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2024年から贖いの業の2000周年(33 - 2033)のノベナの年(2024-2033)が始まります

秋田巡礼-お説教-2018年5月3日(初木) シュテーリン神父様「第12回目の秋田巡礼にすべきこと」

2018年05月12日 | お説教・霊的講話
2018年5月3日(初木)秋田巡礼 証聖者、童貞聖マリア様の浄配、聖ヨゼフの随意ミサ
シュテーリン神父様御説教
同時通訳:小野田圭志神父

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。

神父様、そして巡礼者の皆さん、

この5月3日に、この第12回目の秋田の巡礼を始めるというのは天主の御摂理にありました。

今日はとても特別な日です。

(1)第1に、今日の随意ミサとして、聖ヨゼフのミサが選ばれました。もしも私たちがマリア様の事をよく知りたいと思うならば、必ず聖ヨゼフに行かなければなりません。聖ヨゼフは私たちの家族の生活にとっても、そして霊的生活にとっても、教会の生き残る為にも必ず必要な聖人です。

聖ヨゼフは私たちに、マリア様を正しく本当に理解する事を教えてくれます。

聖ヨゼフは私たちが家族を守る為にも必要です。なぜかというと、現在家族は、非常にこの悪しき世界によって攻撃を受けているからです。

また聖ヨゼフは、教会が生き残る為にも必要です。なぜかというと、教会は今非常に多くの攻撃を受けて、苦悩の内にいるからです。

(2)また今日は、月の最初の木曜日でもあります。最初の木曜日初木曜日は、大司祭であるイエズス・キリストに捧げられた日です。「最高司祭としてのイエズス・キリストの随意ミサ」というものが、ピオ十二世教皇様によって作られ、そしてこのミサは、初金のイエズスの聖心のミサ、また初土のミサと同じレベルまで高められました。ですから今日はこの初木曜日は、司祭の為に祈る、また司祭の召命の為に祈る特別の日です。ですから天主の御摂理によって、この今年の秋田の巡礼は特に、「司祭の為に祈る事」そして「司祭の召命の為に祈る」という事が求められています。

(3)また今日は、昔は教会にとってとても大きな大祝日であった、聖ヘレナが十字架の聖遺物を発見した日です。これは私たちにとって大きな象徴的な意味があります。なぜかというと、私たちはキリスト教の本質をまた再発見しなければならないからです。キリスト教の本質というのは、十字架にあります。イエズス・キリストが架けられた十字架にあります。

現代、人々は楽しい面白おかしい事や、娯楽だけを追求しています。宗教的な事に関しても、教会の生活でも、人々が集まると、「これは過ぎ越しの神秘だ。喜び、楽しめ。福祉の事を考えよう。この世の生活を楽しむ事を考えよう」と勧められています。

もちろん私たちは至福を、幸福を信じています。しかしルルドのマリア様が聖ベルナデッタに仰ったように、「私はあなたに幸せを約束します。でもこの地上ではなく、次の世界で。」

私たちは今この地上では、逐謫(ちくたく)の身であって、追放された身であって、涙の谷に住んでいる、という事を忘れてしまいがちです。その危険があります。私たちのこの地上での愛は、十字架の道を愛する事であって、秋田ではマリア様は涙を流しておられます。十字架の再発見は私たちに、キリスト教生活の最も基本の原理を私たちに教えてくれます。「あぁ、幸せなる十字架よ、私の唯一の希望よ!」十字架を通して私たちは、本当の永遠の光に到達します。

(4)世界中で最もカトリック的な国においては、今日はポーランドの元后マリア様の祝日です。このポーランドという国を見ると、この国が存続していたというのは奇跡の連続でした。もしもこの国が在り続けたとしたら、マリア様が元后として指導してきたからです。

もしもこの色々な今申し上げた点を色々考察すると、これから4日間、巡礼の間に何をしなければならないかがよく分かります。聖ヨゼフと共に私たちは、毎日の十字架の生活を、毎日の十字架を日々担ぐ事を喜びとします。そして聖ヨゼフと共に十字架を担ぎながらマリア様の元に行って、マリア様を元后として褒め讃えます。マリア様を通して私たちは、イエズス・キリスト、最高司祭を発見するという事です。

そして同時にこの巡礼は、私たちにとって深い感謝の行為となるべきです。私たちはマリア様の元に修道院に行ったら、すぐにマリア様の元に跪いて、マリア様に深く感謝しなければなりません。特に2017年、ファチマ100周年の間に受けた特別の御恵みを感謝致しましょう。

アジア管区では、昨年の2017年ほど多くの召命を受けた年はありませんでした。

4名が神学校に入学しました。6名あるいは7名がイロイロの修練院に入りました。また別の6名の女性がダボンにある修練院での修道生活を始めました。2人の神父様が聖ピオ十世会に入会しました、インドで。そして3名あるいは4名の志願者が修道者として修練に入る準備をしています。また韓国では、小さな共同体ですけれども多くの司祭の召命を今出しています。

6月には、小野田神父が日本人の修練者に修道服の着衣式をします。それからベトナムからも司祭の召命が今準備されています。

このこれらは、マリア様の汚れなき御心から来る実りでしかありません。またマリア様の巡礼、特にフィリピンでのファチマの聖母巡礼によって、多くの方が聖伝を発見しました。これを見ると、ファチマのマリア様がどれほど重要であるか、という事が私たちによく分かります。

また、マリア様が私たちに与えようと望んでおられる御恵み、私たちの人生において与え続けようとする御恵みについても感謝致しましょう。「感謝する」というのは、マリア様に「ありがとう」と言うだけではありません、もっとです。ただ「ありがとう」と言うのみならず、受けた御恵みを一つ一つ考察して、去年やったように、「マリア様から受けた御恵みを集めて、そして花束としてマリア様に返す」という事です。

そして過去に受けた御恵みを考えるだけではなく、将来においても、毎年、毎年、私たちが秋田に来ますように、私たちがマリア様をどれほど必要としているか、という事を認識する事です。

年を重ねる毎につれて、この世の中はますます悪くなっています。教会の状態も残念ながらますます悪くなっています。毎年、「あぁ、教会がここまでひどくなる事がありえない、ここでもう底をついた」と言うのですけれども、更に悪くなっています。

それにもかかわらず、この世と教会の状態にもかかわらず、皆さんの霊魂は年を重ねる毎に、より良くなっています。なぜかというと、マリア様が皆さんの霊魂にますます御恵みを与え続けているからです。この世がますます危険になっている中において、皆さんの心を守って下さっているからです。

この世が平和をますます失って、戦いを挑んでこの世を自分で破壊しようとしている時に、マリア様は私たちに、本当の平和を与えようとしています。この本当の平和を私たちは発見しなければなりません。もしも私たちの心、霊魂、私たちの家族、私たちの共同体、小教区、教会が平和でなければ、本当の平和は受ける事ができません。

では聖ヨゼフの随意ミサを今から続けます。そしてヨゼフ様に御取り次ぎを願って、私たちが秋田で、マリア様が今ここで私たちに与えようとしている大きなメッセージが何かを、深く理解する御恵みを乞い求めましょう。

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。


聖アンブロジオとローマ皇帝テオドシウスの関係にまつわる有名な話:390年のテサロニケでの暴動を巡って

2018年05月12日 | カトリックとは
アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、

 聖アンブロジオ(340年-397年)は、イタリアのミラノ(ラテン語で Mediolanum)の司教でした。

 聖アンブロジオは、聖モニカを霊的に指導したり、聖モニカの息子である聖アウグスチヌスの回心に大きな役割を果たしたりしました。

 聖アンブロジオとローマ皇帝の関係にまつわる、有名な話があります。聖アンブロジオが、人間の生命を尊重していたことを示すとともに、カトリック教会の司教は、ローマ皇帝の上に立つということを示すエピソードです。



 ローマ皇帝テオドシウスは、ローマをキリスト教国家にしようとした最初の皇帝です。敬虔な皇帝でした。

 390年にテサロニケで、馬車競争の騎手が同性愛の罪で投獄されました。しかしこの騎手がテサロニケの人気者であったために、投獄に反対する民衆による暴動がおこりました。しかしテサロニケの総督は騎手を釈放することを拒否しました。そこで暴徒らにより総督とその他が何人か殺害され、騎手は逃亡しました。

 皇帝テオドシウスはこの無規律な暴動に怒り、報復を計画しました。皇帝はまずテサロニケで別の馬車競争を開催することを告知しました。しかし民衆が競技場に集まると、競技場のドアは閉じられて皇帝の兵士たちによって観客7000名が殺害されました。

 聖アンブロジオはこのことを悲しみ、テオドシウスに痛悔を促す手紙を書き、テオドシウスが祭壇の前で跪いて赦しを請うまで典礼に与ることを禁止しました。するとテオドシウスはアンブロジオに従順に従ったのです。

 願わくは、日本のカトリック教会の司教様たちが、母親の胎内で殺害されている胎児たちの命を守るために、聖アンブロジオにならう偉大な司教たちとなりますように!

 ところで、東京大司教区の菊池大司教様がマーチフォーライフに次のような励ましのメッセージを送られました。

「神から賜ったいのちが、その始まりから終わりまで、例外なく大切にされる社会が実現することを切に願います。このマーチフォーライフの取組みを息長くつづけながら、教会で協力できる幅を広げていってください。」

 ことしのマーチフォーライフは、2018年7月16日(祝)です

 日本全国からご参加ください。

天主様の祝福が豊かにありますように!

トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)


聖ピオ十世会の日本における聖堂を願い求めるノヴェナ:どうぞこの祈りをなさってください。

2018年05月12日 | 聖ピオ十世会関連のニュースなど
アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、

 一昨日の5月10日は、私たちの主イエズス・キリストの御昇天の祝日でした。お祝いの言葉を申しあげます。

 ところで明日は5月13日ファチマの聖母の最初の御出現の日ですね。皆様におかれましては、いかがお過ごしでしょうか。

 数年前、常駐の聖堂を望む大阪の信徒の方々からの要望をうけて、聖堂を求めるノベナが作られました。当時管区長であられたクチュール神父様の許可を得て、大阪では2010年からミサの前のロザリオの後でこの祈りを付け加え始めました。

 このノベナを祈り始めてから7年後に、2016年の5月13日に大阪の聖堂を持つことができるようになり、2016年5月15日の聖霊降臨の大祝日に、この聖堂で始めてミサ聖祭が捧げられました。



 「祈れ、さらば与えられん」とは本当です!

 そこで、東京にも常駐の聖ピオ十世会の聖堂を求めて、東京でのミサの前のロザリオの後に次の祈りを付け加えることにいたしましょう!

 お祈りの文句ですが、日本という国は聖母の汚れなき御心に奉献されているので、日本に建てられた聖堂は守護の聖人がどなたであれ、例えば聖ヨゼフであれ日本26聖人であれ、聖母の汚れなき御心に捧げられた聖堂となります。大阪の聖堂はその守護の聖人にも「聖母の汚れなき御心」を戴くことができました。

 私たちがこのノベナで祈る「聖母の汚れなき御心に捧げられた」とは、必ずしも「聖母の汚れなき御心の名前がついた」という意味ではなく、どのような守護の聖人を頂こうとも、東京の常駐の聖堂として、「日本が公式に捧げられているように聖母の汚れなき御心に捧げれ、これへの信心を熱心に行う聖堂」を求めるという意味です。

 是非、東京にも常駐の聖堂ができるようにお祈りください。聖堂があるか、ないかでは、大きく違います。私は是非とも東京に聖堂を希望しています。

よろしくお願いします。

天主様の祝福が豊かにありますように!

トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)

ノベナの祈りは次の通りです。

日本の聖堂を願い求めるノヴェナ(クチュール神父様認可済)


1)ロザリオ一環

2)聖マリアの汚れなき御心に身を捧げる祈り(モンフォールの聖ルイ)

 ああ汚れなき御母聖マリア、われ(何某)信仰薄き身なれど、今日御身の御前に洗礼の約束を新たにし、悪魔とその栄華とその業とを永久に棄てんことを誓い奉る。われは、人となり給いし天主の叡智なるイエズス・キリストに従い、死に至るまで日々おのが十字架を担い、今より後は一層主に忠実ならんがため、すべてを主に捧げ奉る。
 われ今、諸天使諸聖人の前にて御身をわが母、わが元后と仰ぎ、御身のしもべ(しもめ)として、わが身も心も持ち物をもすべて御身に捧げ、過去、現在、将来におけるわが善業の功徳をも悉く御身に捧げ奉る。われはわれと、われに属するすべてを現世においても来世におていても余すところなく御手に委ね奉る。願わくは天主の御栄えのため御旨のままに計らい給え。アーメン。

3)祈願文

Deus, qui de vivis et electis lapidibus aeternum majestati tuae praeparas habitaculum: auxiliare populo tuo supplicanti: ut, ecclesiae tuae corporalibus spatiis proficere detur nobis, spiritualibusque amplificetur augmentis. Per Dominum nostrum…

生ける選ばれた石らから、御身の御稜威(みいつ)のための永遠のすみかを備え給う天主よ、御身に懇願し奉るこの民を助け給え。そは、御身の教会の物体的建物が我等に与えられ、霊的増加により成長せんがためなり。我等の主イエズス・キリストによりて願い奉る。アーメン。

Omnipotens sempiterne Deus, qui in Corde beatae Mariae Virginis dignum Spiritus Sancti habitaculum præparasti: concede propitius; ut eodem Immaculato Cordi dedicata ecclesia detur nobis devota mente eodem Cordi consecrantibus, atque secundum Cor tuum vivere valeamus. Per Dominum … in unitate eiusdem Spiritus Sancti Deus…

全能永遠なる天主、御身は童貞マリアの御心において聖霊にふさわしき住まいをしつらえ給えり、願わくはこの同じ汚れなき御心に捧げられた教会が、同じ御心に熱心に自らを奉献する我等に与えられんことを。そは、御身の聖心に従いて我等が生くるためなり。我等の主イエズス・キリストによりて願い奉る。アーメン。

聖ヨゼフ、我らのために祈り給え。
聖ヨゼフ、我らのために祈り給え。
聖ヨゼフ、我らのために祈り給え。




--このブログを聖マリアの汚れなき御心に捧げます--

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