萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第70話 樹守act.2―another,side story「陽はまた昇る」

2013-10-10 17:30:35 | 陽はまた昇るanother,side story
And often is his gold complexion dimm'd



第70話 樹守act.2―another,side story「陽はまた昇る」

古い門は懐かしい音に軋ませる。

年経りた戸板は厚み掌に温かい、その温もりごと門は開かれる。
ぎしり響く重厚に入り扉を閉めて、佇んだ空気ごと歳月は迎えてくれる。
ここに生まれて自分は育った、そんな優しい馴染みに仰ぐ梢は毎年のよう季節が早い。

「ん…今年も色づいて来たね?」

そっと木洩陽を透かし頭上の枝へ笑いかける。
いつも黄葉の少し早い樹木は風ゆれて涼しい、この風も小さい頃から知っている。
このまま庭を少し手入れしたいな?そう想いながらも今日すべき事に周太は微笑んだ。

「…また帰ってきたらね、」

仰いだ庭木たちに笑いかけて庭石を歩きだす。
そのまま玄関に着いて鍵を開け、すぐ靴脱いで階段を上がってゆく。
鞄を提げたまま自室に入ると梯子階段を昇って屋根裏部屋の片隅、古いトランクを開いた。

数冊の植物採集帳、可愛い細工の木箱2つ。
大判の書籍袋1つ、真紅の布張り綺麗なアルバム1つ、書類封筒、そして綺麗な白い封筒1通。
どれも自分の大切な記憶が温かい、なかでも書籍袋の中身とアルバムと、なにより白い封筒は開きたくなる。

「…英二、」

名前こぼれて溜息ひとつ、白い封筒の贈り主を想ってしまう。
書籍袋の中身もアルバムも忘れられない俤を見せてくれる、そんな写真だけでも良いから逢いたい。
けれど逢いたい分だけ怖くて、そんな自分の本音に瞳ゆっくりひとつ瞬いて周太は書類封筒だけ取りトランクを閉めた。

かちり、

トランクの施錠して、すぐ踵返しかけて揺椅子が視界に映りこんだ。
天窓ふる光のなか頑丈で綺麗な椅子に白いクッションの上、テディベアひとり静かに座っている。
その黒い瞳へ太陽の欠片きらめいて見つめてくれるようで、歩み寄って周太は素直に笑いかけた。

「ただいま小十郎、またすぐ帰って来るから…聴いてね?」

笑いかけた真中でテディベアの瞳は穏やかに優しい。
この熊は自分が生まれる時に父が連れて来てくれた、そして名前も付けてくれた。
ひとりっこで親戚もいない自分には父と母とテディベアだけが家族で、それでも幸せだった。
そんな穏やかで温かい時間たちを黒い瞳に見つめて、今から向かう事に呼吸ひとつ微笑んで周太は屋根裏部屋から降りた。

とん、とん…

梯子階段を踏む自分の足音が、いつもより響いて聴こえる。
こんな感覚は緊張の所為かもしれない?そう想えてしまうのは「事実」と思っているからだろう。
なにより自分がそう想いたい、そんな心を見つめながら廊下に出て書斎の扉を開かず階段を降りた。

―お父さん、帰ってきたら行くからね?

心に呼びかけながらホールに降りて、仏間の前も通り過ぎて脱いだばかりの革靴を履く。
そのまま玄関から出て施錠すると歩きながら書類封筒を鞄に仕舞い、ふっと頬ふれた香に見あげた。

「咲いてくれたんだね、金木犀…可愛いね?」

見あげた梢のオレンジに微笑んで、呼吸ひとつ香あまく芯から満ちる。
すこし強い芳香は鮮やかに懐かしいようで、去年の秋をまた想いだす。
あのとき自分は何も知らなかった、それは幸せだったのかもしれない。

―でも知りたいんだ、全てを…お父さん、お祖父さん、それでいいよね?

“Je te donne la recherche” 探し物を君に贈る

そう祖父は父に書き遺してくれた、あのメッセージを自分も受けとめたい。
あの小説に書かれた全てと父の軌跡を自分は知りたい、そして超えて自分の道に立ちに行く。
そんな願いごと見あげる香の樹を植えて育てた俤たち見つめて、綺麗に笑って周太は門から扉を開いた。




初めて入る庁舎は広くて、けれど周太は迷わず目的の窓口へと向かった。
その前に置かれた申請書を一通もらうと、持って来た書類封筒を開いて3通を選びだす。
その内容を確認して申請書に記載して自分の運転免許証を添え、戸籍係窓口に提出した。

「この方の除籍謄本と昭和改製原戸籍ですね?」
「はい、お願いします、」

頷いて見つめた先、担当者は慣れた笑顔で免許証と待合番号を渡してくれる。
こうした書類請求は珍しいことではないのだろう、そんな空気に緊張の溜息が吐かれた。

―相続の事って理由で信じてもらえたね…自分の親戚も解らないからなんて、普通、あまりないよね?

心呟きながら待合ベンチに腰下して、周太は分厚い本一冊とりだした。
平日の午前でも人は多くて、スーツ姿も目立つのは仕事の人たちなのだと解る。
この中でカーディガンとジーンズ姿の自分はどう見えるのだろう?そんな事を考えながら深緑色の表紙を開いた。

I give it to an epitaph of savant Kaoru Yuhara.

And summer's lease hath all too short a date.
Sometime too hot the eye of heaven shines,
And often is his gold complexion dimm'd;
And every fair from fair sometime declines,
By chance or nature's changing course untrimm'd;
But thy eternal summer shall not fade,
Nor lose possession of that fair thou ow'st,
Nor shall Death brag thou wand'rest in his shade,
When in eternal lines to time thou grow'st.
 So long as men can breathe or eyes can see,
 So long lives this, and this gives life to thee.

[Cited from Shakespeare's Sonnet18]

アルファベット綴る英国詩の一節が、父への想いを謳ってくれる。
この一冊に学生時代の父が記した全てがある、この美しい本は田嶋教授が作ってくれた。
こんなに想ってくれる友人が父にはいる、それが嬉しくて母にも見せてたくて持ち帰って来た。

―この休暇に読み終わって家に置いていこう、書斎に置いてあげたいから、

『MEMOIRS』Kaoru Yuhara

そう記した銀文字あざやかに煌めいて緑色の絹張り装丁は瑞々しく深む。
この色たちも父のアンザイレンパートナーから想い深くて、尽きず温かい。

『これは穂高の色なんだよ、雪山の銀色と夏山の緑だ。俺と馨さんには大切な山だから映してある、』

そんなふう教えてくれながら父の親友は笑って、そっと銀文字を撫でると手渡してくれた。
あのとき笑ってくれた瞳の深い涙は哀惜と喜び2つとも温かくて、それごと母に教えてあげたい。

―お父さん、お母さんに話しても良いよね?きっと喜んでくれるよ、この本も大切に読んでくれるから話させて、

開いた碑銘の詩を見つめて父に問いかける。
この問いに父はどう答えたいだろう、何を伝えたい?
そんな思案の端に受付番号が呼ばれて周太は本を閉じた。

とくん、

鼓動が響いて呼吸ひとつ整えながら本を鞄に入れてベンチを立つ。
すぐ窓口へ向かい料金1,500円を出すと書類2通と提出した3通を渡してくれる。
その全てを封筒に入れて大切に抱えると周太は世田谷区役所を出、外のベンチに座り込んだ。
そのまま封筒から出した改製原戸籍を見つめて、本籍地名と戸主名に呼吸ひとつゆっくり整えた。

“ 本籍 東京都世田谷区 戸主 榊原 幸則 ”

法律改正やコンピュータ化により戸籍を書換えた場合、書換え前の戸籍を「改製原戸籍」と呼ぶ。
そのうち昭和32年法務省令第27号による改製前の戸籍は旧民法、明治31年法律第9号等に基づき「家」を一単位として記す。
これは孫、甥、姪も含めた一族が同じ戸籍に記載され、法的手続きによる分家や婚姻などしない限り戸主の戸籍に記載される。
だから改製原戸籍に記載された筆頭戸主名を確認するだけで、祖母の父親が長男では無かったことが解かってしまう。

―だから俺にも親戚がいるかもしれないんだ…それも、もしかしたら、

ずっと考えてきた推測に七月の俤が映りこむ。
あのとき初めて会った瞳は懐かしかった、その由縁が解かるかもしれない。
そんな事実確認に呼吸ひとつ深く吐いて、そっとページを捲った記載に鼓動から声こぼれた。

「…あ、」

 弟 幸匡
 婦 とみ
 姪 斗貴子 昭和九年十一月参拾日生 父 榊原幸匡 母 とみ 長女 

曾祖父と曾祖母、そして祖母の名前が改製原戸籍に確かに記されている。
古い毛筆体で書かれた文字は読み難くて、それでも三人の名前は明確で温かい。
こんな書類一通でも家族の軌跡は嬉しくて、けれど緊張のまま繰ったページに息が詰まった。

“ 長女 顕子 昭和十一年六月五日生 父 榊原幸則 母 妙 ”

息呑んで見つめて、そっと書類一頁表紙へ捲りかえす。
東京都世田谷区の住所が記された古い戸籍謄本は「榊原家」の記録。
その筆頭戸主名も見慣れない墨書に年経りて、それでも読める名は曾祖父と似ている。

“ 戸主 榊原 幸則 ”

筆頭戸主は祖母の伯父にあたる、だから「顕子」は祖母の斗貴子には従妹にあたる。
けれど自分が知っている「顕子」と同一人物なのか?これだけでは未だ分からない。
その不確定にまた「顕子」に付記される古い文字を見つめて、鼓動が停まる。

“ 宮田英輔長男、總司ト婚姻届出昭和参拾壱年五月参日受付除籍 ”

And often is his gold complexion dimm'd.時に黄金まばゆい貌を闇の紗に曇らせ隠れ、けれど今、隠された彼の素顔が顕れる。





(to be continued)

【引用詩文:William Shakespeare「Shakespeare's Sonnet18」より抜粋】

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曇りの午後、眠気覚まし

2013-10-10 14:24:28 | お知らせ他


こんにちは、眠いです、笑
コッチはなんだか曇り空、雨降りそうな薄暗さが尚更に眠気を誘います。
眠いんで写真一枚載せてみます、こんなんで眠気覚ましになるかって言うと?ですけど。

さっき「初逢の花、睦月act.11」加筆校正版を貼りました。
あと第70話「樹守2」加筆校正をまたします、

取り急ぎ、

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