萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第82話 誓文 act.1-side story「陽はまた昇る」

2015-02-03 22:00:00 | 陽はまた昇るside story
‘it’s a dull and endless strife 無尽の対話



第82話 誓文 act.1-side story「陽はまた昇る」

振動する音、君だから震える。

「あ…」

音楽にならない振動だけ、それでも誰からの着信か決まっている。
だって君だけに設定した音だ、この思いがけない瞬間に立ちあがった。

「どうした宮田、電話か?」

蛍光灯の灯影に低い声が訊く。
夜空はるかな非常階段の天辺、唇から煙草はずし笑った。

「はい、黒木さんまだいますか?」
「もう1本喫うつもりだ、」

紫煙ゆるやかに精悍な貌すこし笑う。
その瞳あわい変光に気づいて、けれど質問そっと呑み微笑んだ。

「また戻ります、」
「ああ、」

頷いた横顔すこし笑ってくれる。
彫り深い端正を見ながら扉開けて、かたん、閉まる同時すぐ階段を昇り携帯電話ひらいた。

「…周太?」

名前ひとつ、声にして鼓動が敲く。

呼んだだけ、それも電話ごし呼びかけただけ。
それだけで心臓もう震えだす願いに穏やかな声が笑った。

「…こんばんは英二、富士山の写メールありがとう?」

ほら、君の声だ。

ずっと聴きたかった君の声、今ようやく聴ける。
それも君から架けてくれた、ただ幸せに英二は笑った。

「こっちこそ電話ありがとな、」

いま世界中に感謝したくなる、だって待っていた。
この声ゆっくり聴きたくて一段飛ばしに昇り、扉押し開けて屋上に笑った。

「周太、すごく嬉しいよ?」
「ん…ありがと、」

頷いてくれる声に言葉に風ゆるく頬なでる。
洗い髪そっと冷えて肌凍えだす、吐息が白く夜空へ消える。
非常階段の頂上は壁囲まれていた、それより冷たい大気に願い微笑んだ。

「逢いたいな周太、休みの予定って無いのか?」

逢いたい、君にどうしても。

どうしても謝りたい、それでも何が言えるのだろう?
もう決めてしまった秘密も真相も何も言えない、それでも謝りたい願いに優しい声は告げた。

「僕はお休みあまり無くて…英二は休みの日は山でしょう?雪山のシーズンだし、」

逢えない、

そう告げられて鼓動そっと萎れてゆく。
いま弾んでいた願いの可能性が竦む、それでも今この電話に笑いかけた。

「うん、来月も登ってくる。北岳の予定だけど黒木さんと原さんも一緒なんだ、」

このメンバーは意外だろうな?
そんな予想どおり吐息そっと聞えて、その問いかけに笑いかけた。

「周太、いま意外だなって思ったろ?黒木さんと原さんも一緒って、」
「ん、思った…光一も一緒に行くんでしょ、どうして4人で行くことになったの?」

素直に頷いて訊いてくれる声、だから懐かしくなる。
こんな会話が日常の時間があった、けれど二度と帰られないかもしれない。
そんな現実を今は知らない貌で笑いたい、そう願うフリースの背そっと壁付けて笑った。

「黒木さんが北岳に詳しいんだ、原さんは黒木さんとザイル組むから4人で登ることになってさ、」

笑いかけて話す山行計画、けれど君は今なにを想うだろう?

心配してくれるのだろうか、無事を祈ってくれるだろうか、それとも今はもう違う?
もう今は自分のことなんて信じてくれなくて、そのまま遠く消されてゆくだろうか。

『記念碑というより作品だ。私の狡賢さと宮田君の潔癖な優しさが合わさったら何が出来るのか、私も見てみたい、』

意識の底から聲が告げる、これが現実だと祖父の横顔が言う。
冷たいほど端正な穏やかな貌、あの貌が足元の薄氷あわく映される。

『この私が敵わないと思う唯ひとりの男がおまえの祖父だ。泥塗れの私だからこそ宮田君の清らかさは沁みる、』

祖父がもう一人の祖父を讃える、あの貌そっくりな影が薄氷から見つめる。
あの祖父と同じに自分も唯ひとりが沁みる、その俤ごと夜空を仰いで月に笑った。

「周太、黒木さんに北岳草のポイント教わってくるな?」

約束、憶えてくれている?
どうか憶えていてほしい、そう願う月に逢いたい声こぼれた。

「…北岳草の、」

ほら憶えてくれていた、この約束ひとつで伝わってしまう。
この約束に想い続いている、そう確かめたい唯ひとりに微笑んだ。

「今年の夏は北岳草を見せてあげるよ、周太。その下見に行ってくるな?」

今度の夏、それまでに必ず辞めさせて花を見せる。

辞めるチャンスは訪れるだろう、そのとき必ず逃がさない。
逃さないために今は鍵すべて掴むだけ、その誓う相手が訊いた。

「英二…ほんとうに今年の夏なの?」
「ほんとに今年の夏だよ、周太?きっと見せるから、」

答えながら鼓動そっと軋む、だって花も君も「いつか」なんて願えない。

“ いつか、”

いつもそう約束してきた、けれどこの約束だけは違う。
北岳草は短い夏にしか咲かない、そして君だって本当はリミット迫る。

『健常の心肺ならトレーニングで補えるが気管支自体の問題だから難しいよ、しかもSpO2が普通より低かったらしくてな、順化が厳しいんだ、』

夏富士の夜、後藤が告げた事実は電話相手の現実だ。

『硝煙や砂埃がひどい環境は喘息を悪化させるってことだよ、』

そう後藤が言った日から数ヶ月が過ぎている。
今どれほど症状が進んでしまったろう?不安は迫り上げるのに深い声が止める。

『周太くん自身の判断を信じようって決めとる、他が勝手に手出しすることは立派な男の誇りを傷つけるだけだからな、』

周太を信じることは誇りを支えること。
それを自分は理解しきれていない、理解したくない本音に穏やかな声が訊いた。

「でも英二、僕は夏に休めるか解らないよ?今も休みとり難いのに…ね?」

それを解っている、だからこそ今夏だと約束したい。
そのための秘密そっと呑みこんで穏やかに笑いかけた。

「大丈夫だよ、北岳草を見ような?」

大丈夫、だから頷いてよ?

頷くどころか命令して欲しい、そうしたら命令に正当化できる。
正当化して全てを君のためと言ってしまえる、それで自分は全て懸けるから言ってほしい。

「大丈夫だよ周太、だから北岳草を見せてって命令してよ?ちゃんと叶えるから俺を信じて、もし、」

もし、少しでも自分に想い残してくれているなら命令してよ?

そう言いたくて声詰まる、だって自分も本当は「敵」かもしれない。
だから言えなくて、信じてというくせに秘密ばかり増えてゆく重みに背中が冷たい。
真冬1月の壁はコンクリート凍えてフリース透す、この冷たさよりも自分が帰りたい世界は冷厳まばゆい。

―あのブナも雪のなかだ…北岳は凍ってるよな、バットレスは氷壁になって、

白銀きらめく冷厳の高峰、三千メートルを超えた蒼穹の点。
あの命すら拒む世界に帰りたくて、けれど連れてはいけない人が電話に笑った。

「僕に北岳草を見せて?あのブナも…雪のブナも見てみたいんだ、」

命令してくれた、

「うん、北岳草もブナも連れて行くよ周太?」

頷いて約束を捕まえる。
この約束に繋がれていたい、そう願う相手が微笑んだ。

「ん、楽しみにしてるね…ありがとう英二、おやすみなさい、」
「おやすみ周太、よく眠ってな?」

笑いかけて通話が終わる。
終わってしまった、落胆の吐息ふわり白く融けてゆく。
こんなふう溜息こぼれるほど今が寂しい、ぼんやり月を仰いで、すぐ掌に携帯電話が震えた。

「うん?」

見た画面の番号に首傾げたくなる。
この人から架かるのは初めてだ?その用件に覚悟ひとつ繋いだ。

「こんばんは中森さん、祖父が倒れた?」

用件あるとしたら緊急これだろう?そんな推察に有能な家宰は微笑んだ。

「克憲様はお元気です、でも英二さん次第で倒れるかも知れません、」

どういうことだろう?
考えながら本音すこし安堵している、こんな甘え自嘲するまま言われた。

「克憲様より明日、英二さんに必ずお帰り頂くようにとのことです、」

急に明日なんて言われても無理だ。
祖父は社会人を何だと思っているのだろう、呆れ半分に笑いかけた。

「明日は仕事だけど、」
「それは心配いらないとのことです、」

落着いた声が応えてくれる。
その言葉になおさら呆れて笑った。

「中森さん、祖父が私用で権力行使したってこと?」

あの祖父だ、巡査部長1人休ませる根回しなど簡単だろう。
けれど「私用で」は意外だ、その理由を家宰は告げた。

「それほど動揺しておられるのでしょう、英理様の事ですから、」

なるほどな?状況すぐ納得して答え笑った。

「姉ちゃんが彼氏を連れてくるんだ?」
「ただの彼氏ならこうも動揺されないかと。午後14時のお約束ですが、昼食にはお帰り頂けますか?」

落着いた声が教えてくれるヒントに笑いたくなる。
ここまで事態が進んでいるのは意外だ、意外だからこそ愉しくて笑った。

「正午に帰るよ、ヴァイゼによろしく、」

笑いかけ電話を切って、月が高い。
ほっと白い吐息くゆらせ扉開き、降りた階段の先に上司が呼んだ。

「み・や・た、明日の取材いきなりキャンセルになったけどナニしたね?」

もう根回しは完了したらしい?
こんな公私混同に呆れながら上司かつザイルパートナーに笑った。

「国村さんへは前に話したことです、ごめん、」

これだけで通じるだろう?
その信頼に聡い眼差しが呆れ笑った。

「おまえの祖父サンか、ワケはともかく外出届よろしくね?」
「ありがとう、午前の訓練は出ます、」

笑いかけながら非常階段の扉が気になる。
この扉向こう今どんな顔しているのだろう、きっと聴いている煙草の横顔に可笑しい。


(to be continued)

【引用詩文:William Wordsworth「The tables Turned」】

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雑談寓話:或るフィクション&ノンフィクション@御曹司譚327

2015-02-03 01:05:00 | 雑談寓話
「そうやな、お父ちゃんのこと重ねて見とるとこあるわ。そういうの気づかれとるから恋人にして貰えんのかな?」
「真性ファザコン見抜かれて?笑」
「せやねん、私ホンマにファザコンやからなあ、お父ちゃんラブや、」

ってハルとの会話する有給休暇7月後半@新居にて、

「で、トモは例の御曹司クンとドウなっとるんか?さっき適当にボカシタやろ、ちゃんと答えんか?」

って追及されて笑った、

「なんも無いよ?最後に会った後そのまま夏休みだし、笑」
「あ?そうやった、トモは転職したんやったね。ってこの子ホンマかわいいなーおなか真白ふわふわや、」

頷きながら悪戯坊主の相手してくれる。
愛想いい悪戯坊主はのんきに寝そべって、そんな平和な夜にハルが言った、

「でもなあ、御曹司クンほんまショックやろな?せっかく家あがりこんだら即・引越って、」

確かにショックだろう?
でも如何ともしがたい現実に笑った、

「気持に応えられないならショックで離れさせる方が良いだろ?笑」
「それはそうやろうけど、」

首傾げながら買ってきたジュース口つけ考えこんでいる、
そんな本人自身が大変だろうから言った、

「ハルこそ先輩サンどうするか考える時かもよ、お互いのためにさ?」

ハルの先輩はいわゆる不治の病に罹っている。
それが今すこしずつ蝕みだした、その現実にハルが泣きそうに笑った。

「ほんまやねえ、ほんまサヨナラとかキツイわー、サヨナラの瞬間とか見てられんかもしらん…息ひきとるとかシンドイわ、」

生きた命が生き終える、その瞬間は哀しい。
それが大切な存在なら最後の呼吸の苦しさは見守ることすら辛い、それをハルは耐えられる?

たとばお涙頂戴ドラマはすぐ難病や癌をとりあげて主人公または相手役が死ぬ、
その死を支えるヒロインないし彼氏は美しいと賛美されて、それが耐え難くて逃げた人は悪役になる。
けれど現実になったら本当に「美しい」なんて言えるんだろうか?逃げたことを悪だなんて誰が責められるだろうか?

命ひとつ消える、
それはただ消えるんじゃない、死ぬ瞬間までの苦悶はある。
呼吸、痰、嘔吐、排泄物、そんな世話することは決して楽じゃない。
そして患者本人が病苦で性格どころか脳の構造まで変わってしまうこともある、それが現実で、だからハルは正直だ。

こういう正直は偽善的献身よりも誠実だ、そう思うから自分も正直に言った、

「自分もサヨナラの瞬間とか辛いと思うよ?だから、死の瞬間を傍にいられなかったことは後悔してるけど正直安心もしてる、」

あのひとの瞬間を見ていたら、二度と笑えなかったかもしれない。

それが本音にある、
誰より傍にいたい人、だから記憶する最後の貌が苦痛だったら辛い。
どうせ最後まで憶えているなら笑顔のきれいな最高の貌で抱いていたい、そんな本音にハルがすこし笑った。

「トモは幼馴染さんのこと、そう思っとるんか?」
「だよ、だから出棺前の対面もしてないんだ、笑」

笑って答えて、でも本音もう泣いている。
このこと何年経っても泣くんだろう、ソンナこと思いながら正直に言った。

「向こうの親にね、綺麗な顔で憶えていてくれって言われたから会ってないんだよ。事故で顔に傷がついたから見ないでやってくれって頼まれた、」

それでも君、最後に顔ほんとは見たかったろうか?

そんな問答あの日からずっとしている、
もし最期の顔を見ていたら諦めも納得もできたんだろうか?
そう思うから今もあの日を考えては解らない、だけど自分の後悔よりも記憶されたい貌を大事にしてあげたかった。

だから今もあのひとは笑顔のまま綺麗で、そういう本音に言われた。

「そうやな、私もきれいな顔で憶えていてほしいって想うなあ…まあ元からヘチャムクレやけど、」

ほら自身即ディする、笑
こんなハルらしさになんだか嬉しくて笑った、

「ハルは綺麗だと思うよ?好みはあるかもしれないけど、笑」
「あーまた軽くSったな?でもありがとお、」

缶のカクテル片手に笑ってくれる、
すこしスッキリした顔で、そして言ってくれた、

「そういうトモやらから御曹司クンも好きなんやろね、だから簡単には忘れてくれんよう思うねんけど、違う?」

違う、って言いたいけどね?
なんて考えながらノンビリ缶ビールやら飲む夜、眠ってる猫に穏かだった、

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