Tale of Mt.K 雪山夜話に
第80話 極月 act.3-side story「陽はまた昇る」
ストーブの火影に湯気くゆる、また冷えてきた。
薬缶に水蒸気は白く揺れて湯音の響く、その窓むこう篝火が明るます。
零時すぎた二年参りの往来はやまない、この年一度の賑わいに英二は微笑んだ。
「黒木さん、後藤さんのリクエストもありましたし話してくれますか?」
このベテラン山ヤの警察官に言われたら断れないだろう?
そんな追いこみに精悍な瞳すこし困って、けれど言った。
「今も言った通りだ、小学校1年生の冬に北岳で若い女に会ったのがたぶん初恋です、」
同じこと繰り返してくれる顔が蛍光灯にも薄赤い。
そんな様子が普段と違い過ぎて、けれど親しめるまま上官が尋ねた。
「それで黒木、親父さんとはぐれて救けられたと言ったが状況は憶えてるかい?」
「はい、記憶違いがあるかもしれませんが、」
素直に頷きながら湯呑に口つける。
ほっと息ひとつ吐いて低い声は話しだした。
「俺の地元は山梨の甲府です、父は県庁勤めで登山道の現調も兼ねて登りに行くんですが、よく俺は付いて行きました。そのときも父は仕事を兼ねていたので林道を広河原まで車で入ったんです、晴れて風もない穏やかな日でしたが雪は深くて、俺には初めての雪の北岳でした、」
語られるその日に雪嶺が懐かしい。
あの山は自分も記憶が多くて、だから驚いて尋ねた。
「黒木さんは7歳で雪の北岳に登ったってことですか?」
北岳、本邦第2峰の冬はあまくない。
あの山を7歳で登らせるなど普通じゃないだろう?けれど先輩は何でも無い貌で行った。
「登頂はしていないぞ、下部の橋と林道の状況確認が目的だからな、」
応えてくれる言葉に懐かしくなる。
随所に架けられた吊橋や木橋たち、それを整えてくれる感謝に笑いかけた。
「あの橋も黒木さんがチェックしてくれたんですね、ありがとうございます、」
「もう架け直されてるぞ、雪で流れるからな、」
すこし笑って湯呑また口つける。
かすかな酒の香くゆらせて低い声は続けた。
「白根御池までの往復でしたが、帰りの樹林帯でウサギの足跡を見つけたんです。それでつい踏みこんだときワカンが木の根にとられて沢に転がり落ちました、」
雪の樹林を駈けた幼い記憶、そんな物語は誰かさんと似ている。
それを言ったら照れるんだろう?その予測の隣から山ヤが笑った。
「ウサギ追いし彼の山か、なんだか国村の子供時代と似てるなあ、おまえさんたち気が合いそうなもんだが、」
核心ストレートに突きましたね?
そう言って笑いたくなる、けれど今ここで笑ったら可哀想だ。
追い詰めたくなくて黙秘した向かい困り顔が尋ねた。
「後藤さん、そんなに俺と国村さんは仲悪いように見えますか?」
「さっき国村に愚痴られたよ、黒木がちっとも目を合わせないのは何だろうってな?山では信頼関係が肝心なのにと困っとるよ、」
大らかなトーン笑って言ってくれる。
その言葉また途惑う困り顔にベテラン山ヤが笑った。
「すまんな黒木、話の腰折ってしまったな?続きを聴かせてくれるかい、」
「はい、俺こそすみません、」
困り顔のまま頭下げて湯呑また口つける。
たぶん緊張で喉が渇くのだろう、そんな先輩に茶を注ぎ渡した。
「どうぞ黒木さん、でも沢に転落なんて大丈夫だったんですか?」
「擦りむいた程度だったよ、子供は体が柔らかいし体重も軽いからな、」
応えながら受けとった湯呑を呷り、ほっと息吐いて少し寛いだ顔になる。
こんなふう喉乾くほど緊張さまざま廻るのだろう。
―光一のことで後藤さんから言われるのは黒木さんにはキツイよな、
青梅署救助隊副隊長の後藤は警視庁山岳会会長でもある。
警察と山岳界と両方の大先輩で重鎮、こんな相手を前にしたら真面目な黒木は固まるだろう?
しかも今いちばん懸案事項だろう「国村光一」について話させられている、こんな緊張に座りこんだ男は続けた。
「怪我はなく無事でしたが父とはぐれて、登山道も見失いました。どうしようか雪の沢で考えていたら若い女のひとが現れたんです、」
物語の核心が来たな?
そのまま聴きたい前で黒木は湯呑また啜り、それから口開いた。
「長い黒髪に白い肌が印象的でした、雪みたいに光ってみえるほど透けそうに白いんです。普通の登山ウェアは着ているんですけど雪焼けが全くない肌で、なんていうか神々しい感じでした。子供の不安感がそう見せるだけかもしれませんが、普通の人とすこし違うように見えたんです。それに雪の深い北岳で若い女が独りでいることが不思議でした、」
黒木が言うように厳冬期の北岳に若い女性は普通じゃない。
それも滑落先の沢で現れたなら登山道から逸れて歩いていたことになる。
それでも人間だとしたら雪山が得意なトップクライマーぐらいだろう、そんな推論に後藤が尋ねた。
「その不思議な女が国村と似ていたわけか、齢はどれくらいに見えたんだい?」
「二十歳くらいに見えました、顔立ちは大人っぽい美人なんですけど無邪気な雰囲気で、なにか人間離れしていて、」
素直に答えながらも精悍な顔は照れている。
堅物な黒木にしたら上司に幼少期の話など恥ずかしいのかもしれない?
そう思いながら聴いた事情をを考えて、ふと思い当った隣でベテラン山ヤが笑いだした。
「なあ黒木、もしかして黒木の恩人は俺が知ってるクライマーかもしれんぞ?あの子なら確かに不思議で人間離れした感じだろうよ、なるほどなあ?」
同じことを後藤も考えている?
そんなトーンに訊こうとして、けれど呼ばれた。
「すみません、救助隊の方ですよね?階段で転んだ方がいるのでお願いします、」
(to be continued)
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第80話 極月 act.3-side story「陽はまた昇る」
ストーブの火影に湯気くゆる、また冷えてきた。
薬缶に水蒸気は白く揺れて湯音の響く、その窓むこう篝火が明るます。
零時すぎた二年参りの往来はやまない、この年一度の賑わいに英二は微笑んだ。
「黒木さん、後藤さんのリクエストもありましたし話してくれますか?」
このベテラン山ヤの警察官に言われたら断れないだろう?
そんな追いこみに精悍な瞳すこし困って、けれど言った。
「今も言った通りだ、小学校1年生の冬に北岳で若い女に会ったのがたぶん初恋です、」
同じこと繰り返してくれる顔が蛍光灯にも薄赤い。
そんな様子が普段と違い過ぎて、けれど親しめるまま上官が尋ねた。
「それで黒木、親父さんとはぐれて救けられたと言ったが状況は憶えてるかい?」
「はい、記憶違いがあるかもしれませんが、」
素直に頷きながら湯呑に口つける。
ほっと息ひとつ吐いて低い声は話しだした。
「俺の地元は山梨の甲府です、父は県庁勤めで登山道の現調も兼ねて登りに行くんですが、よく俺は付いて行きました。そのときも父は仕事を兼ねていたので林道を広河原まで車で入ったんです、晴れて風もない穏やかな日でしたが雪は深くて、俺には初めての雪の北岳でした、」
語られるその日に雪嶺が懐かしい。
あの山は自分も記憶が多くて、だから驚いて尋ねた。
「黒木さんは7歳で雪の北岳に登ったってことですか?」
北岳、本邦第2峰の冬はあまくない。
あの山を7歳で登らせるなど普通じゃないだろう?けれど先輩は何でも無い貌で行った。
「登頂はしていないぞ、下部の橋と林道の状況確認が目的だからな、」
応えてくれる言葉に懐かしくなる。
随所に架けられた吊橋や木橋たち、それを整えてくれる感謝に笑いかけた。
「あの橋も黒木さんがチェックしてくれたんですね、ありがとうございます、」
「もう架け直されてるぞ、雪で流れるからな、」
すこし笑って湯呑また口つける。
かすかな酒の香くゆらせて低い声は続けた。
「白根御池までの往復でしたが、帰りの樹林帯でウサギの足跡を見つけたんです。それでつい踏みこんだときワカンが木の根にとられて沢に転がり落ちました、」
雪の樹林を駈けた幼い記憶、そんな物語は誰かさんと似ている。
それを言ったら照れるんだろう?その予測の隣から山ヤが笑った。
「ウサギ追いし彼の山か、なんだか国村の子供時代と似てるなあ、おまえさんたち気が合いそうなもんだが、」
核心ストレートに突きましたね?
そう言って笑いたくなる、けれど今ここで笑ったら可哀想だ。
追い詰めたくなくて黙秘した向かい困り顔が尋ねた。
「後藤さん、そんなに俺と国村さんは仲悪いように見えますか?」
「さっき国村に愚痴られたよ、黒木がちっとも目を合わせないのは何だろうってな?山では信頼関係が肝心なのにと困っとるよ、」
大らかなトーン笑って言ってくれる。
その言葉また途惑う困り顔にベテラン山ヤが笑った。
「すまんな黒木、話の腰折ってしまったな?続きを聴かせてくれるかい、」
「はい、俺こそすみません、」
困り顔のまま頭下げて湯呑また口つける。
たぶん緊張で喉が渇くのだろう、そんな先輩に茶を注ぎ渡した。
「どうぞ黒木さん、でも沢に転落なんて大丈夫だったんですか?」
「擦りむいた程度だったよ、子供は体が柔らかいし体重も軽いからな、」
応えながら受けとった湯呑を呷り、ほっと息吐いて少し寛いだ顔になる。
こんなふう喉乾くほど緊張さまざま廻るのだろう。
―光一のことで後藤さんから言われるのは黒木さんにはキツイよな、
青梅署救助隊副隊長の後藤は警視庁山岳会会長でもある。
警察と山岳界と両方の大先輩で重鎮、こんな相手を前にしたら真面目な黒木は固まるだろう?
しかも今いちばん懸案事項だろう「国村光一」について話させられている、こんな緊張に座りこんだ男は続けた。
「怪我はなく無事でしたが父とはぐれて、登山道も見失いました。どうしようか雪の沢で考えていたら若い女のひとが現れたんです、」
物語の核心が来たな?
そのまま聴きたい前で黒木は湯呑また啜り、それから口開いた。
「長い黒髪に白い肌が印象的でした、雪みたいに光ってみえるほど透けそうに白いんです。普通の登山ウェアは着ているんですけど雪焼けが全くない肌で、なんていうか神々しい感じでした。子供の不安感がそう見せるだけかもしれませんが、普通の人とすこし違うように見えたんです。それに雪の深い北岳で若い女が独りでいることが不思議でした、」
黒木が言うように厳冬期の北岳に若い女性は普通じゃない。
それも滑落先の沢で現れたなら登山道から逸れて歩いていたことになる。
それでも人間だとしたら雪山が得意なトップクライマーぐらいだろう、そんな推論に後藤が尋ねた。
「その不思議な女が国村と似ていたわけか、齢はどれくらいに見えたんだい?」
「二十歳くらいに見えました、顔立ちは大人っぽい美人なんですけど無邪気な雰囲気で、なにか人間離れしていて、」
素直に答えながらも精悍な顔は照れている。
堅物な黒木にしたら上司に幼少期の話など恥ずかしいのかもしれない?
そう思いながら聴いた事情をを考えて、ふと思い当った隣でベテラン山ヤが笑いだした。
「なあ黒木、もしかして黒木の恩人は俺が知ってるクライマーかもしれんぞ?あの子なら確かに不思議で人間離れした感じだろうよ、なるほどなあ?」
同じことを後藤も考えている?
そんなトーンに訊こうとして、けれど呼ばれた。
「すみません、救助隊の方ですよね?階段で転んだ方がいるのでお願いします、」
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