Our meddling intellect 識見の葛藤
第82話 誓文 act.3-side story「陽はまた昇る」
箸を動かしながら、左手は書類を繰る。
ぱちり暖炉の爆ぜて足許の黒犬すこし顔を上げさす、その大きな耳そっと撫でてやる。
また視線ダイニングテーブルに活字を追いながら八寸皿は空いて、英二は家宰に笑いかけた。
「里芋のやつ旨かったよ、中森さん、また腕上げたね?」
「お好みなら良かったです、次お持ちしますね、」
微笑んで皿を下げてくれる、その姿勢が端正で美しい。
変わらないロマンスグレーの背を見送り、テーブル越し祖父が訊いた。
「それが私の把握している全てだ、英二の補足と見解を聴きたい、」
こんな訊き方ってどうなんだ?
けれど祖父には無理ないのかもしれない、いつにない貌へ微笑んだ。
「部下に報告を求めるような訊き方ですね、大事な孫娘のことに事務的すぎますよ?」
大事な最愛の孫娘、だからこそ事務的になってしまう。
そういう祖父なのだと今はすこし解る、そんな理解に端整な老人はため息吐いた。
「どんな顔して良いのか解らんのだ、美貴子の時と違い過ぎて、」
「でしょうね、」
相槌しながら笑いたくなる。
この男がこんなに狼狽えるなんて意外だ、だから解る。
―ほんと姉ちゃんが弱点だな、それだけ後悔があるってことか、
後悔の分だけ孫娘を大事にしたい、嫌われたくない。
そんな想いの原点を口にした。
「さっき肖像画を見ましたけど姉ちゃん、お祖母さんとまた似てきましたよ?母さんより似ています、」
これが祖父の後悔で弱点で、そして唯一の愛だろう?
その確認に笑いかけた真中で白皙の貌は顰めた。
「英二、私に心構えしろと言っておるのか?」
「この束を見れば言いたくなりますよ、」
言いながら書類の束を手に呆れてしまう。
これだけ調べるなんて余程だろう?そんな本音つい笑った。
「落ち度を見つけて姉ちゃんが嫌うよう仕向けたかったんでしょう?ご満足の欠点は見つけられたんですか、」
見つけていたら先ず言うだろうな?
そう推測どおり祖父はため息吐いた。
「その言い方、英理が嫌う欠点は無いということか?」
「あなたは受容れ難いですか?」
訊き返したテーブル、次の料理が供される。
ふわり出汁の香やわらかな膳に有能なロマンスグレーへ笑いかけた。
「良い香だね、昆布と椎茸の出汁に柚子?」
「はい、」
肯いてくれる微笑は変わらず温かい。
けれど今すこし悪戯っ子に見える、その眼差しに尋ねた。
「中森さんもこの調査書、読んだ?」
「拝見しました、チェックを仰せつかったので、」
答えてくれる声はいつもどおり落着いている。
でも本当は笑いたいだろう?そんな相手に訊いてみた。
「中森さんはどう思う?率直なとこ聴かせてよ、」
「はい、」
頷きながらロマンスグレー少し傾ける。
その仕草に気がついて箸とりながら笑いかけた。
「祖父に遠慮はいらないよ、それで良いですよね?」
投げかけたテーブルに祖父が両手を組む。
長い指しなやかな手は齢より若い、けれど珍しく困惑した貌は言った。
「中森、忌憚なく話せ。英理を想うなら正直に言ってくれ、」
こんなふうに祖父も言えるんだな?
意外で、意外な分だけ幼稚だった自分を気づかされながら家宰は口開いた。
「では率直に申し上げます、入り婿されるなら此方のご親戚づきあいは苦労されるでしょう。また町工場のご次男ならお兄さんを手伝うかもしれません、和歌山に行かれる覚悟も必要だと思います。でも英理さんが今のような贅沢をされないなら、良いお相手ではないでしょうか?」
苦労、覚悟、そして条件。
どれも率直に納得させてくれる、この聡い家宰に微笑んだ。
「俺も中森さんと同じこと思ってるよ?あいつ良いヤツだけど堅苦しいのは苦手なんだ、元ヤンキーだしさ、」
「はい、それをご親戚に突かれた時どう対応できるかでしょう、」
落着いた声は明確に言ってくれる、その意味をストレートに笑いかけた。
「生活レベルとグレてたことを攻撃ネタにされるってことだろ?」
「それを熟せる方なら問題ないかと、」
応える微笑は落着いている。
この家宰も同じ意見なら大丈夫だろう、けれどテーブル越し声が徹った。
「文句を言わせる男など面倒だ、会う必要もない。英理ならもっと良い相手いくらでもいる、」
やっぱり反対したくて仕方ない。
こんな往生際に言いたい事まっすぐ笑った。
「あなたが選んだ相手で母はどうなりましたか?」
これは殺し文句だろう?
解って言った先、白皙端整な老人は眉を上げた。
「美貴子と英理は違う、賢い娘だからな、」
「賢いなら本人の判断に任せても大丈夫でしょう?違いますか、」
言い返しながら膳に箸つける。
出汁の香ゆたかな惣菜は温かい、その作り手に笑いかけた。
「旨いよ、蕪が甘いね?」
「生でも甘いですよ、漬物でもお出しします、」
微笑んで応える瞳が笑い堪えている。
それくらい今めずらしい貌した祖父はため息と言った。
「会わなければ英理の判断を信じないと示すことになるか、だが元から期待も信頼もされていないだろう、」
信頼など元からない、確かにそうだろう。
けれど今日次第である可能性に微笑んだ。
「会えば信頼を得ると思います、あなたが家柄や財産で人を判断しないと解ればね?」
「英理に媚びろと言っているのか、」
言い返す言葉は祖父らしいだろう。
けれど今日はらしくない溜息ひとつ、深い声は言った。
「英理が選んだ男をフラットに見てやろう、それで気に入らなければ私は賛成しない。あとは英二がなんとかしろ、」
とりあえず面会の承諾は得られたな?
この顛末に家宰は微笑んでロマンスグレーの髪傾けた。
「英二さん、お部屋は応接間でよろしいですか?」
「いいよ、紅茶でお願いします、」
こう言えば解ってくれるだろう、その信頼に穏やかな笑顔は肯いた。
「英理さんがお好きな銘柄でよろしいですね?」
もう解って支度している。
そんな返事に温もり感謝しながら笑いかけた。
「それでお願いします、姉ちゃんが好きな菓子も焼けるかな?」
「14時ちょうどに焼きあがります、」
やわらかな笑顔の支度は落ちが無い。
この優しい心遣いに微笑んで食卓の向こうへ告げた。
「腕組みを解いて食事して下さい、腹が減っては戦も出来ないでしょう?」
これが心配で中森は自分を昼食から呼んだ。
そんなハンガーストライキしそうな男が溜息まじり訊いた。
「戦と言うほど手強い相手なのか?町工場の次男坊でありきたりの警察官が、」
こういう言い方するから避けられるのにな?
この言動も祖父自身に悪意は無い、それくらい異世界の対面予定に笑った。
「あなたには手強い男ですよ、知らないタイプでしょうから、」
あの真直ぐな眼に祖父は何を想うのだろう?
その出会いは心配も多くて、それ以上に愉しみな本音つい考えている。
―周太を連れて来たらどうなるんだろな、男同士だけど?
女だったら文句は無い、
きっとそう言われるだろう、その唯一点に拒むだろうか?
そう考えれば姉とその相手はハードルが低い、そして望めるだろう幸福を祈りたい。
(to be continued)
【引用詩文:William Wordsworth「The tables Turned」】
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第82話 誓文 act.3-side story「陽はまた昇る」
箸を動かしながら、左手は書類を繰る。
ぱちり暖炉の爆ぜて足許の黒犬すこし顔を上げさす、その大きな耳そっと撫でてやる。
また視線ダイニングテーブルに活字を追いながら八寸皿は空いて、英二は家宰に笑いかけた。
「里芋のやつ旨かったよ、中森さん、また腕上げたね?」
「お好みなら良かったです、次お持ちしますね、」
微笑んで皿を下げてくれる、その姿勢が端正で美しい。
変わらないロマンスグレーの背を見送り、テーブル越し祖父が訊いた。
「それが私の把握している全てだ、英二の補足と見解を聴きたい、」
こんな訊き方ってどうなんだ?
けれど祖父には無理ないのかもしれない、いつにない貌へ微笑んだ。
「部下に報告を求めるような訊き方ですね、大事な孫娘のことに事務的すぎますよ?」
大事な最愛の孫娘、だからこそ事務的になってしまう。
そういう祖父なのだと今はすこし解る、そんな理解に端整な老人はため息吐いた。
「どんな顔して良いのか解らんのだ、美貴子の時と違い過ぎて、」
「でしょうね、」
相槌しながら笑いたくなる。
この男がこんなに狼狽えるなんて意外だ、だから解る。
―ほんと姉ちゃんが弱点だな、それだけ後悔があるってことか、
後悔の分だけ孫娘を大事にしたい、嫌われたくない。
そんな想いの原点を口にした。
「さっき肖像画を見ましたけど姉ちゃん、お祖母さんとまた似てきましたよ?母さんより似ています、」
これが祖父の後悔で弱点で、そして唯一の愛だろう?
その確認に笑いかけた真中で白皙の貌は顰めた。
「英二、私に心構えしろと言っておるのか?」
「この束を見れば言いたくなりますよ、」
言いながら書類の束を手に呆れてしまう。
これだけ調べるなんて余程だろう?そんな本音つい笑った。
「落ち度を見つけて姉ちゃんが嫌うよう仕向けたかったんでしょう?ご満足の欠点は見つけられたんですか、」
見つけていたら先ず言うだろうな?
そう推測どおり祖父はため息吐いた。
「その言い方、英理が嫌う欠点は無いということか?」
「あなたは受容れ難いですか?」
訊き返したテーブル、次の料理が供される。
ふわり出汁の香やわらかな膳に有能なロマンスグレーへ笑いかけた。
「良い香だね、昆布と椎茸の出汁に柚子?」
「はい、」
肯いてくれる微笑は変わらず温かい。
けれど今すこし悪戯っ子に見える、その眼差しに尋ねた。
「中森さんもこの調査書、読んだ?」
「拝見しました、チェックを仰せつかったので、」
答えてくれる声はいつもどおり落着いている。
でも本当は笑いたいだろう?そんな相手に訊いてみた。
「中森さんはどう思う?率直なとこ聴かせてよ、」
「はい、」
頷きながらロマンスグレー少し傾ける。
その仕草に気がついて箸とりながら笑いかけた。
「祖父に遠慮はいらないよ、それで良いですよね?」
投げかけたテーブルに祖父が両手を組む。
長い指しなやかな手は齢より若い、けれど珍しく困惑した貌は言った。
「中森、忌憚なく話せ。英理を想うなら正直に言ってくれ、」
こんなふうに祖父も言えるんだな?
意外で、意外な分だけ幼稚だった自分を気づかされながら家宰は口開いた。
「では率直に申し上げます、入り婿されるなら此方のご親戚づきあいは苦労されるでしょう。また町工場のご次男ならお兄さんを手伝うかもしれません、和歌山に行かれる覚悟も必要だと思います。でも英理さんが今のような贅沢をされないなら、良いお相手ではないでしょうか?」
苦労、覚悟、そして条件。
どれも率直に納得させてくれる、この聡い家宰に微笑んだ。
「俺も中森さんと同じこと思ってるよ?あいつ良いヤツだけど堅苦しいのは苦手なんだ、元ヤンキーだしさ、」
「はい、それをご親戚に突かれた時どう対応できるかでしょう、」
落着いた声は明確に言ってくれる、その意味をストレートに笑いかけた。
「生活レベルとグレてたことを攻撃ネタにされるってことだろ?」
「それを熟せる方なら問題ないかと、」
応える微笑は落着いている。
この家宰も同じ意見なら大丈夫だろう、けれどテーブル越し声が徹った。
「文句を言わせる男など面倒だ、会う必要もない。英理ならもっと良い相手いくらでもいる、」
やっぱり反対したくて仕方ない。
こんな往生際に言いたい事まっすぐ笑った。
「あなたが選んだ相手で母はどうなりましたか?」
これは殺し文句だろう?
解って言った先、白皙端整な老人は眉を上げた。
「美貴子と英理は違う、賢い娘だからな、」
「賢いなら本人の判断に任せても大丈夫でしょう?違いますか、」
言い返しながら膳に箸つける。
出汁の香ゆたかな惣菜は温かい、その作り手に笑いかけた。
「旨いよ、蕪が甘いね?」
「生でも甘いですよ、漬物でもお出しします、」
微笑んで応える瞳が笑い堪えている。
それくらい今めずらしい貌した祖父はため息と言った。
「会わなければ英理の判断を信じないと示すことになるか、だが元から期待も信頼もされていないだろう、」
信頼など元からない、確かにそうだろう。
けれど今日次第である可能性に微笑んだ。
「会えば信頼を得ると思います、あなたが家柄や財産で人を判断しないと解ればね?」
「英理に媚びろと言っているのか、」
言い返す言葉は祖父らしいだろう。
けれど今日はらしくない溜息ひとつ、深い声は言った。
「英理が選んだ男をフラットに見てやろう、それで気に入らなければ私は賛成しない。あとは英二がなんとかしろ、」
とりあえず面会の承諾は得られたな?
この顛末に家宰は微笑んでロマンスグレーの髪傾けた。
「英二さん、お部屋は応接間でよろしいですか?」
「いいよ、紅茶でお願いします、」
こう言えば解ってくれるだろう、その信頼に穏やかな笑顔は肯いた。
「英理さんがお好きな銘柄でよろしいですね?」
もう解って支度している。
そんな返事に温もり感謝しながら笑いかけた。
「それでお願いします、姉ちゃんが好きな菓子も焼けるかな?」
「14時ちょうどに焼きあがります、」
やわらかな笑顔の支度は落ちが無い。
この優しい心遣いに微笑んで食卓の向こうへ告げた。
「腕組みを解いて食事して下さい、腹が減っては戦も出来ないでしょう?」
これが心配で中森は自分を昼食から呼んだ。
そんなハンガーストライキしそうな男が溜息まじり訊いた。
「戦と言うほど手強い相手なのか?町工場の次男坊でありきたりの警察官が、」
こういう言い方するから避けられるのにな?
この言動も祖父自身に悪意は無い、それくらい異世界の対面予定に笑った。
「あなたには手強い男ですよ、知らないタイプでしょうから、」
あの真直ぐな眼に祖父は何を想うのだろう?
その出会いは心配も多くて、それ以上に愉しみな本音つい考えている。
―周太を連れて来たらどうなるんだろな、男同士だけど?
女だったら文句は無い、
きっとそう言われるだろう、その唯一点に拒むだろうか?
そう考えれば姉とその相手はハードルが低い、そして望めるだろう幸福を祈りたい。
(to be continued)
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