There’s more of wisdom in it. 鼓動の叡智
第82話 誓文 act.5-side story「陽はまた昇る」
花のような芳香くゆらすテーブル、ティーカップ4つ並ぶ。
白やわらかな陶器に琥珀色が澄む、その一つ手にとり口つける。
ふわり湯気あまく滑りこんだ熱が優しい、ほっと息ついて英二は笑った。
「中森さん、相変らず淹れるの巧いね?佳い香だよ、」
「ありがとうございます、」
ロマンスグレー微笑んで黒いニットの背まっすぐ会釈する。
ネクタイ端正な衿元から律儀で優雅、そんな家宰が皿を並べた。
「白のフォンダンオショコラを焼きました、熱いうちにどうぞ?」
あまやかな香に白い焼菓子が温かい。
さくりフォーク入れて、濃やかに溶ける甘さに笑った。
「うまいよ、久しぶりに食べたけどやっぱり美味いな。ラズベリーが効いてる、」
「ありがとうございます、英理様はいかがですか?」
穏やかな笑顔を姉に向けてくれる。
その先で色白の貌あげて、睫の華やかな瞳が微笑んだ。
「おいしいわ、中森さんが焼いてくれるの一番好きよ?ホワイトチョコのは普通ないもの、」
「はい、私のオリジナルですから、」
応えてくれる声すこし誇らしい。
この名料理人でもある家宰へ姉はほっとするよう笑いかけた。
「中森さん、私が大好きなお菓子だから今日は焼いてくれたのでしょう?ありがとう、」
「喜んでくだされば嬉しいです、お土産にも焼いてありますよ?」
「嬉しいわ、これお母さんも大好きだもの、きっと喜ぶわ、」
ふたりの会話を聴きながら添えられた生クリーム指にすくう。
膝元へ指先さしだして、行儀よく座る愛犬に笑いかけた。
「ヴァイゼもほしいだろ?甘くないからいいよ、」
「くんっ、」
嬉しそうに黒い鼻づら寄せて、ぺろり桃色の舌なめとってくれる。
ふれる温もりの感触やわらかい、そのテーブル越し綺麗なアルトが微笑んだ。
「ヴァイゼは相変わらず英二のこと大好きね、ずっとくっついて離れないもの、」
「くん、」
応えるよう大きな黒犬が頷いてくれる。
ゆるやかに寛ぎだす応接間、雪の明るい窓辺で家宰はティーポット携え微笑んだ。
「関根様はいかがですか?甘いものが苦手なら別の物をお出しします、ご遠慮なくどうぞ?」
手を動かしながら深い声やわらかく尋ねてくれる。
こんなふう居心地ひとりずつ配慮する、その篤実に友達は笑ってくれた。
「本当に美味いです。甘いものは得意ではありませんが今、美味くてびっくりしています、」
得意じゃない、でもこれは好きだ。
こんなふう偽らない答えがらしくて良い、そんな友達に笑いかけた。
「関根って確かに甘いもの食べないよな、」
「おう、こっち来るまでは滅多に食わなかったな、」
笑って答えてくれる言葉遣いがモード切り替わっている。
こんなところ要するに「偽れない」性質なのだろう?その明朗な瞳が訊いた。
「宮田、お祖父さんは大丈夫か?階段は降りてきたみたいだけど、具合が悪いのか?」
それ指摘されると一番困るんだけどな?
そんな本音から可笑しくて笑ってしまった。
「確かに具合悪いだろな、でも気にしなくて良いよ、」
「気にしなくて良いって、具合悪いのに気にしねえワケいかねえだろ?」
訊き返してくれる話し方は粗雑、けれど温かい。
この率直に優しい友達へ本音を笑った。
「関根と姉ちゃんに会うのが具合悪いんだよ、仕方ないだろ?」
さっき階下へは降りてくれた、けれど応接間に入ってこない。
たぶん廊下で聴いているだろう?そんな気配も可笑しくて正直に言った。
「書斎から出て階段は降りたんだ、そのままトイレに行ったから俺だけ先に座ったんだよ。もう来ると思うけど、中森さんどうかな?」
本当に往生際が悪いよな?
そう視線で笑いかけた先、ロマンスグレー端正な笑顔は肯いた。
「はい、お茶もお菓子も冷めないうちにいらっしゃると思います、」
この言い方は幾らか恫喝でもあるな?
そんな家宰に目配せ笑って、ティーカップ越し微笑んだ。
「そうだね、だから関根も姉ちゃんも気にしないで良いよ、」
本当に気にする必要なんて無い、だってどうせ来るだろう?
それくらい幾らか脅かしてある通り、かたん、扉開いて深く低い声が言った。
「英二、私の席はどこだ?」
おまえが仕切るんだろう?
そんなトーンに微笑んで振向いた。
「俺の隣へどうぞ、」
笑いかけて端正なニット姿が歩いてくる。
優雅な仕草は齢を見せない、そのプライド見つめながら友人が立った。
「…ぅし、」
小さな声、けれど気合は小さくない。
そこには虚栄はる無様もなにも無くて、そういう男の前に祖父は座った。
「…ふ、」
吐息そっと端正な口元くゆらす、これは嘲笑だろうか満足だろうか?
どちらとも見える横顔は優雅に脚を組み、白皙の両手ゆるやかに組ませ言った。
「おまえは誰だ?」
いきなり「おまえ」呼びなんだ?
こんな傲慢は昔から変わらない、けれど本当は意図がある。
そう解るからティーカップ口つけた前、浅黒い貌はまっすぐ名乗った。
「関根尚光です、英理さんに惚れて今日こちらへ伺いました、」
いきなりそれ言うんだ?
「ふっ」
つい吹きだして紅茶ごくり呑みこます。
こういうストレートはきっと利くだろう?そのターゲットは眉かすかに顰め言った。
「座れ、」
「失礼します、」
端正に礼して長身が腰下ろす。
そして真直ぐ向きあった大きな目は覚悟と緊張あざやかで、聞えそうな鼓動が明るい。
―関根すごく緊張してるんだろうな、姉ちゃんも、それにこの人もさ?
応接セット向きあうスーツ姿は緊張も明るい、その隣も上品なワンピースに緊張くるむ。
そんな二人は緊張すら共にする喜びが瑞々しい、だからこそ鼓動が軋みそうな隣へ英二は笑いかけた。
「マルコポーロとダージリン、どちらを飲みますか?」
姉の好みと祖父の日常茶、今どちらを選んでも良い。
そう笑いかけた真中で白皙の横顔ゆっくりこちら向き、すこし笑った。
「英二がそんなことを訊くのは珍しいな?」
何か意味があるのだろう?
そう訊いてくる貌に小さな同情とかすかな温もり微笑んだ。
「紅茶一杯でも後悔したくないでしょう?お互いに、」
これだけ言えば解るでしょう、あなたなら?
そんな返しに祖父は端正な口許すこし解いて言った。
「中森、いつもで、」
「はい、」
穏やかな声が応えて、すぐ一杯が運ばれる。
もう話しながら支度していた、そんなティーカップに祖父は微笑んだ。
「ふ、出来すぎた家宰だな?」
「おそれいります、」
さらり返す笑顔はいつもどおり穏やかに涼しい。
この有能で優しい家族へと英二は笑いかけた。
「中森さんも同席してください、姉ちゃんもその方がいいだろ?」
家宰は屋敷の使用人かもしれない、けれど自分には家族だ。
それは姉も祖父も同じだろう、そのままに色白美しい笑顔は肯いた。
「ええ、私も中森さんに尚光さんを紹介したいもの。お祖父さまも良いでしょう?」
華やかな笑顔はすこし心配そうで、けれど信頼ひとつ尋ねてくれる。
こんな貌されたら断るなんて無い、そう見たまま端正な横顔は言った。
「中森、ジャッジのために座っていろ、」
またこんな言い方しか出来ないんだな?
―ジャッジなんて関根に牽制かよ、それくらい警戒したいのか、
信頼する家宰を傍に座らす、それをジャッジ「審判」のためと明言する。
明言で牽制したいほど本音いくらか途惑っているだろう、そのままに穏やかな家宰は微笑んだ。
「関根様、ご同席してもよろしいですか?」
「はい、」
短く肯いて大きな目まっすぐ向ける。
なにも隠さない眼差しはストレートに明るい、そんな客人に家宰は微笑んだ。
「綺麗な眼をされていますね、まっすぐ明るくて。英二さんの御友人らしい、」
さっそくジャッジひとつ裁可してくれる。
その相手は大きな目ほころばせシンプルに笑った。
「宮田君の友人って言われると、なんか照れます、」
「おや、どうして照れるんですか?」
問いかけてくれる微笑は穏やかに温かい。
その眼差しも優しくて、けれど本当は鋭い聡明の眼に青年は応えた。
「宮田君と私は育ちが正反対に違います、もし警察学校の同期として出会えなければ話しかけていません。だから照れるんです、」
またストレートな答だな?
そんな感心しながらティーカップ口つけて、もう次の展開が解かる気がする。
きっと「正反対に違います」が口火切らせるだろう?そんな予想どおり深い徹る声が言った。
「英二と正反対なら英理とも正反対だ、なのになぜ話しかけた?」
さあ、本題が始まる。
(to be continued)
【引用詩文:William Wordsworth「The tables Turned」】
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第82話 誓文 act.5-side story「陽はまた昇る」
花のような芳香くゆらすテーブル、ティーカップ4つ並ぶ。
白やわらかな陶器に琥珀色が澄む、その一つ手にとり口つける。
ふわり湯気あまく滑りこんだ熱が優しい、ほっと息ついて英二は笑った。
「中森さん、相変らず淹れるの巧いね?佳い香だよ、」
「ありがとうございます、」
ロマンスグレー微笑んで黒いニットの背まっすぐ会釈する。
ネクタイ端正な衿元から律儀で優雅、そんな家宰が皿を並べた。
「白のフォンダンオショコラを焼きました、熱いうちにどうぞ?」
あまやかな香に白い焼菓子が温かい。
さくりフォーク入れて、濃やかに溶ける甘さに笑った。
「うまいよ、久しぶりに食べたけどやっぱり美味いな。ラズベリーが効いてる、」
「ありがとうございます、英理様はいかがですか?」
穏やかな笑顔を姉に向けてくれる。
その先で色白の貌あげて、睫の華やかな瞳が微笑んだ。
「おいしいわ、中森さんが焼いてくれるの一番好きよ?ホワイトチョコのは普通ないもの、」
「はい、私のオリジナルですから、」
応えてくれる声すこし誇らしい。
この名料理人でもある家宰へ姉はほっとするよう笑いかけた。
「中森さん、私が大好きなお菓子だから今日は焼いてくれたのでしょう?ありがとう、」
「喜んでくだされば嬉しいです、お土産にも焼いてありますよ?」
「嬉しいわ、これお母さんも大好きだもの、きっと喜ぶわ、」
ふたりの会話を聴きながら添えられた生クリーム指にすくう。
膝元へ指先さしだして、行儀よく座る愛犬に笑いかけた。
「ヴァイゼもほしいだろ?甘くないからいいよ、」
「くんっ、」
嬉しそうに黒い鼻づら寄せて、ぺろり桃色の舌なめとってくれる。
ふれる温もりの感触やわらかい、そのテーブル越し綺麗なアルトが微笑んだ。
「ヴァイゼは相変わらず英二のこと大好きね、ずっとくっついて離れないもの、」
「くん、」
応えるよう大きな黒犬が頷いてくれる。
ゆるやかに寛ぎだす応接間、雪の明るい窓辺で家宰はティーポット携え微笑んだ。
「関根様はいかがですか?甘いものが苦手なら別の物をお出しします、ご遠慮なくどうぞ?」
手を動かしながら深い声やわらかく尋ねてくれる。
こんなふう居心地ひとりずつ配慮する、その篤実に友達は笑ってくれた。
「本当に美味いです。甘いものは得意ではありませんが今、美味くてびっくりしています、」
得意じゃない、でもこれは好きだ。
こんなふう偽らない答えがらしくて良い、そんな友達に笑いかけた。
「関根って確かに甘いもの食べないよな、」
「おう、こっち来るまでは滅多に食わなかったな、」
笑って答えてくれる言葉遣いがモード切り替わっている。
こんなところ要するに「偽れない」性質なのだろう?その明朗な瞳が訊いた。
「宮田、お祖父さんは大丈夫か?階段は降りてきたみたいだけど、具合が悪いのか?」
それ指摘されると一番困るんだけどな?
そんな本音から可笑しくて笑ってしまった。
「確かに具合悪いだろな、でも気にしなくて良いよ、」
「気にしなくて良いって、具合悪いのに気にしねえワケいかねえだろ?」
訊き返してくれる話し方は粗雑、けれど温かい。
この率直に優しい友達へ本音を笑った。
「関根と姉ちゃんに会うのが具合悪いんだよ、仕方ないだろ?」
さっき階下へは降りてくれた、けれど応接間に入ってこない。
たぶん廊下で聴いているだろう?そんな気配も可笑しくて正直に言った。
「書斎から出て階段は降りたんだ、そのままトイレに行ったから俺だけ先に座ったんだよ。もう来ると思うけど、中森さんどうかな?」
本当に往生際が悪いよな?
そう視線で笑いかけた先、ロマンスグレー端正な笑顔は肯いた。
「はい、お茶もお菓子も冷めないうちにいらっしゃると思います、」
この言い方は幾らか恫喝でもあるな?
そんな家宰に目配せ笑って、ティーカップ越し微笑んだ。
「そうだね、だから関根も姉ちゃんも気にしないで良いよ、」
本当に気にする必要なんて無い、だってどうせ来るだろう?
それくらい幾らか脅かしてある通り、かたん、扉開いて深く低い声が言った。
「英二、私の席はどこだ?」
おまえが仕切るんだろう?
そんなトーンに微笑んで振向いた。
「俺の隣へどうぞ、」
笑いかけて端正なニット姿が歩いてくる。
優雅な仕草は齢を見せない、そのプライド見つめながら友人が立った。
「…ぅし、」
小さな声、けれど気合は小さくない。
そこには虚栄はる無様もなにも無くて、そういう男の前に祖父は座った。
「…ふ、」
吐息そっと端正な口元くゆらす、これは嘲笑だろうか満足だろうか?
どちらとも見える横顔は優雅に脚を組み、白皙の両手ゆるやかに組ませ言った。
「おまえは誰だ?」
いきなり「おまえ」呼びなんだ?
こんな傲慢は昔から変わらない、けれど本当は意図がある。
そう解るからティーカップ口つけた前、浅黒い貌はまっすぐ名乗った。
「関根尚光です、英理さんに惚れて今日こちらへ伺いました、」
いきなりそれ言うんだ?
「ふっ」
つい吹きだして紅茶ごくり呑みこます。
こういうストレートはきっと利くだろう?そのターゲットは眉かすかに顰め言った。
「座れ、」
「失礼します、」
端正に礼して長身が腰下ろす。
そして真直ぐ向きあった大きな目は覚悟と緊張あざやかで、聞えそうな鼓動が明るい。
―関根すごく緊張してるんだろうな、姉ちゃんも、それにこの人もさ?
応接セット向きあうスーツ姿は緊張も明るい、その隣も上品なワンピースに緊張くるむ。
そんな二人は緊張すら共にする喜びが瑞々しい、だからこそ鼓動が軋みそうな隣へ英二は笑いかけた。
「マルコポーロとダージリン、どちらを飲みますか?」
姉の好みと祖父の日常茶、今どちらを選んでも良い。
そう笑いかけた真中で白皙の横顔ゆっくりこちら向き、すこし笑った。
「英二がそんなことを訊くのは珍しいな?」
何か意味があるのだろう?
そう訊いてくる貌に小さな同情とかすかな温もり微笑んだ。
「紅茶一杯でも後悔したくないでしょう?お互いに、」
これだけ言えば解るでしょう、あなたなら?
そんな返しに祖父は端正な口許すこし解いて言った。
「中森、いつもで、」
「はい、」
穏やかな声が応えて、すぐ一杯が運ばれる。
もう話しながら支度していた、そんなティーカップに祖父は微笑んだ。
「ふ、出来すぎた家宰だな?」
「おそれいります、」
さらり返す笑顔はいつもどおり穏やかに涼しい。
この有能で優しい家族へと英二は笑いかけた。
「中森さんも同席してください、姉ちゃんもその方がいいだろ?」
家宰は屋敷の使用人かもしれない、けれど自分には家族だ。
それは姉も祖父も同じだろう、そのままに色白美しい笑顔は肯いた。
「ええ、私も中森さんに尚光さんを紹介したいもの。お祖父さまも良いでしょう?」
華やかな笑顔はすこし心配そうで、けれど信頼ひとつ尋ねてくれる。
こんな貌されたら断るなんて無い、そう見たまま端正な横顔は言った。
「中森、ジャッジのために座っていろ、」
またこんな言い方しか出来ないんだな?
―ジャッジなんて関根に牽制かよ、それくらい警戒したいのか、
信頼する家宰を傍に座らす、それをジャッジ「審判」のためと明言する。
明言で牽制したいほど本音いくらか途惑っているだろう、そのままに穏やかな家宰は微笑んだ。
「関根様、ご同席してもよろしいですか?」
「はい、」
短く肯いて大きな目まっすぐ向ける。
なにも隠さない眼差しはストレートに明るい、そんな客人に家宰は微笑んだ。
「綺麗な眼をされていますね、まっすぐ明るくて。英二さんの御友人らしい、」
さっそくジャッジひとつ裁可してくれる。
その相手は大きな目ほころばせシンプルに笑った。
「宮田君の友人って言われると、なんか照れます、」
「おや、どうして照れるんですか?」
問いかけてくれる微笑は穏やかに温かい。
その眼差しも優しくて、けれど本当は鋭い聡明の眼に青年は応えた。
「宮田君と私は育ちが正反対に違います、もし警察学校の同期として出会えなければ話しかけていません。だから照れるんです、」
またストレートな答だな?
そんな感心しながらティーカップ口つけて、もう次の展開が解かる気がする。
きっと「正反対に違います」が口火切らせるだろう?そんな予想どおり深い徹る声が言った。
「英二と正反対なら英理とも正反対だ、なのになぜ話しかけた?」
さあ、本題が始まる。
(to be continued)
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