萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第82話 誓文 act.2-side story「陽はまた昇る」

2015-02-05 23:30:04 | 陽はまた昇るside story
Our meddling intellect 思慮の温度



第82話 誓文 act.2-side story「陽はまた昇る」

今年、もう二度めの道は雪が舞う。

小雪ゆるやかにアスファルト融ける、白ふわり黒に消えてゆく。
傘もいらない粉雪たち、この冷えこんだ空に予定が愉しくなる。

「うん…北岳は良いだろな、」

ひとり微笑んで静かな道を歩いてゆく。
平日の正午、雪ふる屋敷街は鎮まって誰も他に歩かない。
こんな時間こんな所を歩いている成人男性は何と思われる?笑って英二は門の前に停まった。

―威圧的だよな、いつ見ても、

相変らず厳めしい高い門、けれど雪に和らいで見える。
この空気が今日の訪問客に味方したら良いな?そんな想いと暗証番号を押して開錠した。

かちり、

通用口の小さな扉開いて長身を屈めて入る。
さくり雪が足元ふれて、白銀あざやかな庭を石畳から逸れてゆく。
さくさくレザーソールに雪が鳴る、音なく雪ふる庭を黒い犬まっすぐ駆けてきた。

ひゅーいっ、

口笛に応えて大きな黒犬が白銀に座る。
相変らず姿勢きれいな愛犬に笑いかけた。

「ただいまヴァイゼ、雪で元気になったか?」
「おんっ、」

はずんだ一声、くるり仰向けに寝転んでくれる。
やわらかな黒い毛ふっさり撫でて、その温もりに笑いかけた。

「ヴァイゼ、遊ぼう?」
「おんっ、」

笑うよう一声に大きな体くるり起きあがる。
黒い背に白い花まだら咲いて、その愉しげな茶色の瞳に雪玉ひとつ握って見せた。

「ヴァイゼ、これは雪の玉だから噛むと溶けるんだ。でも追いかけるのは楽しそうだろ?」
「おんっ、」

愉しげに一声うなずいてくれる。
早く投げてくれ、そう見あげる愛犬に笑って振りかぶった。

「おんっ、」

一声まっすぐに黒い犬は駆けてゆく。
足跡あざやかに雪を蒼い、その跡ながめながら歩く先で玄関扉が開いた。

「おかえりなさい英二さん、お待ちしていました、」

黒いニット姿が銀色の髪かたむける。
いつもながら端正な辞儀に笑いかけた。

「ただいま中森さん、庭は真白になったね、」
「芝生は積もりやすいですからね、ヴァイゼと遊ばれましたか?」

頷いてマフラーを受けとってくれる。
手渡した傍ら駆けこんだ愛犬に笑いかけた。

「雪玉を投げてやったよ、ヴァイゼも元気そうだね?」
「最近また調子が良さそうです、英二さんがお帰りになるからでしょう、」

落着いた静かな言葉に茶色の瞳が見あげてくれる。
まっすぐ澄んだ眼差しは優しい、その大きな耳そっと撫でると家宰が言った。

「英二さん、また通用口から入りましたね?」
「お説教ならもう聴かないよ?」

遮り笑いかけた真中、穏やか瞳が困ったよう笑ってくれる。
この習慣は昔も窘められた、だから言いたいこと解かるまま微笑んだ。

「この屋敷の主として門から迎えたいって言うんだろ?でも自分の家なら自分勝手に出入りしたいんだ、もう相続して俺の家なら俺のルールで許してよ、」

門から入れ、

そう言われた事がある、それは祖父らしい意向だろう。
だから今せめて選びたい自由に家宰は困ったよう微笑んだ。

「それは主としての命令ですか?」
「その言い方はズルいよ、中森さん、」

笑いかけた先、ロマンスグレイは首傾げさす。
静かな瞳が真直ぐ見てくれる、そんな昔馴染みに言った。

「俺は命令なんかしたくない、中森さんとは家族でいたいんだ。だから俺のルールで甘えさせてよ?」

この家宰とは家族でいたい、だって自分と似ている。
そう見つめてきた相手は端正な貌そっと笑った。

「英二さんが私の家族になってくれるんですか?私には誰もいないから、」

誰もいない、

そう告げる声は穏かなまま静かに深い。
その言葉は自分にも現実だ、そして想ってきた本音を笑った。

「俺は最初から家族だと想ってるよ?この家で本当の味方は中森さんだけだから、」

ずっと昔からそう想っている、だってこの人は無欲だ。
その無欲が何から生まれるか知っている、そんな相手が微笑んだ。

「わきまえず言えば私には克憲様も家族です。美貴子様も英理様も家族だと思っています、英二さんも、」

挙げてくれる名前は本音だろう、だって呼ばれていない人間がいる。
そこにあるだろう現実そっと微笑んだ。

「征彦伯父さん達は家族と認めないんだ?俺の父も、」

母の兄も、そして母の夫も家族とは認めていない。
その理由を責めるなど誰か出来るのだろう?そんな想いに静かな瞳は微笑んだ。

「ヴァイゼも家族ですよ?」

ほら、こんなふうに正直だ。
決して媚びることをしない、この率直な信頼に笑いかけた。

「中森さんは正直だから家族だって思えるんだ、ヴァイゼもな?」

愛犬にも笑いかけ手をのばす。
やわらかな毛並ふれて温かい、この温度に自分は救われてきた。
それは中森も同じかもしれない、そう見つめるまま落着いた深い声は言った。

「克憲様も同じことを仰います、だから英二さんにはお帰り頂きたいのです、」

あの祖父と自分はやっぱり似ている?

こんなこと他の人間に言われたら反駁する、けれど中森には言い返せない。
だって昔からずっと見てくれていた、そんな唯ひとりに笑った。

「中森さんが言うから俺も帰ってきたよ、家族だからね?」
「はい、」

一言に頷いて笑ってくれる。
静かな瞳は落着いて温かい、その腕がコート受けとり微笑んだ。

「ダイニングにどうぞ?ヴァイゼの支度もしてあります、」

穏やかな端正な礼をして歩きだす。
真直ぐな背中も相変わらずで、黒い犬と一緒にダイニングの席へ就いた。

「いま克憲様もいらっしゃいます、」
「うん、運ぶとか手伝うよ?」

訊きながらダイニングテーブルながめて膳に少し意外だ。
だって箸が置いてある、いつもより家庭的な雰囲気に家宰が微笑んだ。

「ありがとうございます、では克憲様を呼んで頂けますか?書斎におられます、」

これが狙いだな?

こんな展開きっと仕組まれていた。
そこにある状況に立ちあがり微笑んだ。

「飯の支度は15分ほど待ってください、祖父を説得してきます、」

きっと「午後の訪問客」が原因だ?
そんな推測に家宰は可笑しそうに笑ってくれた。

「はい、英二さんなら攻略も可能でしょう、」
「中森さんだと甘えるからね、あの人は、」

呆れ半分に笑って廊下へ出る傍ら、大きな黒犬も付いてきてくれる。
ふっさり豊かな尻尾ゆらせて優しい瞳が仰ぐ、その眼差しに笑いかけた。

「ヴァイゼも気づいているんだろ?午後に誰が来るか、」
「くん、」

鼻そっと鳴らして相槌してくれる。
聡明なジャーマンシェパードは「客」をどう見るだろう、そんな思案に廊下の窓は雪の庭まぶしい。

―まだ止みそうにないな、都心は交通が狂うかもしれない、

積雪3cmでも都心の交通網は混乱する。
今日の訪問客は大丈夫だろうか?心配しながら階段を昇り、重厚な扉をノックした。

かたん、

返事を待たず開いた先、天鵞絨のカーテン深い窓は雪に白い。
硝子やわらかな雪明り銀髪が振向き、端整な貌すこし笑った。

「庭ではヴァイゼと愉しげだったな、」
「雪ですから、」

踏みこんだ足元を絨毯やわらかにスリッパ透かす。
色彩は落着いても豪奢な部屋は雪の光やわらかい、その真中へ問いかけた。

「どうやって取材の日程を変えさせたんですか?」

本当なら今頃そんな時間だった。
けれど空いてしまった非番の今、低く徹る声は答えた。

「急ぎのネタを提供してやっただけだ、」

そんな根回し、この祖父には容易いのだろう?
相変らずの手練れに呆れながら、けれど利用したいまま微笑んだ。

「俺にも提供してくれますか?」
「私に提供できるならな、」

応えてくれる眼差しは端正に静かで、けれど怜悧が鋭い。
九十の実齢にも衰えない貌へ言った。

「姉と、姉の相手に安全と不干渉を提供して下さい。姉たちには鷲田の家に関わらない普通の幸せをあげます、」

姉は「普通」の幸せを望んでいる、だから相手にあの男を選んだ。
それなら重荷すこしでも外してあげたい、その願いに祖父は溜息ひとつ言った。

「…英二は英理たちの味方というわけか、」
「姉の笑顔が好きなだけです、」

応えて見つめる先、白い窓辺に銀髪が首傾げる。
端正な貌は諮るよう唇開きかけて、その機先に告げた。

「この屋敷を相続するなら決定権も俺になる、そういう相続だと言ってましたよね?それなら今日もご協力お願いします、」

立場関係を明らかにして、けれど頭下げてみせる。
そして上げた視界の真中で祖父は溜息そっと尋ねた。

「私には身分違いの不幸に思えるぞ?生まれも育ちも同じような夫婦ですら食違うことも多い、英二も両親で見ておるだろう?」

その通りだろう、でも「違い」だけじゃない。
その見つめてきた時間と笑いかけた。

「確かにそうですね、でも両親は見合いで姉たちは恋愛です。互いに考え合う時間の結果が今日なのではありませんか?」

両親たちは見合いだった、だから時間も努力も与えられていない。
その原因を作った男は雪の窓を見つめて、静かに問いかけた。

「美貴子と啓輔君の不仲は、私が原因だと英二は言うのか?」
「あなたが言いだしっぺですからね。でも一番の原因は当事者です、恋愛も結婚も本人次第でしょう?」

言いながら昨夜の電話また想いだす。
懐かしい声を想う傍ら祖父が言った。

「英二がそんなことを言うとは意外だな、結婚したい相手がいるのか?」

こういうの藪蛇っていうのかな?
そんな感想も可笑しくて笑いながら応えた。

「そうなればご紹介します、まず食事してから姉のことも考えたらどうですか?ブドウ糖が欠乏すると判断力も狂いますよ、」

判断力を問われたら祖父も頷くだろう?
それくらい姉は祖父の重要事項でいる、その理由を肖像画に見ながら愛犬へ笑った。

「ヴァイゼ、食事に行こう?」
「くん、」

嬉しそうに頷いて大きな足が立ちあがる。
豊かな尻尾ゆるやかに振って、その茶色い瞳に微笑んで祖父を見た。

「姉の幸せを本当に考えるなら今日、あなたの眼で幸せになれる男か判断して下さい。身辺調査も苦労知らずの馬鹿より遥かにマシだったでしょう?」

どうせ「職場」に優秀な探偵たちがいるのだろう?
その権力ある男はめずらしい気弱で言った。

「身辺調査は英理に内緒にしてくれ、これ以上あの貌には避けられたくないのだ、」

やっぱり姉の貌に祖父は弱い、この貴重な弱点が祖父の「人間らしさ」だろう?
その理由は雪の光あわい肖像画で微笑む、優しい色白の貌を見ながら綺麗に笑った。

「それも今日次第ですよ?」


(to be continued)

【引用詩文:William Wordsworth「The tables Turned」】

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山岳点景:雪一滴

2015-02-05 21:00:00 | 写真:山岳点景
如月の雫



山岳点景:雪一滴

朝から霙と雪な今日でした、が、積もらずでした、笑
なので写真は先日の雪になります、ゆるむ雫の光がなんか好きです。

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雑談寓話:或るフィクション&ノンフィクション@御曹司譚329

2015-02-05 01:25:01 | 雑談寓話
転職して5ヵ月、またクリスマスシーズンが来て、
年末にかかる頃は仕事もナントナク慌しくて、それでも友達と呑む約束だった、
クリスマスというより忘年会、そんなカンジだったけど気の合う相手と呑むのは楽しい、

で、久しぶりに高校の友達と集まったら、

「そういえばさ、おまえバイセクシャルのヤツとはどうなった?」

って質問されて、
そういえばコイツにも話したんだったこと想いだして笑った、

「どうもなってないけど?笑」
「いやー、転職してからも連絡とってるのかなあとかさ、」

なんて言われて、で、軽くSってみた、

「ふうん?おまえバイセクシャルとかゲイとか興味津々だね、彼氏でも出来たとか?笑」

簡単に踏みこむなよ?
そんな気持ちから笑ったら友達は凹んだ、

「彼氏でも出来たら幸せかもしれませんよね、オヒトリサマよりずっと良いでしょうよねえ、あーあ、凹」

コイツ追い詰められてんな?笑

相変わらず「オヒトリサマ」らしい友達が可笑しくて、
同じこと思ったらしい他の友達が笑った、

「おまえ男にハシるんだ?結婚はできねーけどいいわけ?」
「結婚どころか一生ずっとオヒトリサマよりイイだろ、あーあ、凹」
「でもさ、おまえ小心者だから親に紹介とか無理じゃね?バレタラ修羅場になりそうじゃん、」
「うーたしかにそうだけどさあ、」

なんて会話にコウイウモンだよなって思った、
同性愛に対する世間一般的な意見、それが友達らの会話なんだろう?

だったら御曹司クンもこのまま花サンと結婚したら幸せかもな?

なんてこと考えて、それが前と少し違っていた、
今の「このまま」は「ウヤムヤでも」って意味がある、それは花サンの言動にあるかもしれない。

『私のこと、女では一番好きになって大切だって言ってくれるわけじゃない?そういうの言われ続けてたら正直うれしいし、』

そう秋に花サンが言ったことが正直ひっかかってる、
だって嘘と無視がある、

「女では一番」それは人間として誰より一番という意味じゃない、それを彼女は我慢できるのか?

なんて「我慢できるのか?」って空気自体が歪だ、
だって我慢してやろうっていう上から目線なとこがある、それを気づかないほど御曹司クンは馬鹿じゃない、
なにより「女では」なトコに御曹司クンの我慢がある、バイセクシャルでもゲイ寄りな男にとって「女では」はストレスにならないんだろうか?

そんなこと考えながら飲んでる席は「オヒトリサマ」について笑っていて、
その気軽そうで実は物欲しくてたまらない(笑)へと疑問ひとつ放りこんだ、

「おまえさ、独りより男でも一緒にいる方がイイって言ってるけど。ホントに欲しいもんじゃないなら我慢が積もっていつかキレるよ?笑」

いつかキレる、

そう言ってソウだよなって思った、
それが花サンと御曹司クンのことで一番ひっかかることだろう?
だってキレたら間違いなく不幸だ、いわゆるDVになる可能性が怖い、

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