萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第70話 樹守act.3―another,side story「陽はまた昇る」

2013-10-11 19:30:01 | 陽はまた昇るanother,side story
By chance or nature's changing course



第70話 樹守act.3―another,side story「陽はまた昇る」

あなたは全てを知っている?

いつから知っているの、どうして知ったの?
知っているのなら何故なにも教えてくれないの?

そんな疑問が見あげる梢ゆれるごと揺れて、木洩陽の明滅から頬ふれる。
きっとそうだろうと推測していた、確信もしていた、けれど現実に向きあえば響く。
ずしんと堪えた感覚のまま座りこんだ庭のベンチ、森のよう深い庭木からの風に戸籍の一文が廻る。

“ 宮田英輔長男、總司ト婚姻届出昭和参拾壱年五月参日受付除籍 ” 宮田英輔の長男總司と婚姻届出、昭和31年5月3日受付により除籍

そんなふうに曾祖父の昭和改製原戸籍へ記載されていたのは、曾祖父の兄の長女「顕子」だった。
曾祖父から言えば兄の娘である姪「顕子」は祖母にとって従妹にあたる、だから「顕子」は自分の血縁者だ。
そして自分は「顕子」が誰なのか知っている、もう会って話もしている、そして彼女の孫息子に誰より今逢いたい。

「…英二、は…俺の親戚なの?」

途切れそうに呼びかけて、けれど声は風の葉擦れに攫われる。
独りきりの庭は誰も応えてくれない、それでも想いあの人に繋がれる?
この聲に応えてほしい瞳は記憶から見つめて、七月の約束を告げて微笑む。

『周太、来年は北岳草を見に行こうな、約束だよ、一緒に山に登ろう、俺と一緒に空の点を見てよ?来年もその先も、』

あの約束を告げてくれた時、あなたは全てを知っていた?
それを訊きたくて、それ以上に逢いたくて、それでも知ってしまった現実が溜息こぼす。
だからこそ今確かめたいことがある、この責任に左腕のクライマーウォッチから時間を読んだ。

「ん…正午、」

いま12時すぎ、これなら少なくとも5時間はある。
そう刻限をカウントして立ち上がると周太は庭を横ぎりエントランスに向かった。
そのまま扉を開錠して入り施錠し、念のためにチェーンかけて確実にロックする。
これで普通の方法では誰も家に立ち入れない、そう確認して仏間に入った。

かたん、

久しぶりの空間は畳が清々しい、その先で障子戸を透かした木洩陽ゆれる。
やわらかな光に畳縁の艶も穏やかな座敷、その一尺四寸四方に切られた周りシート広げる。
そのまま外した畳蓋の下、漆塗りの炉縁から深さ一尺五寸の黄土塗は5カ月ぶりに姿を顕わした。

『周、この家ではね、炉壇は塗替えの時しか外さないんだよ…お祖父さんからそう言われてるから、周もそうしてね?』

風炉に変える5月、普通なら炉の灰を上げて炉壇も外し鍵畳から風炉畳に変える。
それなのにこの家では変えず炉壇も外さない、それを家の風習なのだと疑問に思わなかった。
けれど今なら何故「お祖父さんからそう言われている」のか解かる、それは祖父自身が教えてくれた。

“Mon pistolet” 私の拳銃
“souterrain”  地下室
“enfermer”   監禁する、隠す

祖父が遺した小説にあった3つの単語が示すこと。
それが家伝の茶道に伝わる「異例」への答え、そして現実の探し物を教えてくれる。
これを父は気づいていたのだろうか?そんな疑問ごと周太は仏壇を振り返り微笑んだ。

「お祖父さん、お父さん…曾お祖父さん、いま開けてあげるからね?」

笑いかけた先、あげた線香は短く朱光を燻ぶらせゆく。
世田谷区役所から戻って仏壇に詣り、そのまま支度して庭でひと時を考えこんだ。
そうして固めた覚悟から呼吸ひとつ吐いて、周太は炉縁を慎重に持ち上げ外した。

「…ん、」

外した炉縁に微かな違和感を見て、ふっと首傾げさせられる。
初夏に炉を閉じた時もこんな雰囲気だったろうか、数ヶ月の経時が変えたのか、それとも推測の証拠なのか?
そんな思案ごと漆塗り美しい木枠をシートに置いて、四方1尺4寸、深さ1尺8寸の箱を地下から引き上げた。

かたん、

軽く乾いた音のまま見た目よりも重くない。
こうして炉を外すことは父が亡くなって以来は初めてになる、けれど楽に外せてしまう。
こんな感覚にすら推測は正解なのだと告げてくる、それが改製原戸籍の事実と重なりこむ。

―やっぱり英二と光一は知ってる、そしてここを七月の夜に、

廻らす思案ごと炉壇を重ねたシートに据えて、ほっと息吐いてしまう。
もし考え通りなら“Mon pistolet”は見つからない、けれど痕跡は確実に残る。
そんな知識を記憶のファイルに確認しながら運動靴を履いてポリ袋を上から被せこむ。
そしてヘッドランプを着けて点灯し、マスクと軍手を嵌めるとスコップ片手に床下へふわり降りた。

「…こんなふうなんだね、」

そっと暗闇に呟いて、ヘッドランプの視界に目が馴れてゆく。
いま開かれた炉の43cm四方の光だけが地面を照らし、その彼方は闇が深い。
それでも数メートル向う空気抜きの格子が光って見える、けれど炉壇で今しゃがむ地点は踏みこめない。

―絶対に外からはここを掘れないね、

視認する光景と佇む場所に祖父の記述が浮びあがる。
あの小説には「souterrain」の他に「enfer」とも表現されていた場所。
それは生活空間の真下へ広がる陰翳に「奈落」という言葉は似合うかもしれない。

“ enfer ” 地下、監禁所、奈落、煉獄 

そんな翻訳が付けられる単語を用いた祖父は、どの意味を伝えたいのだろう?
そう考えかけて、けれど今確かめるべき現場に向きあい周太はスコップを地面に入れた。

さくり、

軽く刃先が地に潜りこんで鼓動ひとつ息を呑む。
この程度に軟らかいと推測はあった、けれど現実の感覚は軍手ごし迫る。

―もし小説の通りなら掘られたのは50年くらい前だから…やっぱり最近に掘られてる、

『 La chronique de la maison 』

祖父が書き遺した小説が事実なら、この場所を祖父は掘っている。
それは父の記憶には無いほど古い過去、あの記述通りなら今から半世紀は前だろう。
そんな推測と掘り下げていく土は半世紀よりも軟らかに深くなる、そして一文が現実に変わりだす。

“もう1つの名前を埋葬した、私の拳銃と共に”

祖父が埋葬したのは“Mon pistolet”祖父の拳銃、そして“Un autre nom”だと小説は告げる。
その意味を示してくれるパズルのピースはここにある、そんな確信と見つめるヘッドランプの光に黒い欠片が光った。

「あ、」

声こぼれてしゃがみこんだ先、掘り起こした土に黒く破片が混じりこむ。
その一片そっと摘んだ軍手の指先、ほろり脆く崩れた欠片は土じゃない。
この一片にあった元の形は見えるようで床下の闇、独りため息こぼれた。

―ホルスターの革だね…そうでしょう、お祖父さん?

この場所に祖父は、自身の拳銃をケースごと埋葬した。
けれど今もう無いのは多分、2ヶ月前に掘り出されたからだろう。

―ここで腐敗したら土が酸化鉄になってるよね、だけど革の欠片しかない、

いま見つめる土は庭の土と変わらない、それなら何も埋まってなどいなかったとも言えるだろう。
けれど黒い欠片は確かに混じって名残を記す、その一欠けらずつ周太は軍手の掌へと拾い始めた。

「…っ、」

拾う欠片ひとつごと涙こぼれて、軍手の指さき温もり濡らす。
ごく小さな黒革は摘むごと脆く崩れて、けれど受ける左掌へ確かに積もる。
この欠片たちが納めていた拳銃は祖父を、父を、曾祖父も曾祖母も祖母も死に追いこんだ。

―拳銃なんか無かったらみんなは…どうして?

どうして拳銃は存在した?

どうして拳銃はその時その場所にあったのだろう?
ただ一発の弾丸だった、それが自分の家族を壊して消してしまった。
そんな現実が瞳こみあげ熱こぼれてゆく、ただ哀しくて、そして拳銃を持ち去ってくれた俤に訊きたい。

―どうするの英二、お祖父さんの拳銃をどこに隠したの?…拳銃を持っているだけで違法だって解かってるのに、それも証拠品を、

銃砲刀剣類所持等取締法 

この法令により職務のため所持する場合等を除き、原則として銃砲・刀剣類の所持は禁じられている。
所持する場合は基準に則り銃砲または刀剣類ごと住所地を管轄する都道府県公安委員会の許可を受けねばならない。
それは警察官であっても職務外の所持なら許可を得ない場合は法令違反となる、けれど、きっと英二は許可など受けない。

―ここに鉄錆は欠片も無い、革の欠片はあるのに錆が無いなんて…銃身は無傷ってことなんだ、

祖父の拳銃は無傷で残っていた、それを英二は持っている。
それなのに所持の許可も出さずにいるのは多分、祖父の拳銃が意味する現実を知るからだろう。
祖父の小説はパリ郊外が舞台、けれど日本に場所を変えれば全てが「記録」で事実、そう英二も信じている。

あの小説が事実なら半世紀前、祖父は殺人を犯した。

その凶器になった拳銃を祖父は埋葬した、それが事実である証拠を英二は隠している。
それは法に触れる行為だと英二は解かって、それでも隠すのは祖父を匿うだけが目的じゃない。

―お祖父さんの罪から護ろうとしてくれてる、お父さんのこともお母さんのことも、俺のことも…そのために独りで英二は、

どうして英二?

どうして法を侵してまで護ろうとするの?
祖父は検事で父親も弁護士の法曹一家に生まれて、司法の警察官である英二。
そんな英二にとって「法を侵す」ことは理由なしには有得ない、その答えは改製原戸籍の一文だろうか?

“ 宮田英輔長男、總司ト婚姻届出昭和参拾壱年五月参日受付除籍 ”

曾祖父の兄が戸主と記された改製原戸籍、そこに記されていた「顕子」の記録は英二の祖母。
だから英二の父親は父の再従兄「またいとこ」として6親等の法定親族になる。
けれど自分と英二は8親等にあたり法定親族外、けれど血は遠く繋がる。

「…英二、」

ぽつり、呼んだ名前に涙ひとつ零れて最後の一欠け拾い上げる。
もう土の中に遺物は無い、それを確認しながらスコップで土を戻し、そっと固めた。

―お祖父さん、もう何も埋まってないからね…安心して、

心に呼びかけ微笑んで周太は静かに立ちあがった。
後もう一つするべきことがある、そのために周太は明るい地上へ軽やかに跳んだ。



髪の雫をタオル拭いながら梯子階段を昇り、明るんだ視界に瞳が細まる。
ほんの30分前までいた「enfer」とは違う光の世界は温かい、その窓辺に立ち錠を開いた。
ふわりカーテン翻って頬を香あまく涼やかに撫でてゆく、この香を辿った常緑の梢にオレンジ色は咲く。
あざやかな金木犀の花色と香は秋なのだと告げるようで、今の去年が想いだされるまま涙ひとつ瞳あふれた。

「…英二、」

ほら、名前また呼んでしまう。

地下の痕跡と改製原戸籍に知ってしまった事実、その全てを英二に訊きたい。
いつから知っていたのか、どこまで知っているのか、そして出逢いは偶然だったのか?
この1年半に見つめあった想いの真実と真相をどうか応えて、自分にも全て負わせて?

「英二、どうして俺たちは出逢ったの…いつから俺を、どこまで…知っているの…?」

独りきり声は金木犀の香に融けてしまう、その応えほしいけれど訊くなんて出来ない。
あの綺麗な低い声を今もし聴いてしまったら崩れそうで、メールすら打てないままでいる。
そんな自分の本音ごと呼吸ひとつ微笑んで周太はロッキングチェアーに歩みより、テディベアを抱き上げた。

「小十郎、髪が乾くまで聴いてくれる?それで一緒に考えて、書斎でお父さんに何て話したら良いか…ね?」

改製原戸籍、炉壇の地下、それからもう1つ調べたいことがある。
その為にも濡れた髪を乾かしながら見たクライマーウォッチは14時半だった。





(to be gcontinued)

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