※念のため中盤R18(露骨な表現はありません)
このひととき「今」を見つめて、

第33話 雪灯act.4―another,side story「陽はまた昇る」
抱きしめてくれる腕が力強い。
いまとじこめてくれる胸の鼓動の温もりに、そっと目を瞑って周太は心音を聴いていた。
「周太?俺はね、ほんとうに周太だけだよ、」
この今に告げてくれる英二の想いと優しい言葉たち。
嬉しくて幸せで温かい言葉。こんな言葉をずっと聞けていけたらいいのに。
でも「ずっと」を封じ込めて周太は「今」を瞑った瞳に見つめて微笑んだ。
「…ほんとうに?…英二、」
「周太、ほんとうに周太だけ。俺にはね?周太だけが、きれいだ」
「周太だけがきれい」そう言ってくれるの?
その言葉も「今」は信じていられる。けれど明日は?
さっき見た英二の楽しげな思い出し笑いが氷塊になって心を滑ってしまう。
それでも「今」はまだ明日じゃない、だから「今」この時だけを見ればいい。瞳を閉じたまま周太は大好きな声に心を向けていた。
「周太?俺はね、周太の為だけに全て選んでここにいる。
だからね、周太?俺が消えるのは、周太が消える時だけ。そうして俺はずっと周太の隣に帰る」
そんな「ずっと」が信じられたらいい、でも今は信じることが難しい。
この英二の想いと言葉は「今」真実だと信じられる、けれど「明日」も英二が変わらぬ保証はどこにあるの?
だってあんな思い出し笑いは年明けにはしていなかった、けれど今日は他の人との記憶に笑っていた。
けれど今はまだ信じていたい、きれいな笑顔を見つめていたい。きれいに微笑んで周太は英二に「わがまま」を言った。
「…ほんとう?ずっと隣にいてくれる?…何があっても?」
「何があっても。周太、約束だよ?」
…約束、
英二は必ず約束を守ってくれる、そして想ったことしか言えない、出来ない。
だから英二は今ほんとうに心から、約束しようとしてくれている。
…約束、してもいいの?英二…「ずっと隣にいてくれる」って訊いたんだよ?
きれいに笑って英二は長い腕で周太を抱きしめてくれる。
抱きしめて抱き上げて、額に額くっつけて英二は微笑んだ。
「ね、周太?こんなことしたいのはね、周太だけだよ?」
「…ん。…でも、遭難救助とかでは、抱っこするでしょ?」
「抱っこはね?でも周太、おでこくっつけたりしないよ?」
きれいな笑顔がふるように「周太は特別」と笑いかけてくれる。
ほんとうに?そんな期待がまた起き上がりそうで怖い、心に落ちた氷塊が冷たく期待を抑えこんでいく。
今朝の雪崩で「明日」は変えられてしまった、その明日に決意した心が期待に揺らされそうで怖い。
それでも、だからこそ「今」のよろこびは、素直に受けてこの幸せに酔っても許してほしい。
静かな温もりの覚悟に周太はいつものように微笑んだ。その微笑みに英二はキスしてくれた。
…このキスも、温かな記憶になってくれる、ね?
微笑んで英二はベッドへおろして座らせてくれる。
そして隣に座って微笑んで周太に訊いてくれた。
「周太?いま着ているシャツ、なんか違うって気づいてる?」
「…ん、…サイズ大きいかな、て…」
さっき墜落睡眠から目覚めて気がついた。
あのときは幸せな想いが温かくて、ただ英二の優しさに微笑んで幸せだった。
だから今も微笑んでいたい、隣を見あげた周太に英二は教えてくれる。
「そうだよ、周太?それはね、俺のシャツなんだ。
年明けの時、大きいサイズ着た周太がね、ほんとに可愛かったからさ、また見たかったんだ」
「ん、…そうなの?」
「そうだよ?ほんと癒される、かわいいな、周太」
かわいい、そう言ってくれる英二の目は心から言ってくれている。
きっと今はまだ自分だけに向けられる言葉、そんな独り占めが今はまだ許される。
だから今は素直に喜んでいたい。そしてもうひとつの幸せな事を確認したい。
これはすこし気恥ずかしいけれど?想いながら周太はそっと唇を開いた。
「あの…もしかして、風呂も、…入れてくれたの?」
「周太、シャンプーの香するだろ?」
言われた途端に真っ赤になって俯いてしまった。
一緒に風呂に入ること、ほんとうは「結婚したら時折は」と年明けに約束をした。
けれど今はもう良いのかもしれない、この幸せな「今」はもう明日には無いかもしれないから。
「周太、すごく可愛い顔で眠って起きてくれなかったんだ。
でも雪山の後だから体温めないといけないだろ?だから俺が抱っこして一緒に風呂に入ったんだよ」
「…だっこしてなの?」
ますます気恥ずかしい、こんなときなのに?
けれどいつものように「気恥ずかしい」と想えていること、それだって幸せな記憶に出来る。
いつも困る紅潮も今は愛おしい、もうこんなふうに赤くなることも無くなるかもしれないから。
「うん、すごく可愛かったよ、周太。
それにさ、明日は4時には起きる。早起きで狙撃は大変だ、周太を疲れさせたらいけないだろ?
だから今夜は俺、周太を抱いちゃいけないからさ。だからね、周太?風呂で見るのくらい許してよ、ね、周太?」
…明日は…
明日なんてあるのだろうか?
明日はテスト射手として雪山に立つだろう、そして国村と並んで立って狙撃を行っていく。
けれど、こうして英二と2人過ごす「明日」は来るのだろうか?
考え込んでしまうと、すこし心配そうに切長い目が覗きこんでくれた。
「嫌だった、周太?」
やさしい切長い目、おだやかな瞳、端正な顔立ち。
もう「明日」はこの大好きな瞳の隣では見つめられないかもしれない。
「ごめんね、」そう言いかけた英二の唇に周太は唇を重ねた。
ごめんね。
ごめんね、英二?
自分は明日の今頃はもう、隣にいないかもしれない。
たくさんの幸せな約束をしていた、ずっと隣でいると何度も約束を重ねて。
どの約束も本当にうれしくて大好きだった。そして愛していた全ての約束とあなたを。
想いの深さの分だけ重ねたキスが深くなる。
長い指の掌が肩を抱きしめてくれる、長い腕に抱きこめキスをして、白いシーツの上に仰向けて見あげてくれる。
英二の大きな白いシャツ2枚を透かして温もりが寄りそってくる。
くちびるが静かに離れて、頬の氷の傷へと周太はくちづけた。
この氷の傷が最高峰へ登る運命の傷かもしれない。
それならどうか最高峰へ登っていく英二の道に幸せがふるように、冷厳な雪山であっても。
あのスノードロップ雪の花の伝説のように、英二に降る雪がいつも励ましの雪であるように。
あの雪の花の言葉のように、慰め、逆境でも希望となって、いつも楽しい予告の雪であってほしい。
そしてね、英二?
あの花の言葉には他に、恋の最初のまなざし、初恋のため息、希望
その3つの言葉だけは自分のために置いておきたい、だって自分にとってその3つは英二を示す言葉だから。
恋の最初のまなざしは、いま唇でふれるあなたの瞳がくれたもの。
希望、そんな生きていく温もりをくれたのは、いま唇でふれるあなたの額が考えてくれたもの。
そして自分の唇に初恋のため息を教えてくれた。そのため息に自分はもう独りでも安らいで生きていくから。
だから英二?どうか自由に生きてほしい。
俺への約束に縛られないで?どうか英二の望むままに居場所を探せたなら、そこで幸せに笑って?
そんな想いを温もりにこめて、ふるような口づけを頬の傷に額に目許に唇へ、周太はやさしくキスをした。
もう2度とないかもしれない今を、ただ想いの欠片だけでも残していきたい。
静かな温もりの覚悟の底でキスをする周太を、長い腕が抱きしめてくれた。
「…周太、だめだよ…そんなにキスしたら、俺、…きっと抱いちゃう、我慢できなくなるから、」
我慢なんてしないで?
この今にどうか全てを懸けてほしい、微笑んで周太はちいさく答えた。
「…だめじゃない、」
「周太…なんて言ってくれたの?」
どんな「明日」になるのだろう?
ほんとうはいまもう怖い、それでも逃げたくはない。
だってもう心には1つの勇気と決意と意志、そして静かな温かな想いを抱いている。
そして今この時なら許される、想いのままに英二の婚約者として「わがまま」を言うことが。
微笑んで周太は英二に答えた。
「…明日があるかなんて…解らないから…だから…いま抱きしめて?英二…」
「周太、いいの?…でも、明日の射手は…」
言いかけた英二の唇に周太は唇でふれた。
やわらかくキスで英二の言葉をとかして、おだやかに周太は微笑んだ。
「英二がいちばん大切なんだ、他に優先するものなんてない。
だって俺はね…もう、決めている。こんなの警察官として失格だと想う、でも…俺は英二の為だけに生きたい。
今はまだ父のために辞職はしない。それでも本当はもう、俺は英二の為だけに生きている。だから、だから、…」
いま隣にいる愛しいひとが長い指で自分の頬くるんで見つめてくれる。
切長い美しい目がまっすぐ穏やかに覗きこんで、その目にはただ求めてくれる想いが幸せに微笑んでくれる。
そうして見つめる想いの真ん中へ周太は「わがまま」を告げた。
「だから英二…抱きしめて?そして朝には、花嫁として見つめて…?」
婚約の花束にあった真白なスカビオサの花。
あの花の言葉は「朝の花嫁」そんな幸せを毎朝に迎えられる日への祈りの花。
そんな毎朝を迎えられる日が来ると、あのときは信じていた。
…ほんとうは、今も、信じていたい
そんな期待がまだすこし心の底に残っている。
雪の花の言葉「希望」の欠片がまだ本当は心の一番大切な場所にある。
だから今はまだその「希望」を見つめていたい。
きっと明日には自分は運命をまた1つ歯車を押してしまう。
それでも最後の瞬間までだって「希望」を見つめていたい。
そしてどうか信じさせて?唯ひとつの想いに唯ひとり愛するひと。
あなたとの幸せな「明日」がまだ残されているかもしれない、その「希望」を見つめていたい。
どうか信じさせて?そんな想いで見つめた、きれいな笑顔が言ってくれた。
「周太、愛しているよ?俺の花嫁さん。朝も、今も、この先もずっと。きっと出会う前からずっと愛してる」
明日の朝もどうか愛していて?この今も愛していてほしい。
そして願っていいのなら、この先もずっと隣にいて愛していて?
そして信じていいのなら出会う前からずっと愛する運命だと想っていたい。
…信じたい、だから…今、信じている
唯ひとつの想いに微笑んで周太は英二を見つめた。
自分のこの唯ひとつの想いはもう枯れることも出来ない。そっとキスをして、きれいに周太は笑った。
「英二、愛している。…ずっと、変わらずに、あなただけを」
微笑んで抱きよせられて、くちづけを交して。
やさしい温もり熱に解かれながら深い樹木のような香に肌の想いに抱きしめられて。
唇にキスを交して、瞳に口づけて。額へ優しくふれて頬寄せて。
耳、首筋、胸、腕、肩、腰、脚へ、背中へと想いが刻まれていく。
深く体ごと心を繋いで愛しい約束たちを確かめてくれる。
ずっと隣でいること。
必ず隣に帰ってきてくれること。
いつか一緒に暮らすこと。
春の夜に夜桜を見て読書すること。
あなたの妻として生きること。
それからもっと、たくさん数々の幸せな約束たち
…どうか、この約束の全てが、英二が心から望むなら…叶えられて?
そんな想いも約束も体ごと絡めとられて抱きしめられて。
しあわせな熱と甘やかな感覚に蕩かされた心を重ねて抱きしめられていく。
そうして伝えられる英二の想いに心に落ちこんだ氷塊が少し溶けてしまう。
…まだ、このひとの想いを自分は信じていたい、だから信じていればいい
どうか明日が少しでも、あなたと幸せになれる「希望」が残されていたらいい。
そんな自分の祈りへと、こころ想いに重ねられた素肌と握りしめられる掌の想いが温かい。
想いの温もりにくるまれて、おだやかな夜に周太は眠りに落ちた。
睫がゆっくり披かれた視界に、切長い目が見つめてくれていた。
うれしそうに大好きな笑顔が咲いて英二は笑いかけてくれた。
「おはよう、周太。俺の花嫁さん。……、」
朝めざめて最初に見た、きれいな笑顔。いつもよりずっと愛しく見える大切な笑顔。
どこか心の遠くから想える願いがある、それはきっと「このひとの一日が喜びであるように」
そんな素朴で単純で、けれど何より美しい願いが心に起きてくる。
心にひとつまた、想いに生きる強さが生まれている。
この想いの強さは何だろう?微笑んで周太は英二を見つめた。
「おはよう、…英二?」
きれいに笑いかけた周太に、急に英二の顔が哀しげになった。
そのまま長い腕が素肌の体を抱きこめて、ゆるやかでも強く周太は抱きしめられた。
抱きしめられて見あげた英二の目から、ふっと涙がひとすじ零れて白いシーツへと落ちていく。
なぜ泣いているの、どうしたの?腕のなかから微笑んで周太は訊いた。
「ん…どうしたの、英二?」
なにが哀しいの?哀しいなら分けてほしい、自分が全て聴いてあげたい。
そんな想いで見上げていると、英二はやわらかく抱きよせて笑いかけてくれた。
「周太がね、きれいで涙が出た。周太、愛してるよ。ずっとこうしていたいな」
「ん…はずかしくなる。でも、…愛してる、よ?」
気恥ずかしいけれど幸せで微笑んでしまう。
いま告げてくれる「愛してる」想いが一夜を過ごした今は真実だと知っている。
そっと自分の体を大切に扱ってくれていた、やさしいふれかたに想いをこめて愛してくれていた。
だから尚更にもう覚悟も決意も座って動かない。それでも今この時が愛しくてたまらない、この腕が温かくて愛おしい。
ずっとこうして隣に寄りそって見つめ合っていられたら、どんなに幸せなのだろう?
…けれど、自分はこのひとを守るために、もう帰ってこれないかもしれない
このひと時こそが愛おしい、ずっと見つめていられたら。
けれどこの愛するひとを守るため自分は一つの決意をした。ほんとうは自分の決意なんて無意味かもしれない。
けれど自分は守りたい、自分が出来る限りでこの想いも愛するひとも守りたい。
そんなふうに、ただ守りたい笑顔。それが今朝はどこか悲しげに周太を見つめて想いを言ってくれる。
「周太、ずっとこうしていたい。ずっと周太の瞳を見ていたいな、抱きしめて周太の肌にふれていたい」
「…ん、…そう、なの?」
「うん、そうだよ。俺の婚約者さん、」
笑いかけながら英二は周太を抱きしめてくれる。
そして「俺の婚約者」と呼んで幸せそうに微笑んでくれる。
この呼び名をどんなに自分がうれしく聴いているか伝えられたらいいのに。
けれど自分には伝え方が解らない。
こんな幸せが自分に与えられると思ったこと無かったから、どう言葉にすればいいのかすら解らない。
けれど自分の願いなら解る。
いま抱きしめてくれる胸の鼓動がおだやかで、肌深く香る樹木のような気配に安らいでいく。
こんなふうに全身で愛してくれる体も全て守りたい、この美しい愛しいひとの体も心も、自分こそが守りたい。
きのうの「明日」だった時はいま「今日」になってしまった。
この今日に自分はまたテスト射手として雪山に立つ。
そして任務が終わったら自分は全てを懸けて英二のことを守りたい。
ほんとうは今はまだ父の軌跡を追う道の入口に立ったばかり。
父の想いも孤独もまだ全てを見つめてなんかいない。
13年間ずっとそのために生きていた、けれどもう今は唯ひとつの想いの為に生きている。
唯ひとつ唯ひとり愛するひとの心も体も守りたくて、自分は今日を迎えている。
今こうして包んでくれる温もり、それを唯ひとり自分に与えてくれたひと。
いつも自分だけを見つめて来てくれた唯ひとりのひと、
13年間の孤独を全てを懸けて崩して救ってくれた唯ひとりのひと、
そして初めての恋を、そして最初で最後の唯ひとつの愛をめざめさせた唯ひとり。
…ね、英二?もう、本当にたくさん、貰い過ぎているよ?
服も想いも心も、そして幸せな約束と記憶たちを。
もう英二から自分は沢山のものを受けとった。だからもう大丈夫。
今日は弾道調査の現場実験があって青梅署に5時集合、見つめた時計は4時を20分は過ぎてしまった。
それでも英二は自分を抱きしめて、ときおりキスでふれては見つめている。
もう起きて行かないといけない、任務と願いの時が待っているから。
大好きなひとを見あげて周太は、そっと微笑んだ。
「…英二?もう、起きないと…ね、任務に遅れちゃうよ?」
「もうすこしだけ、ね、周太…いま俺、周太を抱きしめていたいんだ…もうすこしだけ」
任務があるのに英二が起きない?
こんな事は今までなかった、いったいどうしたのだろう?
…熱でもあるのかな?
そんな心配に周太はそっと英二の額に額をつけた。
けれど熱は無さそうで、そんな周太を嬉しそうに英二は抱きしめてくれる。
「周太からおでこ、くっつけてくれるんだ?うれしいな、ね、周太」
「ん、…そんなに喜んでもらえるとね、俺もうれしいよ?」
微笑んで答えながら周太は切長い目を見つめた。
幸せそうに英二は笑っている、これなら起きてくれるだろうか?
「ね、英二?…そろそろ起きよう?遅刻したら嫌でしょ?」
「うん…でも、周太、もうすこしだけ…ね、周太?」
哀しそうな目になってまた周太を抱きしめて、英二はシーツを被ってしまった。
白いシーツで覆われてもう周太からも時計が見えない。
いったい英二はどうしてしまったのだろう?
「周太…」
名前を呼ばれて見つめると唇にはキスがふってくる。
どこか微熱のようなキスにふれられて、腰を抱きよせられてしまう。
このまま抱きしめて溺れこもうとしているの?
そんな英二の様子に周太は心が痛みはじめた。
…ね、英二?…いつものように、理屈じゃなくて、解ってくれている?
いつも英二は言わなくても解ってくれている。
だから今回も英二は自分の想いを言わなくても解ってしまっている?
けれど英二にも形になっては解らなくて、漠然とした想いのままに自分を抱きしめている?
…英二、そんなに、想ってくれるの?
スノードロップ「雪の花」その花言葉が心をノックする。
希望。そんな想いが心をゆるやかに充たしていくのを周太は切長い目の想いに見つめた。
昨日の夜に自分はかすかな絶望と強い静かな想いを1つ心に抱きしめた。
絶望は、この愛するひとが他に居場所を変えてしまうこと。
強い静かな想いは、この愛するひとを自分は想い続けていく覚悟。そして心も体も自分こそが守る意思。
けれど、絶望は間違いだったのかもしれない。
絶望と自分はあのとき思ってしまった、英二の思い出し笑いをする姿に。
あの姿に自分は英二の国村に対する想いの変化を予兆してしまった。
けれど本当はまた違う意味だったのかもしれない?
その意味は自分にはまだ解らない。
けれどいま抱きしめてキスを交して、そして自分の腰に腕が回されていく。
その英二の想いの真相は何を意味しているのか?それだけは自分にも解る。
…ほんきで、心から、求めてくれている、ね、英二?
いまこのまま英二が自分と体を繋げてしまったら。
きっと任務には間に合わない、それは英二の大切な山岳レスキューの誇りを自ら捨てること。
そんな英二の誇りと引き換えにしても英二は今、自分を抱きしめて止めようとしている。
…ね、英二?そんなにね、俺のこと…ほしいの?…好き?
心にそっとつぶやいた質問は言葉にするだけきっと愚問。
言わなくても聴かなくてももう解る。
英二は誇りを引き換えにしても今、自分を抱きしめようとしている。
…うれしい、…希望が、残ってくれていた
昨夜最後に信じた「希望」がいま、本当に自分を抱きしめてくれている。
心から嬉しくて、このまま抱きしめられてしまいたい。
けれどそれは自分には出来ない。
だって英二の誇りも生きる理由も全ては、自分がきっかけになって英二は見つけた。
だから自分がその誇りを守れなかったら誰が守れるというの?
そして自分は今日も射手を務め上げたい。そのあとに英二の心と体を守るための場所に立ちたい。
さあ二つの掌お願い、このひとの頬をくるんで?
そして唇に想いの全てをこめてキスをして?
そして優しいキスの後からは、この愛するひとへの励ましの言葉を紡いでほしい。
周太は微笑んで英二の頬を両掌でくるんでいく。
そして切長い目に笑いかけて、やさしいキスをした。
「ね、英二?…俺ね、明日は週休だから、今夜もここに泊まるつもりなんだ」
「ほんとに、周太?」
「ん、ほんとうだよ。だからね、英二?今夜も一緒にいてくれる?」
「でも周太、射撃の自主トレあるんだろ?もう大会まで半月ないから、って言ってた…明日は早く帰っちゃうんだろ?」
すこし拗ねたような口調、こんな言い方はずいぶん前に聴いた気がする?
すこし微笑んだ英二の唇に周太はそっとキスをして微笑んだ。
「大丈夫だよ、英二。明日はね、自主トレもキャンセルしたんだ。
急な出張だし野外の狙撃は疲れるから、大会前に疲労をためないよう、明日は休めって上司も言ってくれて。
だからね、英二?…明日は英二が仕事をね、終わるの待ってるから…だから帰りは夜、新宿まで送ってくれる?」
「じゃあ周太?御岳山の巡廻とか一緒に回ってくれる?」
「ん、一緒に御岳山にまた登りたい。任務の邪魔にならないなら、連れて行って?」
「うん、連れて行きたい。雪の御岳を見せたい、朝も夕方も見せたい」
「ん、朝も、夕方も、見せて?」
たくさんの幸せな約束をひとつずつ結んでいく。この全てを叶えてあげられたら、どんなに嬉しいだろう?
けれどもう出来ないかもしれない、それでも今この時に「約束」を贈ってあげたい。
ひとつずつの幸せな約束に自分の想いの全てをこめていきたい。
もう自分は何も英二にしてあげられないかもしれない。けれど想いを込めた約束を、形見代わりに遺していきたい。
この約束の1つずつに、英二の「名前を呼ばれて愛された」幸せな記憶を残してあげたい。
「じゃあ周太?昼休みはさ、御岳駐在の休憩室へ来てくれる?」
「ん、コーヒー淹れに行ってあげる。そしてね、昼の自主トレにも参加させてくれる?」
「もちろんだよ、周太?きっと国村も周太がいると喜ぶよ、あいつ周太のこと大好きだから」
ふっと約束の合間に現れた、きれいなひとの名前に心が軽やかに躓いた。
この英二を最高峰へ誘っていく人、そしていつか英二の体も浚うかもしれない人。
けれどやっぱり自分もそのひとが憎めなくて好きになってしまっている。
やさしく微笑んで周太は相槌を打った。
「そう、かな?喜んでくれるかな?」
「かなり喜ぶと思うよ?だってね、周太?あいつはね、2月の射撃大会も周太と競技したいから出場するんだよ?」
「そうなの?」
「そうなんだよ、周太。だってね?富士の山小屋で、俺が周太を泣かせた話をしたらさ?
あいつ、周太の分だって言って俺のこと蹴飛ばしたんだ。それくらい周太のことを、あいつは好きなんだよ」
国村が自分の為に英二を蹴とばした?
そんなことがあるのだろうか?意外で周太は訊きなおした。
「ん、そんなこと、あったの?」
訊きなおした周太に英二は頷いた。
そしてすこし「わがまま」を言うように周太にお願いを始めた。
「でもね、周太?絶対に国村のことなんか見つめないで?
あいつエロオヤジだからさ、ちょっと周太が見つめただけでも喜んで、周太に手出ししそうで嫌だよ?
あいつ本当に良いヤツだし大切なアンザイレンパートナーで友達だけどさ?
でも周太になんかしたら俺、きっと国村を酷い目に遭わせちゃうよ?ね、周太、絶対に俺以外を見つめちゃダメ」
絶対ダメだよ?目でも訴えながら英二は周太にキスをしてくれた。
そんな英二に驚いて、そして国村にも周太は驚いた。
あの国村が自分のことをそんなふうに?
きっと英二が嫉妬しているだけ。そう思いかけて周太は止まった。
英二は直情的で思ったことしか言えない、怜悧で人をよく見ている。そして国村と英二はよく似ている。
…似ている英二が、そんなふうに言うなんて。的はずれともいえないのかもしれない…
その国村と今日は任務に就く、そしてそのあとは。
まさか国村が自分をそんなふうには?けれど考えに入れた方が良いのかもしれない。
そうして考えに入れても自分にはどうして良いかなんて解らないけれど。
でもこれだけは確かに言える、微笑んで周太は言った。
「ん。大丈夫だよ、英二?俺はね、英二だけだから…
初めてひとを好きになったのもね、英二だから好きになれた…だから、他のひとはね、きっと誰も好きになれない」
こんな告白は気恥ずかしくて頬が熱くなる。
それでも英二は幸せそうに笑って、うれしそうにキスをしてきれいに笑ってくれた。
「俺だってそうだよ、俺は周太だけしか欲しくない。
だから周太、お願いだ。俺を置いていかないで?俺を独りにしないで、ずっと俺だけの隣でいて?
ほんとうに俺、もし周太が居なくなったらきっと、水がなくなった花みたいに死んじゃうよ…だから隣でいてよ」
きっと水がなくなった花のように。
そう言った途端に英二の目から涙がこぼれ落ちた。
その涙を見た瞬間に周太の心で氷の塊が砕けて融けおちた。
英二の思い出し笑いに心へ落ち込んだ『絶望』という名前の氷の塊。
いま英二の涙に見てしまった想いの真実と真心に、氷の塊は脆く崩れて消えてしまった。
そうして周太の心に新しくまた1つの確信と覚悟が温かく生まれた。
英二は自分だけを生涯かけて愛するだろう。
だから自分こそが英二の心も体も守りたい。
思い出し笑いしたように、たしかに英二は体で楽しむことも構わないと思っているかもしれない。
けれど自分は教えてあげたい、英二の体も心と同じくらいに尊いかけがえのない宝物だと。
まして英二はこれから山ヤとして最高峰を目指していく。
むかし父が教えてくれた「山ヤは自分の体が自分の生命と自由を守ることになる」そんな大切な山ヤの体。
だから英二には体だって大切にしてほしい、そして最高のレスキューとして最高峰へ登って?
そしていちばん輝くような笑顔を自分にも見せてほしい。
だからね、英二?
あなたが望んで求めるなら体で楽しむことも良いのかもしれない?
けれど無理強いされた傷になるような事はもうさせたくない、だって出会った頃のあなたは傷ついていた。
たくさんの人に外見を求められ心を見つめられない涯に傷ついて、あなたは自分の部屋の扉を叩いた。
あの日のあなたの目を自分は覚えている、だからもう二度と、あんな目はさせたくない。
…ね、英二?愛してる…だから俺がね、守ってあげる。全てを懸けて。そして必ず無事に戻ってみせる
温かな涙をこぼしながら英二が抱きしめてくれる。
この泣顔が愛しい、周太は微笑んで涙の頬をふたつの掌でくるんだ。
そして瞳を見つめてそっと、やさしいキスをした。
「ん、隣でいるよ?今日も一緒に現場に立つよ、ね、英二?だから、起きよう?」
「…明日も、朝も夕方も一緒に御岳山へ登ってくれる?」
念押しするように英二は周太の瞳を覗きこんで、すこしぼんやりして英二はキスをしてくれた。
そっと唇を離すと周太は、きれいに笑って約束した。
「ん、一緒に登る。昼休みにはね、コーヒー淹れに行くよ。自主トレも一緒だよ?
そして俺を新宿へ送って、夕食も一緒に食べて?ね、だから英二、起きて仕度しよう?そして一緒に任務に就こう?」
「じゃあ周太、約束のキスをして?」
約束のキス。
これをしたら本当に英二は約束を信じるだろう。
そしてもし約束が叶わなかったら?
…英二は、壊れてしまうかもしれない
約束は絶対に守る英二。
そんな英二がいちばんに周太と約束を結んで必ず守ってくれる。
そういう自分がした約束を叶えられなかったら、英二はもう何も信じなくなるかもしれない。
だからもし約束のキスをするならば、自分は必ず帰ってこなくてはいけない。
帰ってこれるのだろうか?
解らない、けれど想いだけなら必ず帰ってみせる。
きれいに笑って周太はちいさな声で返事をした。
「ん…はい、」
返事をして、英二の頬を両掌でくるんで、そっと唇をよせてキスをする。
ふれる唇の甘やかな熱ふれる想いが愛しい、この約束をどうか守らせてと祈りを結んでしまう。
どうか無事に帰ってこれますように、想いを唇に遺して離れると英二が笑ってくれた。
「うん、俺、起きるよ?」
「ん、…よかった、起きよう?英二」
そして英二はようやく起きて、大きい自分のシャツにくるんだ周太を抱き上げて浴室へ行った。
バスタブに立たせた周太から、そっとシャツを脱がせながら英二は微笑んだ。
「ね、周太?一緒に入ったら、嫌?」
きっとダメかな?そう周太を覗きこんむ顔は「離れたくないよ?」と言ってくれている。
その想いは自分も変わらない、心でそっと周太は微笑んだ。
そして浴室を出ようと向けた英二の背中に声でふれて腕を伸ばした。
「…えいじ、」
広やかな背中からそっと抱きしめると、白皙の肌から温もりがふれてくる。
そっと腕を回した掌が英二の体の逞しさと力強い鼓動を教えてくれる。
背中から抱きしめながら周太は素直な想いを告げた。
「一緒に、入って?…すこしでも近くで、一緒にいたいから」
英二の胸に交差された自分の掌に英二は掌を重ねてくれる。
きれいな低い声がそっと周太に訊いてくれた。
「いいの、周太?昨夜から周太、いつもより俺に触れさせてくれるね?」
「ん、…一緒にいたいから。すこしでも英二のね、…近くにいたい」
近くにいたい、今このときに。
今日の夜があるのかも解らない、それでも今はこうして腕に抱きしめられている。
だから今を自分にください、このひと時でも。
このひと時の幸せを自分は勇気に変えて必ずあなたを守るから。
そうして心から迫りあげる想いが涙になって、広やかな白皙の背中にひとしずく軌跡を遺した。
「周太?」
名前を呼んでふりむいて見つめてくれる。きれいな微笑みで周太は見つめ返した。
微笑うかぶ頬を英二は掌でくるんでくれる、やわらかですこし堅い掌の温もりがやさしくふれてくる。
きれいに笑って英二は周太に答えてくれた。
「うん、一緒にいよう?周太」
「…ん、」
想いに微笑んで周太はシャワーの栓を開いた。
温かな湯のふる湯気のなかで、英二が背中から抱きしめてくれる。
自分の小柄な体を抱きこめてしまう、大きな英二の美しい体。
この体も心と同じように自分が守ってみせる。
ふれる温もりのなかで周太は微笑んでそっと覚悟を心へとおさめた。
着替えて、ベッドを英二が整える間に周太は、いつものようにコーヒーを淹れた。
芳ばしい温かな湯気が夜明け前の部屋に燻って温かい、手を動かしていて体が随分と楽でいる。
昨夜の英二がどんなに気を遣いながら抱いて繋いだのかが解る、その想いが幸せで切なくて愛しい。
このひとの為にも自分は隣に帰ってきてあげたい。
どうか今日、無事に帰ってこれますように。
そんな祈りを込めてコーヒーを淹れ終えて周太はマグカップをサイドテーブルへと運んだ。
「はい、英二…熱いから気をつけて?」
「ありがとう、周太」
サイドテーブルへ置いたカップから離した掌を、英二はとると周太を見あげてくれた。
両掌を英二に預けて周太は微笑んで「どうしたの?」と瞳だけで訊いてみた。
そんな周太に微笑んで英二は、自分の長い指の掌に収めた周太の両掌に、しずかに口づけてくれた。
そっと唇を離すと。きれいに笑って英二は周太を見あげた。
「周太の掌はね、きれいだ」
きれいな笑顔と掌に落とされた想いのキスが温かい。
こんなに想ってくれる事が幸せで周太は微笑んだ。
「ん、…ありがとう、英二?…コーヒー温かいうちに飲んで?」
「うん、ありがとう周太。パンはね、オレンジデニッシュもあるよ」
そんなふうに楽しそうに英二は笑って、もう一度だけ掌にキスをしてくれた。
その掌をそっと抱くようにしながら、周太は心の中で涙をひとつ零した。
…ごめんね、英二…この掌で今日、きっと自分は…ごめんなさい…
ほんとうは自分の掌をきれいにしておきたい、この愛するひとの為に使いたいから。
けれど英二を守る為に今日は使ってしまう、そして夏か秋にはもっと酷いことに使うことになるかもしれない。
だから今朝のコーヒーは想いを込めた。
きれいな掌で淹れられる最後のコーヒーかもしれないから。
「旨いね、周太のコーヒーはさ」
ひとくち飲んで幸せに英二が笑ってくれる。
この笑顔はきっとずっと自分の宝物、記憶に刻みたくて周太は微笑んで英二の笑顔を見つめていた。
(to be continued)
blogramランキング参加中!

