That all which we behold
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第69話 煙幕act.5―another,side story「陽はまた昇る」
どうして自分は、咎められなかったのだろう?
「っ、こほっこふこっ…うっ」
シャワーふらす湯気に噎せだし、独り浴室を響く。
狭いユニットバスに咳あふれて、けれど個室のワンルーム空間なら誰にも聴かれない。
隠したい体の事情だから聴かれない方が有難い、その安堵と孤独のまま気管支から噎せてしまう。
―このまま発作が癖になったら嫌、そんなのだめ、
心言い聞かせながら呼吸を整えてシャワーを掌に受けとめる。
すぐ充たされ溢れる湯に唇つけて、ゆっくり飲みこむごと胸の迫り上げは収まりだす。
このまま止まってほしい、一過性であってほしい、そう願い叶うよう咳は鎮まって周太は息吐いた。
「…発作じゃない、よね…疲れてるだけ、」
ため息ごと膝崩れて、ゆっくり体が湯に沈みこむ。
シャワー降るまま座りこんだ湯船へ疲労が解けてゆく、その感覚に息つき微笑んだ。
「すこし疲れたから咳が出ただけ、これは昔からの癖だから大丈夫…大丈夫、」
独りごと自分に聞かせて不安を宥め、消してゆく。
こんなふうに疲労から咳込むことは昔から珍しくない、まだ喘息発作とは違う。
入隊テスト期間は2週間、その半分を終えた緩みから溜っている疲労が咳込ませるだけ。
そう納得させて湯のなか息吐いて、ゆっくり膝を抱え込みながら午後の記憶から考えだす。
―命令違反して注意も無いなんて、
今日、与えられた指示「放置」に自分は背いた。
今日、自分はテスト訓練のさ中に被弾した受験生を応急処置した。
あのときインカムを通した指示は無情かもしれない、けれどSATの任務なら当然だと納得できる。
犯罪被害者救出がSATの主務、その任務に隊員の無事を優先してはならないのは当然だろう、けれど自分は肯えない。
―お父さんを救けたかった、だから同じ仕事のひとを援けたくて…だからあんな命令は聴けない、
銃弾に斃れた「誰か」を救いたい、だから命令は聴けない。
あの春の夜、14年前の夜に父は一発の銃弾で生命を消した。
あのとき死なないで欲しかった、生きてほしかった、そんな父を救けたかった。
けれど逝った命はもう還らない、それなら父と同じ任務に生きる命を援けたくて今、ここに居る。
「だって…SATだって人命救助の為にあるんだ、だから援けたいんだ…」
シャワーふる湯船に声こぼれて、そっと瞳を熱あふれだす。
静かな湯のふるまま瞳の熱も融けて流れる、その孤独に今は安心してしまう。
こんなふう泣いてしまうほど自分は不安で哀しくて、悔しくて、それでも誇りを信じている。
―お父さん、お父さんは誰かを救けるためにSATに居たんでしょう?
父はSAT隊員として狙撃手を務めていた、それは事実なのだと現実から思い知る。
そんな事実確認を裏付けてしまう現実を今日、また一欠けらに気づいたのだろう。
『走るぞ、俺が援護する、』
あの声は眼差しは、確かに箭野だった。
第七機動隊銃器対策レンジャー第一小隊の先輩、箭野孝俊だった。
あの視線も声も1ヵ月1週間に聴き慣れている、あのとき救けてくれたのは箭野だった。
けれどSAT隊員の身長制限は170cm前後、だから身長180cmの箭野が入隊テストを受験する筈が無い。
―だけど箭野さんだった、だから…お父さんもSATに入れたの?
父は身長170cm制限を6cm超えていた、そして箭野も180cmありながら入隊テストを受けている。
こんな現実の一致に気づかされてしまう、きっと受験制限には「異例」という項目が存在している。
そんな一致に思い出させられる、自分自身も「異例」から多く取り巻かれて、そして今日も異様だった。
警視庁警察官採用試験に提出した書類の祖父母欄は経歴不明と書かざるを得なくて、それでも採用された。
けれど警察学校では交際相手の存在を隠した為に免職になった事例もある、それなのに家族状況を調べない筈がない。
だから解かってしまう、きっと「調べられた」結果として自分は採用決定されている、でも自分には何ひとつ確認すらされない。
そんな事実関係から自分が考えられる結論は一つだけ、自分が「湯原馨の息子」だという理由から採用された可能性しかない。
だから考えてしまう、警察組織における父「湯原馨」という存在は熟知され過ぎている?
―こんなふうにマークされている人なんて普通じゃない、なら、お父さんに何があったの?
独り湯のなか独り推論が立ち昇り、頭脳を廻るまま14年前から過去へと手繰られる。
なぜ父は文学者の道を逸れて警察官を選んだのか、なぜ祖父の友人という男の意見を選んだのか?
そんな「最初の選択」から父の意志を考えるままSAT隊員に父が「選ばれた」状況を推論に探していく。
こうした推論の疑問たちは全て、祖父が遺した小説に記された全てが事実だとしたら解答が見えて周太はため息吐いた。
「…もういちど読み直してみよう、ね…」
独り言こぼれる想いは、静かなまま鼓動を掴んで哀しみごと絞める。
あの小説に書かれた経緯が事実だとしたら?そう想うごと祖父と父と、曾祖父の生命に泣きたい。
そして誰よりも「彼」の心と想いと軌跡が哀して痛くて、切なくて、伝えてあげたい言葉を探してしまう。
―あのひとが一番たぶん苦しんでいる、きっとそう…
たぶん「彼」に自分は3度会っている、そんな推論すら今もう解かる。
2度め警視庁術科センター射場、3度めは新宿署東口交番の広場、そして1度めが過去に在るはず。
―想いだせないけど会ってる、きっと、
あの小説が本当なら会った可能性がある、それを確かめる方法は一つあるだろう。
そんな推論と方法を考えながら今日の「異様」にまた考えは戻って、ため息吐く。
どうして自分は今日、何も咎められなかったのだろう?
―なぜ命令違反をしたのに何も言われないの、
今日、与えられた指示「放置」に自分は背いた、けれど注意ひとつ与えれられていない。
そんな沈黙の意味から予測ごと溜息こぼれ落ちて、湯のなか独り膝を抱きしめ微笑んだ。
「不合格かもしれない…ね、」
入隊テストでも現場と同じ臨場に訓練は課される、だから指示への服従は当然だろう。
それなのに自分は服従しなかった、それを反抗的態度に問われて失格しても仕方ない。
そんな当然の判断を試験官もするだろう、だから命令違反について何一つ言われない?
―お父さんを追いかけて警察官にもなって、ここまで来たのに、
父が逝ってしまって14年間ずっと父の生きた軌跡を追いかけてきた。
父の生きた意味と亡くなった理由を知りたい、その為に多くを懸けている。
だから今もここに居る、それなのに「命令違反」で終わるだろう予測に独り言から微笑んだ。
「でも大丈夫、大学がある…ね、お父さん?」
父の亡くなった真実は最期に所属した世界、警視庁SATにあるかもしれない。
けれど父が生きた真実の核心は大学に在る、そう今なら解かるから失格しても道は消えない。
父の生きた真実の向こうに亡くなった真実がある、だからSAT隊員である軌跡を踏めなくても、きっと父に辿り着ける。
『君のお父さんは学問に愛される人なんだ、だから必ず学者の道に立つべき人だって信じている、どんなに遠回りでも帰るはずだ』
父のアンザイレンパートナーの声が、記憶から真実の鍵を示しながら泣いて微笑む。
あの言葉も瞳も眩いほど真摯の熱情が温かい、あんなふうに父を見つめてくれる人が今も生きている。
そしてきっと父は今も彼の心に頭脳に現在進行形のまま笑って、彼と共に生きる世界で命のまま輝いている。
「ね…おとうさん、生きてるね?」
そっと呼びかけた想いが瞳あふれて湯に融ける。
もう14年になる生きている瞳の記憶あふれて、14年間の涙が零れだす。
―お父さん、今なら銀河鉄道から手を振ってくれる?
『銀河鉄道の夜』
あの小説を初めて読んだのは14年前の春、父を亡くした直後だった。
父の殉職を話題に聴かされることが嫌で、だから本の世界へ逃げこんだ学校の図書室で借りた。
物語に描かれた宇宙を駆ける列車は死者が彼岸へ旅立つ乗り物だった、だから父の銀河鉄道を毎晩いつも待っていた。
屋根裏部屋の天窓の下マットレスから夜空を見上げ待ち続けて、けれど現れなくて、それでも父の欠片に会いたくて警察官を目指した。
父が生きていた世界に自分も立ったなら、父の記憶と想いを見つけられる。
そんな想いに警察官になる事だけを考えて生きてしまった、それは正直に言えば辛かった。
本当は誰かと競うことも争うことも好きじゃない、喧嘩も口論も嫌いだ、だから警察官の世界は知るほど辛かった。
―ほんとうは辞めたかった、ずっと、
ずっと本当は、警察官になんて成りたくなかった。
それでも警察官に成ったのは父の欠片に会いたかったから、唯それだけが理由。
もう二度と会えない父だと解かっている、それでも父の生きた軌跡を辿るなら再会出来ると信じたかった。
なによりも、父の現実を何ひとつ知らずに別離してしまった後悔が哀しくて辛くて、贖罪の想いに父の道を選んだ。
独りぼっちで父を死なせてしまった、そんな罪悪感に自分が幸せになる事は赦せなくて尚更に孤独と努力に引篭もった。
それでも警察学校で英二と出逢えた、そして孤独は消えて約束と再会した。
「…英二、」
大切な名前に微笑んで、また涙ひとつシャワーに融けてゆく。
ずっと13年間を孤独と努力だけに染めてきた自分、それでも英二が隣に来てくれた。
隣に英二がいてくれたから同期とも親しくなれた、そして光一と再会して美代と出会うことも出来た。
そんな時間のなかに警察官として生きて任務のさ中に青木樹医と出会い、父の願いと約束に再会した。
―…周、誰かを元気にするために生きるのは本当に綺麗なんだ。周はその為に樹医になろうとしてるね、それは立派なことだよ。
そういう周がお父さんは大好きだよ?だから信じてるよ、きっと周太は立派な樹医になれる、必ず木の魔法使いに君はなれるよ
信じてるよ、そう父は言ってくれた。
冬の陽だまり、午前中のお茶を楽しむテラスで父と指切りした。
あの幸せな朝、新聞に樹木医の記事を見つけ父と母と夢の約束に微笑んだ。
幸福な約束の時間に切長い瞳は嬉しそうに笑って、涙ひとつ零し言ってくれた。
『周、きっと立派な樹医になれるよ?本当に自分が好きなこと、大切なことを忘れたらダメだよ?諦めないで夢を叶えるんだよ』
あの言葉を13年間忘れていた、「警察官になる」しか考えられないまま約束と逆の時間を13年ずっと生きていた。
それを後悔したくなる時は幾度もある、けれどもし13年間の孤独と努力と痛みが無かったら今と違う自分だった。
あの孤独な時間があったから隣に誰かいてくれる温もりが解かる、そして知った感謝はこんなに温かい。
いま警察官である立場から学ぶ時間は制限されて、だからこそ学問の喜びを真直ぐに抱きしめられる。
そして13年間の孤独と努力の時間があるから「彼」の傷すら、解かる。
―もし警察官になっていなかったら恨んでた、恨んで憎んで、きっと苦しかった、
祖父の小説が真実ならば「彼」は自分の家族たちを殺した。
曾祖父も祖父も「彼」に殺された、祖母の病没も「彼」が原因を作った、そして父の殉職も結局は「彼」だ。
そんな図式が祖父の小説一冊から見えてしまう、それは樹木医の夢だけに生きて来ても気付けたかもしれない。
けれど13年間の孤独と痛みと、警察官として生きた1年半が無かったら自分は、きっと「彼」を赦せず苦しんだ。
大切な存在が「殺された」哀しみを赦せず生きることは苦しい、それは父の殺害犯への想いに知った。
けれど赦せず裁けば遺志まで壊してしまう、そう教えてくれたの殺害犯本人の涙と笑顔と、掌だった。
そんな全てを今こうして抱きとめているのは泣いた13年間を昇華した1年半があるから、そう想える。
こんなふうに想えるから今、不合格になっても後悔は無い。
―きっと不合格になるね、そしたらもうSATでのお父さんは解らなくなる、ね…
今日の指示違反で自分は不合格になるだろう。
そして警察官である父を知るチャンスは消える、そのまま父のパズル一部は見つけられない。
それでも今日の自分が選んだ行動に後悔なんて無い、13年間の孤独と努力は無駄じゃないと胸張れる。
そんな想い肚から温まるまま膝を抱く手ひとつ解いて、指そっと軽やかに顎を敲くと周太は綺麗に笑った。
「おとうさん…俺ね、警察官になってよかったね?」
想い呼びかけて微笑んだ頬、また涙ひとしずくシャワーに温められ、ゆっくり解けてゆく。
SAT入隊テスト最終日、警視庁警備部警備第一課特殊部隊への異動が内示された。
身辺整理として一週間の休暇を賦与、後、十月一日付で異動の配属先は、狙撃班。
【引用詩文:William Wordsworth「Lines Compose a Few Miles above Tintern Abbey」】
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第69話 煙幕act.5―another,side story「陽はまた昇る」
どうして自分は、咎められなかったのだろう?
「っ、こほっこふこっ…うっ」
シャワーふらす湯気に噎せだし、独り浴室を響く。
狭いユニットバスに咳あふれて、けれど個室のワンルーム空間なら誰にも聴かれない。
隠したい体の事情だから聴かれない方が有難い、その安堵と孤独のまま気管支から噎せてしまう。
―このまま発作が癖になったら嫌、そんなのだめ、
心言い聞かせながら呼吸を整えてシャワーを掌に受けとめる。
すぐ充たされ溢れる湯に唇つけて、ゆっくり飲みこむごと胸の迫り上げは収まりだす。
このまま止まってほしい、一過性であってほしい、そう願い叶うよう咳は鎮まって周太は息吐いた。
「…発作じゃない、よね…疲れてるだけ、」
ため息ごと膝崩れて、ゆっくり体が湯に沈みこむ。
シャワー降るまま座りこんだ湯船へ疲労が解けてゆく、その感覚に息つき微笑んだ。
「すこし疲れたから咳が出ただけ、これは昔からの癖だから大丈夫…大丈夫、」
独りごと自分に聞かせて不安を宥め、消してゆく。
こんなふうに疲労から咳込むことは昔から珍しくない、まだ喘息発作とは違う。
入隊テスト期間は2週間、その半分を終えた緩みから溜っている疲労が咳込ませるだけ。
そう納得させて湯のなか息吐いて、ゆっくり膝を抱え込みながら午後の記憶から考えだす。
―命令違反して注意も無いなんて、
今日、与えられた指示「放置」に自分は背いた。
今日、自分はテスト訓練のさ中に被弾した受験生を応急処置した。
あのときインカムを通した指示は無情かもしれない、けれどSATの任務なら当然だと納得できる。
犯罪被害者救出がSATの主務、その任務に隊員の無事を優先してはならないのは当然だろう、けれど自分は肯えない。
―お父さんを救けたかった、だから同じ仕事のひとを援けたくて…だからあんな命令は聴けない、
銃弾に斃れた「誰か」を救いたい、だから命令は聴けない。
あの春の夜、14年前の夜に父は一発の銃弾で生命を消した。
あのとき死なないで欲しかった、生きてほしかった、そんな父を救けたかった。
けれど逝った命はもう還らない、それなら父と同じ任務に生きる命を援けたくて今、ここに居る。
「だって…SATだって人命救助の為にあるんだ、だから援けたいんだ…」
シャワーふる湯船に声こぼれて、そっと瞳を熱あふれだす。
静かな湯のふるまま瞳の熱も融けて流れる、その孤独に今は安心してしまう。
こんなふう泣いてしまうほど自分は不安で哀しくて、悔しくて、それでも誇りを信じている。
―お父さん、お父さんは誰かを救けるためにSATに居たんでしょう?
父はSAT隊員として狙撃手を務めていた、それは事実なのだと現実から思い知る。
そんな事実確認を裏付けてしまう現実を今日、また一欠けらに気づいたのだろう。
『走るぞ、俺が援護する、』
あの声は眼差しは、確かに箭野だった。
第七機動隊銃器対策レンジャー第一小隊の先輩、箭野孝俊だった。
あの視線も声も1ヵ月1週間に聴き慣れている、あのとき救けてくれたのは箭野だった。
けれどSAT隊員の身長制限は170cm前後、だから身長180cmの箭野が入隊テストを受験する筈が無い。
―だけど箭野さんだった、だから…お父さんもSATに入れたの?
父は身長170cm制限を6cm超えていた、そして箭野も180cmありながら入隊テストを受けている。
こんな現実の一致に気づかされてしまう、きっと受験制限には「異例」という項目が存在している。
そんな一致に思い出させられる、自分自身も「異例」から多く取り巻かれて、そして今日も異様だった。
警視庁警察官採用試験に提出した書類の祖父母欄は経歴不明と書かざるを得なくて、それでも採用された。
けれど警察学校では交際相手の存在を隠した為に免職になった事例もある、それなのに家族状況を調べない筈がない。
だから解かってしまう、きっと「調べられた」結果として自分は採用決定されている、でも自分には何ひとつ確認すらされない。
そんな事実関係から自分が考えられる結論は一つだけ、自分が「湯原馨の息子」だという理由から採用された可能性しかない。
だから考えてしまう、警察組織における父「湯原馨」という存在は熟知され過ぎている?
―こんなふうにマークされている人なんて普通じゃない、なら、お父さんに何があったの?
独り湯のなか独り推論が立ち昇り、頭脳を廻るまま14年前から過去へと手繰られる。
なぜ父は文学者の道を逸れて警察官を選んだのか、なぜ祖父の友人という男の意見を選んだのか?
そんな「最初の選択」から父の意志を考えるままSAT隊員に父が「選ばれた」状況を推論に探していく。
こうした推論の疑問たちは全て、祖父が遺した小説に記された全てが事実だとしたら解答が見えて周太はため息吐いた。
「…もういちど読み直してみよう、ね…」
独り言こぼれる想いは、静かなまま鼓動を掴んで哀しみごと絞める。
あの小説に書かれた経緯が事実だとしたら?そう想うごと祖父と父と、曾祖父の生命に泣きたい。
そして誰よりも「彼」の心と想いと軌跡が哀して痛くて、切なくて、伝えてあげたい言葉を探してしまう。
―あのひとが一番たぶん苦しんでいる、きっとそう…
たぶん「彼」に自分は3度会っている、そんな推論すら今もう解かる。
2度め警視庁術科センター射場、3度めは新宿署東口交番の広場、そして1度めが過去に在るはず。
―想いだせないけど会ってる、きっと、
あの小説が本当なら会った可能性がある、それを確かめる方法は一つあるだろう。
そんな推論と方法を考えながら今日の「異様」にまた考えは戻って、ため息吐く。
どうして自分は今日、何も咎められなかったのだろう?
―なぜ命令違反をしたのに何も言われないの、
今日、与えられた指示「放置」に自分は背いた、けれど注意ひとつ与えれられていない。
そんな沈黙の意味から予測ごと溜息こぼれ落ちて、湯のなか独り膝を抱きしめ微笑んだ。
「不合格かもしれない…ね、」
入隊テストでも現場と同じ臨場に訓練は課される、だから指示への服従は当然だろう。
それなのに自分は服従しなかった、それを反抗的態度に問われて失格しても仕方ない。
そんな当然の判断を試験官もするだろう、だから命令違反について何一つ言われない?
―お父さんを追いかけて警察官にもなって、ここまで来たのに、
父が逝ってしまって14年間ずっと父の生きた軌跡を追いかけてきた。
父の生きた意味と亡くなった理由を知りたい、その為に多くを懸けている。
だから今もここに居る、それなのに「命令違反」で終わるだろう予測に独り言から微笑んだ。
「でも大丈夫、大学がある…ね、お父さん?」
父の亡くなった真実は最期に所属した世界、警視庁SATにあるかもしれない。
けれど父が生きた真実の核心は大学に在る、そう今なら解かるから失格しても道は消えない。
父の生きた真実の向こうに亡くなった真実がある、だからSAT隊員である軌跡を踏めなくても、きっと父に辿り着ける。
『君のお父さんは学問に愛される人なんだ、だから必ず学者の道に立つべき人だって信じている、どんなに遠回りでも帰るはずだ』
父のアンザイレンパートナーの声が、記憶から真実の鍵を示しながら泣いて微笑む。
あの言葉も瞳も眩いほど真摯の熱情が温かい、あんなふうに父を見つめてくれる人が今も生きている。
そしてきっと父は今も彼の心に頭脳に現在進行形のまま笑って、彼と共に生きる世界で命のまま輝いている。
「ね…おとうさん、生きてるね?」
そっと呼びかけた想いが瞳あふれて湯に融ける。
もう14年になる生きている瞳の記憶あふれて、14年間の涙が零れだす。
―お父さん、今なら銀河鉄道から手を振ってくれる?
『銀河鉄道の夜』
あの小説を初めて読んだのは14年前の春、父を亡くした直後だった。
父の殉職を話題に聴かされることが嫌で、だから本の世界へ逃げこんだ学校の図書室で借りた。
物語に描かれた宇宙を駆ける列車は死者が彼岸へ旅立つ乗り物だった、だから父の銀河鉄道を毎晩いつも待っていた。
屋根裏部屋の天窓の下マットレスから夜空を見上げ待ち続けて、けれど現れなくて、それでも父の欠片に会いたくて警察官を目指した。
父が生きていた世界に自分も立ったなら、父の記憶と想いを見つけられる。
そんな想いに警察官になる事だけを考えて生きてしまった、それは正直に言えば辛かった。
本当は誰かと競うことも争うことも好きじゃない、喧嘩も口論も嫌いだ、だから警察官の世界は知るほど辛かった。
―ほんとうは辞めたかった、ずっと、
ずっと本当は、警察官になんて成りたくなかった。
それでも警察官に成ったのは父の欠片に会いたかったから、唯それだけが理由。
もう二度と会えない父だと解かっている、それでも父の生きた軌跡を辿るなら再会出来ると信じたかった。
なによりも、父の現実を何ひとつ知らずに別離してしまった後悔が哀しくて辛くて、贖罪の想いに父の道を選んだ。
独りぼっちで父を死なせてしまった、そんな罪悪感に自分が幸せになる事は赦せなくて尚更に孤独と努力に引篭もった。
それでも警察学校で英二と出逢えた、そして孤独は消えて約束と再会した。
「…英二、」
大切な名前に微笑んで、また涙ひとつシャワーに融けてゆく。
ずっと13年間を孤独と努力だけに染めてきた自分、それでも英二が隣に来てくれた。
隣に英二がいてくれたから同期とも親しくなれた、そして光一と再会して美代と出会うことも出来た。
そんな時間のなかに警察官として生きて任務のさ中に青木樹医と出会い、父の願いと約束に再会した。
―…周、誰かを元気にするために生きるのは本当に綺麗なんだ。周はその為に樹医になろうとしてるね、それは立派なことだよ。
そういう周がお父さんは大好きだよ?だから信じてるよ、きっと周太は立派な樹医になれる、必ず木の魔法使いに君はなれるよ
信じてるよ、そう父は言ってくれた。
冬の陽だまり、午前中のお茶を楽しむテラスで父と指切りした。
あの幸せな朝、新聞に樹木医の記事を見つけ父と母と夢の約束に微笑んだ。
幸福な約束の時間に切長い瞳は嬉しそうに笑って、涙ひとつ零し言ってくれた。
『周、きっと立派な樹医になれるよ?本当に自分が好きなこと、大切なことを忘れたらダメだよ?諦めないで夢を叶えるんだよ』
あの言葉を13年間忘れていた、「警察官になる」しか考えられないまま約束と逆の時間を13年ずっと生きていた。
それを後悔したくなる時は幾度もある、けれどもし13年間の孤独と努力と痛みが無かったら今と違う自分だった。
あの孤独な時間があったから隣に誰かいてくれる温もりが解かる、そして知った感謝はこんなに温かい。
いま警察官である立場から学ぶ時間は制限されて、だからこそ学問の喜びを真直ぐに抱きしめられる。
そして13年間の孤独と努力の時間があるから「彼」の傷すら、解かる。
―もし警察官になっていなかったら恨んでた、恨んで憎んで、きっと苦しかった、
祖父の小説が真実ならば「彼」は自分の家族たちを殺した。
曾祖父も祖父も「彼」に殺された、祖母の病没も「彼」が原因を作った、そして父の殉職も結局は「彼」だ。
そんな図式が祖父の小説一冊から見えてしまう、それは樹木医の夢だけに生きて来ても気付けたかもしれない。
けれど13年間の孤独と痛みと、警察官として生きた1年半が無かったら自分は、きっと「彼」を赦せず苦しんだ。
大切な存在が「殺された」哀しみを赦せず生きることは苦しい、それは父の殺害犯への想いに知った。
けれど赦せず裁けば遺志まで壊してしまう、そう教えてくれたの殺害犯本人の涙と笑顔と、掌だった。
そんな全てを今こうして抱きとめているのは泣いた13年間を昇華した1年半があるから、そう想える。
こんなふうに想えるから今、不合格になっても後悔は無い。
―きっと不合格になるね、そしたらもうSATでのお父さんは解らなくなる、ね…
今日の指示違反で自分は不合格になるだろう。
そして警察官である父を知るチャンスは消える、そのまま父のパズル一部は見つけられない。
それでも今日の自分が選んだ行動に後悔なんて無い、13年間の孤独と努力は無駄じゃないと胸張れる。
そんな想い肚から温まるまま膝を抱く手ひとつ解いて、指そっと軽やかに顎を敲くと周太は綺麗に笑った。
「おとうさん…俺ね、警察官になってよかったね?」
想い呼びかけて微笑んだ頬、また涙ひとしずくシャワーに温められ、ゆっくり解けてゆく。
SAT入隊テスト最終日、警視庁警備部警備第一課特殊部隊への異動が内示された。
身辺整理として一週間の休暇を賦与、後、十月一日付で異動の配属先は、狙撃班。
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