萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第82話 誓文 act.8-side story「陽はまた昇る」

2015-02-24 22:00:00 | 陽はまた昇るside story
Of moral evil and of good, 岳夜、ひと時



第82話 誓文 act.8-side story「陽はまた昇る」

ぱちっ、

朱く爆ぜて炎ゆらめき立つ。
蒼い雪洞の壁に火影あわい、足元の雪映えながら明るます。
ことこと湯の音すら紺青いろ深い空に冴える、黄昏から星ふる時に山っ子が笑った。

「雪洞の前で焚火は久しぶりだね、黒木のお蔭でイイ訓練だよ?」

軽やかなテノールに呼ばれて隣、端整な横顔すこし硬くなる。
その頬かすかに朱いのは火影だろうか?曖昧な貌で先輩レスキューは口開いた。

「俺ではなくて友人と父のお蔭です、国村さんの伝手も利いたんでしょう、」
「ま、どっちにしても許可もらえてラッキーだったよ、」

底抜けに明るい瞳は笑って機嫌が良い。
愉快でしかたない、そんな笑顔が英二に笑った。

「宮田は雪洞の焚火はお初だからね、やっと練習させてやれて良かったよ?」
「はい、ありがとうございます、」

微笑んでコッヘルの湯をマグカップへ注ぐ。
あまい馥郁ゆれて、琥珀色みたすと先輩たちへ配った。

「紅茶です、粉末だし甘いですけど、」
「甘いのがイイよ、山はね、」

笑って受けとり口つけてくれる。
そっと啜りこんで熱すべりこむ、この温度だけでもご馳走だ。

「うまいな、」

しらず口元ほころんで嬉しくなる。
コンビニエンスストアの安物の粉末紅茶、けれど屋敷で飲むよりずっと美味い。

―中森さんには悪いけど、でも今の一杯が美味いな、

家宰が淹れてくれる紅茶は確かに美味しい、あれより上質な一杯はそうないだろう。
それなのにチタンのマグカップに啜る温度はなにより美味くて、そして大切な一杯が懐かしくなる。

―周太の紅茶が飲みたいな、ほんとに、

君が淹れた紅茶が飲みたい、今こんな時すら。
雪山で仲間4人と熱い一杯を酌み交わす、これほど至福はないだろう。
それなのに唯ひとりの手が淹れた香が慕わしい、そんな本音に低い声が訊いた。

「宮田、ぼーっとしてるけど大丈夫か?」
「大丈夫、原さんお替りしますか?」

すぐ応えて先輩に笑いかける。
浅黒い貌は濃い眉すこし顰めて、そして訊いた。

「もしかして宮田、ケンカ中か?」

ここでソレ訊いてくれちゃうんだ?

―きっと原さん、悪気なんか無いんだろな?

寡黙で愛想が無い男、その分だけ裏が無い。
そのままに「ケンカ中」を訊くのも何げない会話だろう、けれど晒したくない本音きれいに隠して笑った。

「姉の結婚が決まりそうなんです、俺シスコンだからさ?」

これも本当のこと、なにも嘘は吐いていない。
そのままに笑った山の空は藍色に銀色きらめかす、星はるか呼応する下で原が笑った。

「そうか、めでたいな?」
「ありがとうございます、」

素直に礼を言いながら正直すこし複雑だ。
姉が結婚すれば実家に帰る場所など一つもない、そんな本音に黒木が訊いた。

「宮田の姉さんなら美人だろな?」
「美人ですよ、」

笑って答えながら携帯電話オンにする。
画像すぐ見つけて、示した画面に三十路男は言った。

「高根の花だな、相手はいわゆる三高か?」

三高か、なんてこの人でも訊くんだな?
すこし意外でつい笑いながら答えた。

「背は高いけど三高っていうより3Kです、俺の同期ですから、」

警察官ならそうだろう?
思ったままの発言にテノール笑って小突かれた。

「み・や・た、上司サマの前で3Kとか言って良いのかねえ?」
「上司さま本人も言ってるじゃないですか?」

笑い返しながら改めて自覚する。
本当に自分たちは「3K」だろう?そんな自覚に同齢の上司は言った。

「確かに俺たちはキツイ・キタナイ・キケンだね、でもマタギなんざモット過酷だよ?後藤さんも本気だすとスゴイし、」

聴きなれない言葉、けれど記憶にふれる。
ぱちり、爆ぜた火の粉に最年長が口開いた。

「後藤さんって、小国のご出身でしたか?」
「オフクロサンがそうらしいね、それで祖父サンに仕込まれたらしいよ?」

軽やかに答えながら、からり焚き木くべてくれる。
朱色、金色に緋色、火影ゆらめく雪白の貌はからり笑った。

「この焚火、樺の皮を敷いて裂いたのに着火したろ?アレもマタギの知恵だよ、山で採って天日に乾して使うんだけどさ、雪だけじゃなく雨でも点くね、」

そういえば登山ザックの底から木の皮を出していた。
その智慧に感心する隣、黒木も口開いた。

「オオバクロモジや千島笹もいいですよね、」
「だね、クロモジは大抵のトコで生えるし油分が多いからイイ着火剤だよ、」

からん、燃えがら響いて金粉の爆ぜる。
ほろ苦い馥郁ゆれて温かい、チタンカップの湯気すする火端に原も笑った。

「俺の祖父さんは杉の枝を炙って敷くらしい、焚火でバリバリ音するまで焼いてその上に寝る、」
「痛いから眠りが浅くて凍死しないってヤツだね、ソレ後藤さんも言ってたよ?」
「お、同じか、」

山郷の智慧を聴きながら愉しくて、愉しい分だけ思い知らされる。
いま四人で焚火を囲んで笑いあう、けれど自分だけ「山」が遠く想えて切ない。

―俺には何も無い、山の記憶は、

警察学校の山岳訓練、あれが自分の最初だった。
あのとき滑落した周太を背負って下山して、けれど途中なんども交替したことが悔しい。
悔しかったからこそ努力して今がある、けれど多分この三人ならば単独で背負い下山しきっていたのだろう?

「原も祖父サンと冬山に入ったのかね?」
「高校になってからは。帰りはイノシシ独りで背負わされた、」
「一人で背負っちゃうんじゃシンドイね、黒木はそういうのってあったかね?」
「俺は猟をする身内はいないです、でもポリ袋のビバークは父親から教わりました。山菜の見分けと、」

三人それぞれ語る山の記憶、その言葉たちから土と森が香りたつ。
山で呼吸して育った、そんな会話は愉しくて憧れるまま温かで、だからこそ今は切ない。

―きっと鷲田の家に帰ったからだな、

祖父の家、けれど今は自分の名義になった。
その自覚が姉の結婚報告で帰った日から分厚くなる、それに近く姉から訊かれるだろう?

『ねえ英二、あんたが今日ここにいるのってもしかして、』

雪の庭でもの問いたげだった姉、あの貌は何かを察している。
もう祖父たちから聴いたかもしれない?つい思案して自嘲が微笑んだ。

―バカだな俺、せっかく北岳の夜なのに、

この国の第二峰、世界で唯一の花守る「哲人」北岳。
この山は自分にとって想い深くなる、そんな焚火の時間にザイルパートナーが笑った。

「英二、ぼんやりタイムからご帰還?」
「あ、ごめんな光一?」

名前で呼ばれてつい呼び返して可笑しい。
だって今は職場の先輩たちいる前だ?困りながら謝った。

「すみません、ひとりで考えごとして。黒木さん、紅茶お替りしますか?」
「ああ、頼む、」

先輩が頷き返してマグカップ差出してくれる。
けれど横から紙パック登場して、とくり甘い香が注がれた。

「紅茶もイイけど一杯くらいやらないとさ?ほら、原も英二もカップ空けてね、」

底抜けに明るい瞳が笑って紙パック示してくる。
その銘柄と笑顔に原が笑った。

「ホント国村さんは酒好きなんだな、藤岡や岩崎さんに聴いてたけど、」

この名前なつかしいな?
そんな想いに半年間は長く遠くて、そして想いだしたことに笑いかけた。

「そういえば原さん、正月休みはプロポーズ出来たんですか?」

元旦、御岳山の二年参り警備でそんな話をした。
あの続き今夜は聴けるかな?その期待に笑いかけた隣、三十路男が言った。

「そうか原、今夜はいい話がじっくり聴けそうだな?」

いつもの落着いた頼もしい声、けれど感情さまざま絡みこむ。
そんな年上の部下に朗らかな上司は笑った。

「黒木もソンナ貌しちまうんだね、やっぱ後輩に結婚越されてジェラシー?」

この台詞、この相手だけには言われたくないだろうな?
そんな心配と笑いたい隣、端正な雪焼けの顔は言った。

「…くにむらさんからかわないでくれますか?っていうか国村さんこそ結婚どうなんですか?」
「ソコラヘン知りたかったから英二に訊いてくれて良いよ、ねえ?」

からりテノール笑って話振ってくれる。
そのまま精悍な眼差し刺されて、笑こらえながら英二は立ちあがった。

「酒の前に俺、メールひとつ送ってきます、」

あの写真を贈りたい、今ここから。
その願いに透けるよう明るいテノールは言ってくれた。

「あんまり長くかけるなよ?凍えちまうとマズイからね、」
「ありがとう、」

笑って歩きだし電源ONにする。
電波状況をたしかめながら歩く雪面は銀色やわらかに明るます。
おもったより月明りが良い、そのまま光る画面のマークに止まり仰いだ空、息呑んだ。

「は…」

銀色、白金、あわい緑に金色、ときおり輝く赤い星。
紺碧あざやかに深い空、無数の星きらめいて光あふれて遥かな稜線を輝かす。
いま厳冬期の高峰たちは雪鏡に星空あわく銀色うかばせる、この星と山の呼応に笑った。

「きれいだ、」

きれいだ、この世界は。

満天の星、白銀の雪山、凛と冴えわたる風。
黒と藍色と銀色、ただ三色の世界をナイフリッジの風が凍てつかす。
ふかい冷厳は生命の息吹かけらもなく静かで、ひとり銀嶺の夜に微笑んだ。

「北岳、好きだよ?」

この山が好きだ、そう今あらためて自覚する。
その感情に理屈なんてない、ただ静かな幸福に笑って携帯電話を開いた。

T o  :周太
Subject:哲人
本 文 :北岳にいるよ、穏やかだけど気温が低い。
     山肌は地面から凍ってるよ、アイゼンの感覚に帰ってきたって嬉しくなる。
     四人で登るのは初めてだけど夜が凄そうだよ、でも沈黙は守るから心配しないで?

言葉うちこみ写真ひとつ添付する。
銀色まばゆい雪山の斜面、ここが何を意味するか解るだろうか?

「周太、必ず北岳草を見せるよ?」

約束を笑いかける画面はライトあかるんで白い。
この文字と写真で解かってくれるだろうか、伝わるだろうか?

「…逢いたいよ、ずっと、」

どうか解ってほしい、そう願いながら指先そっと籠めて送った。


(to be continued)

【引用詩文:William Wordsworth「The tables Turned」】
【参考文献:工藤隆雄『マタギに学ぶ登山技術』】

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冬の額縁

2015-02-24 21:00:00 | 写真彩々
深閑ふる雪



古家の冬、なにもない雪ふる縁側。

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雑談寓話:或るフィクション&ノンフィクション@御曹司譚339

2015-02-24 00:57:00 | 雑談寓話
4月下旬、花サンと前から約束していた雪山ハイク&温泉の1泊目、
風呂&ゴハン後に長湯から戻った花サンは携帯電話ひらき、

「あー…やっぱ着信とメールすごいよ?」

案の定だけど御曹司クンからの着信&メールだったんだけど、
花サンが電話するからイヤホンして曲聴きながら旅先はがき書いてたら、

「トモさんお願い、ちょっと出て?」
 ↓
「なんで出なきゃならんワケ?笑」
「どうしてもって言うから出てもらえないかな、こんばんはだけでも良いと思うから、」

ってオネガイ×でも本音は何を想うのか?って発言されて、とりあえず出てみた、

「こんばんは、なに?笑」

ホントなんで自分が電話でなきゃいけないんだ?
とか思いながらもナントナク理由わかるまま御曹司クンが言った、

「あー…ほんとおまえだ、すげーひさしぶり…、」

ほんとすげー久しぶり、かつ、こんな場所で声だけ再会することが変だった、
だって旅先の旅館で花サンが向かいにいる、こんなこと前もあったな思いながら笑った、

「で、なんで電話変われとか言うワケ?マジ無粋だね、笑」
「無粋とかっておまえ、やっぱナニそういうこと?」

焦ったみたいな声で訊いてくる、
その意図がアホらしくって軽くSってやった、

「ふうん?ホントおまえって色情狂だねえ、ソンナンじゃ誤解よけいにつくるんじゃない?笑」

ホントその辺は気をつけてほしいな?
そう想ったまんま言ったらまた焦った声が言った、

「ちょっ、しきじょうきょうとかってオマエほんと酷くねえ?ごかいよけいにとかなんだよっ、」
「前も言ったろ、セクシャルマイノリティは誤解を受けやすいってさ?」
「だからって何今のどういう意味だよ?」
「相手のことヤタラ疑うヤツは疑われるコトしてるって意味だよ、笑」

これ言ったら怒るんだろな?
そう想ったまんま御曹司クンは拗ね怒った、

「っ、それって俺がやたらXXXしまくるとかソウイウ意味で言ってんのかよっ、」

自分で言っちゃうんだ?笑
こんな発言また可笑しくて笑った、

「へえ、自覚あるんだ?笑」
「っ…そりゃおまえには何言われてもなにも言えねえけどさー…」

なんだか急に萎れてくれる。
こんな反応も可笑しくて笑いながら言った、

「誰もがオマエみたいにすぐヤりたがるワケじゃないよ、そういうオマエが花サンのこと口だせる資格なんて無いんじゃない?笑」

資格がないクセに口出しばかりする、それが花サンの苛々の原因だろう?
そう想ったまんま言った相手は拗ねながら口籠った、

「だって、さー…つきあってる相手とは旅行しねえのにオマエとは行くとか不公平じゃん?」
「ナンも無いただの山行くための相手だとしても?笑」
「そうだけどさー俺とは泊りで出掛けねえのにズルいじゃん、」
「おまえは泊りの出張でヤラカシたから、花さんのコトも信用できないってこと?笑」
「っ…そ、んなこと言っておまえそこに彼女いるんだろっばかっ、」
「なに?おまえ自分からカミングアウトまだチャンとやってないんだ?ホント信頼ないんだねえ、笑」

ちょっと呆れながら言った電話口、すっかり拗ねた空気がきて、
こんなんじゃラチ明かないから言ってやった、

「こんな用件のために電話とかしてくんなよ?コッチはせっかくの山と温泉で気分転換してんのにさ、メールも電話も無様だよ?笑」

こんな首突っこむみたいなコト言うのは趣味じゃない、
でも今トリアエズ静かにしといてほしくて、そのまま花サンに訊いてみた、

「まだ御曹司クンと話すこと今ある?笑」
「ううん…今はいい、」

首ふった彼女に笑って、そのまま電話を切った。



ちょっと書いたのでUPします、風邪の所為か変な冴え方してるので、笑
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取り急ぎ、



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