When in eternal lines to time thou grow'st.
第70話 樹守act.8―another,side story「陽はまた昇る」
警察官を一年以内に辞めること、それを私と約束してほしい。
そんなふうに告げられる約束は、父そっくりの瞳から笑いかけられる。
この約束に肯わなかったら今、この胸に抱えこんだ喘息の事実を秘密にして貰えない。
けれど一年以内に警察を、あの部署を辞職することなど本当に自分には可能なのだろうか?
―あの入隊テストも形だけだった、本当は最初から全てが決められて…なのに辞めるなんて出来るの?
独り廻ってしまう現実に息止まりそうになる。
いま嘘でも良いから肯うことも出来るだろう、けれど、この瞳を裏切るなんて出来ない。
今この夢にも見つめた父とそっくりの切長い瞳、この眼差しに嘘を吐くなんて出来なくて、ただ涙ひとつ零れた。
「…っ、」
涙ひとつ息呑んで堪えようとして、けれど零れるまま止まってくれない。
ゆっくり熱ごと濡れてゆく頬をハンカチやわらかに拭ってくれる、その優しい長い指も父と似る。
ただ懐かしい大好きな俤は滲んだ視界に微笑んで、低く透るアルトの声は穏やかに教えてくれた。
「診てくれたドクターに言われたのよ、出来るだけ早く環境を変えて療養すべきだとね?空気の綺麗な場所でリラックスして過ごすこと、
そうしないと悪化して肺気腫っていう治らない病気になる可能性があると脅かさたわ、だから一年以内に警察を辞めてほしいの、なにより、」
なにより、そう言ってくれた同時に電子音が鳴った。
その音にパジャマから体温計を取りだすと長い指の手が受けとって、切長い瞳が微笑んだ。
「39度を下がったわ、よかった、周太くん40度近かったのよ?」
「…そんなに、」
言われた言葉にため息吐いて、体の現実を思い知らされる。
ただ2週間、それでも体は耐え切れずに今こうしてベッドに身を託す。
こんな自分がSATで生き抜けるのか?そんな思案に顕子は言ってくれた。
「なにより周太くんに長生きしてほしいの、斗貴子さんと馨くんが若く亡くなった分もね?そう想ってるのは私だけじゃないわ、
美幸さんが誰より願ってるでしょう、英二もよ?それに、周太くんには晉さんと馨くんが遺した学問を継ぐっていう責任があるでしょう?」
責任、
その一言に鼓動から肚へ落着いてゆく。
そんなふう考えたことが無かった、けれど今はもう納得できる。
『周太なら望んだ分だけ学び活かせます、大丈夫』
夢だった、けれど祖父は確かに自分に約束してくれた。
たとえ夢でも自分は祖父に約束を頷いている、だから今も周太は頷いた。
「はい…僕は父と祖父の誇りを護る責任があります、それが僕のプライドです…祖父にも約束したんです、がんばりますって、」
がんばります、そう自分は祖父と約束をした。
約束に父も笑ってくれていた、その笑顔そっくりの瞳が尋ねてくれた。
「周太くん、晉さんと馨くんの夢を見たのね?」
「はい、いま眠ってる間ずっと…あの、訊いても良いですか?」
ひとつだけ教えてほしい、さっきそう言ってしまったから遠慮したくなる。
けれど訊ける相手は田嶋教授か顕子しかいなくて、だから尋ねた向う切長い瞳は気さくに笑ってくれた。
「晉さんの特徴を訊きたいのね?私が知ってる晉さんは四十代だけど、それでも良いかしら、」
「はい、」
ほら、すぐ気がついて顕子は教えてくれる。
こんな察しの良さも孫息子と似ていて、嬉しくて頷いた真中で祖母の従妹は話してくれた。
「晉さんはね、白くは無いけど日焼の健康的な綺麗な肌をされてたわ、鼻梁の爽やかなハンサムで、細い目が凛々しくて聡明な瞳でね、
声は深くて響くようなテノールよ?スーツは三つ揃いがお決まりだったの、背も高くて、ダンディって言葉がしっくりする紳士だったわ、」
顕子に語られる通りの姿を夢の祖父はしていた。
目覚めた今も三つ揃いのツイードあざやかで、けれど語られない事が気になって訊いてみた。
「あの…祖父は、眼鏡をかけていませんでしたか?」
「あ、眼鏡ね?」
訊き返してくれる笑顔に頷いた向こう、切長い瞳がすこし考えこんだ。
なにか想いだしてくれている、そんな雰囲気にすこし待ってすぐ顕子は教えてくれた。
「そうね、元はかけていなかったわ、でも斗貴子さんが亡くなった頃には眼鏡をしてたわね、洒落た銀縁ので素敵だったわよ?」
祖母が亡くなる頃に、祖父は眼鏡をかけ始めた。
そう告げられた事実に鼓動ひとつ跳ねて異国の文章が語りだす。
この事まで一致するとは思わなくて、けれど納得は確信に変わってゆく。
『 La chronique de la maison 』
祖父が書き遺したミステリー小説の主人公は、妻が病死した頃から伊達眼鏡をかける。
その理由は「verite」全ての真相に気がついてしまったからだった。
―お祖父さん、わざと目が悪くなったフリをしたんでしょう?あのひとに諦めてもらいたくて…もう罪を重ねてほしくなくて、
あの小説は祖父の告白で告発だった。
それが「眼鏡」から明かされてゆく、けれど隠していたい。
そんなふうに願うことは祖父も同じ想いだろう、けれど父は知っていたのだろうか?
そして英二は知っているだろうか?様々に考えこみかけて、けれど切長い瞳が覗きこんで涼やかに微笑んだ。
「それで周太くん?約束はして貰えるのかしら、この一年以内に警察官を辞めることは出来るの?」
この約束に今、自分は何て答えたら良いのだろう?
この約束を出来るのかなんて解らない、けれど断れば秘密は明かされてしまう。
そうなったら母はどんなに苦しむだろう、きっと英二も泣いてしまう。
そんな想い廻るまま涙また零れて、けれど切長い瞳は笑ってくれた。
「周太くん、私も家族よ?家族には優しい嘘なんて要らないの、」
優しい嘘なんて要らない。
そんな言葉に一年前の記憶から母が笑ってくれる。
あの樹影に告げてくれたアルトヴォイスと同じに微笑んで、顕子は言ってくれた。
「家族で秘密は残酷です、それを周太くんは知っているでしょう?ちゃんと甘えて話しなさい、孫はお祖母ちゃんに甘えるものよ?」
家族で秘密は残酷、
それを自分は知っている、そのために14年間ずっと泣いてきた。
そして母も泣いている、そう解かっているのに自分は何も言えていない。
―お祖父さん、お父さん、どうしたらいいの?…話してもいいの?巻きこんでしまうのに、
迷いだすまま涙あふれて、聲が鼓動にもがきだす。
秘密の残酷を自分こそ知っている、けれど明かすことが正しいのか解らない。
どうして良いのか解らないまま見上げた真中、父そっくりの瞳から涙あふれた。
「守秘義務があることは解かっています、それでもお願い、話して?もう後悔したくないの、周太くんだけは助けさせて、」
後悔したくない、助けさせて。
そう願ってくれる言葉から過去がひとつまた見えてくる。
こんなふうに言うなんて「何も知らない」はずがない、その核心に涙の向こうへ尋ねた。
「祖父の本を読んだから、助けたいって言ってくれるんですか?…あの本を持っているから、」
顕子が祖父の小説を持っているのか?
それはまだ自分は知らされていない、けれど顕子は持っているだろう。
きっと祖父は息子に真実を託し贈ったように、妻の従妹へも自著を贈っている。
そんな推測のまま涙から見あげる先、父そっくりの切長い瞳も泣いて静かに微笑んだ。
「読んだわ、だけど気づけなかったの、だから後悔して今も泣いているのよ?馨くんを助けたかったから、」
父のことを助けたかった、そう言ってくれる瞳は父そっくりに泣いている。
真直ぐ見つめてくれる瞳、けれど涼やかな睫こぼれる雫は静かなまま白皙の頬を伝う。
こんなふうに泣かれたら懐かしくて切なくて、それでも嬉しくて周太は涙から笑いかけた。
「おばあさまの泣き方、父とそっくりです…英二が泣いてるのよりも似ています、そんな貌で泣くなんて、ずるいです、」
こんなふうに父と同じ瞳で泣かれたら、頑なに黙っていることなんて出来ない。
そんな想い笑いかけてブランケットから腕を伸ばして、そっと白皙の頬に指ふれてぬぐう。
ふれる雫は温かに指先とけてゆく、この温もりに微笑んだ掌を長い指の手くるんで顕子は笑った。
「周太くんの方がずるいわよ、斗貴子さんそっくりに綺麗な泣顔なんだもの、その貌に私は弱いのよ?やっぱり家族なのね、私たち、」
祖母と自分の貌が似ている、やっぱり家族。
そう言って笑ってくれる瞳は幸せそうに涙こぼしてくれる。
いま涙ぬぐった掌を優しい手は握ってくれたまま、穏やかな声は話してくれた。
「私はね、斗貴子さんのこと大好きなの。今でも大好きよ、だから内緒で命日はお墓参りさせてもらってたの、でも気づかなかったわ、
馨くんまであのお墓にいるなんて、まさか、あの馨くんが亡くなってるなんて…それも警察官になって殉職だなんて、今も信じたくないわ、
私は、馨くんはオックスフォード大学にいると思っていました、晉さんのように学者になるって私にも話してくれていたから、信じていたの、」
父が学者になる事を顕子も信じてくれていた。
そんな信頼は父にとって嬉しい、けれど現実の傷みと見あげる真中で切長い瞳は微笑んだ。
「馨くんは赤ちゃんの頃から本が好きでね、特にイギリスの本が大好きだったの、だから菫さんからも英語を教わったりしたのよ?
馨くんが東京大学に入ったことは新聞の合格者一覧で知っていました、オックスフォードに留学することも晉さんのお通夜で噂ごしに聴いたの、
だから夢を叶えて英文学の最高峰にいると信じていました、あの馨くんなら立派な学者になっていると信じてたわ、それなのに警察官だなんて?」
穏やかなままのアルトの声は過去を告げて、父そっくりの瞳が涙こぼして微笑む。
そんな眼差しに懐かしさと痛みは鮮やかで、ただ哀しくて愛しくて見つめる真中で肉親は願ってくれた。
「私は何も解かっていなかったわ、知ろうともしなかったわ、だから馨くんを助けられなくて後悔して泣いてるの、自分が赦せないの、
だからお願い、周太くんだけでも助けさせて?優しい嘘なんて吐かないで、家族なら私も巻きこんで?もう、これ以上は泣きたくないわ、」
これ以上は泣きたくない、
そんな想いは自分も知っている、だから無理しても父の軌跡を追ってしまう。
そんな自分の願いと同じに父そっくりの眼差しは見つめて、だから今、過去と明日へ祈りたい。
だから本音のままに祈って、叶わないかもしれない約束にも希望を見つめて周太は綺麗に笑った。
「おばあさま、僕、一年以内に警察官を辞めます…だから母には内緒にして下さい、英二にも、誰にも、」
(to be gcontinued)
【引用詩文:William Shakespeare「Shakespeare's Sonnet18」】
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第70話 樹守act.8―another,side story「陽はまた昇る」
警察官を一年以内に辞めること、それを私と約束してほしい。
そんなふうに告げられる約束は、父そっくりの瞳から笑いかけられる。
この約束に肯わなかったら今、この胸に抱えこんだ喘息の事実を秘密にして貰えない。
けれど一年以内に警察を、あの部署を辞職することなど本当に自分には可能なのだろうか?
―あの入隊テストも形だけだった、本当は最初から全てが決められて…なのに辞めるなんて出来るの?
独り廻ってしまう現実に息止まりそうになる。
いま嘘でも良いから肯うことも出来るだろう、けれど、この瞳を裏切るなんて出来ない。
今この夢にも見つめた父とそっくりの切長い瞳、この眼差しに嘘を吐くなんて出来なくて、ただ涙ひとつ零れた。
「…っ、」
涙ひとつ息呑んで堪えようとして、けれど零れるまま止まってくれない。
ゆっくり熱ごと濡れてゆく頬をハンカチやわらかに拭ってくれる、その優しい長い指も父と似る。
ただ懐かしい大好きな俤は滲んだ視界に微笑んで、低く透るアルトの声は穏やかに教えてくれた。
「診てくれたドクターに言われたのよ、出来るだけ早く環境を変えて療養すべきだとね?空気の綺麗な場所でリラックスして過ごすこと、
そうしないと悪化して肺気腫っていう治らない病気になる可能性があると脅かさたわ、だから一年以内に警察を辞めてほしいの、なにより、」
なにより、そう言ってくれた同時に電子音が鳴った。
その音にパジャマから体温計を取りだすと長い指の手が受けとって、切長い瞳が微笑んだ。
「39度を下がったわ、よかった、周太くん40度近かったのよ?」
「…そんなに、」
言われた言葉にため息吐いて、体の現実を思い知らされる。
ただ2週間、それでも体は耐え切れずに今こうしてベッドに身を託す。
こんな自分がSATで生き抜けるのか?そんな思案に顕子は言ってくれた。
「なにより周太くんに長生きしてほしいの、斗貴子さんと馨くんが若く亡くなった分もね?そう想ってるのは私だけじゃないわ、
美幸さんが誰より願ってるでしょう、英二もよ?それに、周太くんには晉さんと馨くんが遺した学問を継ぐっていう責任があるでしょう?」
責任、
その一言に鼓動から肚へ落着いてゆく。
そんなふう考えたことが無かった、けれど今はもう納得できる。
『周太なら望んだ分だけ学び活かせます、大丈夫』
夢だった、けれど祖父は確かに自分に約束してくれた。
たとえ夢でも自分は祖父に約束を頷いている、だから今も周太は頷いた。
「はい…僕は父と祖父の誇りを護る責任があります、それが僕のプライドです…祖父にも約束したんです、がんばりますって、」
がんばります、そう自分は祖父と約束をした。
約束に父も笑ってくれていた、その笑顔そっくりの瞳が尋ねてくれた。
「周太くん、晉さんと馨くんの夢を見たのね?」
「はい、いま眠ってる間ずっと…あの、訊いても良いですか?」
ひとつだけ教えてほしい、さっきそう言ってしまったから遠慮したくなる。
けれど訊ける相手は田嶋教授か顕子しかいなくて、だから尋ねた向う切長い瞳は気さくに笑ってくれた。
「晉さんの特徴を訊きたいのね?私が知ってる晉さんは四十代だけど、それでも良いかしら、」
「はい、」
ほら、すぐ気がついて顕子は教えてくれる。
こんな察しの良さも孫息子と似ていて、嬉しくて頷いた真中で祖母の従妹は話してくれた。
「晉さんはね、白くは無いけど日焼の健康的な綺麗な肌をされてたわ、鼻梁の爽やかなハンサムで、細い目が凛々しくて聡明な瞳でね、
声は深くて響くようなテノールよ?スーツは三つ揃いがお決まりだったの、背も高くて、ダンディって言葉がしっくりする紳士だったわ、」
顕子に語られる通りの姿を夢の祖父はしていた。
目覚めた今も三つ揃いのツイードあざやかで、けれど語られない事が気になって訊いてみた。
「あの…祖父は、眼鏡をかけていませんでしたか?」
「あ、眼鏡ね?」
訊き返してくれる笑顔に頷いた向こう、切長い瞳がすこし考えこんだ。
なにか想いだしてくれている、そんな雰囲気にすこし待ってすぐ顕子は教えてくれた。
「そうね、元はかけていなかったわ、でも斗貴子さんが亡くなった頃には眼鏡をしてたわね、洒落た銀縁ので素敵だったわよ?」
祖母が亡くなる頃に、祖父は眼鏡をかけ始めた。
そう告げられた事実に鼓動ひとつ跳ねて異国の文章が語りだす。
この事まで一致するとは思わなくて、けれど納得は確信に変わってゆく。
『 La chronique de la maison 』
祖父が書き遺したミステリー小説の主人公は、妻が病死した頃から伊達眼鏡をかける。
その理由は「verite」全ての真相に気がついてしまったからだった。
―お祖父さん、わざと目が悪くなったフリをしたんでしょう?あのひとに諦めてもらいたくて…もう罪を重ねてほしくなくて、
あの小説は祖父の告白で告発だった。
それが「眼鏡」から明かされてゆく、けれど隠していたい。
そんなふうに願うことは祖父も同じ想いだろう、けれど父は知っていたのだろうか?
そして英二は知っているだろうか?様々に考えこみかけて、けれど切長い瞳が覗きこんで涼やかに微笑んだ。
「それで周太くん?約束はして貰えるのかしら、この一年以内に警察官を辞めることは出来るの?」
この約束に今、自分は何て答えたら良いのだろう?
この約束を出来るのかなんて解らない、けれど断れば秘密は明かされてしまう。
そうなったら母はどんなに苦しむだろう、きっと英二も泣いてしまう。
そんな想い廻るまま涙また零れて、けれど切長い瞳は笑ってくれた。
「周太くん、私も家族よ?家族には優しい嘘なんて要らないの、」
優しい嘘なんて要らない。
そんな言葉に一年前の記憶から母が笑ってくれる。
あの樹影に告げてくれたアルトヴォイスと同じに微笑んで、顕子は言ってくれた。
「家族で秘密は残酷です、それを周太くんは知っているでしょう?ちゃんと甘えて話しなさい、孫はお祖母ちゃんに甘えるものよ?」
家族で秘密は残酷、
それを自分は知っている、そのために14年間ずっと泣いてきた。
そして母も泣いている、そう解かっているのに自分は何も言えていない。
―お祖父さん、お父さん、どうしたらいいの?…話してもいいの?巻きこんでしまうのに、
迷いだすまま涙あふれて、聲が鼓動にもがきだす。
秘密の残酷を自分こそ知っている、けれど明かすことが正しいのか解らない。
どうして良いのか解らないまま見上げた真中、父そっくりの瞳から涙あふれた。
「守秘義務があることは解かっています、それでもお願い、話して?もう後悔したくないの、周太くんだけは助けさせて、」
後悔したくない、助けさせて。
そう願ってくれる言葉から過去がひとつまた見えてくる。
こんなふうに言うなんて「何も知らない」はずがない、その核心に涙の向こうへ尋ねた。
「祖父の本を読んだから、助けたいって言ってくれるんですか?…あの本を持っているから、」
顕子が祖父の小説を持っているのか?
それはまだ自分は知らされていない、けれど顕子は持っているだろう。
きっと祖父は息子に真実を託し贈ったように、妻の従妹へも自著を贈っている。
そんな推測のまま涙から見あげる先、父そっくりの切長い瞳も泣いて静かに微笑んだ。
「読んだわ、だけど気づけなかったの、だから後悔して今も泣いているのよ?馨くんを助けたかったから、」
父のことを助けたかった、そう言ってくれる瞳は父そっくりに泣いている。
真直ぐ見つめてくれる瞳、けれど涼やかな睫こぼれる雫は静かなまま白皙の頬を伝う。
こんなふうに泣かれたら懐かしくて切なくて、それでも嬉しくて周太は涙から笑いかけた。
「おばあさまの泣き方、父とそっくりです…英二が泣いてるのよりも似ています、そんな貌で泣くなんて、ずるいです、」
こんなふうに父と同じ瞳で泣かれたら、頑なに黙っていることなんて出来ない。
そんな想い笑いかけてブランケットから腕を伸ばして、そっと白皙の頬に指ふれてぬぐう。
ふれる雫は温かに指先とけてゆく、この温もりに微笑んだ掌を長い指の手くるんで顕子は笑った。
「周太くんの方がずるいわよ、斗貴子さんそっくりに綺麗な泣顔なんだもの、その貌に私は弱いのよ?やっぱり家族なのね、私たち、」
祖母と自分の貌が似ている、やっぱり家族。
そう言って笑ってくれる瞳は幸せそうに涙こぼしてくれる。
いま涙ぬぐった掌を優しい手は握ってくれたまま、穏やかな声は話してくれた。
「私はね、斗貴子さんのこと大好きなの。今でも大好きよ、だから内緒で命日はお墓参りさせてもらってたの、でも気づかなかったわ、
馨くんまであのお墓にいるなんて、まさか、あの馨くんが亡くなってるなんて…それも警察官になって殉職だなんて、今も信じたくないわ、
私は、馨くんはオックスフォード大学にいると思っていました、晉さんのように学者になるって私にも話してくれていたから、信じていたの、」
父が学者になる事を顕子も信じてくれていた。
そんな信頼は父にとって嬉しい、けれど現実の傷みと見あげる真中で切長い瞳は微笑んだ。
「馨くんは赤ちゃんの頃から本が好きでね、特にイギリスの本が大好きだったの、だから菫さんからも英語を教わったりしたのよ?
馨くんが東京大学に入ったことは新聞の合格者一覧で知っていました、オックスフォードに留学することも晉さんのお通夜で噂ごしに聴いたの、
だから夢を叶えて英文学の最高峰にいると信じていました、あの馨くんなら立派な学者になっていると信じてたわ、それなのに警察官だなんて?」
穏やかなままのアルトの声は過去を告げて、父そっくりの瞳が涙こぼして微笑む。
そんな眼差しに懐かしさと痛みは鮮やかで、ただ哀しくて愛しくて見つめる真中で肉親は願ってくれた。
「私は何も解かっていなかったわ、知ろうともしなかったわ、だから馨くんを助けられなくて後悔して泣いてるの、自分が赦せないの、
だからお願い、周太くんだけでも助けさせて?優しい嘘なんて吐かないで、家族なら私も巻きこんで?もう、これ以上は泣きたくないわ、」
これ以上は泣きたくない、
そんな想いは自分も知っている、だから無理しても父の軌跡を追ってしまう。
そんな自分の願いと同じに父そっくりの眼差しは見つめて、だから今、過去と明日へ祈りたい。
だから本音のままに祈って、叶わないかもしれない約束にも希望を見つめて周太は綺麗に笑った。
「おばあさま、僕、一年以内に警察官を辞めます…だから母には内緒にして下さい、英二にも、誰にも、」
(to be gcontinued)
【引用詩文:William Shakespeare「Shakespeare's Sonnet18」】
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