自然治癒力セラピー協会=Spontaneous Healing Therapy Japan

自然治癒力を発揮させるために、心と体の関係を考えます。

ヨガのイロハ~一元思想:感覚と一夫多妻の関係

2021年07月23日 | 健康と”悟り”・スピリチュアリズム

感覚を制御する方法             2021年7月23日

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先回は諸感覚の位置づけについてお話ししました。

’舌を制する人’は、自分自身を制しているといえる~とは、

インド修行時代に、先人たちから聞いたことです。

なぜなら、舌は、二つの大きな仕事をしているからです。

一つは、口の中で、’食物の嗜好’と、二つめは、’

言葉を司る’働きをしているからです。

 

口に入れる食物が、添加物が少なく、塩や砂糖が

効きすぎていないで、身体に優しいものだと、味わって

判断できるのが舌の役割です。

舌が確かなら、健康を促進する健全な食物を消費する

ことが容易でしょう。

また、他人に喜びを与える優しい話し方や、自分の想念

や感情を穏やかに、正しく他人に伝える任務も持って

いるのです。

 

こうした本来の舌の働きですが、今は、薬剤や麻薬、

酒や行き過ぎたカロリー高い食べ物や、喫煙、飲酒、そして

他人の悪口や批判をすることに、快感を覚えるように

なってきているという、残念な事態になっていると、

先人たちは警告してきました。

 

サイババ師は、舌のみならず、5つの感覚器官はすべて、

神から与えられた、それぞれ、その目的に相応しい

使い方をしている限り、その人には、神の

祝福が与えられるとしています。

 

今日はそのあたりから、お話しさせてください。

 

“初感覚に定められた目的のために、神から与えられた

諸感覚を正しく用いることによって、はじめて人間は

神の高さにまで、向上できます。

 

自分が感覚器官を所有しているからといって、あなた方

はその器官を勝手に気ままに用いることは慎むべきです。

感覚器官は、戦車にくびきでつながれた馬のようなものです。

この感覚器官という馬を正しく、さばくことで、戦車が

人生の究極の目的までなめらかに安全に進むことが

できるのです。

 

馬は戦車の前に置かれます。

が、こんにちでは、逆です。馬は戦車のうしろに

繋がれています。

 

さらに、感覚を尊重するあまり、繋げるのはふさわしくない、

戦車の中にいれて置こうと考える人達もいるのです。

馬(諸感覚)を戦車の中に入れてしまうなら、

どうやって、戦車は動くのでしょうか?

 

感覚を大切にするばかりで、内面的に制御するという

努力は、いったい、どこにいってしまったのでしょうか?

 

こんにち、このようにして、感覚を甘やかし、それに仕事

を与えないということをしているケースが多い。

そのため、感覚は暴走して、主人に災害を与えるという

結果に終わってしまうのです。

感覚を大切にしすぎるために、馬に上等な餌をしこたま与え、

法外に太らせ、役にたたないほど、肥えてしまうという、

厄介な結果を生んでいるのです。

 

この状況は多くの妻を持った王様に喩えられます。

ウッタナバーダ王には二人の妃(きさき)がいました。

この二人の妃が対立したために、ドルーヴァ王子は

森にはいって、苦行をせねばなりませんでした。

 

また、ダサラダ王には三人の妻がいました。

一番年の若い妻の要求にこたえるため、王は、

最愛の息子ラーマ王子を森に追放するという苦痛を

味わいます。

そして、結局、息子との離別の苦しみのため、命を

落とさねばならなかったのです。

 

これが二人か三人の妻を持った男の苦境とするの

なら、10人の妻を扱う男の状態を想像してみなさい!

 

心という重要なVIPは、5つの感覚器官と、5つの

行動器官を操らなければならないのです。 

各器官は自分で選んだ対象物で楽しみたいと、主張します。

たとえば、鼻は、マサラ・」ドーサ(南インドの美味しい

食べ物)の香りに魅惑されています。

 

耳は快い音楽を楽しむことができるように、ラジオを

一定の局に合わせたいと主張します。

目は、新しい映画を見たいと切望しています。

 

このように、それぞれの感覚器官が、まるで、

王様の妻たちのように、好き勝手に自分の欲望に夢中に

なっていて、主人である‘心’はどのようにして、その全部

の要求を満たすことができるでしょう。

 

それが不可能なとき、心は挫折を味わいます。

そんなことでは、10人の妻と結婚した、この心は、

平安を楽しむ余地もなくなるのです。

これは一つの喩(たとえ)です。

 

諸感覚を、正しい規制のもとに、置いて、初めて、

人は、平安を味わい、周囲の人達をその幸せを

分かち合うことができるのです。

 

諸感覚の要求を一致させる方法は無いのでしょうか?

一つ、その方法があります。

これは、善も悪も、公平な心で扱うということです。

 

具体的な例をお話ししましょう。昔、トゥカラムと

いう人物がいました。

彼はこの点で優れた例を示しています。

彼は偉大な帰依者で、非常に優しい心の

持ち主でした。

 

一方、彼の妻は、がみがみと不平ばかりこぼす、

女でした。それにもかかわらず、

トゥカラムは、冷静と忍耐で、妻とうまく

やっていくことができました。 

人は、売り言葉には、買い言葉のしっぺ返し、

歯には歯を、という信条に

囚われている限りは、不和と面倒にぶつかります。

 

ところが、トゥカラムは忍耐に富んでいました。

彼は家族を養うために、2分の1エーカーの小さな

農園を耕していました。

近所の人に頼まれて、彼はあるとき、その狭い

土地に、サトウキビを栽培しました。

作物が熟したとき、トゥカラムの善良さに

付け込んだ、多くの通行人が、サトウキビを

少しずつとって、噛むようになりました。

 

残っていた作物全部を収穫する時期になりました、

トゥカラムは、残ったサトウキビを束にして

自分の荷車に積み、家路に向かいました。

途中で、村の子供たちが彼の周りに集まり、サトウキビを

ねだりました。

 

トゥカラムは、気前良さを発揮して、荷車のサトウキビを、

自由にとって行きなさいと、子供たちに言いました。

最後に家に着いたときは、サトウキビが一本だけ、

残っている有様でした。

 

これを見て、妻は、カンカンになって怒り、

トゥカラムを罵倒しました。

‘あんたは、家庭生活に向いていないよ!’、

と言って、荷台に残っていた一本のサトウキビを

持ってきて、それで、夫をたたきました。

 

サトウキビは3つに折れて、そのうち2本は地上に

落ち、1本が彼女の手に残りました。

トゥカラムは、そこで静かに初めて口をききました。

‘私は帰り道で、ずっと、1本だけ残ったサトウキビを、

家族三人にどうやって分配しようかと考え考え、

帰ってきたのだよ。

 

すると、今、お前が、この問題を見事に解決して

くれたので、嬉しいよ。

お前はその手に持っているサトウキビを食べなさい。

地面に落ちたこの2本は、二人の子供に分けてやると良い。’

 

このような平静な言葉は、高貴な魂の持ち主にしか

使えないものといえます。

この性質は、献身を信仰によってのみ、得られるものと

言っても過言ではないのです。

 

神に帰依するという、その信仰と献身は、言い換えれば、

神に完全に、総ての事象を、安心して、信頼して、

お任せする心持で、自分の目の前にある、

するべきことを平静に専心しているという美徳を

養うことなのです。

この方法で、感覚を確実に制御することができます。“

(以上サイババ師の講義から)

 

まだまだ、サイババ師が語る、このお話しは続きます・・

 

 

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秀真伝えダイジェスト版(5綾)

2021年07月15日 | 超古代日本の精神(ホツマツタヱ)

和歌の持つ、精神的意味~黄泉平坂(よもつひらさか)の巻     2021/7/15

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俳句や短歌は、いまだに日本人に

愛されている、日本文化の一つだろう。

5・7調の限られた文字数の中の

行間に込められた、深い情感を

季節感とともに味わうその繊細で、

優雅な感覚は、日本精神の美学

に通じるものかもしれない。

 

では、和歌の魅力は、どこに、

端を発しているのだろうか?

今日、お伝えする、秀真伝え

5綾の中に、そのあたりが、

詳細に語られているので、ご紹介したい。

 

5綾(あや)で登場する人物は

大物主(奇杵命=くしきねのみこと)、

思兼命(おもいかねのみこと)、

花杵尊(はなきねのみこと)、

などである。

もっとも重要な役は、

イザナギ・イザナミの尊(みこと)

が演じられている。

 

さて、この5綾の秀真伝えの中での

タイトルは、”和歌の枕詞(まくらことば)

の綾”となっている。

どうして、枕詞が発生したか?という

疑問を、クシキネノ尊が、オモイカネ尊

に尋ねるシーンから始まる。

(まるで演劇を語るように述べているが、

どうぞ、皆様、想像なさりながら、

お読みください)

 

この謂れ(いわれ)は、その昔、

イザナギ・イザナミの尊の時代に遡る

(さかのぼる)と、オモイカネノ命は

話を始める:(以下そのお話し)

(傍線部分は、神のお名前)

 

”その昔、近江の国で、国造りを

始められた、イザナギ・イザナミ

の尊は、民の言葉を整えようと、

アワの歌48音を造られました。

 

上半分の24音を、イザナギ尊が、

下24音を、イザナミ尊が詠い連ねて、

民に押して、そのアワ歌の

言霊の力で、音声の路が開き、

民の言葉も正しく整うことが

できました。

 

それから、二神は、筑紫に行幸

されて、そこで常世の国の象徴で

ある、橘(たちばな)の木を

植樹され、そこで御子を産みました。

ツキヨミの尊です。

 

それから、熊野に行幸されて、

そこでも、橘の木を植樹され、

そこで皇子が生まれました。

花杵尊(はなきねのみこと=スサノオ)

と名付けられましたが、この皇子

の気性は荒々しく、成長するにつれ、

その悪戯も度を超えていき、

ついに、母君である、イザナミは、

自ら息子の汚れ(隈)を我が身に

受けようとして、隈の宮(くまのみや)

(現在の熊野神社)を御建てに

なられたほどでした。

 

しかし、母君の痛むお心を傍らに、

花杵尊(はなきねのみこと)は、

その周辺の民の大切な生活の

よりどころであった、御山木

(みやまぎ)まで、焼いて

しまわれたのです。

その時、母君(イザナミ)は、

その山火事になりそうな、発火を

抑えるため、火の神である、

カグツチの神を召喚しましたが、

その火の神の勢いは余りある

ものがあり、母君の御身が

焼かれてしまい、瀕死のお体に

なりました。

 

その時に、イザナミ尊は、最後

の力を振り絞って、召喚された

神々がいました。

土の神である、ハニヤスメの神

水の神である、ミズハメの神でした。

 

さらに、この時、ハニヤスメの

は、ワカムスビの神を呼ばれ

ました。

こうして、これらの神々は、

うけの御霊と呼ばれる、神々となり、

ワカムスビの神は養蚕、農耕を

司る神として、世の人達に、

それらの技術をお広めになり

ました。

そして、イザナミ尊は命が絶えました。

(須田注;うけの御霊は、

現在の稲荷神社に

祀られている神でもあります。

ほかに、荷田麿命、保食神も、

祀られて 三神を荷田神と呼び

稲荷神社の、稲荷の由来と

なりました。)

 

さて、妻の死の知らせを受け取った、

夫君のイザナギ尊は、イザナミ尊

の亡きがらに、一目、浴さんと、

遺体の置かれた山の洞に、

向かったのです。

”姉上様の遺体は、決して、

ご覧になってはいけません”

と、妹のココリ姫箴言されても、

それに耳を貸しませんでした。

 

妻の亡きがらが安置されて

いるところに、到着しました。

遺体をご覧になると、そのお体

には、蛆がたかり、腐敗が

始まってました。

悲嘆にくれて、御帰りになった

ものの、まだ、未練が残り、

その夜再び、遺体が安置されている

洞窟に行かれたイザナギ尊でした。

ところが、亡くなったはずの

イザナミ尊が、面前に顕れて、

夫のイザナギ尊に言いました。

 

あなた様は、わたしの醜い姿

をご覧になった上に、また

いらして、私に恥をかかせ、

恨みます’

と、えらくお怒りになり、

醜女(しこめ)8人に、

イザナギ尊の後を追わせて、

その場から追い払おうと

なさりました。

[スダ注:このあたりが、黄泉平坂

(よもつひらさか)の下りとして、

古事記でも有名はお話しに

なっています]。

 

イザナギ尊は、這う這う(ほうほう)

の体で、ご自身の宮に戻られると、

その穢れをとるために、

熊野宮の傍を流れる、音無川で

禊(みそぎ)をされました。

そして、自ら、ヤソマカツヒの神

カンナオヒの神オオナホヒの神

を召喚なさり、これからの加護を

お祈りされました。

 

次に、筑紫のあわきに行かれて、

中川で禊されると、ソコツツヲの命

ナカツツヲの命ウハツツヲの命

を招き、この三神は、カナサキの

命に祀らせることにして、自らは、

アツ川に向かわれました。

そこで禊をしたのちに、召喚した、

ソコ、ナカ、ウハの海神(わたつみ)

命は、宗像命(むなかたのみこと

に祀らせました。

 

これらの神々の招来で、国(やまと)

は栄え、葦原(あしはら)に生えて

いた葦(あし)を引き抜いて、

1500の田んぼも増やし、秋になれば、

稲が生育して穂が成り下がり、

明るい国造りを為し得たのでした。”

 

と、オモイカネの尊は語ると、

さらに話を、本題である枕詞の

意義に続けました。

 

”さて、枕詞(まくらことば)の

最初の質問に戻ると、こうした

背景の理解のもとに、お答えで

きます。

足引きの’という枕詞は、’山’

にかかります。

それは、イザナギ尊が、黄泉平坂

の山から、醜女(しこめ)達

に後を追いかけられ、一目散で

逃げて、足を引き引き帰った

ことに由来します。

 

そして、もう一つの ’あしびき’ 

つまり、’葦引き’ は、’やまと’ 

にかかります。

これは、葦を引き引き、沼地を

開墾して田んぼをつくり、

大和の国をつくったからです。”

 

とオモイカネが”足引きの”の

枕詞について語ったあと、

次の枕詞の話に、進みます。

 

”’仄々(ほのぼの)’は、’明け’に

かかり、’鳥羽玉(ぬばたま)’は、

’夜’にかかります。

これは、ワカ姫が、きしいの国で、

オシ草を振って、害虫を掃った

話から来ています。

 

仄々(ほのぼの)とは、オシ草

の黄色の花を意味します。

漆黒(しっこく)の、鳥羽玉

(ぬばたま)の花は、赤い斑点

をもつことから、害虫被害で、

闇夜と化した、きしいの国に、

再び、稲をよみがえらせたという、

ワカ姫の功績をも、象徴しています。

(詳細は、秀真伝え1-10に出ている)

 

’島つ鳥’は、’鵜(う)’にかかります、

これは、川の流れの中、朽木

(くちき)に止まる鵜を見て、

筏(いかだ)を発明した、シマズヒコ

の命の’鳥’を意味しているのです。

(詳細は、秀真伝え27綾-12に出ている)

 

又、’沖つ鳥’は、’鴨’と'舟’にかかります。

これも、シマズヒコの命の子、

キツヒコの命が、鴨の泳ぐ風情

をみて、櫓(ろ)の舟を考案した

事績からきているのです。

(詳細は、秀真伝え27綾-12に出ている)

 

このようにしてみると、この綾に

書かれている神の歌

[スダ注:5・7調で、秀真伝え原文は、

歌形式として書かれているので、

このような表現をする]

の背景にある教えを、真摯に学べば、

鳥羽玉(ぬばたま)のような

夜のように暗い心でも、悟りに

目覚めて、心が明るくなることが

わかります。

 

心を清めるためには、歌に

したがって浄め、身を清める

ためには、禊(みそぎ)を行って、

清めるのです。

これが、’やまとの道’といわれる、

’歌の道’でもあるのです。”

(以上オモイカネの言葉)

 

黄泉平坂(よもつひらさか)は、

生と死を隔てる幽界の境界線でも

ある。

死が忌むものという発想は、

遺体に蛆がたかり腐敗している、

イザナミ尊の姿をここで登場させる

ことで古代から存在していたのだろう。

そこで、その境界線から、這う這う

の体(ほうほうのてい)で生還した

イザナギ尊は、禊(みそぎ)を三度、

毎回、異なる川で行い、天から守護

の神々を呼び、身を清め、やまとの

国を、もっと、栄えさせたことが

わかる。

 

歌の道の中で、こうした、超古代

に残されている神の話に因み、

”枕詞”が生まれたことも、興味深い。

 

 

 

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陰謀論は必要ありません;ただ事実を伝えるだけ~と崎谷博士(1)

2021年07月09日 | ワクチンと健康

号外版:無意識の流れに甘んじる風潮の見直しのために・・・  

2021年7月8日

*******************

前書き1)

新型コロナワクチンと、今までのワクチンとは異なる点などは、

わたしのような、素人には分析を聞いてもピンとこないはずだが、

自分の身体は、ワクチンを打った方と長時間、ご一緒にいた後、

即、反応した。

 

というのも、アートマセラピーというのが、物質の波動体、つまり

電子レベルの波動を、キャッチして行われてきたもので、私の身体

そのものが、電子レベルの物質波動にとても敏感であるというのが

その理由だと思う。

 

どうも、コロナワクチン接種者の方たちが増えて、ナノレベㇽでしか

わからないほどの微妙な物質が、その方たちから発散されている、

という感じが否めない。

 

余談だが、先日、(実際、当時、私も被施術者もそうとは、知らない

状態で)数回、施術して、ただの肺炎一歩手前だと思っていた症状の方が、

実は、正真正銘のコロナにかかっていたことが先日、わかった。

 

というのも、かかりつけの医師のところで、その後の状態を調べる

レントゲンを撮ったところ、胸部にあった炎症が自然治癒したこと、さらに、

抗体が3500という高い数値で、できたことがわかったからだ。

果敢にも、自然治癒力だけで、コロナを撃退をした人は、私の周囲には

そのかた一人だけである。

 

そこで、自分も、コロナにかかっても、自然治癒力で大丈夫だろうと、

自信をつけてもらった矢先、身体に異変が起きて起きれなくなった。        

冒頭に書いたように、コロナワクチン接種した、友人と会食したり、

ミーティングなどで同席する機会があった。

 

そして、数日後、私の身体に異変があり、熱と、寝汗、身体の異常な

だるさ、内臓の局部的痛み、など異変が出て、数日間、アートマセラピーを

施しながら、身体免疫を創りだすために、安静を保っていた。

 

本日で四日目。 こうしてパソコンに向き合えている。

 

コロナワクチン接種者から何かが放出されるというが、それは

どのようなものだのだろうか?コロナワクチン接種者が感染源になる場合

もありうるという。

 

崎谷博士による(*1)と、コロナワクチンは遺伝子ワクチンであるということ。

遺伝子ワクチンというのは、新型コロナの一部の遺伝子をヒトの細胞に

入り込んだ瞬間から、自己産生する性質を持つこと。

 

PCR検査で陽性になるのは当然で、時には、打つ前より重篤化現象がおきて、

体内にこのワクチンによる強い炎症が引き起こされる場合があるほど。

 

こうした人からは、レトロウイルスや、エクソソームによる他者への

ストレス感染を引き起こす場合もあるということだ。つまり、ワクチン接種者が、

感染源になる可能性が否めないと言う。

 

今日の公開記事の目的は、自己治癒力への信頼が薄れと、自己直観力の心身

へのヒントを聞く耳の力が希薄になってきたことを、省みたいという思いからだ。

この二つが、本来の健康保持に欠かせないのだが、現代人に忘れ去られる傾向が

あることをワクチン接種の動向を見ながら感じたので、発表することにした。

 

崎谷博士の本から、”過去の常識(自分を信じる)は現代の非常識

(ワクチンを信ぜよ)”になっていった社会的背景を、みてみたい。

 

********************

前書き2)

2021年1月に、崎谷博士はこの本の後書きに、次のように記している:

”事実上の強制接種に追い込むことは、れっきとした人権を蹂躙(じゅうりん)

した犯罪行為にあたることは、裁判官でなくても、わかることです・・・略・・・

 

本書も、ショーペンハウアーが示した真理が通る道順、すなわち最初は無視・

嘲笑され、そのあと、激しい攻撃を受け最終的には、誰でも、この程度のことを

知っているよという順に、変遷していくでしょう。

 

この本も、焚書(ふんしょ)の対象となる内容ですので、みなさん、しっかりと、

保管して御子孫にお渡しください。

そして、数十年後、もし生きながらえていたら、再度読み直していただいて、

この本の評価をしていただければ、幸いです。”

 

焚書の類(たぐい)、すなわち、危険本、の類ということだ。

出版停止を受けることもあるかもしれない。

それを覚悟の上で書かれた本著から、今日は、どうして、ヒトが健康を保つために、

自らの免疫を高めて維持していくという方向性より、対症療法にすぎない、

薬とワクチン、病院の指示に任せるという、きわめて、受け身的な方法を

とるようになってしまったのか?・・・

 

の疑問の答えに関係ありそうなところを、博士の著書からそのまま、

掲載させていただく(240-242)

********************************

(以下抜粋)

20世紀から医療システムは完全に魂を売り渡し、ビッグファーマやそれと

回転ドアの政府当局、そしてそれを上から支配する病気投資家(disease investor)

たちのダークマネー”に浸ってきました。

 

病気投資家とは慈善事業と称して、税金のかからない財団から、医薬品や

ワクチンに投資して莫大な収益をあげている権力者のことを指します。

その典型例が、ロックフェラーによる医薬品パテント(特許)とビル・ゲイツ

によるワクチンパテント(特許)です。

 

彼らの投資は、税金控除されています。(現在はこれに遺伝子特許が加わる)

彼らは、20世紀に入ってから健康の概念を大きく変えました。以下に彼らが

行ってきたことを整理したいと思います。

 

①老若男女に病気を拡散した(ジャンクフード、ワクチン、医薬品、電磁波など)

 

②医療の倫理やモラㇽを利益相反(意思や研究者に利益を供与する)によって、

徹底的に、破壊した。

 

③良識ある、あるいは、能力ある独立した研究者を徹底的に排除した

 

④慢性病を持つ薬依存社会を作り上げ、人口削減および、思考できない従順な労働者

を大量生産した

 

⑤税金を病気投資家へと移転した

 

健康とは、本来は、生命力を遺憾なく発揮できている状態(=糖のエネルギー

代謝が回っている)ことでした。

慢性病を抱えていない状態とも言えるでしょう。

 

この定義を、’医薬品やワクチンで管理している状態’に完全に塗り替えたのです。

 

医薬品やワクチンは、生命体にとって、毒性が強いというだけではあく、

私たちの経済にとっても、強毒(economic intoxity)であることは、今回の

ロックダウンなどの政策で明白になりました。

 

病気投資家たちがなぜ、病気に投資することが、彼らの最大の仕事なのか

というと、それは彼らに莫大な収益が転がってくるだけではありません。

米国の国立衛生研究所に長年君臨する、アンソニー・ファウチ氏を見れば

わかるように、世界の大衆の心身を上から管理できる強制力(force)を持てるのです。

 

権力の乱用です。

 

さらに、病気投資家たちの根底にある、優生思想を具現化することが可能に

なるからです。具体的には、慢性病、不妊、寿命低下や死亡をもたらすことで、

人口削減が可能になるのです。

 

この事実を伝えるのには、陰謀論は必要ありません。

 

そして、たったこれだけの事実さえも伝えることができる人は、もう、殆ど

私たちの世界には存在していないでしょう。

独立した機関や、情報発信者というのも、すでに、魔の手がかかっています。

 

これからは、本編で述べた無数のエビデンスをしっかりと皆さんが理解して、

真実を自分の大切な人達に伝えてあげてください。

(以上”ワクチンの真実” 崎谷博征医学博士著 2012年4月出版 秀和システム)

 

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インフルエンザワクチン(1)

2021年07月04日 | ワクチンと健康

号外版(2)インフルエンザワクチンをしたのに、二回かかったわけ 2021・7・4

***************************************************************

   

すでに、コロナワクチンの第一回の接種が終わり、第二回を受けるという方からまた、

ご質問をいただいた。

それは、以前、インフルエンザのワクチンを受けたにもかかわらず、二度かかったけど、

コロナワクチン接種語は、そんなことはないのだろうか?というものだった。

 

2回かかる?あるいは、ワクチン効果がない? 

一体、その背景には、何があるのか?

コロナワクチンと、インフルエンザワクチンとは、もちろん異なるのだが、ワクチン

という性質を考えるうえで、インフルエンザワクチンの背景を見てみたい。

 

医学的資料(BMJ 2000;321;736-7)によると、

インフルエンザウイルス感染症がピークに達している時に、インフルエンザ

症状が、本当にインフルエンザウイルスによる感染によって、起こっている

のかを確認する必要がある” 

 

にもかかわらず、実際の臨床現場では、”抗体検査が陰性であっても、症状から、

インフルエンザウイルス感染と診断してカウントしている。”と言う(*2)P110

 

その理由は、カルテの病名に、インフルエンザウイルス感染症と書かないと、

検査や治療に関する保険(国の7割負担)や診療報酬(病院収入)がおりないことが

大きな理由としてあげられている。

 

インフルエンザ感染症とよく似た、インフルエンザ様症状をもってして、

インフルエンザウイルス感染と診断されたものが、全体のほとんどだという

医学的証拠が残されている。

 

医学的資料(Corhrane Deatabase Syst Revi, July 7 ,2020)によると、

”インフルエンザ様症状を引き起こす原因のうち、インフルエンザウイルス

による感染が原因と指定されるものは、多くても10%もないと、2010年の

コクランのレポートに報告されている” 

 

ということで、それが本当なら医師から”インフルエンザです”と診断されても、

その実、なかなか、本物のインフルエンザウイルスによるのか、それ様の似た

症状の状態であるのか、区別が難しいところがあるようだ。

 

ちなみに、インフルエンザ様症状には、栄養不良、寒冷ストレス、毒性物質

によるアレルギー反応など、ほかの感染症(実際には、私たち体内の免疫抑制)

腸内のバクテリア増殖など、多数の原因があると言う。(*3-P111)

 

そこで、インフルエンザワクチンの効果の検証を考えてみると、2011年

”ランセット"誌に、以下のようなデータが見られる。

(Lancet Infect Dis.2012 Jun:12(1);36-44)

 

"8-64歳における3価インフルエンザワクチンでは、合計ワクチン接種群

1万8千797名中、インフルエンザ発症数は、221名でした。1.2%の発症率です。

 

一方、未接種群では、合計1万3095名中、357名のインフルエンザ発症でした。

2.7%の発症率です。したがって、この3価インフルエンザワクチンの効果は、

1・5%(2.7-1.2)となります。

 

さらに、半年後、7歳への不活性インフルエンザワクチン接種での、効果は、

12・7%というものでした。

 

これは、WHO推奨のワクチン効果率50%を大きく下回り、従来言われている、

インフルエンザウイルスワクチン60%という数字は、ワクチン接種拡大のため

のプロパガンダに過ぎない(*4-P112)と崎谷医師は言う。

 

その証拠に、1970年代初頭は、インフルエンザウイルスワクチン接種率は、

65歳以上の高齢者人口の17%程度だったが、1980年になり、それが65%まで

増大。 

 

しかし、インフルエンザウイルス、および、肺炎での死亡、およびすべての

原因による死亡数は増加しているのだ。

(医学的資料-Arch Intern Med;2005 Feb 14;166(3):265-72)

 

2006年および、2008年には、高齢者のワクチン接種率は、高まったにも

かかわらず、インフルエンザウイルス感染 による入院・死亡率は増加

したことが報告されている。

(医学的資料Int J  Epidemiol,2006,Apr.;352-3)

 

2017年に”なぜ、インフルエンザワクチンはよく失敗に終わるのか”

と題する、記事が”サイエンス・マガジン”に掲載された。

(医学的資料:”Why flu vaccines so often fall" Science Magazine, Sep.20, 2017 )

 

それによると、

”インフルエンザワクチンの効果は、70-80%は、単に、インフルエンザウイルス

粒子の、表面にある一部のタンパク質(hemagglutinin -HA) に対する抗体価

(血液中の抗体濃度)をワクチンの効果測定の代用としていた過ちにであること。

 

米国食品医療薬品局(FDA)は、ワクチンメーカーに感染予防の評価を、その

抗体価が高まることとして、実際の合併症や、死亡率が低下することを証明しなくて

良い、としたこと。

 

抗体価と感染症の間には、相関関係がないこと。 抗体の産生は、むしろ、抗体

依存性感染増強(ADE)という、感染をむしろ増強する、ケースも報告されている

ことから、抗体価でワクチンを代用することができない” 

などの要因を挙げているようだ。

 

皆様、ご存じだろうか?

 

2-3年前まで、ニワトリの卵ではなく、イヌの腎臓細胞を使用したインフルエンザ

ウイルスワクチン(Flucevax)がマーケットに出たことを。

 

このワクチンの注意書きには、しっかりと、”ワクチンによってできる抗体価は、

インフルエンザウイルスによる感染症状の予防とは関係がない”と明記されている。

(医学的資料-Seqirus, Inc.,Flucelvax Package Insert, April 2016,

FDA gov. accessed January 30, 2018,Guillain -Barresyndrome(GBS).https//www.fda,gov/downloads/Biologics Blood Vaccines

/Vaccube/Approved Products/UCM329134.pdf)

 

普通は、インフルエンザワクチン生成過程には鶏の卵が使用されている。

この生産過程でインフルエンザウイルスの表袁タンパク質に、差異が起こると

いうことが指摘されてきた。

 

この差異のばらつきが、インフルエンザウイルスワクチンの有効性を低くすると、

推測されている。(医学的資料:N.Engl.J.Med. 2018Jan.4 ;378(1);7-9)

 

したがって、健康人へのインフルエンザウイルスワクチン接種有効性について、

2010年のコクランのレビューでは、インフルエンザウイルスによる入院率や、

合併症を低下させることもなければ、ウイルス感染の伝播を防ぐ効果がない、

ということが明らかにされている。

(医学的資料:Cochrane Detabase Sys Rev.July 7,2010)

 

引き続き、このレビュ-では、2012年に3歳以下の子供には、ワクチン効果はないこと、

健康成人に対して、ワクチン接種する有益性は認められない事、さらに、

2018年の同レビューでは、65歳以上の高齢者におけるワクチン接種の有効性と

安全性は、まだ明確なエビデンスが認められていないと報告している。(*5-P117)

 

こうした事実を吟味することは、いろいろなワクチン接種の有効性を考え、

ワクチン接種に関してする、今後の、自主的決断材料として、大切だと思うので、

インフルエンザワクチンの効用性に関しての一部の意見を、ご紹介させていただいた。

 

以上

 

注)*1~*5

”今だから知るべき!ワクチンの真実” 崎谷博征(さきたにひろゆき)著、

2021年4月、秀和システム発行

なお、医学的資料もすべて上記本に記載された文献より、引用しています。

 

 

 

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ワクチンの医学的エビデンスから、その効用を検証

2021年07月01日 | ワクチンと健康

号外版 ワクチンの効用について       2021年7月1日

***************************************************************

周囲で、コロナワクチンを受けるかどうか、迷っているという声を、最近、あちこちで、

耳にします。

 

家族中が受けているので、気乗りはしないが、受けざる得ないという決断をする方も

います。メディアでは、基礎疾患を持っている人ほど、コロナワクチンを打つべきだ

と、喧伝してるため、直観的には接種したくないといって相談に来る方も 少なく

ありません

 

そこで、先日ご紹介した、崎谷博征(さきたに ひろゆき)医学博士の主観を

交えず、医学的根拠を第一義として書かれた本(上記写真)から、博士の見解を

このブログでもとりあげて、ワクチン接種に対しての向き合い方の、ヒントに

なれば幸いと思います。

 

まず、この本(上記写真)の冒頭部分で、このような引用がなされているのは、

注目に値します。[(括弧)内は頁数]

 

”米国のメインストリームのメディア(MSM)である、CNNでさえ、2021年1月30日

の記事で、民主党議員が新型コロナウイルス遺伝子ワクチンの2回接種後に、新型

コロナウイルス検査(PCR検査)で陽性になったことを報道し、’新型コロナ遺伝子

ワクチンは、病状を押さえるものであって、必ずしも、感染を防ぐものではない

(Covid-19 vaccines  prevent illness, but do not necessarily prevent infection)' 

としています。”(2)

 

と崎谷博士は述べたうえで、このコメントに書かれている”病状を押さえる”という

ことですら、実は、確たるエビデンスも臨床試験(2022年に最終結果が出る)の

中間解析では、まだ示されていないと言明しています。

 

それどころか、長い目で見たときの方がリスクが高いと、崎谷医師は、言葉

を次のように続けます:

 

”遺伝子ワクチンの短期的リスクは、高齢者だけではなく、アナフィラキー

ショックなどの、重篤な副作用や死亡例は若い世代でも起こっています。

 

長期的なリスクは、全く検討されていませんが、新型コロナウイルス遺伝子

ワクチンのRNAは、長期的に、アルツハイマー病や、狂牛病などを引き起こす、

異常たんぱく質(プリオン)を形成させることも

報告されています(注1)”(2)

 

この新型コロナウイルスに対するワクチンは、これまで臨床応用を赦されて

いなかった新種の遺伝子ワクチンの接種であり、充分な検証がなされたとは

とても、言えない中、2020年12月に、英国を皮切りに、接種が開始されました。

 

その結果、崎谷医師が、この本でレポートしているような、アナフィラキー

ショック、脳炎などの副作用が数多く、報告される事態となっているのです。

 

”通常のワクチンの開発には、12~15年の期間が必要とされます。(注2)”

と、崎谷博士は言います。

 

今回は、その10倍の速さで、しかも、新薬発表でさえ、2年間かけている

動物実験や臨床試験を行わないまま、安全性が不確実であることを事実とした

うえで、強硬的に接種に踏み切ったといえるでしょう。

 

遺伝子ワクチンという、これまで人類の歴史上はじめての、遺伝子操作をされた

ワクチンであるにもかかわらずです。

 

次に、遺伝子ワクチンの本質を、崎谷博士の掲げた医学的エビデンスをもとに、

考えてみますこれは号外ですので、短く、次々にこのタイトルで、ブログ用に、

まとまり次第、発表させていただきます。

 

 

(注1)Microbiol Infext Dis.2021;5(1):1-3

(注2)IntJ.Mol. MEd.2020,46(1):3-16

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