May teach you more of man, 銀嶺の哲人
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/02/4e/628959f3072dd55bded0772a8707cec6.jpg)
第82話 誓文 act.7-side story「陽はまた昇る」
風が巻く。
ナイフリッジ駈けあがった風が雪舞いあげる。
白銀のかけら青にきらめいて昇らす、蒼穹へ雲また吐かれて流れゆく。
さらさら表層の雪が粒子ゆらして風紋を描かす、吐息も白く流れて英二は笑った。
「晴れたな、風怖いけど、」
「だね、壁登った後で良かったよ、」
澄んだテノールが銀嶺の尾根に笑う、その横顔は雪白あざやかに陽を映える。
かけたゴーグルに目の表情は見えなくて、けれど底抜けに明るいトーン笑って言った。
「黒木と原もナカナカ速いね、ドッチも口重たいし気が合うカンジだよ、」
さくり、ピッケル雪面に立て停まった後方を二人もやってくる。
身長差もあまりないウェア姿は歩調も合う、そんな先輩たちに訊いてみた。
「国村さん、原さんを七機に呼び戻すつもりですか?」
「逆もありだけどね、」
応えてくれるトーンは相変わらず明るい。
けれど去年よりどこか違う、その貫禄に笑いかけた。
「なんか小隊長ですね、国村さん、」
「ホントに小隊長だからね、ナンカってどういう意味だよ?」
からり笑って返してくれる声は愉快に澄む。
真青に風すこし強い尾根、山肌ゆるやかなポイントで率直に言った。
「なんか不思議だってことです、去年ここに一緒に登った時はベテラン山ヤで先輩だったけど、上司ってカンジじゃ無かったから、」
ここに昨冬も一緒に登った。
まだ雪山の経験が浅い自分をリードして教えてくれた、その人は可笑しそうに微笑んだ。
「あの頃も異動の話ホントは来てたよ、後藤さんが待ったをかけてたけどさ、」
「後藤さんもそれ言っていました、」
応えながら後続の二人が近づいてくる。
リズミカルな足取りは疲れを見せない、そんな同僚に山っ子は笑った。
「なんかイキイキしてるね黒木、やっぱ地元はイイかね、」
「はい、」
雪焼あわい顔ほころばせ大柄がふり返る。
がっしり骨太で引締まった体躯は山男の風格あかるい、その横顔が言った。
「北岳は特に好きなんです、哲人って綽名ありますけど物静かな空気が性に合うんだ、」
低い声が山風に透って明るい。
いつもは落着き過ぎなほど寡黙気味、けれど今は瑞々しい貌に笑いかけた。
「俺も北岳は好きです、一番かもしれません、」
「宮田もか、意外と気が合うな?」
応えてくれる顔はゴーグルで眼は見えない。
でも笑っている、そんな隣から先輩が尋ねた。
「国村さん、バットレスは今日一本で終わりですか?」
「だね、風ちっと出て来ちまったからさ。安全なトコでサッサと幕営するよ、原サンは雪掘り得意だったよね?」
澄んだテノール答えて先輩と歩きだす。
その背中が謳うよう楽しげでいる、こんな上司に地元っ子が訊いた。
「国村さんはホント疲れ知らずって感じだな、宮田いつもこのペースか?」
「はい、」
肯いた吐息が白い。
正午の気温いちばん高い時、けれど上がらない気温に尋ねた。
「黒木さん、この辺りが北岳草のポイントですか?」
ざぐり、雪の底アイゼン軋む感触は硬い。
この下は溶けない氷だろうか、そんな推定に先輩は肯いた。
「ここら辺だ、当たり年は真白に咲く。八本歯のコルが終わって高原になってすぐだ、」
告げられて鼓動そっと響きだす。
いま踏みしめる氷雪はるか花は眠る、咲く時どうか連れてきたい。
いま厳冬期2月の山は白銀に蒼く凍てつかす、けれど天空の花園に笑った。
「今も真白な花咲いていますね、」
「ふ、わりとロマンチストなこと言うな?」
愉快そうに笑ってくれるトーンが明るい。
その傍ら、チェーン繋いだ携帯電話だすとシャッター切った。
―見せてあげたいよ、周太?
想い見つめながら画像を確かめる。
いま白銀まとった冬の山、けれど花の居場所だけでも届けたい。
そんな願いごとポケットにまた仕舞って、歩きだした尾根はゴーグル透かして銀色まばゆい。
「みーやたっ、くろきー、遅れるなよっ」
凛と冴えた風にテノール透る。
呼びかけに手を振り答えて、共に歩きだして先輩が訊いた。
「なあ宮田、いつも国村さんと二人で登ってたんだろ?」
「はい、後藤さんと二人の時もありますけど、」
「そうか…」
雪踏みしめながら精悍な貌すこし考えだす。
こんな場所で何を考えてしまうのか?解かる気がして言った。
「黒木さん、北岳のひとを思い出してるんだろ?」
たぶん図星だろな?
『長い黒髪に白い肌が印象的でした、雪みたいに光ってみえるほど透けそうに白い…美人なんですけど無邪気な雰囲気で、なにか人間離れしていて、』
正月の御岳山、出張所で話してくれた舞台はこの山だ。
しかも「似ている」なら尚更だろう?だから尋ねた隣、低い声なおさら低く言った。
「…そのこと国村さんに言うなよ?ぜっ、ったいにだ、」
こんな言い方この人もするんだな?
可笑しくてつい笑った肩を軽く叩かれた。
「そんなに笑うな、イケメンの余裕ってムカつくぞ?」
「黒木さんこそイケメンです、前も言いましたよ?」
笑いながら銀嶺さくさく踏んでゆく、その感触にただ嬉しい。
頬なぶる薄い空気は凍えて、けれど愉しくて仕方ない時間に先輩が言った。
「三十路のオッサンをイケメンが褒めても嫌味だぞ、バレンタインも沢山もらったんだろ?」
その話題やっぱり振るんだ?ある意味で予想どおりに笑った。
「今年は身内の差入だけです、14日も勤務だったの黒木さん知ってるじゃないですか?」
「たしかにな、でも青梅署に着たって原が言ってたぞ?」
さらり言い返されて困らされる。
そんなこと何故また言ってくれるんだ?その背中を見ながら答えた。
「それは青梅署の救助隊に届いた物ですよ、俺は食べていませんし、」
「ファンレターは宮田メインらしいぞ、」
また言い返して雪軽やかに歩いてゆく。
その足取りに想いだして聴きたかったことを尋ねた。
「それより黒木さん、谷口さんとは親しいですか?」
谷口俊和、あの先輩だけは気になる。
それは嫉妬に近いのかもしれない?その本音に精悍な貌すこし傾げた。
「会えば話すってカンジだ、お互い七機が長いし一期違いだから気楽でな、」
なんで訊くのだろう?
そんな眼差しゴーグル透かす相手に訊いた。
「プライベートで一緒に登ることは無いんですか?」
「ない、谷口がプライベートもつきあうのは井川ぐらいだ、」
応えてくれる声が風にも透る。
吐息すぐ凍えて流れゆく、その青空に瞳細めながら尋ねた。
「谷口さんと井川さんは高卒と大卒で期は違うけど同じ齢ですよね、」
「ああ、地元もあいつら近いんだ。警視庁に入る前から知り合いらしいが、」
低い声が雪踏む音に重ならす。
ざくり、ざくり、硬雪を聴きながら先輩はこちら見た。
「宮田、ずいぶん谷口を気にするな?なんかあったのか、」
確かに気にし過ぎだろな?その等身大ありのまま笑った。
「気にしています、あの雪上技術を盗みたくて仕方ないんです。芦峅寺ガイドに憧れるから余計に負けたくありません、」
雪の奥多摩、稜線伝いに谷口は駈けて来た。
あのスピードにずっと嫉妬している、それくらい本当は羨ましい。
―芦峅寺ガイドの家が羨ましいんだ、俺とは違い過ぎて、
都心の高級住宅街と呼ばれる場所で自分は育った、それは羨ましがられることかもしれない。
すこし前まで自分もどこか自慢に驕って、けれど今は悔しい本音に先輩は笑った。
「意外と負けず嫌いだな、涼しい貌してるけど実はガッツくタイプだろ?」
「がっつかないと伸びませんから、」
さらり応えながら自分の肚底に可笑しい。
こんなに拘る理由なんか解っている、だって羨ましくて仕方ない。
―俺が生きたい世界の人なんだ、谷口さんは、
谷口は代々の芦峅寺ガイドに生まれた、それは山に生きる宿命と言って良い。
その宿命を自分こそほしくて足掻いている、山で生き続けることは自分にとって現実の夢だ。
現実だからこそ嫉妬して、叶わないとしても足掻いて、夢だからこそ今この雪嶺はきらめいて幻より光まばゆい。
「は…」
そっと笑って吐息が白く凍える、そして山の雲へ消えてゆく。
呼吸ごと雪嶺に融けてしまえたら幸せかもしれない、自分は。
『私には身分違いの不幸に思えるぞ?』
ほら祖父の声また映りこむ、あの言葉が何を意味するか解っている。
自分そっくりの祖父が言う「身分違い」それは自分が山を願うことすら当て嵌まる。
『この私が敵わないと思う唯ひとりの男がおまえの祖父だ、泥塗れの私だからこそ宮田君の清らかさは沁みる、』
泥塗れ、そう笑った貌は自分そっくりだった。
あの祖父と同じ貌でしかない自分、けれどもう一人の祖父とも似ていると信じたい。
だからこそ仰ぐ銀嶺は高潔まばゆくて沁みて、灼かれるほど憧れる白銀の世界に山ヤが笑った。
「宮田も変なヤツだな、」
これは褒め言葉だろう?その横顔へ笑い返した。
「黒木さんも変なヤツですよね、意外と可愛いし、」
「かわいい?俺が?」
確かめる真白な吐息が笑っている。
きっと初めて言われたろう?この沈着な男に思ったまま言った。
「可愛いですよ、上司に初恋かさねてトキメクって純情カワイイでしょう?」
こんな言われたこと一度も無かったろう?
そんな堅物で有名な男は呼吸ひとつ、真白なため息吐いた。
「おまえなあ…口止め料に何がほしいんだ?」
ほら、良いカードを手に入れたらしい?
こんなこと可笑しくてナイフリッジの風笑った。
「考えておきます、」
(to be continued)
【引用詩文:William Wordsworth「The tables Turned」】
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第82話 誓文 act.7-side story「陽はまた昇る」
風が巻く。
ナイフリッジ駈けあがった風が雪舞いあげる。
白銀のかけら青にきらめいて昇らす、蒼穹へ雲また吐かれて流れゆく。
さらさら表層の雪が粒子ゆらして風紋を描かす、吐息も白く流れて英二は笑った。
「晴れたな、風怖いけど、」
「だね、壁登った後で良かったよ、」
澄んだテノールが銀嶺の尾根に笑う、その横顔は雪白あざやかに陽を映える。
かけたゴーグルに目の表情は見えなくて、けれど底抜けに明るいトーン笑って言った。
「黒木と原もナカナカ速いね、ドッチも口重たいし気が合うカンジだよ、」
さくり、ピッケル雪面に立て停まった後方を二人もやってくる。
身長差もあまりないウェア姿は歩調も合う、そんな先輩たちに訊いてみた。
「国村さん、原さんを七機に呼び戻すつもりですか?」
「逆もありだけどね、」
応えてくれるトーンは相変わらず明るい。
けれど去年よりどこか違う、その貫禄に笑いかけた。
「なんか小隊長ですね、国村さん、」
「ホントに小隊長だからね、ナンカってどういう意味だよ?」
からり笑って返してくれる声は愉快に澄む。
真青に風すこし強い尾根、山肌ゆるやかなポイントで率直に言った。
「なんか不思議だってことです、去年ここに一緒に登った時はベテラン山ヤで先輩だったけど、上司ってカンジじゃ無かったから、」
ここに昨冬も一緒に登った。
まだ雪山の経験が浅い自分をリードして教えてくれた、その人は可笑しそうに微笑んだ。
「あの頃も異動の話ホントは来てたよ、後藤さんが待ったをかけてたけどさ、」
「後藤さんもそれ言っていました、」
応えながら後続の二人が近づいてくる。
リズミカルな足取りは疲れを見せない、そんな同僚に山っ子は笑った。
「なんかイキイキしてるね黒木、やっぱ地元はイイかね、」
「はい、」
雪焼あわい顔ほころばせ大柄がふり返る。
がっしり骨太で引締まった体躯は山男の風格あかるい、その横顔が言った。
「北岳は特に好きなんです、哲人って綽名ありますけど物静かな空気が性に合うんだ、」
低い声が山風に透って明るい。
いつもは落着き過ぎなほど寡黙気味、けれど今は瑞々しい貌に笑いかけた。
「俺も北岳は好きです、一番かもしれません、」
「宮田もか、意外と気が合うな?」
応えてくれる顔はゴーグルで眼は見えない。
でも笑っている、そんな隣から先輩が尋ねた。
「国村さん、バットレスは今日一本で終わりですか?」
「だね、風ちっと出て来ちまったからさ。安全なトコでサッサと幕営するよ、原サンは雪掘り得意だったよね?」
澄んだテノール答えて先輩と歩きだす。
その背中が謳うよう楽しげでいる、こんな上司に地元っ子が訊いた。
「国村さんはホント疲れ知らずって感じだな、宮田いつもこのペースか?」
「はい、」
肯いた吐息が白い。
正午の気温いちばん高い時、けれど上がらない気温に尋ねた。
「黒木さん、この辺りが北岳草のポイントですか?」
ざぐり、雪の底アイゼン軋む感触は硬い。
この下は溶けない氷だろうか、そんな推定に先輩は肯いた。
「ここら辺だ、当たり年は真白に咲く。八本歯のコルが終わって高原になってすぐだ、」
告げられて鼓動そっと響きだす。
いま踏みしめる氷雪はるか花は眠る、咲く時どうか連れてきたい。
いま厳冬期2月の山は白銀に蒼く凍てつかす、けれど天空の花園に笑った。
「今も真白な花咲いていますね、」
「ふ、わりとロマンチストなこと言うな?」
愉快そうに笑ってくれるトーンが明るい。
その傍ら、チェーン繋いだ携帯電話だすとシャッター切った。
―見せてあげたいよ、周太?
想い見つめながら画像を確かめる。
いま白銀まとった冬の山、けれど花の居場所だけでも届けたい。
そんな願いごとポケットにまた仕舞って、歩きだした尾根はゴーグル透かして銀色まばゆい。
「みーやたっ、くろきー、遅れるなよっ」
凛と冴えた風にテノール透る。
呼びかけに手を振り答えて、共に歩きだして先輩が訊いた。
「なあ宮田、いつも国村さんと二人で登ってたんだろ?」
「はい、後藤さんと二人の時もありますけど、」
「そうか…」
雪踏みしめながら精悍な貌すこし考えだす。
こんな場所で何を考えてしまうのか?解かる気がして言った。
「黒木さん、北岳のひとを思い出してるんだろ?」
たぶん図星だろな?
『長い黒髪に白い肌が印象的でした、雪みたいに光ってみえるほど透けそうに白い…美人なんですけど無邪気な雰囲気で、なにか人間離れしていて、』
正月の御岳山、出張所で話してくれた舞台はこの山だ。
しかも「似ている」なら尚更だろう?だから尋ねた隣、低い声なおさら低く言った。
「…そのこと国村さんに言うなよ?ぜっ、ったいにだ、」
こんな言い方この人もするんだな?
可笑しくてつい笑った肩を軽く叩かれた。
「そんなに笑うな、イケメンの余裕ってムカつくぞ?」
「黒木さんこそイケメンです、前も言いましたよ?」
笑いながら銀嶺さくさく踏んでゆく、その感触にただ嬉しい。
頬なぶる薄い空気は凍えて、けれど愉しくて仕方ない時間に先輩が言った。
「三十路のオッサンをイケメンが褒めても嫌味だぞ、バレンタインも沢山もらったんだろ?」
その話題やっぱり振るんだ?ある意味で予想どおりに笑った。
「今年は身内の差入だけです、14日も勤務だったの黒木さん知ってるじゃないですか?」
「たしかにな、でも青梅署に着たって原が言ってたぞ?」
さらり言い返されて困らされる。
そんなこと何故また言ってくれるんだ?その背中を見ながら答えた。
「それは青梅署の救助隊に届いた物ですよ、俺は食べていませんし、」
「ファンレターは宮田メインらしいぞ、」
また言い返して雪軽やかに歩いてゆく。
その足取りに想いだして聴きたかったことを尋ねた。
「それより黒木さん、谷口さんとは親しいですか?」
谷口俊和、あの先輩だけは気になる。
それは嫉妬に近いのかもしれない?その本音に精悍な貌すこし傾げた。
「会えば話すってカンジだ、お互い七機が長いし一期違いだから気楽でな、」
なんで訊くのだろう?
そんな眼差しゴーグル透かす相手に訊いた。
「プライベートで一緒に登ることは無いんですか?」
「ない、谷口がプライベートもつきあうのは井川ぐらいだ、」
応えてくれる声が風にも透る。
吐息すぐ凍えて流れゆく、その青空に瞳細めながら尋ねた。
「谷口さんと井川さんは高卒と大卒で期は違うけど同じ齢ですよね、」
「ああ、地元もあいつら近いんだ。警視庁に入る前から知り合いらしいが、」
低い声が雪踏む音に重ならす。
ざくり、ざくり、硬雪を聴きながら先輩はこちら見た。
「宮田、ずいぶん谷口を気にするな?なんかあったのか、」
確かに気にし過ぎだろな?その等身大ありのまま笑った。
「気にしています、あの雪上技術を盗みたくて仕方ないんです。芦峅寺ガイドに憧れるから余計に負けたくありません、」
雪の奥多摩、稜線伝いに谷口は駈けて来た。
あのスピードにずっと嫉妬している、それくらい本当は羨ましい。
―芦峅寺ガイドの家が羨ましいんだ、俺とは違い過ぎて、
都心の高級住宅街と呼ばれる場所で自分は育った、それは羨ましがられることかもしれない。
すこし前まで自分もどこか自慢に驕って、けれど今は悔しい本音に先輩は笑った。
「意外と負けず嫌いだな、涼しい貌してるけど実はガッツくタイプだろ?」
「がっつかないと伸びませんから、」
さらり応えながら自分の肚底に可笑しい。
こんなに拘る理由なんか解っている、だって羨ましくて仕方ない。
―俺が生きたい世界の人なんだ、谷口さんは、
谷口は代々の芦峅寺ガイドに生まれた、それは山に生きる宿命と言って良い。
その宿命を自分こそほしくて足掻いている、山で生き続けることは自分にとって現実の夢だ。
現実だからこそ嫉妬して、叶わないとしても足掻いて、夢だからこそ今この雪嶺はきらめいて幻より光まばゆい。
「は…」
そっと笑って吐息が白く凍える、そして山の雲へ消えてゆく。
呼吸ごと雪嶺に融けてしまえたら幸せかもしれない、自分は。
『私には身分違いの不幸に思えるぞ?』
ほら祖父の声また映りこむ、あの言葉が何を意味するか解っている。
自分そっくりの祖父が言う「身分違い」それは自分が山を願うことすら当て嵌まる。
『この私が敵わないと思う唯ひとりの男がおまえの祖父だ、泥塗れの私だからこそ宮田君の清らかさは沁みる、』
泥塗れ、そう笑った貌は自分そっくりだった。
あの祖父と同じ貌でしかない自分、けれどもう一人の祖父とも似ていると信じたい。
だからこそ仰ぐ銀嶺は高潔まばゆくて沁みて、灼かれるほど憧れる白銀の世界に山ヤが笑った。
「宮田も変なヤツだな、」
これは褒め言葉だろう?その横顔へ笑い返した。
「黒木さんも変なヤツですよね、意外と可愛いし、」
「かわいい?俺が?」
確かめる真白な吐息が笑っている。
きっと初めて言われたろう?この沈着な男に思ったまま言った。
「可愛いですよ、上司に初恋かさねてトキメクって純情カワイイでしょう?」
こんな言われたこと一度も無かったろう?
そんな堅物で有名な男は呼吸ひとつ、真白なため息吐いた。
「おまえなあ…口止め料に何がほしいんだ?」
ほら、良いカードを手に入れたらしい?
こんなこと可笑しくてナイフリッジの風笑った。
「考えておきます、」
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