Serenade、春の雪に酒を酌み
第42話 雪陵Serenade.act.1―side story「陽はまた昇る」
夕食と風呂を済ませた後、英二の部屋で3人集まって酒を呑んだ。
まず缶ビールを各自1本空けると、いつもと同じ銘柄の一升瓶を国村は嬉しげに開いた。
「やっぱりさ、奢ってもらう酒は旨いよね、」
「うん、今日は特に、なんか旨いな、」
楽しげに国村と藤岡が酒を注ぎ合って喜んでいる。
こんなに喜んでもらえるなら、おごりがいがあるな?
うれしいなと眺めていると、英二にもコップを渡してくれた。
「はい、今宵のスポンサー様、」
「ありがと。その呼び方は、なんか恥ずかしいけど?」
あまい芳香のコップを受けとって英二は笑った。
底抜けに明るい目はすこし考えて、すぐに楽しげに笑って答えた。
「じゃ、パトロン様、」
「…それ、意味が違うんじゃない?」
「あってるよ。可愛い俺を今夜、この酒で、宮田の隣に留めてるんだし?酒で贖うのも、立派なパトロン、」
「いろんな意味で意味違うな?」
可笑しくて英二は笑ってしまった。
そんな英二と国村のやり取りに笑いながら、藤岡はポテトチップを口に入れて感心した。
「うん、この味噌つけて食うとさ?ポテチも上等なツマミになるね、旨いな、」
「だろ?」
藤岡の言葉に国村は得意げに笑った。
白い指でポテトチップつまむと、あわい黄色の散る味噌を付けながらテノールが微笑んだ。
「この柚子味噌はさ?御岳の青年団でちょっと工夫したんだ。でね、美代がメインの開発者なんだよ、」
「へえ、美代ちゃん、すごいな。ここんとこ見てないけど、元気?」
「うん、元気だと思うね。俺もここんとこ、会っていないんだ、」
国村が言った言葉に、藤岡は軽く首傾げこんだ。
首傾げたまま一口酒を飲みこんで藤岡は尋ねた。
「あまりデートとかしないよね?美代ちゃんって、国村の彼女じゃないんだ?」
「だね、姉みたいなもんだよ。昔っからね、」
「俺、最初は彼女だって思ってたよ。でも、違うんだな、」
「否定もしなかったからね、俺も、」
透明なテノールが正直に笑っている。
もう国村は美代との関係を、擬態恋人から公然と脱却し始めた。
ずっと幼い頃から家族同様に想っていた美代を、他の男にとられたくない。そんな我儘から国村は恋人同士のフリをしてきた。
そんな国村に奥手な美代は疑問なくつきあって、結局は23歳まで恋愛しないままでいる。
―…美代はさ?着火点がすごく難しいんだよ、惚れ難いんだ。だから俺が、ここまで独占め出来ていたってワケ
ふっと甦った言葉に、ちいさく英二はため息を吐いた。
北岳で国村から言われた言葉は、あれから時折に現れてしまう。そして今も言葉は1つずつ、ゆるく心を叩きだす。
―…ひとつ教えてやるよ。今は美代、憧れだろうね?でも時間の問題だ、きっと惚れるよ…
しかも真面目で純情なアノ性格だ?いちど惚れたらね、たぶん梃子でも動かなくなるよ
生涯ずっと愛され続けるだろね、宮田
美代は、英二に告白をしてくれた。
それは恋というには稚くて「憧れだよ」と英二は笑って答えた。
けれど国村に言われた通りに美代の視線は、会うたびに彩あざやかになってくる。
そんな美代は決して押しつけがましくない、ただ「大切」と大らかに英二の笑顔を喜んでくれる。
美代の恋慕は無償で何も求めない、ただ純粋無垢で綺麗で、まばゆい。
それが、苦しい。
美代は実直で聡明な女性で、純粋な明るい目が綺麗で、素敵だと英二も思う。
今まで会ってきた女の子とは違う、そう解かっている。
けれど、美代へは恋の心は動かない。
自分の恋は、唯ひとりしか見えない。
自分には周太しか見えない、すべて懸けて愛して守りたい。
もう心も体も時間すら、自分の全てを周太に捧げたくって仕方ない。
だから今まで、誰にも絶対させなかった事も、周太には自ら喜んでさせた。
こんな自分は周太以外を恋人として見ることは、到底出来ない。
それでも美代は、周太の大切な友達で、国村の大切な幼馴染で姉代わり。
自分の大切な2人にとって、美代は大切なひと。
そのひとが、こんな自分を心から大切に見つめてくれる。
そんなひとを傷つけたくはない、大切にしたいと想う。けれど、どうしていいのか解らない。
美代の想いが綺麗であるほどに、哀しい、苦しい。
―女の子のこと、こんなに真剣に考えるの、初めてだな…
心にため息が零れてしまう。
そんな心に、快活な面影が黒目がちの瞳で笑いかけてくれた。
―あ、お母さんに相談しようかな?
周太の母なら、きっと良いアドバイスをくれるだろう。
ちょっと恥ずかしい話題だけれど、でも今度会ったら話してみよう。
周太の父の法事であと1週間もすれば川崎に帰省する、そのときに話せるだろうな?
そんなふうに解決の糸口を見つけて、英二は微笑んだ。
「俺もさ、兄ちゃんの奥さんならいるんだよ。姉ってなんか、甘えられるって言うか良いよな、」
「そ、姉って気楽なんだよね?好き勝手させてくれるしさ。」
「なんかわかるな、それ」
「だろ?美代って、のんびりしてて寛容でね。そういうとこが姉っぽいんだ、」
「うん、美代ちゃんってさ、なんでも受け留めて聴いてくれるよね。確かに姉キャラだな、」
ふたりの会話を聴きながら、英二は酒を啜りこんだ。
英二には姉がいるけれど、たしかに姉はそういう感じだなと頷ける。
そういう意味では周太の母は英二にとって、姉のような存在でもあるかもしれない。
「聞き上手なんだよね、美代。そういうとこ、周太も同じだよね、」
「あー、確かに。湯原って物静かでさ、聴いてくれる雰囲気あるよな。癒し系の天然でさ、あの2人ちょっと似てるよな、」
「だろ?」
たしかに美代と周太は似ている雰囲気がある。
やっぱり藤岡もそう感じるんだ?なんだか感心していると国村が笑って言った。
「で、2人は気が合うみたいでさ?今日はデートなんだよね、周太と美代は、」
―周太と美代さん、確かに今日はデート、だよな?
ほっと溜息吐いて英二はコップの酒を啜りこんだ。
さっき周太からもらったメールの内容が、本音を言えば気になって仕方ない。
いったい今頃は周太、どうしているのだろう?考え巡る前で、藤岡は人の好い笑顔で頷いた。
「美代ちゃんと湯原か。うん、天然系優等生同士で、お似合いかもな?」
“お似合い”
この言葉が英二の掌から、コップを滑らせた。
「…っ、」
滑り掛けたコップを英二は、もう片方の手で受けとめた。
いま自分が考え込んでいたことを指摘されたようで、途惑ってしまう。
それでも落着いてコップに口付けると、愉快にテノールの声が言った。
「だろ?で、美代のばあちゃんと、おふくろさんに俺、言われたんだよね。美代の婿にしたいから、協力しろってさ、」
酒が、英二の気管に落ちこんだ。
「…ごほっ、ごほんごほこほっ、ごほっ、」
盛大に喉が振るわされて、咽こんでとまらない。
咽せながら英二の目の端に、激しい咳で涙が浮んだ。
― 美代さんの、婿に、協力…
婿にしたい、そう言われたと周太自身にも聴いている。
優しくて家庭的かつ優秀、そんな周太を婿に欲しがる家庭も女性も多いだろう。
そのことは英二も元から解かっている、だから周太に聴いた時も「やっぱりね」と笑っていられた。
けれど国村に根回しを頼むだなんて、結構本気なんじゃないだろうか?
美代の家は代々の農家で古い家柄らしい、そういう居住まいの良さは美代を見ていても解かる。
だから美代の家族が、古風に端正な周太を気に入ることも理解できてしまう。
そして周太の家柄の雰囲気と、美代の家の雰囲気は、きっと相性が良い。
― 確かに、お似合いだよ、な…
ふたりは今日、午後からずっと一緒に過ごしている。
大学の公開講座を一緒に受講して、本屋に行って、食事をして。
ふたりはお互いに、大好きな友達と一緒の時間を純粋に楽しんでいるだろう。
けれど、傍から見たら周太と美代は、さぞ似合いの可愛らしいカップルに見えるに違いない。
それがなんだか、哀しい。
ふたりとも植物と料理が大好きで、共通の話題も豊富。
ふたりとも純粋で真面目で優等生、好きな場所や本の趣味も合う。
そして美代と周太なら、男女のカップルだから正式な結婚だって出来る。
なによりも、跡取りを望むことが出来る。
自分と周太では、子供は望めない。
だから父も英二を連れ戻すべきだと周太の母に頭を下げた。
けれど周太の母が英二を息子に迎えたいと言ってくれたから、留まることが出来ている。
周太の母も周太も、英二を家に迎えたいと心から望んでくれる、信じ、頼りにしてくれる。
それでも、英二の存在が湯原家の「血統の断絶」を意味することは変わらない。
けれど、美代なら「断絶」を「継続」に繋ぐことが出来るのに?
「…っ、ごほごほっごほんっ、こんこんっ、」
言いようのない哀しみが、激しい咳の涙に零れていく。
この捉えようのない、どうにもならない哀しさが、咳と一緒に吐き出せたらいいのに?
そんな哀しいまま咽こむ英二に、白い手がコップを差し出してくれた。
「ひどい咽せ方だね、はい、」
「…ありが、ごほごほっこほ、こほんっ、」
「礼は良いからさ、早く飲んで落着きなね?ほら、」
底抜けに明るい目が優しく笑んで、英二の掌にコップを持たせてくれる。
素直に受け取って英二は、コップに口付けて飲みこんだ。
「…ん?」
なんで水が甘いんだろう?
そんな疑問の答えの様に、ふわり芳香と強い熱が胃からはい昇った。
この味と香はそうだろうな?可笑しくて英二は笑った。
「国村?これ、おまえの作った酒だろ、」
問われて底抜けに明るい目が悪戯っ子に笑っている。
その愉しげな笑顔から透明なテノールが、あっさり自白した。
「そうだよ、俺の特製お手製の、日本酒だよ。旨いだろ?」
「旨いけどさ、アルコール度数すごいだろ、これ?」
ちょっと呆れながら英二はコップに口をつけた。
さっき咽たとき、一息に半分ほど飲んでしまっている。
さすがに少し良い気分かな?少し熱る頬を撫でる英二に、国村が笑った。
「うん、普通の日本酒の3倍くらいかな?ちょっとで酔えていいだろ?」
「まあね、でも日本酒でこれって凄いな?ズブロッカみたいな後口がある、」
日本酒は基本、米と米麹だけで醸造する。
ウィスキーのような蒸留をしないで、これだけのアルコールが出るのは難しいだろうな?
そう思っていると実家が米農家だった藤岡が、興味深く質問をした。
「なあ、この酒ってさ、普通に醸造酒だろ?普通の酒米だと、ここまでのアルコール生成って難しいよな?」
「米の開発からしたからね、俺。米自体の糖度を上げたんだ。で、アルコールは糖分の転化で生成されるだろ?」
「あ、なるほどね。それでアルコール度数を高く醸造できるんだ?じゃあ、米自体がかなり甘いよね?」
「甘いよ、だからさ?和菓子屋の餅用にも作ってほしいって頼まれてるんだよね。でも、そんなに大規模にやるのは、難しい」
「酒米って、品種によったら難しいもんな?俺んちも酒米やっててさ、山の田んぼだから無事だったんだけど、兄ちゃん奮闘してるよ、」
現場の人間らしい会話に感心しながら、英二はコップを傾けた。
ふわっと抜ける熱感はアルコール度数が高い酒特有のもの。
こんなのを酒が弱い人間が呑んだら、一発KOだろう。
― あ、バレンタインの時、周太がそうだったな
あの夜は、藤岡も美代も一緒に御岳の河原で酒を呑んだ。
あのとき周太はコップを間違えて、国村が呑んでいたこの酒を一気飲みしてしまった。
そして周太は一挙に眠りこんで、夜中まで目を覚まさなかった。
あのときも周太、可愛かったな?
ふと浮かぶ幸せな記憶が嬉しい、けれど半面で「婿に、協力」がぐるり頭を廻って哀しい。
思わずため息を吐いた英二に、からり笑って藤岡が話しかけてくれた。
「宮田、その酒でも酔わないんだな?さすがだね、」
「うん?ちょっとは酔ってると思うけど…いや、酔っていないな、」
元から酒が強い方だとは思う。
けれど、こんな気分の時は酔っぱらう方が楽だろうな?
いろいろ何だか落ち込みながら、英二は酒のコップを空けた。
そんな英二に藤岡が人の好い笑顔で訊いてくれた。
「なあ?宮田はさ、湯原が美代ちゃんとデートしても、大丈夫なわけ?」
「うん、今回はさ、大学の公開講座に行ったんだよ、あの2人、」
「あ、そういうことなんだ。なんの講座?」
納得したなという顔で藤岡が頷いてくれる。
こんなふうに納得してもらえるのがなんだか嬉しい、すこし気分が上向いて英二は微笑んだ。
「奥多摩の水源林についてらしいよ?この講座を担当している先生から周太、本を貰ったんだ。それで、行きたいって」
「あ、その本の話、俺も湯原から聴いたな。樹医で東大の先生だろ?じゃあ、ふたりで東大に行ったんだ?」
「うん、美代さんも植物のこと詳しいだろ?それで、その先生の講義を聴いてみたかったらしくて」
「なるほどね、納得。それなら2人で楽しく出掛けるよな?」
にこにこ笑って酒を呑みながら藤岡は頷いてくれる。
笑いながら国村と英二を見、明るく嬉しそうに言ってくれた。
「デートって言うから俺、ちょっと気まずかったよ?湯原と宮田、喧嘩しちゃったのかと思ってさ。よかったあ、」
「うん?恋人いたってさ、デート位はイイだろ?」
テノールの声が「なんか問題なのか?」と笑っている。
そんな飄々とした顔を見て藤岡が可笑しそうに反論をした。
「それは国村ならね?でも、宮田と湯原だとさ、どっちも真面目だろ?真面目なヤツが恋人以外とデートしたら、拙いって、」
「ふうん、そういうモン?じゃあ、ちょっと拙いかもね?」
からり笑いながら国村は酒を啜りこんでいる。
すこし首傾げこんで藤岡が、笑っている細い目に質問をした。
「なにが拙いんだ?」
「そりゃ、決ってるだろ?ね、」
答えながら底抜けに明るい目が隣から英二を見てくる。
なにかなと見返すと、上品な貌は嫣然と微笑んで、透明なテノールが愉しげに答えた。
「宮田はね、俺と山ってエデンで、お泊り同衾デートしちゃってるからね?やっぱり拙いかな、ね、ア・ダ・ム、」
だってアンザイレンパートナーなら普通だよ?
そう答えたかったけれど「同衾」は普通じゃないかもしれない。
なんて答えよう?困惑していると、丸い目を大きくして藤岡が言った。
「同衾は、拙いよなあ?…どうしよ、初任総合で俺、2カ月間も湯原と顔合せるのに…黙秘し通せるかなあ…俺、困るよ、」
その話に戻るんだ?
今朝の話に戻ってしまって、英二は肩から力が抜けた。
力が抜けるとなんだか気楽になって、可笑しくて英二は笑いだした。
「大丈夫だよ、藤岡?周太も知ってるし、拗ねる時もあるけど、国村なら仕方ないなって許してる。だから気にしないでよ?」
「あ、湯原の許可あるんだ?良かった、俺、焦っちゃったよ。湯原、ほんと優しいな、良いヤツだよね、」
うれしそうに笑って藤岡は酒を飲んだ。
ほんとうに藤岡は人が好いな?感心しながら英二もコップに口付けると、藤岡が笑って口を開いた。
「湯原が正妻で、国村が愛人なんだ。宮田、やっぱりモテるよなあ、さすがだね、」
酒が、ひとしずく英二の気管に落ちこんだ。
「…ごほごほっ、ごほこほんこほっ、」
なんでそういう結論になるんだよ藤岡?
そう言いたいのに咽こんで言葉が出ない。
コップをサイドテーブルに置いて、英二は掌で口押さえながらら咽こんだ。
咳と藤岡の解釈に困っている隣から透明なテノールが、さも愉しげに答え始めた。
「違うね、藤岡。俺は宮田のイヴだよ?愛人じゃなくって、運命のパートナー。ソコントコ間違えないでよ、」
「そっか、ごめんな?ふうん、湯原が正妻で、国村がパートナーか。可愛いと美人に囲まれてるね、贅沢だな、宮田って、」
「だろ?俺のアダムは、ホント贅沢で困っちゃうんだよね。こんなに可愛い俺がいるのに、周太も必要だなんて。元気すぎ、」
「あ、そういうことなんだ?アダルトだなあ、飲み話ならでは、って感じだな?」
「酒で話せる愉しいコト、だよね。今夜は俺、ご披露する気分かも。アダムとイヴのこと、聴きたい?」
話が勝手に転がっていく。
手遅れにならないうちに話を止めたい、なのに咽こんで言葉が出やしない。
「ちがっ、ごほごほごほっ、ふじおっごほんっごほ、ごかいだっ、こんこんっ、」
アルコールがピンポイントに染みこんで、咳が止まってくれない。
どうしよう?困っていると隣から、透明なテノールが可笑しそうに微笑んだ。
「あら、アダム?また咽ちゃって、困ったわね、キスしたら治るかしら?」
細い目が愉しげに笑いかけながら、口許を押えた掌を白い手が外してしまう。
艶麗な微笑が近づいて、英二は咽こみながら抵抗の声を上げた。
「キスいっごほごほこんっ、キスしっこんこんっ、」
キス要らない、キスしない。
そう言いたいのに、咽こむ咳が邪魔をする。
上手く伝えられないもどかしさに困る英二に、国村流の解釈が微笑んだ。
「キス要る、キスして、って言ってくれてるのね?解かったわ、さ、ア・ダ・ム、」
可笑しくって堪らないね?
そんなふうに底抜けに明るい目が笑いながら、白い掌が英二の頬を包みこむ。
冗談だよねと見つめ返したのに、嫣然と微笑んだ上品な顔がアップになった。
「やだっ、ごほごほんっこんっ、ふじおっごほん、とめてよごほごほっ、」
ちょっと助けてほしいよ?
そんなSOSに見た同期は、酒に頬赤く上機嫌に笑いかけてくれた。
「あはははっ、目の前で友達同士のラヴシーン?すごいなあ、美形同士だな、あはははっ、」
あんまり上機嫌すぎる?
見ると、藤岡は英二のコップを持っていた。
あのコップには、アルコール度数30度超の国村製日本酒が入っている。
「ちょっふじおかっ、ごほごほっ、それおれのっごほんっ、こんごほっ、よっぱらって?ごほっ」
「あははっ、酒も旨いしさ、美形の絡みは、良い肴かもね、あははっ、良い気分だなあ、」
ダメだ、完全に酔っぱらってる。
これでは全く、助けてもらえそうにない。
コップを間違えたのだろう、この酔っぱらい大丈夫だろうか?
そんな心配に困りながら咽ていると、雪白の顎が視界に入りこんだ。
「さ、アダム?お待ちかねの、キ・ス・よ、」
お待ちかねじゃない。
そう言いたいのに咽こむ喉は、言葉の自由を奪ってしまう。それでも英二は抵抗の声を上げた。
「ごほこほっ、やめろっくにむっ、ごほんっ」
「恥ずかしがらないで、ね?…愛の行為を恥じるべきではないわ、さ、ア・ダ・ム、」
「あはははっ、すごいなあ、映画のラヴシーンより、きれいだね。あははっ、」
「眼福だろ、藤岡?さ、これから本番だよ?…アダム、愛してるわ…」
「だめっごほごほごほっこんっ、やだっごほっ、」
言葉が出ないことは、本当に困難だ。
そして酔っぱらいにしか救助を求められない、これは救助は無いのと同意義だ。
普段話せることと、素面なことに感謝しながら英二は、今の状況に困り果てた。
―周太、いますぐ、助けてほしいよ?
無駄だと思いながらもつい、優しい恋人の面影に英二は助けを求めた。
今頃は、何をしているんだろう?
(to be continued)
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第42話 雪陵Serenade.act.1―side story「陽はまた昇る」
夕食と風呂を済ませた後、英二の部屋で3人集まって酒を呑んだ。
まず缶ビールを各自1本空けると、いつもと同じ銘柄の一升瓶を国村は嬉しげに開いた。
「やっぱりさ、奢ってもらう酒は旨いよね、」
「うん、今日は特に、なんか旨いな、」
楽しげに国村と藤岡が酒を注ぎ合って喜んでいる。
こんなに喜んでもらえるなら、おごりがいがあるな?
うれしいなと眺めていると、英二にもコップを渡してくれた。
「はい、今宵のスポンサー様、」
「ありがと。その呼び方は、なんか恥ずかしいけど?」
あまい芳香のコップを受けとって英二は笑った。
底抜けに明るい目はすこし考えて、すぐに楽しげに笑って答えた。
「じゃ、パトロン様、」
「…それ、意味が違うんじゃない?」
「あってるよ。可愛い俺を今夜、この酒で、宮田の隣に留めてるんだし?酒で贖うのも、立派なパトロン、」
「いろんな意味で意味違うな?」
可笑しくて英二は笑ってしまった。
そんな英二と国村のやり取りに笑いながら、藤岡はポテトチップを口に入れて感心した。
「うん、この味噌つけて食うとさ?ポテチも上等なツマミになるね、旨いな、」
「だろ?」
藤岡の言葉に国村は得意げに笑った。
白い指でポテトチップつまむと、あわい黄色の散る味噌を付けながらテノールが微笑んだ。
「この柚子味噌はさ?御岳の青年団でちょっと工夫したんだ。でね、美代がメインの開発者なんだよ、」
「へえ、美代ちゃん、すごいな。ここんとこ見てないけど、元気?」
「うん、元気だと思うね。俺もここんとこ、会っていないんだ、」
国村が言った言葉に、藤岡は軽く首傾げこんだ。
首傾げたまま一口酒を飲みこんで藤岡は尋ねた。
「あまりデートとかしないよね?美代ちゃんって、国村の彼女じゃないんだ?」
「だね、姉みたいなもんだよ。昔っからね、」
「俺、最初は彼女だって思ってたよ。でも、違うんだな、」
「否定もしなかったからね、俺も、」
透明なテノールが正直に笑っている。
もう国村は美代との関係を、擬態恋人から公然と脱却し始めた。
ずっと幼い頃から家族同様に想っていた美代を、他の男にとられたくない。そんな我儘から国村は恋人同士のフリをしてきた。
そんな国村に奥手な美代は疑問なくつきあって、結局は23歳まで恋愛しないままでいる。
―…美代はさ?着火点がすごく難しいんだよ、惚れ難いんだ。だから俺が、ここまで独占め出来ていたってワケ
ふっと甦った言葉に、ちいさく英二はため息を吐いた。
北岳で国村から言われた言葉は、あれから時折に現れてしまう。そして今も言葉は1つずつ、ゆるく心を叩きだす。
―…ひとつ教えてやるよ。今は美代、憧れだろうね?でも時間の問題だ、きっと惚れるよ…
しかも真面目で純情なアノ性格だ?いちど惚れたらね、たぶん梃子でも動かなくなるよ
生涯ずっと愛され続けるだろね、宮田
美代は、英二に告白をしてくれた。
それは恋というには稚くて「憧れだよ」と英二は笑って答えた。
けれど国村に言われた通りに美代の視線は、会うたびに彩あざやかになってくる。
そんな美代は決して押しつけがましくない、ただ「大切」と大らかに英二の笑顔を喜んでくれる。
美代の恋慕は無償で何も求めない、ただ純粋無垢で綺麗で、まばゆい。
それが、苦しい。
美代は実直で聡明な女性で、純粋な明るい目が綺麗で、素敵だと英二も思う。
今まで会ってきた女の子とは違う、そう解かっている。
けれど、美代へは恋の心は動かない。
自分の恋は、唯ひとりしか見えない。
自分には周太しか見えない、すべて懸けて愛して守りたい。
もう心も体も時間すら、自分の全てを周太に捧げたくって仕方ない。
だから今まで、誰にも絶対させなかった事も、周太には自ら喜んでさせた。
こんな自分は周太以外を恋人として見ることは、到底出来ない。
それでも美代は、周太の大切な友達で、国村の大切な幼馴染で姉代わり。
自分の大切な2人にとって、美代は大切なひと。
そのひとが、こんな自分を心から大切に見つめてくれる。
そんなひとを傷つけたくはない、大切にしたいと想う。けれど、どうしていいのか解らない。
美代の想いが綺麗であるほどに、哀しい、苦しい。
―女の子のこと、こんなに真剣に考えるの、初めてだな…
心にため息が零れてしまう。
そんな心に、快活な面影が黒目がちの瞳で笑いかけてくれた。
―あ、お母さんに相談しようかな?
周太の母なら、きっと良いアドバイスをくれるだろう。
ちょっと恥ずかしい話題だけれど、でも今度会ったら話してみよう。
周太の父の法事であと1週間もすれば川崎に帰省する、そのときに話せるだろうな?
そんなふうに解決の糸口を見つけて、英二は微笑んだ。
「俺もさ、兄ちゃんの奥さんならいるんだよ。姉ってなんか、甘えられるって言うか良いよな、」
「そ、姉って気楽なんだよね?好き勝手させてくれるしさ。」
「なんかわかるな、それ」
「だろ?美代って、のんびりしてて寛容でね。そういうとこが姉っぽいんだ、」
「うん、美代ちゃんってさ、なんでも受け留めて聴いてくれるよね。確かに姉キャラだな、」
ふたりの会話を聴きながら、英二は酒を啜りこんだ。
英二には姉がいるけれど、たしかに姉はそういう感じだなと頷ける。
そういう意味では周太の母は英二にとって、姉のような存在でもあるかもしれない。
「聞き上手なんだよね、美代。そういうとこ、周太も同じだよね、」
「あー、確かに。湯原って物静かでさ、聴いてくれる雰囲気あるよな。癒し系の天然でさ、あの2人ちょっと似てるよな、」
「だろ?」
たしかに美代と周太は似ている雰囲気がある。
やっぱり藤岡もそう感じるんだ?なんだか感心していると国村が笑って言った。
「で、2人は気が合うみたいでさ?今日はデートなんだよね、周太と美代は、」
―周太と美代さん、確かに今日はデート、だよな?
ほっと溜息吐いて英二はコップの酒を啜りこんだ。
さっき周太からもらったメールの内容が、本音を言えば気になって仕方ない。
いったい今頃は周太、どうしているのだろう?考え巡る前で、藤岡は人の好い笑顔で頷いた。
「美代ちゃんと湯原か。うん、天然系優等生同士で、お似合いかもな?」
“お似合い”
この言葉が英二の掌から、コップを滑らせた。
「…っ、」
滑り掛けたコップを英二は、もう片方の手で受けとめた。
いま自分が考え込んでいたことを指摘されたようで、途惑ってしまう。
それでも落着いてコップに口付けると、愉快にテノールの声が言った。
「だろ?で、美代のばあちゃんと、おふくろさんに俺、言われたんだよね。美代の婿にしたいから、協力しろってさ、」
酒が、英二の気管に落ちこんだ。
「…ごほっ、ごほんごほこほっ、ごほっ、」
盛大に喉が振るわされて、咽こんでとまらない。
咽せながら英二の目の端に、激しい咳で涙が浮んだ。
― 美代さんの、婿に、協力…
婿にしたい、そう言われたと周太自身にも聴いている。
優しくて家庭的かつ優秀、そんな周太を婿に欲しがる家庭も女性も多いだろう。
そのことは英二も元から解かっている、だから周太に聴いた時も「やっぱりね」と笑っていられた。
けれど国村に根回しを頼むだなんて、結構本気なんじゃないだろうか?
美代の家は代々の農家で古い家柄らしい、そういう居住まいの良さは美代を見ていても解かる。
だから美代の家族が、古風に端正な周太を気に入ることも理解できてしまう。
そして周太の家柄の雰囲気と、美代の家の雰囲気は、きっと相性が良い。
― 確かに、お似合いだよ、な…
ふたりは今日、午後からずっと一緒に過ごしている。
大学の公開講座を一緒に受講して、本屋に行って、食事をして。
ふたりはお互いに、大好きな友達と一緒の時間を純粋に楽しんでいるだろう。
けれど、傍から見たら周太と美代は、さぞ似合いの可愛らしいカップルに見えるに違いない。
それがなんだか、哀しい。
ふたりとも植物と料理が大好きで、共通の話題も豊富。
ふたりとも純粋で真面目で優等生、好きな場所や本の趣味も合う。
そして美代と周太なら、男女のカップルだから正式な結婚だって出来る。
なによりも、跡取りを望むことが出来る。
自分と周太では、子供は望めない。
だから父も英二を連れ戻すべきだと周太の母に頭を下げた。
けれど周太の母が英二を息子に迎えたいと言ってくれたから、留まることが出来ている。
周太の母も周太も、英二を家に迎えたいと心から望んでくれる、信じ、頼りにしてくれる。
それでも、英二の存在が湯原家の「血統の断絶」を意味することは変わらない。
けれど、美代なら「断絶」を「継続」に繋ぐことが出来るのに?
「…っ、ごほごほっごほんっ、こんこんっ、」
言いようのない哀しみが、激しい咳の涙に零れていく。
この捉えようのない、どうにもならない哀しさが、咳と一緒に吐き出せたらいいのに?
そんな哀しいまま咽こむ英二に、白い手がコップを差し出してくれた。
「ひどい咽せ方だね、はい、」
「…ありが、ごほごほっこほ、こほんっ、」
「礼は良いからさ、早く飲んで落着きなね?ほら、」
底抜けに明るい目が優しく笑んで、英二の掌にコップを持たせてくれる。
素直に受け取って英二は、コップに口付けて飲みこんだ。
「…ん?」
なんで水が甘いんだろう?
そんな疑問の答えの様に、ふわり芳香と強い熱が胃からはい昇った。
この味と香はそうだろうな?可笑しくて英二は笑った。
「国村?これ、おまえの作った酒だろ、」
問われて底抜けに明るい目が悪戯っ子に笑っている。
その愉しげな笑顔から透明なテノールが、あっさり自白した。
「そうだよ、俺の特製お手製の、日本酒だよ。旨いだろ?」
「旨いけどさ、アルコール度数すごいだろ、これ?」
ちょっと呆れながら英二はコップに口をつけた。
さっき咽たとき、一息に半分ほど飲んでしまっている。
さすがに少し良い気分かな?少し熱る頬を撫でる英二に、国村が笑った。
「うん、普通の日本酒の3倍くらいかな?ちょっとで酔えていいだろ?」
「まあね、でも日本酒でこれって凄いな?ズブロッカみたいな後口がある、」
日本酒は基本、米と米麹だけで醸造する。
ウィスキーのような蒸留をしないで、これだけのアルコールが出るのは難しいだろうな?
そう思っていると実家が米農家だった藤岡が、興味深く質問をした。
「なあ、この酒ってさ、普通に醸造酒だろ?普通の酒米だと、ここまでのアルコール生成って難しいよな?」
「米の開発からしたからね、俺。米自体の糖度を上げたんだ。で、アルコールは糖分の転化で生成されるだろ?」
「あ、なるほどね。それでアルコール度数を高く醸造できるんだ?じゃあ、米自体がかなり甘いよね?」
「甘いよ、だからさ?和菓子屋の餅用にも作ってほしいって頼まれてるんだよね。でも、そんなに大規模にやるのは、難しい」
「酒米って、品種によったら難しいもんな?俺んちも酒米やっててさ、山の田んぼだから無事だったんだけど、兄ちゃん奮闘してるよ、」
現場の人間らしい会話に感心しながら、英二はコップを傾けた。
ふわっと抜ける熱感はアルコール度数が高い酒特有のもの。
こんなのを酒が弱い人間が呑んだら、一発KOだろう。
― あ、バレンタインの時、周太がそうだったな
あの夜は、藤岡も美代も一緒に御岳の河原で酒を呑んだ。
あのとき周太はコップを間違えて、国村が呑んでいたこの酒を一気飲みしてしまった。
そして周太は一挙に眠りこんで、夜中まで目を覚まさなかった。
あのときも周太、可愛かったな?
ふと浮かぶ幸せな記憶が嬉しい、けれど半面で「婿に、協力」がぐるり頭を廻って哀しい。
思わずため息を吐いた英二に、からり笑って藤岡が話しかけてくれた。
「宮田、その酒でも酔わないんだな?さすがだね、」
「うん?ちょっとは酔ってると思うけど…いや、酔っていないな、」
元から酒が強い方だとは思う。
けれど、こんな気分の時は酔っぱらう方が楽だろうな?
いろいろ何だか落ち込みながら、英二は酒のコップを空けた。
そんな英二に藤岡が人の好い笑顔で訊いてくれた。
「なあ?宮田はさ、湯原が美代ちゃんとデートしても、大丈夫なわけ?」
「うん、今回はさ、大学の公開講座に行ったんだよ、あの2人、」
「あ、そういうことなんだ。なんの講座?」
納得したなという顔で藤岡が頷いてくれる。
こんなふうに納得してもらえるのがなんだか嬉しい、すこし気分が上向いて英二は微笑んだ。
「奥多摩の水源林についてらしいよ?この講座を担当している先生から周太、本を貰ったんだ。それで、行きたいって」
「あ、その本の話、俺も湯原から聴いたな。樹医で東大の先生だろ?じゃあ、ふたりで東大に行ったんだ?」
「うん、美代さんも植物のこと詳しいだろ?それで、その先生の講義を聴いてみたかったらしくて」
「なるほどね、納得。それなら2人で楽しく出掛けるよな?」
にこにこ笑って酒を呑みながら藤岡は頷いてくれる。
笑いながら国村と英二を見、明るく嬉しそうに言ってくれた。
「デートって言うから俺、ちょっと気まずかったよ?湯原と宮田、喧嘩しちゃったのかと思ってさ。よかったあ、」
「うん?恋人いたってさ、デート位はイイだろ?」
テノールの声が「なんか問題なのか?」と笑っている。
そんな飄々とした顔を見て藤岡が可笑しそうに反論をした。
「それは国村ならね?でも、宮田と湯原だとさ、どっちも真面目だろ?真面目なヤツが恋人以外とデートしたら、拙いって、」
「ふうん、そういうモン?じゃあ、ちょっと拙いかもね?」
からり笑いながら国村は酒を啜りこんでいる。
すこし首傾げこんで藤岡が、笑っている細い目に質問をした。
「なにが拙いんだ?」
「そりゃ、決ってるだろ?ね、」
答えながら底抜けに明るい目が隣から英二を見てくる。
なにかなと見返すと、上品な貌は嫣然と微笑んで、透明なテノールが愉しげに答えた。
「宮田はね、俺と山ってエデンで、お泊り同衾デートしちゃってるからね?やっぱり拙いかな、ね、ア・ダ・ム、」
だってアンザイレンパートナーなら普通だよ?
そう答えたかったけれど「同衾」は普通じゃないかもしれない。
なんて答えよう?困惑していると、丸い目を大きくして藤岡が言った。
「同衾は、拙いよなあ?…どうしよ、初任総合で俺、2カ月間も湯原と顔合せるのに…黙秘し通せるかなあ…俺、困るよ、」
その話に戻るんだ?
今朝の話に戻ってしまって、英二は肩から力が抜けた。
力が抜けるとなんだか気楽になって、可笑しくて英二は笑いだした。
「大丈夫だよ、藤岡?周太も知ってるし、拗ねる時もあるけど、国村なら仕方ないなって許してる。だから気にしないでよ?」
「あ、湯原の許可あるんだ?良かった、俺、焦っちゃったよ。湯原、ほんと優しいな、良いヤツだよね、」
うれしそうに笑って藤岡は酒を飲んだ。
ほんとうに藤岡は人が好いな?感心しながら英二もコップに口付けると、藤岡が笑って口を開いた。
「湯原が正妻で、国村が愛人なんだ。宮田、やっぱりモテるよなあ、さすがだね、」
酒が、ひとしずく英二の気管に落ちこんだ。
「…ごほごほっ、ごほこほんこほっ、」
なんでそういう結論になるんだよ藤岡?
そう言いたいのに咽こんで言葉が出ない。
コップをサイドテーブルに置いて、英二は掌で口押さえながらら咽こんだ。
咳と藤岡の解釈に困っている隣から透明なテノールが、さも愉しげに答え始めた。
「違うね、藤岡。俺は宮田のイヴだよ?愛人じゃなくって、運命のパートナー。ソコントコ間違えないでよ、」
「そっか、ごめんな?ふうん、湯原が正妻で、国村がパートナーか。可愛いと美人に囲まれてるね、贅沢だな、宮田って、」
「だろ?俺のアダムは、ホント贅沢で困っちゃうんだよね。こんなに可愛い俺がいるのに、周太も必要だなんて。元気すぎ、」
「あ、そういうことなんだ?アダルトだなあ、飲み話ならでは、って感じだな?」
「酒で話せる愉しいコト、だよね。今夜は俺、ご披露する気分かも。アダムとイヴのこと、聴きたい?」
話が勝手に転がっていく。
手遅れにならないうちに話を止めたい、なのに咽こんで言葉が出やしない。
「ちがっ、ごほごほごほっ、ふじおっごほんっごほ、ごかいだっ、こんこんっ、」
アルコールがピンポイントに染みこんで、咳が止まってくれない。
どうしよう?困っていると隣から、透明なテノールが可笑しそうに微笑んだ。
「あら、アダム?また咽ちゃって、困ったわね、キスしたら治るかしら?」
細い目が愉しげに笑いかけながら、口許を押えた掌を白い手が外してしまう。
艶麗な微笑が近づいて、英二は咽こみながら抵抗の声を上げた。
「キスいっごほごほこんっ、キスしっこんこんっ、」
キス要らない、キスしない。
そう言いたいのに、咽こむ咳が邪魔をする。
上手く伝えられないもどかしさに困る英二に、国村流の解釈が微笑んだ。
「キス要る、キスして、って言ってくれてるのね?解かったわ、さ、ア・ダ・ム、」
可笑しくって堪らないね?
そんなふうに底抜けに明るい目が笑いながら、白い掌が英二の頬を包みこむ。
冗談だよねと見つめ返したのに、嫣然と微笑んだ上品な顔がアップになった。
「やだっ、ごほごほんっこんっ、ふじおっごほん、とめてよごほごほっ、」
ちょっと助けてほしいよ?
そんなSOSに見た同期は、酒に頬赤く上機嫌に笑いかけてくれた。
「あはははっ、目の前で友達同士のラヴシーン?すごいなあ、美形同士だな、あはははっ、」
あんまり上機嫌すぎる?
見ると、藤岡は英二のコップを持っていた。
あのコップには、アルコール度数30度超の国村製日本酒が入っている。
「ちょっふじおかっ、ごほごほっ、それおれのっごほんっ、こんごほっ、よっぱらって?ごほっ」
「あははっ、酒も旨いしさ、美形の絡みは、良い肴かもね、あははっ、良い気分だなあ、」
ダメだ、完全に酔っぱらってる。
これでは全く、助けてもらえそうにない。
コップを間違えたのだろう、この酔っぱらい大丈夫だろうか?
そんな心配に困りながら咽ていると、雪白の顎が視界に入りこんだ。
「さ、アダム?お待ちかねの、キ・ス・よ、」
お待ちかねじゃない。
そう言いたいのに咽こむ喉は、言葉の自由を奪ってしまう。それでも英二は抵抗の声を上げた。
「ごほこほっ、やめろっくにむっ、ごほんっ」
「恥ずかしがらないで、ね?…愛の行為を恥じるべきではないわ、さ、ア・ダ・ム、」
「あはははっ、すごいなあ、映画のラヴシーンより、きれいだね。あははっ、」
「眼福だろ、藤岡?さ、これから本番だよ?…アダム、愛してるわ…」
「だめっごほごほごほっこんっ、やだっごほっ、」
言葉が出ないことは、本当に困難だ。
そして酔っぱらいにしか救助を求められない、これは救助は無いのと同意義だ。
普段話せることと、素面なことに感謝しながら英二は、今の状況に困り果てた。
―周太、いますぐ、助けてほしいよ?
無駄だと思いながらもつい、優しい恋人の面影に英二は助けを求めた。
今頃は、何をしているんだろう?
(to be continued)
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