萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第70話 竪杜act.1-side story「陽はまた昇る」

2013-10-19 20:05:17 | 陽はまた昇るside story
Shall I compare thee to a summer's day?



第70話 竪杜act.1-side story「陽はまた昇る」

鉄扉を開いて、頬なでる風が昨日より涼しい。

髪ひるがえりTシャツを透かす風、その先にあわいブルーが澄んでゆく。
見あげる空は雲あわく薄紅ふくんで広がらす、そして朝が青色を呼ぶ。
薄い雲から墨色は流れて白くなる、その彼方から太陽ゆるやかに昇って、今日が目覚める。

「おはよう、…周太、」

手すり凭れながら名前を呼んで、けれど返事なんて返らない。
それでも隊服のスラックスにポケットでスイッチ押して、イヤホンから寝息が聴こえだす。
この一年半に幾度も聴いてきた懐かしい寝息、けれど少しだけ違う気配に英二は眉を顰めた。

―咳こんでる、かすかだけど、

眠れる吐息かすかに、小さく噎せるような音が時折に混じる。
こんな音は昨日まで無かった、それなのに今は聞えるなら体調の変化が周太に起きている?
そう解かるけれど確認する術など本当は無くて、ただ小さな機械を透す音から気配を盗むしかない。

「…逆に聴かない方がいいのかな、俺…」

ひそやかな独り言こぼれて、盗聴までする今を手摺ごと掴んでため息墜ちる。
もう2週間ずっと周太の安否を音だけで拾う、そんな一方通行の時間が孤独を占める。

―逢いたい、

心が本音をつぶやいて、けれど何も告げられない。
本当は2週間ずっと携帯電話を見つめている、唯ひとつの番号を待ち、コールしたいのに出来ない。
この想いごと過ごした2週間も自分は第七機動隊山岳レンジャーとして生きて、向きあう現実に立場は変ってゆく。
そんな時間は考え判断することが多すぎて気も紛れる、夜も疲れに眠れる、それでも暁の時間はこんなふう立ち止まる。

「たった2週間なのに駄目だな、俺…でも2週間だ、」

2週間、14日間、336時間。
それだけの時間を周太と会話しないことは、今が初めて。
こんな初めてに溜息は毎朝こぼれて、そして唯ひとり逢いたくて、思い知らされる。

「…救けるのは俺って思ってたけど、援けられてるのは俺だな、周太…?」

ゆるやかな風に声は流れて、返らない声に鼓動が泣きだしてしまう。
それでも夜は明けてゆく、そして今日が始まるなら自分は笑って立場を生きるだろう。
そんな想いごと微笑んで小さなオーディオのスイッチ切って、英二は屋上出口へと踵を返した。




いつもの席に着いた食堂は、早朝から賑わい慌しい。
英二も箸を取り汁椀に口付けて、けれど異変に気がついた。

―あの人もいない?

いつも同じテーブルに同じ頃を座る相手が、今日もいない。
昨日までの2週間を不在にしていた理由は知っている、けれど今日も居ないことは異様だ。
その疑問へと思案を廻らせだす向かい、トレー1つ大きな手と置かれて低く落着いた声かけられた。

「座るぞ、」
「どうぞ、黒木さん、」

いつも通りに笑って顔上げた向こう、鋭利な瞳が微かに笑ってくれる。
ここに異動して3週間、そんな時間の経過が見える相手は箸を執りながら告げた。

「箭野は異動した、今日からソッチで引継ぎだ、」

箭野が異動した?

そう告げられた現実に一瞬、箸が止まってまた動く。
まるで今も考えていた事を見透かされたようで、けれど黒木は気づいていない。
そんな様子を見とりながら焼魚に箸を動かして、英二はいつもどおり微笑んだ。

「そうなんですか、ご挨拶したかったです、」
「ああ、」

短く頷いて黒木は丼飯を口に入れた。
その仕草がどこか寂しげで、自分の今と重ねた向こう低い声は尋ねた。

「湯原も異動らしいな、箭野と同じで今日からだと聞いたが、」

ことん、

鼓動ひとつ軋んで、全てが止まりそうになる。

―だから今朝は咳きこんだのか、周太?

独り心に問いかけながら盗聴した気配を辿りだす。
早朝の屋上で独り聴いてしまった寝息の咳、あの意味が告げられた現実に傷む。
あんなふう眠りながら咳するのは、富士に見つめた不安の予兆が今、現実に変わってしまう?

「銃器の佐藤小隊長から聞いたんですか?」

問いかけながら穏やかに微笑んで、けれど心は少しも凪いでいない。
それでも普段通りのまま食事する前で黒木は教えてくれた。

「箭野の部屋へ行ったんだが居なくてな、隣の気配も無いから佐藤さんに聴いたら二人とも異動だって言われたよ、」

箭野は周太の隣室だったんだ?

そんな事実を今さら知らされて、そして思案が廻りだす。
なぜ箭野と周太が隣室にされていたのか、なぜ同日に異動になり「引継ぎ」始めたのか?
こんな二人の同じに紺青色の日記帳が映りこんで、ずっと追いかけてきた過去の現実が裏付けられる。

―箭野さんの身長は180cmくらいある、こんなの馨さんと同じだ、

異動も引継ぎも同日なら「同じ」異動先と考えた方が「自然」だろう。
けれど周太の異動先を馨と「同じ」だとしたら、箭野の身長は異動条件の規定から大きく外れる。
それは29年前の馨も「同じ」だった、だから箭野も周太も馨と「同じ」異動先へ行ってしまったのだろう。

けれど、なぜ?

「ほら、ナニ朝から難しい貌しちゃってんの?」

笑いかけた明るいテノールに英二は隣を振り向いた。
その頬に指ひとつ突かれて、底抜けに明るい目と目が合い微笑んだ。

「おはよう、国村さん。ちょうど今、箭野さんが異動したことを聞いて、」
「10月一日付だってね、湯原くんも、」

さらり光一も応えて隣の席に座ってくれる。
いつも通りに合掌してから箸執ると、底抜けに明るい目が英二に笑った。

「さて、宮田にもちょっとした話があるんだけどさ、今、飯食いながら話しちゃおっかね?黒木もいてチョウドいいさ、」

さり気なく黒木と呼び捨てして、秀麗な貌が大らかに笑う。
そんな上官に鋭利な瞳ひとつ瞬いて少しだけ黒木は笑った。

「俺にも関わることか、国村さん?」
「はい、関わってもらいます、よろしくね、」

からり笑って応えた横顔は明るいまま頼もしい。
こうした応酬も慣れた笑顔は唇の端をあげて、謳うよう告げた。

「宮田に消防庁から表彰が来たよ、で、今までの実績と加算で巡査部長に特進決定、あとイメキャラも決定、よろしくね?」

告げられた決定ふたつに頷きかけて、けれど考えて途惑ってしまう。
一つ目の意味は解る、だけど二つ目の単語の意味が繋がらなくて英二は尋ねた。

「特進の事ありがとうございます、でもイメキャラって?」
「イメージキャラクターだよ、決まってんだろ?」

さらっと軽く返事しながら光一は醤油差しを取った。
くるり目玉焼きへ綺麗にかけまわす手許を見、黒木が訊いてくれた。

「国村さん、宮田がイメージポスターのモデルを務めるって事か?」

モデル、

その単語に自分の過去が鼓動を押して、すこし息詰まる。
多分ばれることは無いはず、それでも隠したい過去ごと英二は飯を呑みこんだ。







(to be gcontinued)

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