distance 遠望

第79話 光点act.4-another,side story「陽はまた昇る」
雪の町、ここに父も来たのだろうか?
そんな想いに初めての町すこしだけ懐かしい。
いま足元から雪埋められて寒くて、それでも踏みしめる雪音は懐かしむ。
さくっざぐり、さくり、ざくっ、
粉雪、その下に堅く雪は凍らせる。
昨夜から凍えた雪は固く締らせて、けれど明けた後の雪はやわらかい。
こんな宵越しの降雪はあまり知らなくて、その珍しさ眺めるまま笑いかけられた。
「湯原、物珍しそうにしてるけど雪は縁が少なかったのか?」
縁が少なかった、とは言えない。
だって奥多摩の雪の森は記憶から戻っている、そして去年の冬が慕わしい。
だから今このグラウンドも雪嶺も懐かしくて愛しくなる、そのまま周太は微笑んだ。
「はい…でも懐かしいです、」
頷きながら走るグラウンドは白銀あわく輝かす。
雪雲かすかな朝陽に雪はきらめく、そんな時間に低く透る声が笑った。
「俺も懐かしいよ、高校の部活とか思いだす、雪の中よくランニングしてたから、」
同じだよ、そう言われて素直に嬉しい。
こんな感覚すこし途惑うけれど楽しくて周太は笑いかけた。
「伊達さんは何部だったんですか?」
「剣道だよ、雪でも道場は練習できるから、」
答えてくれる吐息が白い、走る頬にも冷気は刺さる。
雪の山麓は冷えこみも強い、いま凍える刻限の無人に口開いた。
「伊達さん、昨夜はありがとうございました、樋本さんのこと、」
昨夜、50年前の証人に会った。
『でも普通の自殺じゃないと俺は思ってます、たぶん父のために祖父は死んだんです、』
そう告げた青年の顔は昨夜から忘れられない。
あの自衛官と向きあわせてくれた人は穏やかに微笑んだ。
「ネックゲーターちゃんと口もとまで上げとけ、冷たい空気を吸うと発作がくるぞ?」
言いながら衿元ふれてネックゲーターあげてくれる。
そっと頬あたる指が温かい、この温もり信じたくなるまま訊かれた。
「湯原、昨夜の会話は録音したか?」
問いかけに息そっと詰まらされる。
この答え呆れられるかもしれない、けれど正直に首振った。
「していません…すみません伊達さん、」
録音しようか?そうも本当は考えた。
けれどしたくない願いに低い声が訊いた。
「証拠が欲しかったんじゃないのか?」
そう考えるのが普通だろう?けれど思うまま素直に口開いた。
「すこし違います、ただ父を知りたいんです…それだけじゃ駄目ですか?」
父の姿を知りたい、結局はそれだけだ。
こんな本音あらためて気づかされる、だって何をしても父は生き返らない。
「伊達さん、証拠を集めるって犯人を追い詰めることですよね、復讐することでしょう?でも復讐しても父は生き返ってくれません、だから証拠はいらないんです、ただ父を知りたいだけです、だから…樋本さんも僕と同じだから憎むことも出来ません、」
あの青年は自分と同じだ、そう想えてしまう。
だから今もう憎めない本音に問いかけられた。
「祖父を知りたいから自衛官になったって樋本さんも言ってたな、あれが同じって事か?」
「はい、僕も父を知りたくてSATに来たかったから…同じでしょう?」
応えながらネックゲイターの口もと温かい。
おかげで冷気を吸わず発作も治まっている、そんな安堵と雪踏みしめ微笑んだ。
「どんな理由でも殺すのはいけないって思います、加害者と被害者は全く違います、でも家族を亡くしたことは同じです、自分の家族を知りたい気持ちは同じです…同じ気持ちの人を追い詰めたくありません、辛いって知ってるから、」
大切な人の最期は安らかであってほしい、そう願わない人なんて居るだろうか?
きっと誰もが幸せな死を望むだろう、それでも願い叶わなかった現実に口開いた。
「伊達さん、僕は父が殉職したことを色んな人に色々と言われたんです、きっと樋本さんのお父さんも同じだと思います、だって高額のお香典が来たなんて普通じゃありません…色んな人に色んな詮索されて辛い思いをされたはずです、その理由を知りたいから樋本さんも自衛官になったんでしょう?」
なぜ大切な人は残酷な最期だった?
その理由を知りたくなっても仕方ない、だって理不尽すぎる。
だって蒲団の家で安楽に死を迎える方がこの国は多い、それなのに何故どうして?
こんな疑問を抱えこんでしまったら答を見つけるしかない、そんな同類の昨夜に微笑んだ。
「僕、本当は樋本さんと会うことが怖かったんです、復讐したくなりそうで怖かったんです、でも逆でした…僕と同じだって思えたんです、家族を亡くしたことが進路を選んだ理由なのが同じで憎めません…それでも父が生き返るなら復讐だってします、でも生き返らないでしょう?」
もし父が生き返るのなら復讐する、だってもう一度逢いたい。
あの笑顔もう一度だけで良いから見たい、どんな罪になっても父に会いたい。
だけど何をしても生き返らない、命は唯一度の死で終わって誰にも死はやり直せない。
それは樋本の祖父も自分の曾祖父も同じ、祖父も父も生き返らない、そして戻らない幸福に笑いかけた。
「復讐しても父は生き返りません、誰かを傷つけて同じことの繰り返しです、だから証拠集めはしません…ただ知りたいだけじゃ駄目ですか?」
復讐する、それは新しい遺族と哀憎を生んでしまう。
そして喪った幸福の絶望は終わることなく続いてしまう、それなら復讐など何の意味があるのだろう?
だから選ばない選択肢と知りたい願いに小雪ゆるく舞う、ただ静かな雪音を駆けながら穏やかな声が言った。
「ダメじゃない、強いな、」
「え…、」
意外な答えにふり向いて小雪の頬ふれる。
ネックゲーター温まる吐息の先、深い瞳が微笑んだ。
「復讐よりずっと強い、ただ知りたいだけで充分だ、」
ぽん、
肩そっと敲いてくれる掌がジャージ透かして温かい。
白い吐息に精悍な口もと笑ってくれる、この笑顔にまた救われてしまう。
―強いって言ってくれるんだ、このひとは、
復讐とか考えるよりも強い、そんな言葉に温まる。
こんなふうに温もりと出会える場所だと思っていなかった、その意外な分だけ泣きたくなる。
―ここに来たら孤独になるって思ってたのに、どうして?
守秘義務、
その言葉にすべて秘密に隠される特殊部隊。
それは警察組織の中でも変わらない、だから履歴書からすべてデータは消されてしまう。
そうして家族にすら何も話せず父は死んでしまった、秘密の孤独に父は閉じこめられて、だから自分は知りたい。
知れば秘密は父独りじゃなくなる、ただその理由で追いかけても赦されるなら。
【資料出典:伊藤鋼一『警視庁・特殊部隊の真実』】
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第79話 光点act.4-another,side story「陽はまた昇る」
雪の町、ここに父も来たのだろうか?
そんな想いに初めての町すこしだけ懐かしい。
いま足元から雪埋められて寒くて、それでも踏みしめる雪音は懐かしむ。
さくっざぐり、さくり、ざくっ、
粉雪、その下に堅く雪は凍らせる。
昨夜から凍えた雪は固く締らせて、けれど明けた後の雪はやわらかい。
こんな宵越しの降雪はあまり知らなくて、その珍しさ眺めるまま笑いかけられた。
「湯原、物珍しそうにしてるけど雪は縁が少なかったのか?」
縁が少なかった、とは言えない。
だって奥多摩の雪の森は記憶から戻っている、そして去年の冬が慕わしい。
だから今このグラウンドも雪嶺も懐かしくて愛しくなる、そのまま周太は微笑んだ。
「はい…でも懐かしいです、」
頷きながら走るグラウンドは白銀あわく輝かす。
雪雲かすかな朝陽に雪はきらめく、そんな時間に低く透る声が笑った。
「俺も懐かしいよ、高校の部活とか思いだす、雪の中よくランニングしてたから、」
同じだよ、そう言われて素直に嬉しい。
こんな感覚すこし途惑うけれど楽しくて周太は笑いかけた。
「伊達さんは何部だったんですか?」
「剣道だよ、雪でも道場は練習できるから、」
答えてくれる吐息が白い、走る頬にも冷気は刺さる。
雪の山麓は冷えこみも強い、いま凍える刻限の無人に口開いた。
「伊達さん、昨夜はありがとうございました、樋本さんのこと、」
昨夜、50年前の証人に会った。
『でも普通の自殺じゃないと俺は思ってます、たぶん父のために祖父は死んだんです、』
そう告げた青年の顔は昨夜から忘れられない。
あの自衛官と向きあわせてくれた人は穏やかに微笑んだ。
「ネックゲーターちゃんと口もとまで上げとけ、冷たい空気を吸うと発作がくるぞ?」
言いながら衿元ふれてネックゲーターあげてくれる。
そっと頬あたる指が温かい、この温もり信じたくなるまま訊かれた。
「湯原、昨夜の会話は録音したか?」
問いかけに息そっと詰まらされる。
この答え呆れられるかもしれない、けれど正直に首振った。
「していません…すみません伊達さん、」
録音しようか?そうも本当は考えた。
けれどしたくない願いに低い声が訊いた。
「証拠が欲しかったんじゃないのか?」
そう考えるのが普通だろう?けれど思うまま素直に口開いた。
「すこし違います、ただ父を知りたいんです…それだけじゃ駄目ですか?」
父の姿を知りたい、結局はそれだけだ。
こんな本音あらためて気づかされる、だって何をしても父は生き返らない。
「伊達さん、証拠を集めるって犯人を追い詰めることですよね、復讐することでしょう?でも復讐しても父は生き返ってくれません、だから証拠はいらないんです、ただ父を知りたいだけです、だから…樋本さんも僕と同じだから憎むことも出来ません、」
あの青年は自分と同じだ、そう想えてしまう。
だから今もう憎めない本音に問いかけられた。
「祖父を知りたいから自衛官になったって樋本さんも言ってたな、あれが同じって事か?」
「はい、僕も父を知りたくてSATに来たかったから…同じでしょう?」
応えながらネックゲイターの口もと温かい。
おかげで冷気を吸わず発作も治まっている、そんな安堵と雪踏みしめ微笑んだ。
「どんな理由でも殺すのはいけないって思います、加害者と被害者は全く違います、でも家族を亡くしたことは同じです、自分の家族を知りたい気持ちは同じです…同じ気持ちの人を追い詰めたくありません、辛いって知ってるから、」
大切な人の最期は安らかであってほしい、そう願わない人なんて居るだろうか?
きっと誰もが幸せな死を望むだろう、それでも願い叶わなかった現実に口開いた。
「伊達さん、僕は父が殉職したことを色んな人に色々と言われたんです、きっと樋本さんのお父さんも同じだと思います、だって高額のお香典が来たなんて普通じゃありません…色んな人に色んな詮索されて辛い思いをされたはずです、その理由を知りたいから樋本さんも自衛官になったんでしょう?」
なぜ大切な人は残酷な最期だった?
その理由を知りたくなっても仕方ない、だって理不尽すぎる。
だって蒲団の家で安楽に死を迎える方がこの国は多い、それなのに何故どうして?
こんな疑問を抱えこんでしまったら答を見つけるしかない、そんな同類の昨夜に微笑んだ。
「僕、本当は樋本さんと会うことが怖かったんです、復讐したくなりそうで怖かったんです、でも逆でした…僕と同じだって思えたんです、家族を亡くしたことが進路を選んだ理由なのが同じで憎めません…それでも父が生き返るなら復讐だってします、でも生き返らないでしょう?」
もし父が生き返るのなら復讐する、だってもう一度逢いたい。
あの笑顔もう一度だけで良いから見たい、どんな罪になっても父に会いたい。
だけど何をしても生き返らない、命は唯一度の死で終わって誰にも死はやり直せない。
それは樋本の祖父も自分の曾祖父も同じ、祖父も父も生き返らない、そして戻らない幸福に笑いかけた。
「復讐しても父は生き返りません、誰かを傷つけて同じことの繰り返しです、だから証拠集めはしません…ただ知りたいだけじゃ駄目ですか?」
復讐する、それは新しい遺族と哀憎を生んでしまう。
そして喪った幸福の絶望は終わることなく続いてしまう、それなら復讐など何の意味があるのだろう?
だから選ばない選択肢と知りたい願いに小雪ゆるく舞う、ただ静かな雪音を駆けながら穏やかな声が言った。
「ダメじゃない、強いな、」
「え…、」
意外な答えにふり向いて小雪の頬ふれる。
ネックゲーター温まる吐息の先、深い瞳が微笑んだ。
「復讐よりずっと強い、ただ知りたいだけで充分だ、」
ぽん、
肩そっと敲いてくれる掌がジャージ透かして温かい。
白い吐息に精悍な口もと笑ってくれる、この笑顔にまた救われてしまう。
―強いって言ってくれるんだ、このひとは、
復讐とか考えるよりも強い、そんな言葉に温まる。
こんなふうに温もりと出会える場所だと思っていなかった、その意外な分だけ泣きたくなる。
―ここに来たら孤独になるって思ってたのに、どうして?
守秘義務、
その言葉にすべて秘密に隠される特殊部隊。
それは警察組織の中でも変わらない、だから履歴書からすべてデータは消されてしまう。
そうして家族にすら何も話せず父は死んでしまった、秘密の孤独に父は閉じこめられて、だから自分は知りたい。
知れば秘密は父独りじゃなくなる、ただその理由で追いかけても赦されるなら。
【資料出典:伊藤鋼一『警視庁・特殊部隊の真実』】
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