※最後の方は念のためR18(露骨な表現は有りません)
花にふる、約束と夢
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第43話 花惜act.3―side story「陽はまた昇る」
風呂から上がると、テラスにふたりで座った。
落としたフロアーライトの明りを籐の安楽椅子に近寄せて、本を広げる。
冷たいワインで口を湿らしてから、英二は婚約者に笑いかけた。
「やっぱり書斎は、ほとんどフランス語の本だな。この本くらいしか俺、読んであげられそうにないんだ。ごめんな、周太、」
『夜桜を見ながらココアと桜餅を食べて、本を読んであげる』
これは馨が息子の周太にした約束だった、けれど約束の夜に馨は永遠の眠りに沈んだ。
この途絶えた約束を全て叶えると、初めて仏間に参った時に英二は約束をした。
その約束を今夜、これから叶える。
「フランス語が読めたら良かったな、俺。そうしたら周太の好きな本、選ばせてあげられたのに、」
「この本ね、ちいさい頃から好きなんだ…だから、英二に選んでもらえて、嬉しいよ?」
白い浴衣姿の周太が無垢の笑顔をみせてくれる。
やわらかな藤色の帯を前結びした姿は可憐で、この窓辺にひろがる桜とよく似合う。
ほんとうに綺麗だな、見惚れるよう微笑んで英二は一旦本を置いて立ち上がった。
「周太、すこし窓を開いていい?」
「ん、いいよ?」
素直に頷いてくれる笑顔が愛しい。
愛しさに笑いかけてから、掛金の錠を外して窓を開いた。
開いていく窓から花の香が吹きこんでくる、吹きこむ夜気が運ぶ春の風に空間が充ちていく。
そして薄紅いろ優しい花びらは、ゆるやかにテラスへと舞いふった。
「…きれい、」
桜の風が夜の月から降ってくる。
あわい光のテラスへと、ふわり降りる薄紅の花に綺麗な微笑が幸せに咲いた。
「英二が花を、迎え入れてくれたね?…ありがとう、うれしい、」
「喜んでくれたなら、うれしいよ?」
この笑顔がうれしくて、想いに恋人を見つめて英二は静かにキスをした。
ふれる柔らかな温もりが幸せで、けれど今夜はどこか切ない想いが残ってしまう。
そっと離れて、見つめた黒目がちの瞳に温かい光がうかんだ。
「あのときもね、おかあさん窓を開いて…桜を、部屋に迎え入れてくれたんだ、」
幸せな笑顔に涙ひとつ、頬に軌跡を描いていく。
涙の頬ぬぐうよう吹きこむ花に、微笑んで周太は言葉を続けた。
「おとうさんが、ねむっている枕元に…花びら、おりて…泣いているおかあさんの…肩にも、花が、」
14年前の春の夜の記憶が、周太の唇からこぼれ落ちていく。
14年間ずっと抱え続けた想いが、言葉になって桜の風におくられ始めた。
「満開の桜に、おとうさんは連れて行ってもらうの、だから…幸せ、おとうさん幸せなのよ…
そう言って、おかあさん、幸せそうに笑って…でも泣いていたの、おかあさん…白い頬に涙、とまらないの、なみだ…ずっと、
そうしたら…泣いてる頬にね、桜のはなびら、ひとつ…おとうさんの手にも桜の花が、ね…それで、手にふれたら、つめたくて…」
涙が黒目がちの瞳から、ひとしずく生まれおちていく。
そっと涙に唇よせて拭って、ラタンに座る小柄な体を抱きしめた。
「周太…おいで、」
抱きしめて、優しく抱き上げて膝に抱え込む。
愛しい婚約者を膝に抱いて、ラタンの安楽椅子に英二は座った。
「お膝で抱っこだよ、周太?これで、本を読めばいいな?」
瞳のぞきこんで笑いかけながら、右掌を繋ぎ合わせる。
やわらかく握りしめて、左手に本を持つと英二は微笑んだ。
「周太、俺の手は温かいだろ?俺は、生きて傍にいる。そしてね、この俺のなかに、お父さんは生きている」
「…英二のなかに、おとうさん?」
膝に抱いたひとが、そっと尋ねてくれる。
ふたつの白い衣透す温もり通わせながら、英二は綺麗に笑いかけた。
「そうだよ、周太?だって俺はね、なんだか気持ちが解るな、ってことが多いんだ。
それに最近はね、後藤副隊長にまで言われるんだよ?笑顔が湯原そっくりな時があるな、って。懐かしそうに言ってくれるんだ」
この「そっくりな時」は、遭難救助の現場が厳しい時になる。
厳しい現実に向き合うとき、それでも呼吸1つで自分は笑顔になることを自分に課す。
そんなとき生まれてしまう陰翳の笑顔が「似ているなあ、」と副隊長を懐かしませ、記憶を辿らせてしまう。
だから解かってしまう。きっと馨の現実は厳しいままだった、そのために笑顔から陰翳が去らなかった。
この陰翳を今からでも、馨から拭い取ってあげたい。そんな想いと微笑んだ英二に、周太が笑いかけてくれた。
「そう…後藤さんまで、言うの?」
「そうだよ、あと、安本さんにも言われるんだ。ほんとに、飲みいかないとな?」
安本は武蔵野署の射撃指導員だから、第九方面青梅署所属の英二は射撃訓練の時に会う。
いつも「3人で飲みに行きたいですね」と話しながら、都合が合わないまま雪山シーズンとなり英二の時間が暫く作れない。
初任総合の外泊日には時間が作れるかな?考えていると周太が謝ってくれた。
「ん、行きたいな…俺、あまりシフトとか変えられなくて、ごめんね?」
「違うよ周太。俺が一番予定が合わないんだ、ごめんな?でも安本さん、忙しくてすみません、って謝ってくれるんだよ」
本来は安本は先輩で階級も上だから、縦社会の警察組織において新人の英二に謝る必要などない。
けれど安本は丁寧に英二にも接し、敬意まで示してくれる。そういう安本への好意に周太も微笑んだ。
「ほんとうに良い人だね、安本さん…お父さん、きっと安本さんのこと、好きだったね、」
「うん、大好きだったろうな?安本さんご自身は、お人好しすぎるって、困ってるみたいだけどね、」
安本は直情的すぎるらしく、警察官としては少々お人好しなところがある。
そんな安本だから馨には大切で一番親しい同期だったろうし、そういう性質こそが馨の最期の願いも叶えられたのだろう。
この人が好い大先輩への敬意に、英二は微笑んだ。
「でもさ、そういう安本さんだから、ラーメン屋のおやじさんのこと救けられたんだ、って思うよ?」
馨の殺害犯をラーメン屋の主人にまで更生させたのは、安本だった。
もし自分だったら安本の様に、友人を殺した犯人を温かく守り続けるなど出来るだろうか?
この問いに対して賞賛と敬意が温かい、心裡に英二は大先輩を賞した。
―お人好しも、あそこまで真直ぐなら、すごい…敵わない、
真直ぐな情熱が、馨の最期の約束を守り信じ抜いて、犯人を生き直させた。
そして、かつての犯人は今、温かな店を守り人々を憩わせ、周太をも寛がせてくれる。
彼は周太が馨の息子だと知らない。けれど1人でも通うほど店を好む周太を温かに受けとめ、可愛がってくれる。
あの温もりに周太は、どこか父の面影を感じるから、あの店で寛げるのだろう。
そんなふうに安本は馨の想いを彼に伝え、馨の温もりを遺してくれた。
あの温もりが遺されたからこそ、周太は寂しかった新宿署の勤務にも温もりを見つけはじめた。
そして周太は、あの温かな店で憧れの樹医と再会し、大切な宝物の1冊を受けとれている。
この1冊をめぐる運命に曳かれるよう、周太は馨の母校で聴講生になることも決められた。
そうして周太は今、夢を見つける道の扉を開こうとしている。
もし安本が14年前の今夜、親友を奪われた怒りと哀しみのままに復讐を遂げていたら?
そう思う時、「お人好し」の真直ぐな心こそが尊いと響く。
安本と初めて面会した11月のとき、自分は本当は「お人好し」を小馬鹿にしていた。
周太を傷つける無知の善意が忌々しくて、愚か者だとせせら笑う心があった。
けれど、それだけじゃないのだと、今は解かる。
もし、50年前に晉が、安本と同じ心に立てたなら。
そんな叶わぬ願いを想うほどに「お人好し」の尊さが解からされる。
きっと馨は、真直ぐな心の価値と復讐の愚かしさを、痛いほど知っていただろう。
このことを、隠されていたアルバムに考えてきた過程で、ようやく気づけた。
―お父さん、俺は、浅はかですね?
安本と飲みに行ったら、謝罪したい。
正直に自分の小利口な傲慢を告げて、正直に謝って。それでもし許されるなら、また会う機会の約束をしたい。
そうして馨の想いを辿って、安本が抱いている馨との約束を繋ぎたい。
きっと、繋いだ想いには馨の温もりが遺されているはずだから。
「ね、英二?…安本さんに会ったら、俺、お礼を言いたいんだ…ラーメン屋のおじさんのこと、ありがとう、って」
「うん、言ってあげて?きっと、安本さん喜ぶよ、」
もう14年、それでも馨の温もりは遺されている。
同期の安本が、かつての犯人が、馨の心の温度を周太に伝えてくれる。
そして、周太の母は最愛の恋人として、馨の全てを愛し受けとめ、この家と庭を残した。
14年を経ても遺されている温もりへの敬意に、英二は微笑んだ。
―お父さん?いま、きっと皆、お父さんのこと、考えてますね、
きっと今夜は安本も店の主人も、後藤副隊長も馨を想っているだろう。
そして、周太の母も今頃は、友人と酒を傾けながら永遠の恋人を偲んでいる。
いま自分が周太を抱きしめながら、馨への敬意と愛惜を想っているように。
「ね、英二?こんど、一緒にお店に行ってね、」
涙の痕が可愛い頬が、おねだりの幸せに笑いかけてくれる。
この笑顔のためなら何でも言うこと聴くよ?そう目で笑い返して英二は答えた。
「うん、久しぶりに行きたいな。今度は俺、酒を持って行きたいんだ、2月に約束したから。ゆっくり時間、作っていこうな、」
「ん、」
こんなふうに約束が出来ることが、幸せだ。
そんな「幸せ」を今夜は改めて感じさせられる、馨の途絶えた約束を想うと尚更切ない実感になる。
だから今夜は、馨の途絶えた約束のトレースを自分が繋ぐ。
「さあ、周太?そろそろ、本を読むよ?」
きれいに婚約者へと笑いかけると、英二は1冊の詩集を開いた。
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何篇かの詩を英文と邦訳で読み聞かせて、英二は本を閉じた。
抱き上げている白無垢の浴衣姿は、英二の肩に凭れながら幸せに微笑んでくれる。
なんとか満足してもらえたかな?英二は愛するひとへ笑いかけた。
「こんな感じで、よかったかな?周太、」
「ん、…嬉しかった、ありがとう…、」
幸せな笑顔がほころんで、そっと英二に近寄せてくれる。
そして優しいキスをくちびるに残してくれると、気恥ずかしげに周太は微笑んだ。
「あのね…お母さんが行っちゃって寂しかったんだ、ほんとうは…でも、今はね、…ふたりきりが、うれしい、」
ふたりきりが、うれしい。
そんなふうに言ってもらえたら、こっちこそ嬉しい。
嬉しい想いのまま抱きよせて、瞳見つめて英二はキスをした。
「そう言ってもらえたら、うれしいよ。ね、周太?こんどは、周太の話を聴かせてほしいな、」
「俺の話?…ん、この間の、公開講座のこと、とか?」
あの講義の日は春の雪がふって、英二は遭難救助に出ている。
そして中央線が止まり美代は御岳に帰れず、この家に泊まっている。
そのときの事が本音は気になっていた。だから話して貰えるなら聴かせて欲しい、微笑んで英二は頷いた。
「そうだな、電話では話してくれたけど、聴かせてくれる?」
周太の気持ちは疑っていないし、美代が自分に寄せてくれる好意も知っている。
それでも本音は気になって仕方ない、ふたりは似合いで、世間にも公認される組合わせと解かるから。
そんな理解が哀しくて、寂しい気持ちも本当はある。
だから今日逢えることを、本当は焦燥感も抱いて待っていた。
だから聴かせて欲しい、この想いを拭ってほしい。長い腕伸ばし本をテーブルに置くと、英二はワイングラスを手にとった。
「はい、周太。飲みながら、好きなように話して?」
「ん、ありがとう…いい香り、」
素直にグラスに口付けて、黒目がちの瞳が笑ってくれる。
英二も自分のグラスを手にすると、微笑んで周太は口を開いてくれた。
「雲取山麓のね、ブナ林の講義だったんだ…知っているところだから、楽しいね、って美代さんと話してね。
こんど、一緒に見に行こうね、って約束したの。4月の半ば過ぎに行こうかな、って…ね、美代さんと行ってきても良い?」
さっそく次の約束があるんだな?
すこし寂しいような想い隠しながら、英二は微笑んだ。
「うん、もちろん良いよ?美代さんと一緒なの、周太は楽しいんだろ?」
「ん、楽しい、」
迷わずに即答した笑顔は、心から楽しげでいる。
こんな笑顔はちょっと妬けちゃうな?あの晩に国村達と飲みながら想ったことを英二は口にした。
「ね、周太?ほんとうは周太は、美代さんと居るのが一番楽しいだろ?」
周太を美代の婿にしたい、そう美代の家族が願っていると国村からも聴かされた。
それは周太からも「嬉しいけれど困るね?」と前に聴いた、このとき以上に周太と美代は親しくなっている。
今はどう想っているだろう?そんな想いと微笑んだ先で、素直に周太が微笑んだ。
「ん、ほんとう言うとね…いちばん楽しいな、って時もあるよ?」
やっぱり。
そんな単語に寂しさを見た瞬間、黒目がちの瞳が気恥ずかしげに笑いかけてくれた。
「でもね…いちばん幸せなのは、英二と一緒の時…だから、いま、すごく幸せだよ?」
告げてくれる唇が微笑んで、静かに近寄せてくれる。
そっと優しいキスが唇ふれて、純粋な瞳が見つめて微笑んだ。
「ね、英二。ずっと一緒にいてね、今夜だけじゃなくて…お願い、」
恥ずかしげな微笑が、無垢の誘惑になって心を掴む。
お願いされなくても自分は前から願っている、唯ひとつの願いごと。
それをこうして、愛しい唇から言ってもらえることが嬉しい。膝の上の幸せに英二は笑いかけた。
「ずっと一緒にいるよ、周太?…だから、『いつか』が来たら、嫁さんになって?」
もう何度も聴いて、なんども約束を貰っていること。
それでも何度も聴きたくて、今夜もまた訊いてしまう。
どうかYesを聴かせてよ?そう見つめた先で、紅潮そまる笑顔が幸せに咲いてくれた。
「ん、…はい。およめさんにして?…ごはん作って、おふとんほすから、…ずっといっしょにねて?」
最後の一言、ちょっと反則です。
幸せすぎる言葉はきっとアルコールよりも酔いが熱い。
恋に酔わされるまま英二は、婚約者を抱いて立ち上がった。
「周太、窓は、鎧戸も閉めればいい?」
戸締りをする、その後は?
そんな意味に笑いかけた英二に、長い睫が伏せられた。
「ん、…ねるまえはしめないと、ね…」
恥ずかしそうな声が答えてくれる。
この初々しい羞みが可愛くて、いつも恥ずかしがらせたくなる。
この大切な宝物を抱き上げたまま、英二は鎧戸と窓を閉じた。
そのまま2階へと上がって、そっと白いベッドに恋人を沈めこむ。
純白の衣姿で白いリネンに埋もれた姿は清楚で、心惹きよせられていく。それでも英二は自分の体を起こした。
「戸締り全部見て、レモン水つくってきてあげる。他にほしいもの、なにかある?」
酒を呑んだ後だから、周太に水分をとらせたい。
それに加えてなにか欲しいものがあれば、なんでも言ってほしいな?
おねだりをして欲しくて見つめた先で、黒目がちの瞳が1つ瞬いてくれる。
瞳見つめて、ゆっくりベッドから身を起こすと周太は、そっと首に腕をまわしてくれた。
「今夜は、ずっと一緒にいてくれるんでしょ?…戸締りも、ぜんぶ一緒にいく、」
こんなこと言われると、ちょっと幸せすぎます。
今夜は周太の父の命日、最も一年で哀しい日だろう。
それなのに自分は、こんな幸せになっていて良いのかな?
こんな反省を想いながらも英二の腕は、素直に恋人を抱きしめた。
「うん、一緒にしよう?おいで、」
また抱き上げて、額よせてキスをする。
嬉しそうに見つめてくれる瞳が幸せで、今この時が珠玉なのだと心にふれる。
白い浴衣を透かす互いの体温が幸せで、けれどもどかしい想いも起きてしまう。
もどかしさ宥めながら階段を降り、戸締りを確認すると台所の扉を開いた。
そっと床に立たせると恥ずかしげに微笑んで、出窓に周太は佇んだ。
「あのね…このハーブを入れると、おいしくなるよ、」
出窓に設けた緑ゆたかな鉢から、きれいな長い草を摘んでくれる。
受けとって、ふっとレモンに似た香が頬撫でていく。良い香に英二は微笑んだ。
「レモンみたいな草だな?これと、レモンの薄切りを入れたらいい?」
「ん、そう…レモングラス、って言うんだ、」
カラフェに氷を入れてくれながら、楽しそうに教えてくれる。
レモンを薄く切って氷水におとすと、レモングラスを周太は入れてくれた。
カラフェとグラス2つを置いたトレイを持つと、英二は恋人にキスをした。
「これでいいかな、他に、なにかある?」
「ん、だいじょうぶ…」
応えてくれながら恥ずかしげな微笑に紅さしていく。
これからの時間を想うと気恥ずかしい、そんな含羞が愛しくさせられる。
こういうところが自分は好きだ、片手でトレイを持って左掌に掌を繋ぎながら英二は笑いかけた。
「おいで、」
そっと掌包んで、照明を落としながら2階へと上がっていく。
部屋の灯をつけて、静かな夜くるむベッドサイドにトレイを置くと、英二は恋人を抱きよせた。
「周太、逢いたかった…ね、顔を見せて?」
「ん、…はい、」
素直にあげてくれる顔が気恥ずかしげに微笑んでくれる。
こんな素直さが嬉しくて、愛しい想いに抱き上げるとベッドに腰掛けさせた。
「はい、周太。酒の後だから、水を飲んで?」
カラフェから注いだ氷水を英二は手渡した。
素直に周太は受けとってくれながら、きれいに微笑んだ。
「ありがとう、」
うれしそうにコップに口付けてくれる。
そんな笑顔が愛しくて、飲み終えたコップをサイドテーブルに戻す掌を、長い指に絡めとった。
「英二?…どうしたの?」
すこし驚いて、けれど微笑んで黒目がちの瞳が見あげてくれる。
愛しい想いごと恋人を抱きよせて、静かに白いベッドへ埋めこんだ。
「好きだよ、周太…今夜も、君を抱いていいの?」
懇願するよう見おろす先で、初々しい含羞が薄紅に昇っていく。
赦しがほしいな?目で訴えに微笑んだ先で、ちいさな声が応えてくれた。
「ん、…いっしょに、ってやくそくでしょ?…英二と、いっしょになりたい、よ…」
言いながら赤くなっていく顔が愛しい。
愛しい想いに微笑んで、英二は綺麗に笑いかけた。
「うん、一緒になろう?…周太、」
名前を呼んで、唇を重ねあわせる。
抱きしめて、キスを深くしながら体温が2枚の衣を透していく。
あまやかな唇の想い溺れながら、やわらかな帯を指が解いていく。
細やかな腰抱きあげて、きれいな藤いろ抜きとると床に薄紫の川が流された。
「周太、…君を、見せて、」
「…あ、」
帯解かれた白い衣を、長い指の掌が寛がせていく。
あわい光のなか艶やかな肌が顕れて、披かれた衣が床に零される。
白いシーツの上で恥じらう裸身に薄紅の翳が昇りだす、淑やかな花ひらく肌に英二は微笑んだ。
「きれいだ、…桜が、咲いていくみたいだね、」
見惚れ見つめる隠されない肌が、羞恥の慎みのままに身を伏せる。
そっとシーツひきよせて視線から逃れようとする、そんな仕草が奥ゆかしい誘惑に見えてしまう。
こんな仕草にこそ余計なほど熱煽られる、甘い熱に微笑んで英二は、艶やめく体を抱きとめた。
「駄目だよ、周太…隠さないで?キスさせて、」
「あ、…」
シーツに隠れようとする肢体を背中から抱きこめて、伏せた顔の頬へとキスをする。
うつぶせた首筋からキスふれて、肩に背に唇と舌でふれていく。
なめらかな肌が愛しくて、背中から抱きしめふれて、腰へとキスをおとしていく。
細やかな腰を抱きしめながら、やわらかに隠されたところを長い指の掌でそっと押し広げた。
「…っ、だめ、えいじ…あ、」
恥ずかしいと訴える声を聴きながら、隠された所にキスふれていく。
唇ふれながら舌であやして緩やかに解いていく、ふれる唇に舌に素直な反応が伝わってくる。
もう風呂で英二の手に仕度され充分ほどかれたまま、素直に披かれ愛撫を受容れてしまう。
「っ、…だ、め、…あ、…ん、」
愛しい吐息が甘くなっていく。
唇と舌でほどこす愛撫に、ふれるところも素直な反応をしてくれる。
抱きしめた裸身から力が抜かれていく、俯せたまま身を委ねてくれる。
されるがままに素直な体が嬉しい、微笑んで英二は愛するひとの体を仰むけさせた。
桜いろ透かす肌は艶めく誘惑が充ちている、愛しい誘惑を見つめながら英二は長い指をコップに伸ばした。
「きれいだね、周太…可愛くて、きれいだ、」
美しい裸身を見下ろしながら冷たい水に唇を清めて、英二は自分の帯を引いた。
衣擦れの音に濃藍の帯は解けて、白い衣が肩から床へと散っていく。
純白のひろがる床に微笑んで、ゆっくり身をしずめ恋人を抱きしめた。
「周太、ひとつになろうね…俺に、任せてくれる?」
見つめる想いの真中で、黒目がちの瞳が熱潤んだまま微笑んでくれる。
そして大好きな声が、あまやかなトーンでねだってくれた。
「ん、まかせる…ひとつにして、離れないで…お願い、愛してるなら、いうこときいて…」
こんな命令を言いながら、全身の肌を恥じらいの紅にそめている。
誘惑する台詞、それなのに瞳は純粋無垢に見つめて、すこしの怯えと愛されたい願いが微笑む。
この愛しいひとが自分に、今夜を恋人の時に変えてと願ってくれる。
「言うこと聴くよ、周太?…愛してる、離れない、」
右の掌を愛するひとの掌に繋ぎとめる。
この掌に心も繋いで、体ごと繋ぐ幸福の夢に酔ってしまいたい。
この望みに微笑んで腰を抱きよせて、そっと婚約者の大切なところにキスをした。
「あっ、…」
あがる声と一緒に、一瞬だけ体がふるえた。
あまやかな怯えを感じながら、唇から納めて熱を絡ませていく。
呑みこんでいく熱ふれる愛撫ごと、純白のリネンに愛しい喘ぎがこぼれた。
「ん、…あ、…え、いじ…あ、だ、め、」
だめじゃないよ?
そんな言葉の代わりに絡めとる熱を深くする、途端に抱いた腰から恥らいが伝わった。
「ああっ、や…はずかし、あ、…ん、っ、」
恥らいながら素直に応えくれる素肌が、初心なままの無垢に艶めいていく。
もう体の繋がりを結んで半年が過ぎた、そして3月には周太の体を大人にしている。
それでも変わらない含羞と、初々しい反応が愛おしい。愛しさに英二は微笑んだ。
「可愛いね、周太は…大人になっても、素直だね…好きだよ」
「ん、…もっと、すきに…な、て、」
こぼれる吐息のはざまから、おねだりを告げてくれる。
これ以上もし好きになったら、きっと大変だろうな?
すこし可笑しくて、けれど吐息の言葉が幸せで、英二は微笑んだ。
「もっと、好きになって良いの?…そうしたら俺、もっと周太に、いろいろしたくなっちゃうよ?」
ゆっくり身を起こして、長い指を冷たいコップに伸ばす。
さわやかな香を喉に流しこんで吐息をついて、見つめた黒目がちの瞳が熱含んで潤んでいる。
こんな瞳をされると、狂わされてしまうのに?
「そんな目で見られると、…ほんとに好きになるよ、周太…恥ずかしいこと、たくさんしたくなるよ、」
「そう、なの?…」
熱潤む瞳が困惑に艶めいている。
そんな目は本当に狂ってしまいそう、こっちの方こそ困らせられる。
この黒目がちの瞳に魅惑されて、へし折られそうな自制心がまた軋みを上げていく。
こんな途惑い隠すよう微笑んで、ゆるやかに恋人に身をふせながら英二はキスをした。
「そうだよ?俺、周太を好きすぎる。君への恋に狂ってるよ?だから、もっと好きになったら、大変だよ?」
「大変なの?…あの、恥ずかしいの?」
「そうだよ、周太が真赤になること、もっと、いっぱいしたくなる、」
幼子に教えるよう微笑んで、前髪をかきあげて額にキスおとす。
愛しい顔を見つめながら笑いかけて、キスで瞼に頬にふれていく。
そうしてキスふれた唇が、恥ずかしげでも微笑んで言ってくれた。
「もっと好きになって?それで、ずっと隣に帰ってきて?…いうこと、きいてよ、」
「…周太、」
すこし驚いて英二は黒目がちの瞳を見つめた。
ほんとうに好きになって良いの?驚いて、けれど期待に見つめた瞳に長い睫が伏せられていく。
恥らい伏せた睫にキスふれると、ゆっくり長い睫はあげられて淑やかな瞳が微笑んだ。
「ね、…まっかになること、して?…もっと愛して?ずっと無事に、隣に帰ってきて?」
ずっと無事に隣に帰り続けていく。
この約束の為にまた愛するひとは、体のすべてを委ねようとしてくれる。
こんなふうに純粋な想いで体繋いでくれる、この婚約者が愛しい。
「うん、ずっと無事に、隣に帰る…愛してるよ、周太?だから…好きなだけ、君を抱かせて?」
もう必ず、Yes、って言ってくれるよね?
そう見つめた愛する瞳は、恥じらいと幸せに微笑んで綺麗な笑顔に咲いてくれた。
「ん、…して?」
英二の自制心は、息の根を止められた。
「たくさん、恥ずかしがらせるよ?でも、逃げないでね、約束して?」
「…それは、逃げるかもしれないけど…でも、つかまえちゃうんでしょ?」
そんなこと言われたら可愛くて困ります。
あんまり可愛くて、また恋に墜とされながら英二は笑いかけた。
「掴まえるよ?だって、お赦し頂いたんだよね、俺?だから遠慮しないよ、…いいよね?」
「ん、…でも、あの、…おてやわらかに、ね、」
すこし不安げに見つめてくれる、儚げな様子が愛おしい。
そっと抱きしめて唇キスふれて、素肌ふれ交わす温もりが幸せに融かされる。
「安心して、周太?恥ずかしがらせると思うけど、必ず幸せにするから…俺に君を任せて、」
「はずかしいの怖いけど、でも…はい、」
微笑んで告げた言葉に、黒目がちの瞳も微笑み返してくれる。
こんなに素直で委ねきってしまう無垢が愛しくて、純粋な誘惑に心縛られていく。
また募ってしまう愛しさ見つめながら、英二は恋人の体をほどきはじめた。
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あわい薄紅の光がふれて、英二は目を覚ました。
きっといま5時20分くらい?そんな予想に長い腕を伸ばすと、クライマーウオッチの時刻は合っている。
今朝も時間を当てられた。いつもの予測正解に微笑んで、懐ねむる恋人の額にキスすると静かにベッドを降りた。
床に散らされた薄紅いろ明るんだ衣を拾いあげて、ふわり羽織ると帯を結いあげながら窓辺に歩みよる。
あかるみ映えていくカーテンを引いて、ほっと英二は息吐いて微笑んだ。
「きれいだ、」
万朶の桜が、朝陽あわく輝いている。
花透かす薄紅はきらめいて、藤色たおやかな暁空に咲いていく。
やわらかな金の雲たなびき黎闇は払われて、春爛漫の朝が目覚めだす。
桜咲く窓から眺める暁は、やさしい色の記憶に彩られていた。
かちり、
静かな音が立って窓の錠が開く。
ゆっくり窓をひらいていくと、ゆかしい花の香が涼しい風に運ばれる。
ゆるやかに明けていく空の薄紅と、馥郁と桜ふく暁風が優しくて英二は微笑んだ。
「お父さん、もし、生きていたら…こんな朝が、見られたんですよ?」
14年前の昨夜に絶ち切られた生命に、静かな涙が英二の頬を流れた。
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(to be continued)
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