萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第82話 誓文 act.7-side story「陽はまた昇る」

2015-02-18 22:25:05 | 陽はまた昇るside story
May teach you more of man, 銀嶺の哲人



第82話 誓文 act.7-side story「陽はまた昇る」

風が巻く。

ナイフリッジ駈けあがった風が雪舞いあげる。
白銀のかけら青にきらめいて昇らす、蒼穹へ雲また吐かれて流れゆく。
さらさら表層の雪が粒子ゆらして風紋を描かす、吐息も白く流れて英二は笑った。

「晴れたな、風怖いけど、」
「だね、壁登った後で良かったよ、」

澄んだテノールが銀嶺の尾根に笑う、その横顔は雪白あざやかに陽を映える。
かけたゴーグルに目の表情は見えなくて、けれど底抜けに明るいトーン笑って言った。

「黒木と原もナカナカ速いね、ドッチも口重たいし気が合うカンジだよ、」

さくり、ピッケル雪面に立て停まった後方を二人もやってくる。
身長差もあまりないウェア姿は歩調も合う、そんな先輩たちに訊いてみた。

「国村さん、原さんを七機に呼び戻すつもりですか?」
「逆もありだけどね、」

応えてくれるトーンは相変わらず明るい。
けれど去年よりどこか違う、その貫禄に笑いかけた。

「なんか小隊長ですね、国村さん、」
「ホントに小隊長だからね、ナンカってどういう意味だよ?」

からり笑って返してくれる声は愉快に澄む。
真青に風すこし強い尾根、山肌ゆるやかなポイントで率直に言った。

「なんか不思議だってことです、去年ここに一緒に登った時はベテラン山ヤで先輩だったけど、上司ってカンジじゃ無かったから、」

ここに昨冬も一緒に登った。
まだ雪山の経験が浅い自分をリードして教えてくれた、その人は可笑しそうに微笑んだ。

「あの頃も異動の話ホントは来てたよ、後藤さんが待ったをかけてたけどさ、」
「後藤さんもそれ言っていました、」

応えながら後続の二人が近づいてくる。
リズミカルな足取りは疲れを見せない、そんな同僚に山っ子は笑った。

「なんかイキイキしてるね黒木、やっぱ地元はイイかね、」
「はい、」

雪焼あわい顔ほころばせ大柄がふり返る。
がっしり骨太で引締まった体躯は山男の風格あかるい、その横顔が言った。

「北岳は特に好きなんです、哲人って綽名ありますけど物静かな空気が性に合うんだ、」

低い声が山風に透って明るい。
いつもは落着き過ぎなほど寡黙気味、けれど今は瑞々しい貌に笑いかけた。

「俺も北岳は好きです、一番かもしれません、」
「宮田もか、意外と気が合うな?」

応えてくれる顔はゴーグルで眼は見えない。
でも笑っている、そんな隣から先輩が尋ねた。

「国村さん、バットレスは今日一本で終わりですか?」
「だね、風ちっと出て来ちまったからさ。安全なトコでサッサと幕営するよ、原サンは雪掘り得意だったよね?」

澄んだテノール答えて先輩と歩きだす。
その背中が謳うよう楽しげでいる、こんな上司に地元っ子が訊いた。

「国村さんはホント疲れ知らずって感じだな、宮田いつもこのペースか?」
「はい、」

肯いた吐息が白い。
正午の気温いちばん高い時、けれど上がらない気温に尋ねた。

「黒木さん、この辺りが北岳草のポイントですか?」

ざぐり、雪の底アイゼン軋む感触は硬い。
この下は溶けない氷だろうか、そんな推定に先輩は肯いた。

「ここら辺だ、当たり年は真白に咲く。八本歯のコルが終わって高原になってすぐだ、」

告げられて鼓動そっと響きだす。
いま踏みしめる氷雪はるか花は眠る、咲く時どうか連れてきたい。
いま厳冬期2月の山は白銀に蒼く凍てつかす、けれど天空の花園に笑った。

「今も真白な花咲いていますね、」
「ふ、わりとロマンチストなこと言うな?」

愉快そうに笑ってくれるトーンが明るい。
その傍ら、チェーン繋いだ携帯電話だすとシャッター切った。

―見せてあげたいよ、周太?

想い見つめながら画像を確かめる。
いま白銀まとった冬の山、けれど花の居場所だけでも届けたい。
そんな願いごとポケットにまた仕舞って、歩きだした尾根はゴーグル透かして銀色まばゆい。

「みーやたっ、くろきー、遅れるなよっ」

凛と冴えた風にテノール透る。
呼びかけに手を振り答えて、共に歩きだして先輩が訊いた。

「なあ宮田、いつも国村さんと二人で登ってたんだろ?」
「はい、後藤さんと二人の時もありますけど、」
「そうか…」

雪踏みしめながら精悍な貌すこし考えだす。
こんな場所で何を考えてしまうのか?解かる気がして言った。

「黒木さん、北岳のひとを思い出してるんだろ?」

たぶん図星だろな?

『長い黒髪に白い肌が印象的でした、雪みたいに光ってみえるほど透けそうに白い…美人なんですけど無邪気な雰囲気で、なにか人間離れしていて、』

正月の御岳山、出張所で話してくれた舞台はこの山だ。
しかも「似ている」なら尚更だろう?だから尋ねた隣、低い声なおさら低く言った。

「…そのこと国村さんに言うなよ?ぜっ、ったいにだ、」

こんな言い方この人もするんだな?
可笑しくてつい笑った肩を軽く叩かれた。

「そんなに笑うな、イケメンの余裕ってムカつくぞ?」
「黒木さんこそイケメンです、前も言いましたよ?」

笑いながら銀嶺さくさく踏んでゆく、その感触にただ嬉しい。
頬なぶる薄い空気は凍えて、けれど愉しくて仕方ない時間に先輩が言った。

「三十路のオッサンをイケメンが褒めても嫌味だぞ、バレンタインも沢山もらったんだろ?」

その話題やっぱり振るんだ?ある意味で予想どおりに笑った。

「今年は身内の差入だけです、14日も勤務だったの黒木さん知ってるじゃないですか?」
「たしかにな、でも青梅署に着たって原が言ってたぞ?」

さらり言い返されて困らされる。
そんなこと何故また言ってくれるんだ?その背中を見ながら答えた。

「それは青梅署の救助隊に届いた物ですよ、俺は食べていませんし、」
「ファンレターは宮田メインらしいぞ、」

また言い返して雪軽やかに歩いてゆく。
その足取りに想いだして聴きたかったことを尋ねた。

「それより黒木さん、谷口さんとは親しいですか?」

谷口俊和、あの先輩だけは気になる。
それは嫉妬に近いのかもしれない?その本音に精悍な貌すこし傾げた。

「会えば話すってカンジだ、お互い七機が長いし一期違いだから気楽でな、」

なんで訊くのだろう?
そんな眼差しゴーグル透かす相手に訊いた。

「プライベートで一緒に登ることは無いんですか?」
「ない、谷口がプライベートもつきあうのは井川ぐらいだ、」

応えてくれる声が風にも透る。
吐息すぐ凍えて流れゆく、その青空に瞳細めながら尋ねた。

「谷口さんと井川さんは高卒と大卒で期は違うけど同じ齢ですよね、」
「ああ、地元もあいつら近いんだ。警視庁に入る前から知り合いらしいが、」

低い声が雪踏む音に重ならす。
ざくり、ざくり、硬雪を聴きながら先輩はこちら見た。

「宮田、ずいぶん谷口を気にするな?なんかあったのか、」

確かに気にし過ぎだろな?その等身大ありのまま笑った。

「気にしています、あの雪上技術を盗みたくて仕方ないんです。芦峅寺ガイドに憧れるから余計に負けたくありません、」

雪の奥多摩、稜線伝いに谷口は駈けて来た。
あのスピードにずっと嫉妬している、それくらい本当は羨ましい。

―芦峅寺ガイドの家が羨ましいんだ、俺とは違い過ぎて、

都心の高級住宅街と呼ばれる場所で自分は育った、それは羨ましがられることかもしれない。
すこし前まで自分もどこか自慢に驕って、けれど今は悔しい本音に先輩は笑った。

「意外と負けず嫌いだな、涼しい貌してるけど実はガッツくタイプだろ?」
「がっつかないと伸びませんから、」

さらり応えながら自分の肚底に可笑しい。
こんなに拘る理由なんか解っている、だって羨ましくて仕方ない。

―俺が生きたい世界の人なんだ、谷口さんは、

谷口は代々の芦峅寺ガイドに生まれた、それは山に生きる宿命と言って良い。
その宿命を自分こそほしくて足掻いている、山で生き続けることは自分にとって現実の夢だ。
現実だからこそ嫉妬して、叶わないとしても足掻いて、夢だからこそ今この雪嶺はきらめいて幻より光まばゆい。

「は…」

そっと笑って吐息が白く凍える、そして山の雲へ消えてゆく。
呼吸ごと雪嶺に融けてしまえたら幸せかもしれない、自分は。

『私には身分違いの不幸に思えるぞ?』

ほら祖父の声また映りこむ、あの言葉が何を意味するか解っている。
自分そっくりの祖父が言う「身分違い」それは自分が山を願うことすら当て嵌まる。

『この私が敵わないと思う唯ひとりの男がおまえの祖父だ、泥塗れの私だからこそ宮田君の清らかさは沁みる、』

泥塗れ、そう笑った貌は自分そっくりだった。
あの祖父と同じ貌でしかない自分、けれどもう一人の祖父とも似ていると信じたい。
だからこそ仰ぐ銀嶺は高潔まばゆくて沁みて、灼かれるほど憧れる白銀の世界に山ヤが笑った。

「宮田も変なヤツだな、」

これは褒め言葉だろう?その横顔へ笑い返した。

「黒木さんも変なヤツですよね、意外と可愛いし、」
「かわいい?俺が?」

確かめる真白な吐息が笑っている。
きっと初めて言われたろう?この沈着な男に思ったまま言った。

「可愛いですよ、上司に初恋かさねてトキメクって純情カワイイでしょう?」

こんな言われたこと一度も無かったろう?
そんな堅物で有名な男は呼吸ひとつ、真白なため息吐いた。

「おまえなあ…口止め料に何がほしいんだ?」

ほら、良いカードを手に入れたらしい?
こんなこと可笑しくてナイフリッジの風笑った。

「考えておきます、」



(to be continued)

【引用詩文:William Wordsworth「The tables Turned」】

にほんブログ村 小説ブログ 純文学小説へにほんブログ村

blogramランキング参加中! 人気ブログランキングへ
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

山岳点景:冬、雪川で

2015-02-18 21:00:00 | 写真:山岳点景
水、雪、氷



山岳点景:冬、雪川で

戦場ヶ原@栃木県日光にて、雪ふる日です。
こういう場所では温度がいちばんのご馳走になります、笑

集まれ!旅のエピソード28ブログトーナメント 低山ハイク  1ブログトーナメント

にほんブログ村 小説ブログ 純文学小説へにほんブログ村

blogramランキング参加中! 人気ブログランキングへ FC2 Blog Ranking

PVアクセスランキング にほんブログ村
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

雑談寓話:或るフィクション&ノンフィクション@御曹司譚337

2015-02-18 01:42:00 | 雑談寓話
好き、を嫌いになることはある意味でダメージがデカい。

嫌いを好きになることは楽しいだろう、
でも好きなものを嫌いになるのは体力っていうかエネルギーが要る、

好きなモンを見る→愉しい楽しいで癒される

だから癒されるコトが減るワケで、
癒されツールが一個減るコトはエネルギー補填が一個分難しくなる。
そういうのは車でいえば車輪が一個動かなくなるようなモンで、イキオイあれこれ滞る。
だから好きなモンを嫌いになることはメンドクサイかつダメージでかい。

そういうのって例えばテレビに出ている俳優や芸能人ならチャンネル点けなければそれで済む、
それって、

俳優・芸能人=テレビの住人

っていう認識で今この自分がいる場所で生きている人だって感覚が希薄な所為で、
言い換えれば嫌いなマンガや本は開かなければ嫌な思いをしない、または世界に存在しないのと同じだってことで、
だから俳優やら芸能人やらが誰とつきあったとか破局とか性格悪いとかナントカある意味ドウでもいい、テレビを点けなきゃ無い存在だから。
それでも好きな俳優やら芸能人が出ていれば観たいし、そのとき映りこむ「嫌い」をどういうことにすればいいかは悩ましいけど、笑

でも自分が関わる人間はそうもいかない、
たとえば職場の人間なら仕事に行けばそこにいる、そして仕事で関わるなら「存在しない」なんて言っていられない。
学校でも同じクラスに居れば嫌でも視界に映るワケで存在を主張されてしまう、それが家族や血縁者なら尚更にいないことにとか出来ない、

って考えると、同じ職場の人間を「無い」ことにしたければ職場を変わればいい、

なんて安直な解決法すぎるけど、御曹司クンに関しては有効だろうって思っていた。
だって御曹司クンとは職場以外の接点はメールと電話くらいで、それも返信&受話しなければ済む。
そんなふう無いことにしたかったけど、でも理由は「嫌い」なわけじゃなくて単純に「存在が無い」ことにしてほしかった、

存在が無い=世界から消える

見えない場所にいれば存在を薄れてゆく、そして御曹司クンの世界から消えていける。
それなら御曹司クンも諦めてくれる→他に誰かを見つけるだろうって思っていて、
自分も新職場&繁忙期で忙しくしていれば御曹司クンを思い出すことも減る、

なんて考えで年度末繁忙期が終わって、春が来て、
事業年度も切り替わって落着いたから花サンと約束していた雪山ハイク&温泉に行ったんだけど、
4月の終わりだって言うのに雪が降る某温泉地、真白な世界で花サンが深呼吸して笑って言った、

「やっぱ来てよかったーホント言うとキャンセルするか悩んでたんだよ?彼があれこれウルサイからケンカして面倒くさくなって、でも来てよかった、」

やっぱ御曹司クン登場するんだな?

なんて思いながら存在なかなか消えない事態に呆れて、
そんな内心を知ってか知らずか花サンは堰が切れたみたいに話し始めた、もちろん「彼」御曹司クンについて。

折り合い・・ブログトーナメント

眠いですけどナントナク書いたのでUPします、
コレや小説ほか楽しんでもらえてたらコメント&バナーお願いします、

取り急ぎ、



にほんブログ村 小説ブログ 純文学小説へにほんブログ村

blogramランキング参加中! 人気ブログランキングへ

PVアクセスランキング にほんブログ村
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする