※最後(1/5くらい)念のためR18(露骨な表現は有りません)
春、想い

第41話 春永act.5―another,side story「陽はまた昇る」
ゆっくり食事を済ませると、ふたりで茶を点てて楽しんだ。
点法をしたいと言ってくれた英二に袴を着付けると、想った以上に凛々しい。
すらり手足が長いと男は着物に合い難いと言うけれど、山で鍛えられた強靭な肢体は袴姿がよく似合う。
本当に武士みたいだな?見惚れながら英二の初めて点てた茶を喫していると、袴姿の端正な婚約者は言ってくれた。
「周太?茶花、っていうんだろ、床の間の花。これも教えてくれる?」
茶花に興味を持ってもらえるのは嬉しい。
点法も楽しいけれど、花がいちばん楽しいと本当は思っているから一緒に出来たら良いなと思う。
一緒に花を活けられたら、すごく楽しいだろうな?うれしい想いに微笑んで周太は席を立った。
「ん、お花は楽しいよ?…椿からが、いいかな、」
「椿か、いいな。春を教えてくれる花で好きだな、御岳山にも咲いているんだよ、」
一緒に立ってくれながら綺麗な笑顔が笑いかけてくれる。
その縹色の袂からこぼれる黒紅が、黒椿の花のよう優美で美しい。
黒椿は名前のとおり深い濃蘇芳の黒紅色で、八重の花は妖艶なほど美しい。
あの端麗な花姿と婚約者は似ている、ほんとうに綺麗だな?周太はため息と微笑んだ。
…花言葉は、気取らない優美さ、だよね?
この花言葉も似合うな?微笑んで周太は水屋の戸棚から花篭と花ばさみを出した。
美しい容姿を持ちながら英二は、鏡を見る事があまりない。よく見ているのは山か仕事の本でいる。
そういう堅実な性格と端麗な美貌は「気取らない優美さ」にしっくりきて慕わしい。
この黒椿は春遅くに花ひらく、3月の今はまだ咲いていないから今日は活けられない。
咲いたら一緒に活けて茶を楽しめたらいいな?そんな楽しみを抱いて周太は陽射しふる庭へ降りた。
緋、紅、うす紅、淡黄、白。
彩豊かな椿たちが、常緑の濃い緑の葉繁るなか照り映えている。
美しく華やかな花たちを見ながら、縹色清々しい恋人が周太に微笑んだ。
「周太、どの椿にする?」
この美しいひとが初めて茶花を活けるなら、この花が良いな?
もう幾度も面影見つめた花木の下に止まって、周太は真白な八重椿を見あげた。
「この白い大きなの…白澄、っていう名前なんだ、」
「きれいだな。白澄、名前も似合うね。こういうの、八重咲っていうんだっけ、」
並んで一緒に見あげて、楽しそうに花のことをきいてくれる。
自分が好きなものを聴いてくれるのは嬉しい、うれしい微笑と一緒に周太は答えた。
「ん、そう。でもこれはね、千重咲、って言うの…普通の八重より、花びらがいっぱいだから」
「千重咲か、本当に花びらが沢山だね。周太は良く知っているな、もっと教えて?」
美しい切長い目は優しく笑んで、花と周太に笑いかけてくれる。
この微笑が自分にとっては、どの花よりも綺麗に見えて、惹かれてしまう。
この笑顔をずっと見ていたいな?高潔な白い花と咲く笑顔に見惚れながら、周太は茶花の選び方を口にした。
「ふっくらした蕾のを選ぶんだ…葉っぱは5枚か3枚でね、表を向いている葉っぱの枝を選んでね、」
「これはどう?」
縹色の袂ひるがえし、陽光かがやく高い梢の蕾に長い指が伸ばされる。
周太には届かない高みの花も、この長身のびやかな婚約者は軽やかに掌中の花としてしまう。
こういうところが頼もしくて見惚れてしまう、嬉しい気持ちに微笑んで周太は花ばさみを渡した。
「ん、…いいと思うよ?」
「ありがとう、じゃあ切らせて貰うな?」
きれいな低い声で礼を言いながら、大らかな優しさが笑いかけてくれる。
向けてくれる笑顔は白い花さく常緑の木の下、端正な袴姿に華やいで綺麗だった。
明るい光のなか渋い縹色の背中が頼もしくて、袂こぼれる黒紅華やいで見惚れてしまう。
謹厳な勝色の袴が凛々しい腰の、帯に織りなす紅が隠した熱想わせて時めかせる。
…ほんとうに、似合うな、
素敵だな?ため息交じりに見つめて周太は幸せだった。
こんなに凛々しい美しいひとが自分の婚約者、それが不思議になってしまう。
ほんとうに不思議。けれど自家の家風に合わせて現実に、今この袴姿で佇んでくれている。
そしてもっと夢みたいなのは「大人にしてくれた」のがこの綺麗なひとだと言うこと。
…こんなに綺麗なひとに、俺、あんなことしてもらって…
あまやかな夜と暁の夢と現。
そのすべてを与えてくれたひとは今、高潔に真白い花に鋏を入れている。
ぱきん、
潔い音と一緒に白い花枝が長い指に摘まれた。
花の重みに掌へと凭れかかっていく姿が、抱かれ委ねていく自分の姿に想えてしまう。
こんなこと、真昼の庭で考えているなんて?なんてじぶんはえっちなんだろう?
これから茶花を活けるのに、こんなではいけない。
ほっと1つ呼吸に心鎮めて微笑んだ周太に、純白の蕾が差し出された。
「きれいだ、周太と似合う花だね?やっぱり、白い花が似合うかな、」
「あ、…ん、ありがとう、」
答えて花を籠に入れながら、首筋が熱くなっていく。
いま考えていたことが全部、見えてしまうのかな?そんな訳ないのに恥ずかしくて仕方ない。
この真昼の庭ですら甘い夢に囚われて、摘まれる花に夜を重ねてしまう自分が恥ずかしい。
摘まれた花は愛しい面影見つめる花だから「似合う」と言われるのは嬉しくて気恥ずかしい。
いろいろ恥ずかしくて俯きがちになってしまう、そんな周太の瞳を笑顔が覗きこんだ。
「どうしたの、周太?なんでそんなに赤くなるんだ?」
「ん、あのね、…」
言うの恥ずかしいな?
きっともう顔も真赤だろう、けれど気持ちを伝えたくて周太は唇をひらいた。
「…この椿、大きくて、華やかで…それで、英二に似ているな、って、いつも想っているから…にあうってうれしくて、」
話しながら熱があがってくるのが解かる。
この似合うの続きが本当は、もっと恥ずかしいから流石に言えそうにない。
それが余計に恥ずかしくて困っていると、英二はきれいに笑ってくれた。
「そういうの、すごく嬉しいよ?…周太、」
名前を呼んで、白い花のもと優しいキスを贈ってくれる。
ふれる温もりが優しくて嬉しい、穏かなキスの幸せに周太は微笑んだ。
この幸せが明後日の朝まで続けられる、こんな「続く」がまだあることが嬉しい。
明日は母も帰ってくるから、3人で食事やお茶が出来るのが良いな?
それに3人で墓参りもする、こうした家族そろって出掛けたりする予定が幸せになる。
…でも、やっぱり…独り占めできる時間が、いちばん嬉しいな
こんな本音が気恥ずかしい、けれど幸せが眩しい。
なんだか色々うれしく照れてしまって篭の花を見ていると、大好きな声が訊いてくれた。
「この花、リビングの応接セットのテーブルにも活けてあったよな?」
「ん、そう…でも、あの花は偶然だったんだ、」
見あげた大好きな貌の唇に、つい自分の唇が気になってしまう。
そっと指で唇にふれていると「偶然ってなんだろう?」と切長い目が尋ねてくれる。
この話はすこし不思議で楽しいかな?そう考えながら周太は口を開いた。
「やわらかい雨が気持ちよくて、庭を散歩していたんだ。そして、この椿を見ていたらね?
ふわって花が落ちてきて、それを掌で受けとめた花なんだ…それで雨に濡れたから着替えて…そうしたら、後藤さんから電話、来て…」
思い出した、小糠雨ふる不安の記憶。
やさしい雨を楽しんで、きれいな花を受けとめられて嬉しくて、幸せな気持ちで家に居た。
けれど電話のベルが一瞬で、緊張と不安に自分を浚いこんだ。
…不安で怖かった。でも、そんな顔ばかりしたらいけない。妻になるのなら、
この美しく強い婚約者に、自分は恥じない伴侶になりたい。
この恋人に愛される為ならば不安も哀しみも受けとめる、この隣で共に味わうことは喜びに出来る。
この愛しい掌で自分は大人にしてもらった、この強い手が大人にした自分なら何でも越えられるはず。
夜と暁の夢に芽生えた自信を抱きしめて、ゆっくり1つ瞬くと周太は微笑んだ。
「だから、あの花は活けてから5日目になるんだ…でも綺麗だよね?なんだか不思議な花だから、押花にしようかな、って」
「うん、そうだな、不思議だな?」
自分が不思議に想ったことを、同じように感じてくれる。
この同じが嬉しくて「共に」が出来るふたりの幸せが温かい。
嬉しい気持ちに見上げるひとは、椿の花見つめながら遠くを見るよう佇んでいる。
その貌が、いつも光一が撮ってくれる山での貌と同じだった。
いま、「山」を花に見ている?
きっとそうだろう、この貌は。
真直ぐに峻厳の世界と向き合う凛とした、高潔な「哲人」北岳に似た貌。
この貌は、余人の踏みこめないような高峰でしか見られない、そう思っていた。
だからこんなふうに、この美しい貌を目の前で見せてもらえるなんて思わなかった。
けれどいま隣に佇んで、自分が守りをさせて貰っている花を見つめて、この貌をしている。
…うれしい、自分の目で見れた、この貌
ずっと本当は、自分の目で見つめてみたかった。
この愛するひとが山ヤとして見せる、誇らかな自由と畏敬に佇む美しい表情を、自分も見たかった。
けれど、その貌を見せてくれる場所の高峰には自分は一緒に立てない、だから諦めていた。
それでも光一が撮ってきてくれる写真で見つめて、それだけでも幸せだと想っていた。
…ひとつ、夢が叶ったな?
生きて輝く姿がまた1つ見られた、この叶った夢が嬉しくて微笑んでしまう。
そして見せて貰えたこの貌に、このひとは山ヤなのだと改めて想い深くさせられる。
だから祈りを想ってしまう、願ってしまう。
このひとが、いつまでも山に自由に登れますように。
そして自分の隣に帰ってきて、安らいで幸せだと微笑んでくれますように。
この心からの願い祈り見つめながら、ずっとこの隣にいたい。
見つめる想いと白い花に微笑んでいると、大好きな低い声が笑いかけてくれた。
「うん、…周太のお蔭だったんだね?」
「ん…おかげ?」
なにが自分のお蔭なんだろう?
不思議で、切長い目を見つめていると優しい笑顔が幸せに咲いた。
「やっぱり周太と俺は、運命の相手同士だよ?やっぱり君は、俺の恋のご主人さまで、お姫さまだ。ね、周太、」
幸せに笑いながら抱きしめて、キスをしてくれる。
いったい急にどうしたの?驚いて見つめていると、ふわり抱き上げられ頼もしい腕に籠められた。
「愛しているよ、俺の運命の君?…ね、周太。やっぱり俺は、君から離れられないよ、ずっと一緒にいるからね、」
花篭を抱いたまま抱き上げられて、頬よせられキスがふる。
こんなに想い寄せられて嬉しい、けれど急なことに驚いてしまう。
いったいどうしちゃったのかな?
嬉しいのと呆気にとられたので声が出ないうちに、抱き上げたまま英二はベンチに座りこんだ。
「お膝で抱っこだよ?俺のお姫さま、昨夜は最初、解からなくて。ごめんな?」
「あ、…ん、はい、」
答えている唇にキスがふる。
やさしいキスの間には、薄紅の彼岸桜がときおり風に花ふらせてくれる。
染井吉野より紅濃い花の下、きれいな切長い目が幸せ見つめて微笑んだ。
「俺の恋愛はね、ほんとうに君が運命だ。だから言えるよ、俺の幸せは君の隣でしか生きられない。君を愛している、」
恋と愛の告白が、桜の花とふってくる。
こんなに美しい人が、こんなに美しい告白を自分にくれる?
急なことに驚いて、けれど与えられる幸せが嬉しくて。なにより愛しい想いに素直になって、周太は微笑んだ。
「うれしい、…俺の幸せもね、英二の隣だよ?愛してる…」
抱きよせてくれる肩に掌をおいて、切長い目を覗きこむ。
見つめ合って微笑んでくれるのが嬉しい、嬉しい想い微笑んで、美しい唇に周太はキスをした。
キスふれる爽やかな香は夏みかんの砂糖菓子、あまやかな苦味が互いに口移しあわれていく。
さっき共に楽しんだ家伝の茶と菓子、この残り香がくちづけに祝福をくれる。
この家に大切にされる、幼い頃から親しむ香たちに周太は微笑んだ。
「英二のキスから、うちの夏みかんの香がする…なんか、うれしいな?」
うれしいな?
気持ちに素直に微笑んだ周太を見つめて、切長い目が深い微笑を湛えた。
「愛してるよ、」
告げられる想いと一緒にキスふれる。
ふれる温もりと一緒にふる桜の花、温かい陽光がふりそそぐ。
陽だまりのベンチに抱かれながら、春ふる庭で優しいキスに閉じこめられた。

夕方になって、周太は戸締りに2階へと上がった。
階下の戸締りを英二がしてくれる、その物音が聴こえてくるのが嬉しい。
いつも父が亡くなってからは1人で戸締りをしていた、だからこうして誰かの気配があることが温かい。
それも自分の大切な婚約者であることが嬉しい、幸せな想いに微笑んで周太は屋根裏部屋に上がった。
黄昏の陽だまりに、ロッキングチェアーが佇んでいる。
そこには可愛いテディベアが座って周太を迎えてくれる、この「小十郎」は父からの大切な贈り物だった。
そっとテディベアを抱き上げて周太は、上手に袴捌いて揺り椅子に座りこんだ。
「ね、小十郎?…昨夜、大人にしてもらえたの、俺…」
黒い瞳を見つめて、そっと話しかける。
この「小十郎」に話しかけると何故か、いつも良い考えがうかんで幸せになれる。
それが幼い頃も不思議だった、けれどこの「小十郎」が父の身代わりとして贈られたと聴いた今は納得が出来る。
身代わりの本人だった父は博識で聡明に優しくて、いつも良い智慧とアドバイスを与えてくれたから。
「幸せなんだ、すごく…ね、小十郎?どこか俺、前と違う?」
このクマに残る父の想いは今も、こうして抱き上げると優しくふれてくれる。
もう23歳だからテディベアなんて「変」だろう、けれど父の想いが慕わしくて抱きしめていたい。
こんな弱虫で甘えん坊の自分、けれど昨夜に愛するひとの手で大人にしてもらえた。
それを聴いてほしいな?こんな自分だけれど正直に周太は微笑んだ。
「ね、…すこし、強くなれたかな?どう想う、小十郎?」
やわらかな毛が掌にふれる、この優しい温もりが子供の頃は慰めだった。
ひとりっこで、本当は父と母以外の人達が怖かった自分にとって、この「小十郎」が友達で兄弟だった。
いつも一緒だったクマの瞳を見つめながら、ふっと周太はこの瞳に映る記憶に心を留めた。
「小十郎…光一は、やっぱり気づくよね。大人にしてもらったこと…傷つけるかな、」
ほっと溜息ついて周太は「小十郎」を抱きしめた。
この「小十郎」をリュックサックに入れて遊んだ奥多摩の雪の森、そこで光一と初めて出逢った。
あの9歳の雪の朝の記憶がなつかしい、そして光一の尽きない想いに心が傷んでしまう。
けれど、
「でも、小十郎?光一は、俺がこんなふうに痛がること、嫌がるね…誇り高いひとだから、」
あの雪の森で自分は道迷いに遭難するところだった、それを光一が救けてくれた。
この1月には周太の罪まで喜んで背負ってくれた、そして今3月は英二のことも救ってくれた。
いつもは転がして周太を揄うけれど、何事も光一は必ず救けてくれる。
そうして光一は今も純粋無垢なまま、真直ぐ想いを与えてくれる。
そんな光一を大好きだと想う、恩人で、大切な人だと心から想う。
けれど心から求めて一緒にいたいのは、自分を大人にしてくれた、あの美しい唯ひとり。
この気持ちに嘘はつけない、正直な想い素直に周太は微笑んだ。
「ん、正直なままに、笑顔でいればいいね?…嘘は、哀しいだけだから…出来る精一杯で大切にする、これでいいかな?…小十郎、」
ぽとん、ひとしずく涙が「小十郎」の黒い瞳にふりかかる。
また自分は泣いた、けれど大切に考えはまとまって心も肚も落ち着いた。
この「小十郎」を抱きしめていると、そのとき大切なことが解かってくる。
この不思議で大切な宝物が嬉しくて微笑んだとき、梯子階段の軋む音がたった。
「周太?ここにいたんだ、」
きれいな笑顔が幸せに咲いて、こちらに歩み寄ってくれる。
黄昏の光のなか端正に佇んだ、凛々しい袴姿を見あげて周太は幸せに笑いかけた。
「英二、すてきだよ?…袴姿、かっこいい、」
「周太から褒めてもらえると、嬉しいな?」
やさしい笑顔で見つめてくれながら、そっと額にキスでふれてくれる。
昨日帰ってきてから幾度キスをもらっているかな?
そんな確認する想い幸せで、この宝箱の部屋に綺麗な姿で佇んでくれている今が嬉しい。
ロッキングチェアーから立ち上がって「小十郎」を席に戻すと、大好きなひとに笑いかけた。
「ね、夕飯は何食べたいとかある?…献立によっては買物、行きたいな?」
「そうだな、和食ベースなら嬉しいな。周太、今夜もワイン飲んでみる?」
「ん、いいな。昨日の、美味しかったよ?…じゃあ、買物、行くね?」
ふたり話しながら鎧戸を閉めると梯子階段を降りた。
部屋に降りたとき、やさしいキスが唇ふれて提案してくれた。
「うん、買物行こう。そうしたら料理、教えてくれる?」
その提案はうれしい。
それなら一緒につくれる簡単な料理が良いな?
献立を考えながら周太はきれいに微笑んだ。
「ん、教えるね?…じゃあ、着替えないとね、」
着物で料理するのは英二には難しいだろうな?
考えながら自分も午前中着ていた服を用意すると、きれいな低い声がねだった。
「周太、俺、脱ぎ方とかよく解らないんだ。教えてくれる?」
「ん、…あ、」
そうだったな?
そう思った途端、とくんと鼓動が弾んだ。
一緒に着替えるのは気恥ずかしい、けれど教えるためには一緒にしなくてはいけない。
素直に頷いて周太は、袴の脱ぎ方から教え始めた。
「あのね、ここほどくの…それで、脱いだものはすこし風に晒すから、ここに掛けて?」
部屋の隅にある衣桁に袴を掛けて、帯をほどき袷を脱いだ。
そうして襦袢姿になったとき、英二の立姿に周太はため息を吐いた。
…黒椿の花、だ
やわらかな黄昏の陰翳に、濃蘇芳の黒椿があざやかに佇んでいる。
潔癖に白い衿が黒紅に華やかで、白皙の肌とダークブラウンの髪に衣の紅が映える。
なよらかな黒紅の生地が肢体のラインをうかせて、引締まった綺麗な体が美しい。
着付けをした真昼の陽光よりも、夕闇あざやぐ陰翳にこそ艶麗な姿が際だち映える。
「…きれい、」
素直な賞賛の想いこぼれて周太は微笑んだ。
見惚れてしまう美しい姿は照れたよう微笑んで、そして周太の姿を見つめてくれた。
「ありがとう、でも周太こそ、きれいだよ。…あわい緑色も似合うね、」
今日は藤の襲にあわせて着たから、衿があわい萌黄色だった。
だから襦袢もあわい浅緑を選んである、この色について周太は微笑んだ。
「この色、英二の濃蘇芳とね、対照の色になるでしょう?…似合うかな、って想って選んだんだ…」
素肌にまとう襦袢を恋人に合わせて選ぶ。
隠す衣だけれど脱いだとき、こんなふうに似合うことが判ると素敵かな?
そんなふうに想って選んでしまった、だから一緒に着替えるのは恥ずかしいなと思っていた。
けれどいま露見してしまったな?
気恥ずかしさと、見て貰えて嬉しい気持ちとが、くるり廻って紅潮になっていく。
「そういうの、うれしいな…周太、キス、させて?」
言葉と一緒に、あわい衣の肩が抱きよせられる。
いつも英二はさり気なくキスならしてくれる、けれど今は訊いてくれた?
どうしてかな?すこし不思議に想いながらも周太は素直に微笑んだ。
「ん、…はい。きす、して?」
いつものようにキス、うれしいな?
そう見上げて微笑んだ唇に、やわらかな唇がふりかかる。
おだやかな温もり受けとめて瞳閉じたとき、ふわり体がういて抱き上げられた。
…あ、
心にちいさく声が上がる。
途惑いと一緒に白いリネンに抱きおろされて、深紅の衣姿が被さるよう覗きこんだ。
見つめてくれる切長い目が切なく綺麗で、見惚れている想いに低い声がねだった。
「…周太、キスだけ、だから…許してくれる?」
この「キス」の意味に、ようやく気がついた。
自分の子供っぽい勘違いと今の状況が気恥ずかしい。
それでも乞われる許しが幸せで、気恥ずかしさに頬熱くしながらも周太は応えた。
「…あの、おみせは9じまでだから…ね、…」
切長い目がすこし大きくなる、そして可笑しそうに笑んだ。
端正な唇が嬉しそうに笑って、きれいな低い声が約束してくれた。
「うん、買物は行けるようにするな?…可愛いな、幼妻みたいだ。こんな周太も大好きだよ?」
切ない表情の目が、愉しげに笑ってくれる。
なんだか変な応え方しちゃったかな?気恥ずかしさにまた赤くなりながら、周太は拗ねた。
「そんなにわらわなくても、いいでしょ?…どうせ子供っぽいですよ、そんな笑うなら、させてあげない、」
拗ねながら衿元を握りしめて、伊達締めの結び目を掌で隠してしまう。
こんなに笑うのなら知らない、そんなふうに見上げた先で端正な笑顔が懇願してくれた。
「ごめんなさい、お姫さま。お願いです、キスさせてください…ね、ご機嫌、なおして?」
切ない目で微笑んで、すこしにじり寄る黒椿の衣から白皙の肌がこぼれだす。
黒紅はえる匂いやかな白肌がまばゆくて、衣透かす温もりと深い森の香が心つかんでしまう。
こんな魅惑的だなんて、こんな反則ずるい。拗ねる想いと惹きこまれる誘惑に、頬染めながら素直に頷いた。
「こんなの、ずるい、英二…でも、ゆるしてあげる…」
「ありがとう、周太…キス、するよ?」
華やいだ笑顔が咲いて、やさしい熱いキスが肌にふれた。
ふれられるところに鼓動が生まれていく、甘い熱が滲みだす。
気恥ずかしさと熱の甘さに言葉奪われていく向う、黒椿の花が揺らめいた。
…きれい、
白皙まばゆい肌に黒紅の衣が絡みつく。
はだけた長い脚にまつわる色が妖艶で魅惑に充ちて目を奪う。
白澄椿の肢体に絡んだ黒椿の衣、ふたつの椿が交わす艶麗が心浚っていく。
「きれいだ、周太…愛してる、だから…キス、するよ?」
綺麗な低い声が吐息交じりに微笑んでくる。
いま見つめる椿の美に奪われた心が、惹きこまれるよう頷いた。
「はい、…すきにして、ね、」
応える言葉に被せるよう伊達締がほどかれていく。
白皙の長い指が襦袢の衿元に掛けられて、熱湛えた切長い目が瞳覗きこんだ。
「可愛いね、周太、…好きにするよ?」
艶麗な椿の微笑が咲いて、あわい薄緑の衣が披かれた。

買物から戻ると20時前だった。
台所に並んで立つのが嬉しくて面映ゆい、それ以上に買物が気恥ずかしかった。
いま料理する紺色のエプロンと服の隙間から、ふっと香る石鹸が恥ずかしい。
いろいろ恥ずかしくて困ってしまうな?気恥ずかしさに赤くなっていると、長い指が前髪をかきあげて額を寄せてくれた。
「周太?買物のときから、顔が赤いけれど。熱はないみたいだな?…どうしたの?」
「…えいじのせいです、」
正直に答えながら菜箸でサラダをドレッシングと和えはじめた。
きっといま顔はますます赤いだろうな?そう思っていると、切長い目が瞳のぞきこんで訊いてくれた。
「俺の所為なの?教えて、周太?俺、なんか嫌なこと、しちゃった?」
「嫌じゃない…でも困ったの、恥ずかしくて…はずかしいからあかいんです」
切っておいた刺身を皿に並べて、その上にサラダを盛りつける。
これでカルパッチョの出来上がり、盛りつけに満足しながらテーブルに置いて周太は微笑んだ。
その背中から長い腕が伸びて、おだやかな抱擁に包みこんだ温もりが優しく訊いてくれた。
「ベッドのことした直ぐ後に出掛けたから、恥ずかしかったんだ?」
当たり。
婚約者の正解に周太は素直に頷いた。
「ん、…はずかしかったよ?」
「ごめんね、周太。でも、こういう恥ずかしがりなとこ、大好きだよ?…あ、周太、佳い香、」
謝りながらニットの首筋に顔をうずめてくれる。
こんなことされると困ってしまう、また赤くなってしまうのに?
けれど今ふれる温もりが幸せで、紅潮の困惑にも周太は微笑んだ。
「恥ずかしいよ、…でも、大好きって、うれしい。ね、大人になって、もっと好きになった?」
質問が自分で気恥ずかしい。
だって恋して愛してと、ねだってばかりいる。
けれど大好きな婚約者は嬉しそうに瞳のぞきこんで、幸せに笑ってくれた。
「うん、昨日より、1分前より、今の周太が好きだよ?」
そんなこと言われたら嬉しい。
嬉しい気持ちに周太は素直に笑った。
「うれしいな、…俺もね、今の英二が好き…ね、おかずとか、他に食べたいものある?」
「もう、たくさん作ってくれたよ、周太?それとも周太の、お薦めの料理があったら食べてみたいな、」
「おすすめ…どんなのがいい?和食、洋食、それとも中華かな?」
どれが英二の好みかな?
考えながら訊くと、幸せな笑顔が綺麗に咲いて応えてくれた。
「いまの気分は和食かな?でも俺、周太の作ってくれた物なら、なんでも旨いよ?」
そんなふうに言われたら嬉しくなるな?
そんな嬉しい気持ちのまんま、英二好みの料理を周太は考えた。

冷やしたワインと食事を楽しんだあと、片づけを英二が手伝ってくれた。
洗った皿をきれいに拭いてくれる、こんな日常のありふれたことを一緒に出来る時間が嬉しい。
こういうふうに毎日出来たら良いな?そんな願いに、あと3ヶ月ほどで訪れる本配属の意味が影を落とした。
あと3ヶ月で本配属になれば、きっと父の世界に自分は行くことになる。
…不安、だけど…英二の世界も、見に行けるから大丈夫、
精神破綻の危険。
こんな危険が蟠る父のいた世界、そこへ立つ不安が無いと言えば嘘。
けれど今は、その世界に希望も見つめているから大丈夫。
この愛するひとが山の危険に立ってレスキューするように、自分も父の世界の危険に立ちレスキューもする。
きっと自分がレスキューまで務めようとすることを、あの世界では止めようとするだろう。けれど自分は必ず止めない。
あの世界では自分の身を守るのが精一杯かもしれない、けれど自分は斃れる人を見たら放っては置けない性質だから。
だからこの自分の望みに正直に、斃れる人を手助けできる技術と知識を身に付けて、あの世界にいけばいい。
そうして斃れる人のレスキューが出来たら、父を助けられなかった贖罪がすこし出来るかもしれない。
そしてレスキューを見つめたら、この愛する人が懸ける誇りと想いを自分は身をもって理解することが出来る。
父への贖罪と、伴侶への理解。
この大切な2つが叶うのならば、どんなに嬉しいことだろう?
もうこの喜びを希望として自分は抱いた、だからもう唯、怯えるだけじゃない。
…希望を見つめに行こう、そしてお父さんの軌跡を見つめて生き抜くんだ。そうしたら、ね?
そうしたら、の後に続くのは嬉しい「いつか」
この「いつか」を今も隣に立っている愛するひとの為に、迎えたい。
この「いつか」にはきっと、この今立っている「ありふれた日常」の瞬間が、本物の日常になってほしい。
そして今は出来るだけ、この瞬間を大切にしたいな?
そんな素直な想い微笑んで蛇口を閉めると、周太は隣に立つ婚約者に笑いかけた。
「お手伝い、ありがとう、英二…お風呂、沸いているから、入って?」
「うん、ありがとう、」
きれいな低い声が礼を言ってくれる。
この声も大好きだな?嬉しい気持ちで手をタオルで拭くと、軽やかに体が抱き上げられた。
「えいじ?…どうしたの、」
驚いて見つめた切長い目が、すこし悪戯っ子に笑ってくれる。
なにをするのかな?そう見ているうちステンドグラスの扉が開いて、洗面室の扉が開かれた。
ぱたんと扉が閉じられて、きれいな低い声がおねだりに微笑んだ。
「周太、今夜は一緒に、風呂に入ってよ?」
どうしよう?
「…あの、だって、けっこんしてから、って…」
婚約の花束を受け取ったときも「一緒に風呂に入って」とねだってくれた。
けれど恥ずかしくて「結婚してから」と断っている。
それでも、酔っぱらったバレンタインの夜と昨日の昼間は一緒に入ってしまった。
でもあれはちょっと不可抗力だった。
「うん、結婚してから、って言ったね。でも、今夜は俺のワガママ、聴いてくれないかな?」
「英二の、わがまま?」
わがまま言ってもらえるのは、嬉しいなと想ってしまう。
それに自分の感情の変化もすこしある、あの婚約の花束を貰った頃と、今の英二では少し違うから。
ずっと大人びて落着いた思慮深さが綺麗で、どこか切ない雰囲気を纏うようになっている。
その切ない理由は解からない、けれどその謎めいた深みが引力のように視線を絡めとってしまう。
そして想ってしまう、こんな魅力的なひとの「わがまま」聴いてあげたいな?
「そう、俺のワガママだよ。周太と、すこしでも一緒にいたいんだ、それに、」
言いかけて、綺麗な低い声の言葉が途切れた。
どうしたのかな?ひとつ瞬いて見つめると、ふっと切長い目が切なく微笑んだ。
「昨日の昼間、一緒に風呂に入れて、嬉しかったんだ。俺の手で支度をしてあげられたのが、幸せだったから…」
「あ、…」
この「支度」の意味が面映ゆい。
告げられる言葉が気恥ずかしくて、けれど幸せになってしまう。
本当を言うと自分も、嬉しかった幸せだった。この想いを素直に告げればいいの?
そんな途惑いに俯きかけると、そっと体を床へと立たせてくれた。
「周太、Yes、って言って?それとも、こんな俺はいやらしくて嫌い?」
「嫌いなんて、ないよ?うれしい、…」
思わず即答して熱が昇りだす。
いま「うれしい」って言ってしまった、これではまるでえっちなことしてとおねだりしたみたい?
自分の咄嗟の本音に困っていると、切長い目が嬉しそうに瞳を覗きこんでくれた。
「うれしいなら、Yesだね、周太?よかった、」
途惑いながら見上げている周太に、ふわりキスがふれる。
やさしいキスでふれてくれるのを受けとめながら、エプロンの紐が解かれていくのが解かる。
そうして唇が離れたときは、カーゴパンツのベルトまで引き抜かれていた。

湯から上がるとき、周太は自分では立てなかった。
ほどこされた支度に力が抜かれて、浴槽のなか抱きしめられていた逆上せもある。
すっかり無抵抗にされた体を英二は湯から抱き上げて、幸せに微笑んだ。
「こんなになってくれるんだね?可愛い、周太、」
「ばか…こんなにするなんて、えいじのばか…たてなくなっちゃったでしょ、ばか」
言葉だけでも抵抗したけれど、口調すらほどかれ迫力に欠ける。
こんな状態は恥ずかしい、けれど甘えてしまえる幸せが嬉しい。
でも、風呂だけでこんなにされて、この後どうなるのだろう?
あまやかな疑問にぼんやりしていると、バスタオルに体がくるまれていく。
「ごめんね、周太?ちゃんと抱っこして、連れていくから。怒らないで?」
きれいに微笑んで、バスタオルごと周太を抱きあげると階段を昇ってくれた。
部屋の扉開いて、そっとベッドに抱きおろすとデスクライトだけ点けてくれる。
ほの明るいオレンジの光のなかで、白皙の裸身が微笑んだ。
「きれいだね、周太…肌が、桜みたいだ…熱い?」
「ん、すこし…あの、恥ずかしい、」
見つめられて、恥ずかしくて仕方ない。
そっとバスタオルをかきあわせ見上げると、白皙の背に寝間の浴衣をはおって笑いかけてくれた。
「冷たい水、持ってくるな?眠っていても良いよ、」
話しながら真白いリネンでくるんでくれる。
素肌を隠せたことにほっと息吐いた唇に、やさしいキスがふれてくれた。
そっとキスが離れて見上げた姿は湯上りの熱りが艶麗で、浴衣姿が凛と美しい。
きれいだな?微笑んで見送った背中は、広やかに頼もしかった。
「…やっぱり、きれい…」
ひとりごとに本音がこぼれてしまう。
浴室でも英二は綺麗だった、あんまり綺麗で見惚れてしまった。
白皙の肌はじく湯の玉が、きらめき零れていくのが宝石のようだった。
湯に温まる肌は桜いろほころんで、頬に細やかな傷痕が浮ぶのが不思議できれいで。
水まとう髪は艶やめいて、切なげに見つめてくれる切長い目は熱にうるんでいた。
―…きれいだね、周太…力、抜いて?
抱きとめてくれる、美しい微笑に魅惑されて見惚れてしまった。
そうしているうちに気づいたら、すっかり立てないまで体は、ほどかれていた。
動けなくなった体を抱き上げて、湯船に入れてくれると艶麗な微笑が周太を見つめた。
―…周太、今から俺の支度するから…見てても、良いよ
そんな誘いに微笑んで、英二は周太の目の前で支度を始めた。
その姿は、凄艶に美しかった。
「…あんなとこみたから、よけいに逆上せちゃったんだよね、」
綺麗だったな?
そんな感想にまた記憶を見惚れそうになる。
この美しい記憶の光景に気がついてしまうことがある。
あの支度を英二がしたと言うことは、今夜もまた同じなのだろうか?
「…どうしよう、」
気後れしそう、あんなに美しい姿を魅せられたから尚更に。
あんなに美しいひとが自分にこの後、なにをするの?
そんな予想が尚更に逆上せあがらせて、体の力を抜いてしまった。
「周太?大丈夫か、」
綺麗な低い声に驚いて周太は見上げた。
ぼんやり考え事しているうちに、白い浴衣姿は戻ってきている。
こんな考え事をしていたのが恥ずかしいな?
赤くなっていると白い袂の腕が、そっと抱き上げて起こしてくれた。
「はい、水飲んで?」
冷たいグラスを持たせてくれる。
素直に受け取って飲みこむと、ふわりレモンの香がおいしい。
この気遣いが嬉しくて周太は微笑んだ。
「レモン水にしてくれたんだ?…おいしい、ありがとう、」
「喜んでもらえて、よかった。やっぱり笑顔、可愛いな、」
素直に喜んで笑いかけたら、綺麗な笑顔で幸せに応えてくれる。
こんな笑顔が見られる、そんな自分の人生は贅沢で幸せだな?
この与えられる幸せに心から感謝して、周太は心づくしの水を飲みほした。
「熱り、落着いたかな?周太、気分どう?」
グラスを受けとってくれながら、前髪かきあげて訊いてくれる。
露になる額に額つけて熱をみてくれるのが嬉しい、白いリネンを胸元ひきよせながら周太は微笑んだ。
「ん、大丈夫だよ?…すこし休んだから、平気、」
「よかった、…周太、」
ほっとしたよう優しく名前呼んで、額ふれたまま切長い目が瞳のぞきこんでくれる。
こんなに近いと緊張するな?綺麗な笑顔に気後れして、すこし身を引きかけた周太を白い袂がくるみこんだ。
「きれいになったね、本当に…昨夜より、ずっと、…きれいで、」
抱きしめられ囁き受けながら、やわらかに体がシーツに沈んでいく。
白いリネン握る掌やわらかにほどかれて、バスタオルも解かれて、肌露にさらされる。
なにも纏えない肌見つめられて視線が肢体を縛っていく。
「まばゆいよ、周太…夜桜みたいに、肌が光ってみえる…」
ふりかかる賞賛の言葉に体が動けない。
あわい光に隈なく照らされて、美しい目の視線が熱くて、恥じらいの熱が昇ってくる。
また赤くなってしまう、恥ずかしい想いのまま睫ふせていると、綺麗な低い声が微笑んだ。
「恥ずかしがってくれてるんだね、周太?…肌が、赤くなってくよ…きれいだ、」
長い指が肌にふれて、とくんと鼓動が全身を貫いた。
恥じらいと緊張が体を支配する、もう竦んだまま動けない。
ただ睫伏せて、視線に肌さらして横たわっている、この体に真白な衣姿がゆっくり覆い被さった。
「今夜も周太を、俺に入れたいよ?それから、周太に俺を納めたい、お互いに感じ合いたい、…お願いさせてくれる?」
想っていたとおりの、おねだり。
このひとの願いを断れるわけなんて無いのに?
見つめ触れられる美しい誘惑に、素直に周太は惹きこまれた。
「はい、…して?」
短い返事、これしか今は唇が動けない。
けれど見つめるひとは幸せに微笑んで、艶麗な眼差しで周太を心ごと抱きとった。
「ありがとう、周太。今夜も、ひとつになろうね…愛してる、」
嫣然と微笑んだ唇が、唇に重ねられる。
ふれる唇はやさしいのに熱くて、あまくて心ごと蕩かされてしまう。
こんな熱い甘いキスは知らない、どうして今夜はこんなにキスが甘いの?熱いの?
こんなの呼吸が奪われる、心臓も止まって逃げられない。
「…は、…あ、」
離れた唇にようやく息ついて、蕩かされた心で恋人を見あげる。
見あげた先、黄昏の夢と同じに艶麗な幸せが微笑んで、やさしい熱が見おろした。
「可愛いね、周太…大人になって綺麗になったのに、可愛いままだね、…ここも、」
長い指ふれられる、途端に全身が一瞬ふるえた。
「…あ、」
思わずこぼれた声が、あまい。
こんな声すら恥ずかしい、そんな含羞を喜んで恋人は指を絡めていく。
「素直だね、周太は…大人になっても、ずっと素直な可愛い周太のままでいて?…わがまま、言って?」
「…はい、…っ、あ、…」
与えられる感覚が熱になって体を廻りだす。
この熱に浚われそうな意識をひらきながら見つめる先で、端正な肩から白い衣がすべらかに消えた。
「周太、命令してよ?俺の恋のご主人さま、この恋の奴隷を使って?…ね、」
艶めかしい体が絡みつくよう抱きしめてくれる。
深い森の香となめらかな肌理にまとわれて、安らぎと緊張がふたつながら心を掴みだす。
なにか言わないと?そう思うのに言葉がもう浮ばない。
「ご主人さま、ご命令がないなら、…俺の好きに、お仕えするよ?…ここにキス、しますね?」
「あ、…っ、」
ゆるやかに熱い唇に呑みこまれていく、その感覚が心ごと浚いこんだ。
されるがまま感覚の波にさらされて、おかしくなりそうで怖くて、けれど止めて貰えないと知っている。
いつまで続くの?どうなるの?怯えたよう不安で、けれど甘い熱が嬉しくて止めてほしくない。
…このまま、消えてしまいそう、
熱くて、熔かされて、何だかわからなくなる。
やわらかに纏わりつく熱と、ゆるやかに噛まれている歯の感触が心ごと侵してしまう。
ふくらんだ熱に惑い涙こぼれたとき、熱い唇がようやく離れて微笑んだ。
「可愛いね、周太…ほら、こんなに素直だ…愛してるよ、」
やさしい艶麗が微笑みかけてくる。
美しい白皙の喉がグラスの水を飲みこみ動くのが、妖艶に美しい。
…ほんとうに、黒椿の花みたい
この美しい花に自分は今宵、どんなことをされるのだろう?
朦朧とした紗の向うに花を見つめながら、微かに周太の言葉がこぼれた。
「…きれい、えいじ…愛してる、」
いちばん伝えたい言葉がこぼれて、うれしい。
揺れる意識の底から微笑んだ周太へと、美しい笑顔が嫣然と咲いた。
「この体も全部、周太のものだよ。だから…周太の全ても、俺に受容れたい…周太、赦してくれる?」
名前を呼びながら熱い瞳が心結わえつけてくる。
素直に熱を受けとめて周太は微笑んだ。
「ん、…うれしい、俺のものでいて?俺も、英二のものでいたいから…ひとつにして?お願い…」
こんなこと言うの恥ずかしい、でも正直な気持ち。
恥ずかしさと、いつに増して美しい恋人への途惑いが紅潮を誘惑する。
それでも幸せは温かで嬉しくて、素直に微笑んだ周太に綺麗な低い声が幸せに微笑んだ。
「お願い、本当に嬉しいよ?…周太、始めるよ、」
やさしいレモンの香のキスが唇にふれる。
好きな香を熱と一緒に口移しされながら、長い指ふれるところに熱があてられた。
香のキスが深くなる、熱くなる、そして離れたキスの唇が艶麗に微笑んだ。
「君を、愛している、」
艶麗な微笑かがやいた唇が、大きく息を吐いた。
腰の上に白皙の体が沈みこむ、そして体はあまい熱へと呑みこまれた。
…離さないで、ずっと
深く受けとめられ繋がれて、ずっと隣から離されないで傍にいたい。
ささやかで深く心願う祈りが、呑まれる熱に微笑んでいく。
白澄椿と黒椿、この対照的な花を交わす恋人の傍にいたい。
そのためになら自分は、どんなことも喜んで超えてみせる。
この恋と愛の唯ひとり、この恋人と共にあるなら必ず幸せを見つけられるから。
だから今、この瞬間も共に感じられる全てが愛おしい。
この素直な想い見つめ合って瞳結んで、共にする感覚のなか周太は微笑んだ。
「愛してる、幸せだよ?…」
その夜も暁も。椿の花の夢に幸せは微笑んで、ふたり幸福に微睡んだ。
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