萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第43話 護花act.1―another,side story「陽はまた昇る」

2012-05-26 23:43:55 | 陽はまた昇るanother,side story
萌いずる季節に、



第43話 護花act.1―another,side story「陽はまた昇る」

当番勤務が明けて、周太は風呂を済ませると食堂へ行った。
ゆるやかな朝陽の明るいなかトレイを受けとると、深堀が声を掛けてくれた。

「おはよう、湯原。佐藤さんもいるんだ、おいでよ、」
「おはよう、佐藤さんと食堂でご一緒するの、久しぶりだな?ありがとう、」

素直に礼を言って、佐藤の据わっている窓際のテーブルに周太も付いた。
そうして3人での食事を始めてすぐ、快活に笑って佐藤が口を開いた。

「昨夜、遠野さんと久しぶりに飲んだよ、」

刑事課勤務の佐藤は、捜査1課在籍当時の遠野教官と仕事を一緒にしている。
それ以来たまに2人は呑みに行くらしい、懐かしい名前に周太は微笑んだ。

「教官、お元気でしたか?」
「うん。元気だったよ、相変わらず仏頂面だけどね。でも、飲むと笑うんだよ?」

あんまり想像できないな?
そんなことを想った向こうで、佐藤がすこし声を低めて教えてくれた。

「それで遠野さんに言われたんだ、『俺の教場は特例になりそうだ、』って、」
「特例、ってなんですか?」

押えた声の深堀が、そっと佐藤に訊きかえしてくれる。
軽く頷くと佐藤はまた口を開いてくれた。

「普通はな、初任科教養と総合はクラス替えをするんだよ。でも、遠野教場は今回、クラス替えをしないらしいんだ、」

この特例扱いの理由は見当がつく。
深堀と顔見あわせると、同じ考えだよと頷いてくれる。
やっぱりそうなのかなと考えながら、周太は口を開いた。

「立籠りの事と、卒業式の事が原因ですよね?」

安西立籠り事件、それに続く卒業式のボイコットと卒業生代表の警視総監への反論。
この2件とも、遠野教場が渦中になった事件になる。
けれど佐藤は首傾げながら確かな事だけを言ってくれた。

「立籠りはそうだと思うよ?やっぱり重大犯罪に巻き込まれたら、PTSDの問題があるだろ?そのケアも今回はあると思う、」

たしかに佐藤が言う通りだろう。
けれど自分には卒業以来、ずっと見つめてきたことがある。それを正直に周太は口にした。

「あの2件とも、俺の責任なんです、どちらも、」

あの立籠り事件で最初に捕まり人質にされたのは、周太だった。
そして卒業生代表として警視総監へ意見したのも、周太だった。

あのとき安西を易々と信じてしまった。
こんな子供っぽい単純さが自分の最大の弱点、そう解っているのに掴まってしまった。
そして自分を盾に英二が脅かされ2人目の人質になって、それから教場全員が誘いこまれ人質にされた。
卒業式の事は遠野教場の皆で話しあい、決めたことだった。
けれど自分の言い方がもっと上手だったら、あんなに問題に成らなかったかもしれない。

あのとき校門で安西に対峙したのが、光一だったら、瀬尾だったら、英二だったら?
きっと誰もが「おかしい」と気がついて警戒して、あんな事件には成らなかったろう。
卒業式の時だって、光一だったらきっと2月の拳銃射撃大会の時のように、警視総監を論破できた。

どちらの事件も発端は自分、結局は周太自身のミスだと解っている。
だから本当はずっと自責が痛くて、この痛みに尚更、警察官である自分に自信が持てなかった。
そしてあのミスのために、教官と遠野教場全員が「特例」対象にされてしまう?

…自分に責任が無いなんて、言えない。教官に、皆に、どんな顔をして会えば良いのか、解からない

警察組織は縦社会、だから上からの低評価は苦しい。
この評価に「特例」がどう響くのだろう?自責を見つめた周太に、深堀が首を振ってくれた。

「湯原、あれは俺たち全員で選んだことだよな?安西のことだって、湯原だから隙を作って反撃できたんだ、」
「でも、元はと言えば俺が油断したからなんだ…ごめん、」

周太は深堀に頭を下げた。
ほんとうに自分は警察官に向いていない、だから遠野教官も「適性が無い」とはっきり言ってくれた。
いくら父のためとはいえ、周囲に迷惑をかけてまで奉職している事が正しいのだろうか?
この自分の選んだ道に自責が痛い。痛みと頭下げている周太に、佐藤が笑いかけてくれた。

「湯原、遠野さんはな?おまえに伝言があるから、昨夜は俺と呑んだんだよ、」
「…伝言、ですか?」

そっと頭を上げて周太は佐藤の目を見た。
見つめた先、頷きながら目を笑ませ教えてくれた。

「遠野さん、こう言ったよ。『安西の事は俺の責任だ、卒業式も無理をさせた。済まない、』そう、恥ずかしそうに言ってな?
面と向かって謝るのはガラじゃないから、伝言で済まん。そう伝えてくれだってさ。遠野さんらしくて俺、笑いそうだった、」

言い終えて、佐藤は快活な笑い声をあげた。
朗らかな笑い声に深堀も微笑んで、人の好い笑顔を周太に向けてくれた。

「誰も湯原の所為だなんて、思っていないよ?それに俺、また皆一緒になれたら嬉しいな。遠野教場が俺は好きだから、」

同期に、笑って受けとめて貰える。
そして遠野教官まで周太のことを気遣ってくれた。
こんなふうに自分は、この警察組織の中でも温かい想いに、幾つ出会えてきたのだろう?

…すこしでも、この恩返しをしたい。「いつか」の瞬間までは、

いま与えられた温もりは、こうして1つの覚悟に変わってくれる。
いま、警察学校入校から1年になる。この間に自分は、こんな温もりに幾ど援けられ、勇気や覚悟を抱けただろう?
この今が自分は幸せだ、想い素直に微笑んで周太は頷いた。

「ん、ありがとう。俺も、皆と一緒になれたら嬉しい、」

初任総合まで、あと半月。
この半月が過ぎて、初任総合の2カ月が終われば本配属になる。
そうしたら自分はきっと、この同期とも先輩とも遠く離れた部署へ召喚されるだろう。
だからこそ、今この一瞬を大切に過ごしたいな?いま、この食卓の時間に周太は、心から微笑んだ。



庭の夏みかんが、大きな実に重たげな風情で梢揺らしている。
艶やかな緑の葉は午後の陽きらめいて、黄金の実が宝珠のよう輝いていく。
野菜籠かかえて見上げながら、周太は樹へと笑いかけた。

「…重たそうだね?でも、あと一月、待ってね?」

この木の収穫適期は毎年5月上旬、今年もきっと同じ頃だろう。
いつも収穫したら、黄金いろの皮は砂糖菓子に作りあげる。
その菓子は1年分作りおいて茶の席での干菓子に出す。これは昔から家では決まりごとだった。
だから5月になると、さわやかであまい香が家中に立ちこめる日がある。その日は幼い頃から周太にとって楽しい。
この5月は警察学校にいる期間だけれど、外泊日があるから大丈夫だろう。
すこし先の予定を考えながら、ひとりごとが唇こぼれた。

「…今年は英二、手伝ってくれるかな?」

英二は山岳救助隊の召集に備えて、外泊日は青梅署に戻る予定でいる。
それでも1日は川崎に帰ると言っていたから、手伝ってもらえるかもしれない。
この夏みかんの砂糖菓子づくりを、英二と一緒に楽しんでみたい。この年に一度の楽しい日を一緒に過ごしてほしい。
来年は、一緒に出来るか、もう、解からないから。

「それでもね、夏みかん?…来年も、俺が作るよ。再来年も、ずっと、」

ほんとうは解らない、あと数か月で自分は危険な場所に行ってしまうから。
それでも必ず帰って、自分がこの家の菓子を作り、家の楽しい日を守っていきたい。
どうしても守りたいから、だから英二には今年一緒に作って貰いたい。きっと英二なら護ってくれるから。
ただ一言「守ること約束して?」そう言えば英二は、必ず約束を護ってくれる。

帰りたい、必ず。それでも、解らない。
不屈の意志を抱いた雅樹ですら、山の眠りに抱かれてしまったように。

あの昏く危険な場所でも希望と生き、父の想いを探し出して、ここに帰りたい。
それでも、どんなに帰りたいと願っても意志が強くても、不可能な時がある。
だから「今」出来ることは、どんなことも全て終えておきたい。
万が一の時にでも、守るべきものを護りきれるように。

…守ることが、出来ますように、

願いと意志に微笑んで、周太は携帯をポケットから出した。
そのまま少しあるいてベンチに座りこむと、受信BOXを開き微笑んだ。


From :宮田英二
subject:どんな時もずっと
本 文:いま晴れています。
    メールの言葉に救われたよ、俺。周太は俺の、最高のレスキューだなって改めて思う。
    俺には周太が最愛のひとです、どんな時も、ずっと。
    どんな時も周太の隣に帰りたい、だから、どんな時も俺を受けとめてほしいよ。
    こんど食べたいもの、1番はここに書けません。2番はスコッチエッグ。
    
    逢いたいです。


最高のレスキュー。
そう言ってくれる言葉の意味を、もう自分は解かっている。
このメールを受けたのは昨日の夕方だった、きっと今頃はもう結果が出ている。
きっと英二と光一には、新しい絆が生まれた。

光一は、この庭の緋牡丹にキスをした。
あの花は英二に準えて活けた茶花と同じ花だった、そう知っていて光一は周太の前で花にキスをした。
周太を愛するように英二を愛したいと笑顔で告げて、花に口づけを贈った。
だからきっと光一は、剱岳で英二とキスをした。

…今までみたな悪戯や御守りじゃない、新しい絆のキス、だね?

それは英二が選び光一が選んだこと。
最愛の婚約者と初恋相手、ふたりが選んだのなら自分は受容れる。
それくらいの覚悟はもう、何度も見つめ心に刻み込んである。だからもう、大丈夫。
もう自分は、どんな時でも英二を光一を受けとめていく。
そう決めてある。

光一の記憶が戻り「初恋」と「最愛」が分たれた瞬間から、自分は決めてきた。
この心が、英二と光一とのはざまに迷子になった、あの瞬間から何度も泣いて考えた。
もう何度泣いたか解らない、けれどその涙ごとに自分の心に一本の樹が育っていく。
心に大きく梢ひろげ、木蔭をつくり、憩えるような空間が自分の中に育っている。
この場所になら2人を受容れることが出来る、きっと美代の事も。

それでも、自分は弱虫だから。
ふたりの新しい絆に、自分は拗ねて泣くかもしれない。
幾ど覚悟しても、わがままで甘えん坊の泣き虫は、堪えないで泣くかもしれない。
けれど、それならそれでもいい。泣けるなら、泣いておく方が良い。

もう自分には時間が無いかもしれない、だから泣くなら精いっぱい泣けばいい。
あと数か月で危険に自分は立ちに行く、必ず帰って来る意志は固いけれど、それでも人の運命は解からないから。
だから今を大切にしたい、今ある時間も感情もすべて抱きしめていたい。こんな今はもう、迷っている暇なんかない。
そんな覚悟が余計「今」正直にある事を肯定してくれる。

そしてこの覚悟が、ふたりの絆を肯定してしまう。
もしも自分が命終わる時が近いなら、あの大切なふたりに支え合って生きてほしいから。
もし、ふたりが各々に、周太のことだけ愛していたなら、周太がこの世から消えた時にどうなってしまう?
あの2人は誰より真直ぐな心を持っている、そんな2人はきっと「唯ひとり愛するひと」を喪えば自棄になってしまう。
きっと追いかけようとしてしまう、いま自分が危険な場所に行くことを護ろうとしてくれるように、死の旅でもきっと付いてくる。
けれど、そんなことだけはして欲しくない。

だから、あの2人に愛し合ってほしい。
もしも自分がいなくなっても、2人が元気に笑って生きられるように、支え合う絆を結びあってほしい。
そうして最高峰に登り続けて、夢と誇りに輝いていく笑顔を、ずっといつまでも見せてほしい。
もしも自分が生きて帰ってこれなくなったとしても、必ず最高峰の山頂で笑ってほしい。
いちばん空に近い場所の笑顔なら、きっと自分にも見えるから。

これは本当は、酷いワガママ。
こんな本音を知ったらきっと、2人とも泣いて怒るに決まっている。
だからこの本音は秘密、あの2人にだけは絶対に明かさない、たとえ命尽きても教えない。
きっと自分は生きて帰って来られると信じている、それでも心残りは無くしておきたい。

…どうか、ふたりが、支えあえる愛情の繋がりを、結べていますように

この願いは、泣いても拗ねても、自分の真実の願い。
これは愛する笑顔を見続けたい自分の、望みを叶えるために必要な事だから。
だから自分は今も、素直に想える。この想い微笑んで周太は、婚約者からの言葉に応えた。

「ん、…逢いたいね?」

画面に笑いかけて携帯を閉じると、ふっと風が庭をゆらした。
あわい紅色の花がふっていく、風揺れる染井吉野の梢には薄緑の葉がちいさく萌え出した。
今週末には花が終わり、いま咲き初めの八重桜が満開になって、翠きれいな新緑の時になるだろう。
そうして今月が終われば、もう初任科総合が始まる。

「…寮の部屋、どうなるかな…」

こぼれた独り言に首筋が熱くなってくる、だって今ちょっと考えた。
「また英二と隣の部屋になりたいな?」それから「そうしたらまた毎日来てくれるかな?」
こんなふうに初任科教養の時の幸せを、来月から再現出来たら良いなと考えてしまう。
けれど、寮の部屋でふたりきりになったとき、どんなふうに過ごすことになるだろう?

「もし英二が…したらダメだよね、こまるよね、どうしよう?」

こぼれていく心配事に花がふる、この心配事には頬まで赤くなってしまう。
こうした心配事も、もしクラス分けで違う教場になれば少なくなるかもしれない。
けれど、

「でも…特例だろう、って遠野教官も言っていたから…きっと、一緒だね?」

また同じ班だったら教場でも一緒にいられる、それは素直に嬉しいなと思う。
けれど「婚約者」であることを意識しそうで、そんな緊張を今もう起こしている。
教場で寮で、すこし周囲の視線が気になるかもしれない。なによりきっと風呂が一番困るだろう。

ほんとうは風呂は、結婚してから一緒に入る約束をした。
けれど英二が3月に静養で帰ってきた後は、何度か一緒に入っている。
そのたびに周太は目の遣りどころに困って、英二のしてくれる事に恥ずかしくて仕方ない。
そんな日常を過ごしてしまっている今、寮の大浴場でも英二と一緒に入れば、必ず意識しそうで困ってしまう。

「…でも、今から困っていても、仕方ないよね?…それより、ね、」

それよりも、英二の履歴書が問題になるだろう。
警察学校入校時の履歴書と、今とでは身元引受人が変わった。
もう今は周太の母となっている、そのことがきっと遠野教官に疑問を抱かせるだろう。

「…遠野教官には、呼びだされるかな、」

理由を訊かれた時、英二は何て答えるのだろう?
山桜を眺めながら考えていると、ふっと携帯の着信ランプが点灯した。

「あ、」

急いで開いて見ると、待っていた名前が表示されている。
嬉しい名前に笑いかけて通話を繋ぐと、大好きな声が名前を呼んでくれた。

「ただいま、周太、」

きれいな低い声が周太に笑いかけてくれる。
あの山からも帰ってきてくれた、感謝を抱いて周太は微笑んだ。

「ん、お帰りなさい、英二?」

呼びかけた名前に、電話の向こう笑顔の気配が咲いていく。
ほら、どんな時も英二は自分のことを想ってくれる。そんな喜びが胸に温かい。
喜び素直に微笑んだ周太に、きれいな低い声が言ってくれた。

「周太の声聴くと、ほっとする…逢いたい、」

最後の一言が、心を突いた。

どうしてそんなに、切ない声で言ってくれるの?
昨夜ふたりは、幸せな時間を過ごせたはずなのに?
この自分が居なくても大丈夫になったはず、それなのに、どうしてそんなに切ないの?

「周太、今すぐ逢いたい…応えてよ?」

切ない声が、名前呼んで求めてくれる。
そんな声で呼ばれたら、覚悟も決心もゆらぎそうで怖い。
それでも求められることは嬉しくて、この想い正直に周太は微笑んだ。

「ん、逢いたいね?」
「ほんとう?周太も逢いたい、って思ってくれる?」

縋るような声、切ない。
切なくて愛しくて、抱きしめてあげたい。
昨日の夜がどんなだったのか解らない、けれど自分を求め縋ってくれる想いは、ほんもの。
こんなふうに自分が愛されている今が幸せだ、素直に周太は頷いた。

「ん、逢いたいよ?スコッチエッグ、食べさせてあげたい、」
「周太、作ってくれるの?」
「今夜のおかずにね、練習で作ってみるんだ…お母さんに試食してもらおうと思ってて、」
「今夜?」

確認するよう訊いてくれた声が、幸せそうに笑ってくれる。
そして微かな音がなにか聞こえて、それから受話口から少しだけ遠い声に話しかけられた。

「本音を応えてよね、周太?俺にも逢いたいって、想ってくれる?」

透明なテノールの声が、泣きそうに聞えた。

ふたりは今一緒にいて、剱岳から帰ってくる途中だろう。
たぶん光一は運転しながら、英二が翳した携帯で話している。

…光一も、俺のこと気遣って、不安がってくれる

ふたりして、こんなだなんて?
なんだか可笑しくて、すこし笑いながら周太は応えた。

「光一?いま運転中だよね、携帯で話してたら、ダメだよ?」
「大丈夫、俺は携帯持っていない、宮田が持ってるから。それより、応えてよ…逢いたい?」

いまにも泣きそうなテノールの声。
こんな光一の声は初めて聴かせてくれる、「嫌われたら?」そう不安がっているのが伝わってしまう。
いつも自信に満ちて飄々と笑う光一が、こんな声を出すなんて?なんだか可愛くて周太は微笑んだ。

「ん、逢いたいよ?また山の写真を見せて?」
「うん、見せる。だから…俺が宮田を好きでも、俺のこと、嫌わないでくれる?」

嫌うわけなんかないのに?
おだやかな木蔭を見つめながら周太は笑いかけた。

「嫌いになんかならないよ?拗ねたりはするけど、」
「嫉妬もする?…それでも、俺のこと嫌わない?好きでいてくれる?」
「ん、するよ?でも、嫌いにはならなよ。光一のこと、好きだよ?」

応えた言葉に、嬉しそうに笑ってくれる気配が伝えられる。
ほら、こんなふうに2人とも、一生懸命に自分を想って気遣ってくれる。
こんなふうに想われていたら、やっぱり心配になってしまうから。だから尚更思ってしまう、願ってしまう。

この2人に、愛し合ってほしい。
もし自分が居なくなっても、笑顔で生きて行けるように。
たとえ周太を想い続けても、違う形の愛情であっても、もう1つの愛情を抱けたなら、きっと絶望することは無い。
もう2度と、英二が冷酷な仮面をかぶることが無いように。
もう2度と光一が、約束ごと置き去りにされることが無いように。
この2人がきちんと生きて、最高峰で笑顔を見せ続けてくれるように、願いたい。

この願いと祈りに微笑んだ周太に、透明なテノールが訊いてくれた。

「周太、今すぐ宮田と俺に、逢いたい、って思ってくれる?」
「ん、逢いたい。2人に、ごはん作ってあげたいな、」

素直に即答して周太は笑顔で頷いた。
笑顔で座っている庭先のベンチは、陽だまりが温かい。
ふる花と陽射しに微笑んだ向こう、エンジンの音が聞こえて家の前に止まった。

郵便屋さんでも来たのかな?
そう見た先には、見覚えのある四駆が止まっていた。

「…あ、」

思わずこぼれた声のむこう、助手席の扉が開いていく。
すぐに長身のカットソー姿が現われて、木造の門が軋む音が庭に響いた。

「周太!」

きれいな低い声が名前を呼んで、ふる花の向うから駆けてくる。
ゆれる枝垂桜とおり、八重桜の花翳ぬけて、懐かしいひとが駆けてくる。
これは幻なのかな?ぼうっと見つめる想いの真中に、きれいな笑顔が跳びこんだ。

「周太っ、」

長い腕が頼もしい力に抱きよせて、温もりが体を包みこむ。
深い森のような香が頬ふれる、きれいな切長い目が見つめて切なげに笑いかけてくれる。

「…英二?」

どうして今、ここにいるのだろう?
どうして今自分は、このひとの腕に抱きしめられている?
わからない事態に途惑って、けれど温もりも香も声も嬉しい。
これは幻なのかな?それでも良い、周太はきれいに微笑んだ。

「英二、お帰りなさい…もしかして、俺、また眠っちゃって、夢見てるの?」
「違うよ、周太。本物だよ、」

きれいな顔が困ったよう微笑んでくれる。
そして瞳見つめて、真直ぐ周太に訊いてくれた。

「周太、俺、国村とキスした…本気のキスだったよ、でも俺には、親友としてのキスだった。キスして…前より愛しいと想った。
けれど俺の恋人は君だけしかいない、君の夫になりたい。教えて、周太?あいつとキスした俺でも、君にキスする権利はある?」

きれいな真剣な目が見つめて訊いてくれる。
こんなこと答えは決まっているのに?微笑んで周太は頷いた。

「どんなときも、なにがあっても、俺は英二の居場所だよ?それに、言ったでしょ?」

ひとつ言葉切って、切れ長い目を真直ぐ見つめ返す。
さあ、この愛するひとを心から、安心させてあげなくちゃ?
この今、婚約者としての幸せな責務に、思い切り周太はツンケンした貌と声になった。

「光一のこと幸せにしてくれたなら、うれしい。でも、俺だって、寂しいんだから、ちゃんといっぱい、愛してよ?
俺の奴隷なんでしょ、言うこと聴いて?でなきゃもう赦してあげない、ごはん作ってなんかあげない…いっしょにもねない、」

ほら、こんなにワガママなんだから?
それでも好きなら、言うこと聴いて?
こんな拗ねた貌して見つめた先に、幸せな笑顔が咲いてくれた。

「うん、俺は周太の恋の奴隷だよ?いっぱい君を愛したい、今すぐだって…周太、今、ベッドに連れて行って良い?」

午後明るい庭先で、こんなこと言われたら困ってしまう。
困るまま首筋を熱が昇りだす、きっともう頬まで赤い。けれど周太は微笑んで、きっぱりと言った。

「光一もいるんでしょ?だからべっどはダメです、でも…きすはして?いうこときいて、」

だんだん気恥ずかしさに声が小さくなりそう。
それでも言い切った言葉に、きれいな低い声が幸せそうに言ってくれた。

「はい、」

きれいな笑顔が幸せに咲いて、唇にキスがふれる。
ふれるだけの優しいキスが幸せで、やわらかな温もりが優しい。
ふれるだけ、それでも想いが次々こぼれこんで、心充たしていく。

逢いたかった、不安だった、愛している、きみがほしい、どうかずっと傍にいて?
ふるように想いが花と一緒に周太へとふりそそぐ。

ほら、こんなに愛してくれるひと。
だから尚更、ひとりきり置いて行くことが出来ない、誰かもう1人も見つめてほしくなる。
もしも自分が帰られなくて幸せな約束が途絶えても、まだ他の誰かとの幸せが残されているように。

そしてもし自分が帰ってこられたら、どちらの愛も大切に抱いていてほしい。
そうして信じてほしい「自分は心から愛される幸福な人生、心身ともに求められている」そう自信を抱いて生きてほしい。
自分が共に生きる時も、遠く見守ることになった時も、いつも。

…どうか、幸せに笑っていて?ずっと、いつまでも

心あふれる祈りと願いこめて、静かにキスから離れた。
そして婚約者を見つめて周太は、幸せに笑いかけた。

「英二、お帰りなさい。夕食は、食べて行けるね?」
「うん。スコッチエッグ、俺にも食べさせてよ?」

嬉しそうな笑顔が大好きなひとに咲いている。
今夜、この献立で良かったな?嬉しくて微笑んだ周太に、英二が訊いてくれた。

「周太、俺たちがいると材料が足りないよな?買物に行くだろうから、って国村、通りで待ってくれているんだ、」

光一が待っているのは、それだけが理由じゃない。
それが自分には解ってしまう、そして光一は今どんな想いなのかも。
この事に関しては自分が一番解かるだろうな?考えながら周太は英二に微笑んだ。

「材料足りるから、買物行かなくて大丈夫…駐車場開けて、光一に声かけてくるから。英二、これお願いしていい?」

穏かに笑いかけて野菜籠を渡しながらお願いする。
渡された野菜籠に、嬉しそうに笑って英二は頷いてくれた。

「うん、お願いされるよ?これ、台所で洗っておけばいい?」
「ん、洗っておいてください…たぶん、庭を案内してから家に入るから、のんびりしていてね?」
「あいつ、庭見るの好きだもんな。俺、書斎でお父さんと話してるよ、」
「ありがとう、よろこぶね?…お昼寝するなら、ちゃんとブランケット掛けてね?」

恋人と笑いあってから、周太は駐車場の門を開き通りへ出た。
そして四駆の助手席扉を開くと、静かに中へ乗り込んだ。

「光一?…泣かないで、」

そっと掛けた声に、ハンドルに腕組んで突っ伏す黒髪がゆらいだ。




(to be continued)

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