The sun, above the mountain’s head 未知の視点
第82話 誓文 act.6-side story「陽はまた昇る」
馥郁あまやかな湯気くゆらすテーブル、ティーカップと菓子は温かい。
けれど投げかけられた祖父の言葉に空気が硬くなる、まるで尋問調だ?
「同期でなければ英二とも話さんのだろう?それほど正反対な男の姉に惚れたのは外見か、それとも金か、」
深い徹る声は穏やかに響いて心地いい、けれど言葉は棘がある。
こんな展開ある意味で予想どおりだ?呆れながら英二は愛犬を撫で家宰に微笑んだ。
「中森さん、茶のお替りくれる?」
「はい、」
ロマンスグレー微笑んでティーカップとってくれる。
馥郁ゆるやかな湯気が立つ、そのティーポットごし姉が口開いた。
「お祖父さま、そんな失礼な言い方ひどいわ、」
「いや、英理さん大丈夫、」
低く闊達な声が制して大きな目まっすぐ祖父を見る。
浅黒い貌はすこし硬い、それでも落着いた声で友達は言った。
「ひとめぼれでした、だから外見に惚れたと言われたらそうです。でも本気で惚れたのは言葉と笑顔でした、」
ひとめぼれだ、そう真直ぐ言えるのは潔い。
それだけの確信あるから言えてしまう、そんな大きな目ストレートに祖父を見つめ言った。
「それに私には宮田君と英理さんは正反対に見えます、きょうだい同じ環境で育っても人間は同じになりません。私も双子の妹と正反対ですから、」
そういえば双子だと言っていたな?
思い出して知りたいまま笑いかけた。
「そういえば双子の妹がいるんだよな、写メあったら見せろよ?」
「ねえよ、きょうだいで写メとか撮らないだろ?」
大らかに笑う言葉遣いがモード切り替わる。
目上用と友達用、こんなことも成長した同期に言い返した。
「俺は姉ちゃんのあるけど?姉ちゃんも俺の入ってるよな、」
「前に出かけた時のならあるけど、」
綺麗なアルトすこし緊張して、けれど答えてくれる。
これで幾らか和らぐと良い、そんな想いに祖父は言った。
「言葉と笑顔に惚れたと言ったな、では英理が笑えなくなったらどうする?そんな可能性は普通にありふれてるぞ、」
笑えなくなったら、
その可能性はどこにもある、だって自分はその現実を生きていた。
それは姉も祖父こそも同じ、こんな家族に囲まれた青年はまっすぐ笑った。
「私が笑わせます、何も無くても笑う贅沢だけは絶対です、」
またストレートな答だ?
―こんな回答きっと予想外だろうな、どうする?
何も無い、
そう胸張って言う男など祖父は知らない。
こんなこと不意打ちだと思っているだろう?けれど綺麗に隠した横顔は微笑んだ。
「絶対となぜ言いきれる?たとえば声も届かんようになったら笑わせる方法などあるのか、」
「見つかるまで探します、」
低い、けれど闊達な声が応えてくれる。
迷いの欠片も無い、そんな求婚者は言った。
「私は諦めることは苦手です、英理さんの笑顔は絶対に諦められません。見つかるまで探し続けたいんです、だから英理さんと結婚します、」
結婚します、なんだ?
結婚させて下さいじゃない、許しを請いに来たのでは無い言葉。
こんな大胆な言い方されたのは初めてだろう?そのターゲットは端正な貌を傾げた。
「今、なんて言った?」
「英理さんと結婚しますと言いました、」
まっすぐ答えて澱まない。
もう決まっていることだ、そんな意志表示に祖父の目が姉を見た。
「英理、この男で幸せになれるのか?」
おまえはどうなんだ?
そんな視線に色白の貌は頬そっと赤らめた。
「はい、尚光さんだから幸せです、」
この人だから、そんな言い方は幸せだ。
だからこそ確かめたい事に口を開いた。
「姉ちゃん、関根の実家でずっと暮らす覚悟はある?家の工場を手伝う可能性は考えないとだけど、和歌山は成城も銀座も遠いよ?」
まったく違う生活になるかもしれない、その可能性は覚悟している?
そう問いかけた真中で華やかな瞳は綺麗にほころんだ。
「海とお城があるわ、葉山のお祖母さまみたいに海の傍で暮らすのは憧れなの。潮風は大変だけどね?」
そうなっても幸せよ?
そんな笑顔に言うことは今無いだろう、けれど寂しい本音に微笑んだ。
「そっか、姉ちゃん本気で嫁に行くんだ?」
「本気よ?お婿さんに来てもらうから行くのではないけど、お嫁さんになるわ、」
微笑んでティーカップ口つける、その仕草もどこか華やぐ。
ずっと見慣れている年子の姉、けれど今すこし遠い幸せに祖父が口開いた。
「英理、婿をもらうのは嫁に出るより面倒だと解っているのか?親戚連中も簡単には納得せんだろう、どう黙らせる?」
逆撫でするような言い方、けれど「婿をもらう」前提だ。
―ひねくれた言い方だけど賛成ってことか、おおよそだけど?
真直ぐに賛成だと言えない、けれど実質もう相談を始めている。
こんな言い方も祖父らしいだろう?微笑んで傍らのジャーマンシェパードに言った。
「ヴァイゼ、慰めてやってくれな?」
雪が深い、もう世間から遠くなった。
踏みしめてゆく白銀かすかに響く、その踏み跡も雪がふる。
ざくりざくり、スノーシューに進んでゆく道は静謐に融けながら明るい。
「宮田、ちっと足緩めな?黒木たちが遅れてる、」
澄んだテノール呼んで振りむいて、至近距離にアンザイレンパートナーが笑ってくれる。
底抜けに明るい目は銀嶺を映しだす、白銀まばゆい空と大地のはざま愉しくて笑った。
「光一と二人で話したかったんだ、今ちょっと良い?」
「イイよ、なにかね英二?」
名前で呼び返して銀色の森ゆっくり歩く。
かさり、梢から銀色こぼれる道で笑いかけた。
「姉ちゃんが結婚を決めたんだ、これで実家は完全に俺の家じゃなくなるよ?」
あの家に自分の帰る場所は無い。
それが寂しくて、けれど自由ひとつ与えられる。
その代わりに選ばなくてはいけない場所を白い吐息へ笑った。
「光一、俺も名字を変えるかもしれない。色々と便利だから、」
この決断、君はなんて想うのだろう?
本当は一番に訊いてみたいけれど傍にいない人、あの笑顔を護れる選択に笑った。
「祖父の全部を継ぐなら養子になるほうが楽なんだ、伯父や母を黙らせられるからさ?でも俺は宮田って名前が好きだよ、検事だった祖父を好きだから、」
想い言葉にしながら貌まだ笑っている。
けれど涙こぼれるかもしれない、そんな本音ごと雪嶺に微笑んだ。
「俺は宮田の祖父みたいに生きたいんだ、清廉潔白って言われる検事になりたくて祖父と同じ大学に行きたかった、祖父みたいに真直ぐ闘える男になりたかったんだ。でも俺は鷲田の祖父とも似てる、自分で呆れるくらい狡賢くて結局は鷲田の名前を利用するんだ。そういうの気づきたくなくて逃げていたけど、もう名字から変えて肚決めようと思ってさ、」
さくり、さくり、雪踏むごと白い吐息に想い融ける。
ならんだ隣も雪を進む、ただ凛とひそやかな空気に笑いかけた。
「こんなに名字に縛られる俺だから山で生きていたいよ、名前なんか役に立たない場所で、俺の力でしか俺を支えられない場所で生きられるか知りたいんだ、」
周太、君は名前を変えても受けとめてくれる?
本当は今すぐ訊いてみたい、けれど言える日なんて来るだろうか。
そんなこと考えながら山の雪はふる、ただ静かな白銀の世界で山っ子は言った。
「おまえの名字が何になっても関係ないね、アンザイレンパートナーしてくれんならソレで良いよ?」
何者でもかまわない。
そんな言葉が沁みてしまう、何か一つ解けてゆく。
ずっと誰かに言って欲しかったのかもしれない?そんな肚底が笑った。
「おう、ずっと一緒に登ろうな?」
(to be continued)
【引用詩文:William Wordsworth「The tables Turned」】
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第82話 誓文 act.6-side story「陽はまた昇る」
馥郁あまやかな湯気くゆらすテーブル、ティーカップと菓子は温かい。
けれど投げかけられた祖父の言葉に空気が硬くなる、まるで尋問調だ?
「同期でなければ英二とも話さんのだろう?それほど正反対な男の姉に惚れたのは外見か、それとも金か、」
深い徹る声は穏やかに響いて心地いい、けれど言葉は棘がある。
こんな展開ある意味で予想どおりだ?呆れながら英二は愛犬を撫で家宰に微笑んだ。
「中森さん、茶のお替りくれる?」
「はい、」
ロマンスグレー微笑んでティーカップとってくれる。
馥郁ゆるやかな湯気が立つ、そのティーポットごし姉が口開いた。
「お祖父さま、そんな失礼な言い方ひどいわ、」
「いや、英理さん大丈夫、」
低く闊達な声が制して大きな目まっすぐ祖父を見る。
浅黒い貌はすこし硬い、それでも落着いた声で友達は言った。
「ひとめぼれでした、だから外見に惚れたと言われたらそうです。でも本気で惚れたのは言葉と笑顔でした、」
ひとめぼれだ、そう真直ぐ言えるのは潔い。
それだけの確信あるから言えてしまう、そんな大きな目ストレートに祖父を見つめ言った。
「それに私には宮田君と英理さんは正反対に見えます、きょうだい同じ環境で育っても人間は同じになりません。私も双子の妹と正反対ですから、」
そういえば双子だと言っていたな?
思い出して知りたいまま笑いかけた。
「そういえば双子の妹がいるんだよな、写メあったら見せろよ?」
「ねえよ、きょうだいで写メとか撮らないだろ?」
大らかに笑う言葉遣いがモード切り替わる。
目上用と友達用、こんなことも成長した同期に言い返した。
「俺は姉ちゃんのあるけど?姉ちゃんも俺の入ってるよな、」
「前に出かけた時のならあるけど、」
綺麗なアルトすこし緊張して、けれど答えてくれる。
これで幾らか和らぐと良い、そんな想いに祖父は言った。
「言葉と笑顔に惚れたと言ったな、では英理が笑えなくなったらどうする?そんな可能性は普通にありふれてるぞ、」
笑えなくなったら、
その可能性はどこにもある、だって自分はその現実を生きていた。
それは姉も祖父こそも同じ、こんな家族に囲まれた青年はまっすぐ笑った。
「私が笑わせます、何も無くても笑う贅沢だけは絶対です、」
またストレートな答だ?
―こんな回答きっと予想外だろうな、どうする?
何も無い、
そう胸張って言う男など祖父は知らない。
こんなこと不意打ちだと思っているだろう?けれど綺麗に隠した横顔は微笑んだ。
「絶対となぜ言いきれる?たとえば声も届かんようになったら笑わせる方法などあるのか、」
「見つかるまで探します、」
低い、けれど闊達な声が応えてくれる。
迷いの欠片も無い、そんな求婚者は言った。
「私は諦めることは苦手です、英理さんの笑顔は絶対に諦められません。見つかるまで探し続けたいんです、だから英理さんと結婚します、」
結婚します、なんだ?
結婚させて下さいじゃない、許しを請いに来たのでは無い言葉。
こんな大胆な言い方されたのは初めてだろう?そのターゲットは端正な貌を傾げた。
「今、なんて言った?」
「英理さんと結婚しますと言いました、」
まっすぐ答えて澱まない。
もう決まっていることだ、そんな意志表示に祖父の目が姉を見た。
「英理、この男で幸せになれるのか?」
おまえはどうなんだ?
そんな視線に色白の貌は頬そっと赤らめた。
「はい、尚光さんだから幸せです、」
この人だから、そんな言い方は幸せだ。
だからこそ確かめたい事に口を開いた。
「姉ちゃん、関根の実家でずっと暮らす覚悟はある?家の工場を手伝う可能性は考えないとだけど、和歌山は成城も銀座も遠いよ?」
まったく違う生活になるかもしれない、その可能性は覚悟している?
そう問いかけた真中で華やかな瞳は綺麗にほころんだ。
「海とお城があるわ、葉山のお祖母さまみたいに海の傍で暮らすのは憧れなの。潮風は大変だけどね?」
そうなっても幸せよ?
そんな笑顔に言うことは今無いだろう、けれど寂しい本音に微笑んだ。
「そっか、姉ちゃん本気で嫁に行くんだ?」
「本気よ?お婿さんに来てもらうから行くのではないけど、お嫁さんになるわ、」
微笑んでティーカップ口つける、その仕草もどこか華やぐ。
ずっと見慣れている年子の姉、けれど今すこし遠い幸せに祖父が口開いた。
「英理、婿をもらうのは嫁に出るより面倒だと解っているのか?親戚連中も簡単には納得せんだろう、どう黙らせる?」
逆撫でするような言い方、けれど「婿をもらう」前提だ。
―ひねくれた言い方だけど賛成ってことか、おおよそだけど?
真直ぐに賛成だと言えない、けれど実質もう相談を始めている。
こんな言い方も祖父らしいだろう?微笑んで傍らのジャーマンシェパードに言った。
「ヴァイゼ、慰めてやってくれな?」
雪が深い、もう世間から遠くなった。
踏みしめてゆく白銀かすかに響く、その踏み跡も雪がふる。
ざくりざくり、スノーシューに進んでゆく道は静謐に融けながら明るい。
「宮田、ちっと足緩めな?黒木たちが遅れてる、」
澄んだテノール呼んで振りむいて、至近距離にアンザイレンパートナーが笑ってくれる。
底抜けに明るい目は銀嶺を映しだす、白銀まばゆい空と大地のはざま愉しくて笑った。
「光一と二人で話したかったんだ、今ちょっと良い?」
「イイよ、なにかね英二?」
名前で呼び返して銀色の森ゆっくり歩く。
かさり、梢から銀色こぼれる道で笑いかけた。
「姉ちゃんが結婚を決めたんだ、これで実家は完全に俺の家じゃなくなるよ?」
あの家に自分の帰る場所は無い。
それが寂しくて、けれど自由ひとつ与えられる。
その代わりに選ばなくてはいけない場所を白い吐息へ笑った。
「光一、俺も名字を変えるかもしれない。色々と便利だから、」
この決断、君はなんて想うのだろう?
本当は一番に訊いてみたいけれど傍にいない人、あの笑顔を護れる選択に笑った。
「祖父の全部を継ぐなら養子になるほうが楽なんだ、伯父や母を黙らせられるからさ?でも俺は宮田って名前が好きだよ、検事だった祖父を好きだから、」
想い言葉にしながら貌まだ笑っている。
けれど涙こぼれるかもしれない、そんな本音ごと雪嶺に微笑んだ。
「俺は宮田の祖父みたいに生きたいんだ、清廉潔白って言われる検事になりたくて祖父と同じ大学に行きたかった、祖父みたいに真直ぐ闘える男になりたかったんだ。でも俺は鷲田の祖父とも似てる、自分で呆れるくらい狡賢くて結局は鷲田の名前を利用するんだ。そういうの気づきたくなくて逃げていたけど、もう名字から変えて肚決めようと思ってさ、」
さくり、さくり、雪踏むごと白い吐息に想い融ける。
ならんだ隣も雪を進む、ただ凛とひそやかな空気に笑いかけた。
「こんなに名字に縛られる俺だから山で生きていたいよ、名前なんか役に立たない場所で、俺の力でしか俺を支えられない場所で生きられるか知りたいんだ、」
周太、君は名前を変えても受けとめてくれる?
本当は今すぐ訊いてみたい、けれど言える日なんて来るだろうか。
そんなこと考えながら山の雪はふる、ただ静かな白銀の世界で山っ子は言った。
「おまえの名字が何になっても関係ないね、アンザイレンパートナーしてくれんならソレで良いよ?」
何者でもかまわない。
そんな言葉が沁みてしまう、何か一つ解けてゆく。
ずっと誰かに言って欲しかったのかもしれない?そんな肚底が笑った。
「おう、ずっと一緒に登ろうな?」
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【引用詩文:William Wordsworth「The tables Turned」】
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