかどうか? 

このことは、人間の乳にも言えるそうだ。

だから、人間の生来の智慧で、“生きた乳”を赤子に与える

特別な術を、母子は知っていると博士は言う。


冷えたり、空気に充てたりしただけで、乳の類脂体は

活動的になってしまうし、太陽にあてたら、もっと始末が

悪いというわけで、母子の授乳は、赤子唇が乳腺の出口

に吸い付いて、口という暗室の中に上手く吸い込み、

空気や光線に触れさせない。

 

次に冷やしてはいけないから、親の体温と同温度の暖かい

口の中に蓄える。

空気に充てないように、真空の中で赤子は母親の乳を

吸い入れるのだ。

本能的に、“生の生きている乳が、無備な赤子の身体の免疫育成

や成長に役立つ“よう、”完全食“として赤子に与えられているわけだ。 

 

この二木博士の説明で、母体から授乳された子供の免疫力の

確かさは従来から言われていたが、母乳本来の栄養素、

特に類脂体がそのまま赤子の体内に流れていくその仕組みに、

”なるほど”と目から鱗(うろこ)が落ちる感がする。

 

*1)明治6年 秋田佐竹藩の藩医の家に生まれる。

20歳までいろいろの病気に悩み、玄米食の実行により、

健康となった。

明治34年東大医学部卒、駒込病院勤務中伝染病の

研究をしながら、栄養学的に食物の研究に努力する。

ドイツに留学し、天然免疫性に関する医学界に

おける世界最高の業績を残す。

帰国後、赤痢駒込菌を発見し、鼠咬症病原

スピロペーターの発見によって、学士院の恩賜賞を受けた。

かたわら、二木式腹式呼吸を発表、玄米・菜食、

すなわち完全食を提唱した。

その間、当で愛教授、都立駒込病院長、日本学士院会員、

養生会会長、豊島丘女子学園理事長、

修養団団長、その他多くの要職を兼ねる。

藍綬褒章を賜り、その後昭和30年11月3日、

文化勲章を授与せられた。

*2) “健康への道” ~完全正食の医学~ 

東京書院発行、昭和32年

 

 

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