萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

one scene 某日、学校にてact.4―side story「陽はまた昇る」

2012-08-01 04:25:42 | 陽はまた昇るside story
もし言ったら、



one scene 某日、学校にてact.4―side story「陽はまた昇る」

今日の最後の授業が終わると、英二はすぐ鞄にテキストを入れて立ち上がった。
振向いた先、窓際の席で周太は鞄にノートやペンを仕舞っている。
その横顔には赤みは見られない、すこしだけ安堵しながら英二は歩み寄った。

「周太、帰ろう?」

呼んだ名前に黒目がちの瞳が見上げてくれる。
まだ少しだけ怠さを残した気配が気になってしまう、けれど穏やかな声は微笑んでくれた。

「ん…図書室に寄ってもいい?」
「いいよ、俺も見たい資料あるし、」

話しながら教場を出て、廊下を歩きだす。
歩いていく足取りも昨日よりはずっと良い、やはり疲労からの熱だったのだろう。
そう想うと自分がしでかした昨夜のことに、自責があまく心を噛んだ。

―着替えさせるだけ、だったのにな、

ほんとうに、そのつもりだった。
廊下で周太を見つけて、すぐ抱きかかえて部屋に連れ帰って。
ベッドでキスをして抱きしめたら、周太のシャツは汗に濡れていた。
そのままだと風邪をひく、だから体を拭こうと洗面器に湯を汲んで、タオルを絞った。
そこまでは確かに「着替えさせるだけ」が目的だった、それなのに。

―ついスイッチが入ったな、見た瞬間に、

周太からシャツを脱がせた瞬間、濡れた肌に奪われた。
あわい汗の瑞々しい素肌が、デスクライトをなめらかに光らせて綺麗で。
それでも熱いタオルで拭う手を進めて落着けこうとしたのに、拭った肌の艶に心ごと目を奪われて。
見つめて、心奪われたまま抱きしめて、存分に触れて味わってしまった。

―…おこらないけど…でも、すごくはずかしかったよ?…えいじのえっち

全てが済んだ後に言った、周太の言葉が浮んでしまう。
周太は疲労から熱を出して寝んでいたのに、恥ずかしげな周太の顔は余計に赤くなっていた。
あんなふうに我を忘れて求めて、ねだってしまう自分が自分で不思議になる。
こんなこと昔は無かった、周太に出逢うまでは。

こんな自分は本当に恋の奴隷。
この脚にも手にも恋愛の鎖はとっくに絡まっている。
この鎖を持って欲しい人は唯ひとり、唯ひとつの恋で繋いで自分の心を支配する。
この束縛が愛しくて嬉しくて、ずっと永遠に離さないでいてほしい、この恋こそ自分の全てだから。
この恋愛に自分の全てが繋がっているから、この恋の主人を失ったら本当に気が狂うかも知れない?
そんな想い微笑んで歩きながら、隣を歩く恋人に英二は笑いかけた。

「周太、今日はトレーニングは休もうな?図書室から戻ったら、部屋で寝ていよう、」

まだ熱の残滓が周太の頬に首筋に見えている。
きっとこの疲れは長い間に溜まってしまったもの、そんな雰囲気が心配になる。
けれど黒目がちの瞳は見上げて、素直に頷きながら言ってくれた。

「ん、…でも英二はトレーニング行くよね、昨日も休んだし…俺、見てるのもダメ?」

見ていたいなんて言われたら、嬉しいです。

嬉しいけれど、でも無理を今はさせたくない。
それなら今すぐトレーニングについて解消すればいい、微笑んで英二は周太を横抱きに抱えた。

「この後ずっと搬送トレーニングさせて?今日は俺もトレーニングルームは休むよ、」
「…あの、このあとずっとって?」

抱えた腕のなか、驚いた瞳が見上げて訊いてくれる。
こういう貌も可愛いな?そんな幸せを見つめて英二は微笑んだ。

「移動するときは抱えさせてよ?飯のときや、風呂のときとかもさ。そうしたら俺、ちょうど良いトレーニングになるだろ?」

言いながら図書室の前に着いて、そっと降ろして床に立たせる。
また恥ずかしげに俯いて周太は黙ったまま、図書室の扉を開いた。
そして静かな室内へと踏みこんで、そのまま書棚へと行ってしまう。

―あ…嫌だった、のかな?

ずきん、心に痛みが刺す。

ずっと抱えて移動するなんて、周太は嫌だったのかもしれない?
もし嫌だと思われていたら、どうしよう?そんな不安に心墜ちこみそう、ほら心裡は泣きそうになる。
そんな心の涙を見つめながら書棚を歩いて、小柄な背中を追いかけてしまう。

ふるい本の香がどこか甘くて、懐かしい。
その香りは幾らか非現実的で、書架の並ぶ空間が迷路のようにも思えてしまう。
もし今すこし離れたら置いて行かれそう?こんな想いに追い縋る。

どうか嫌わないで、ほんの少しでも。
そう祈るよう後ろを歩いていく、その前を行く背中が立ち止った。
やわらかな髪の頭がゆっくり上向いて、書棚を視線がなぞっていく。その視線を止めると、微笑はふり向いてくれた。

「お願い、英二。あの黒い背表紙の本、取ってくれる?」

お願いしてくれた、笑顔で。

こんなふうに言ってくれるなら、嫌われたわけではないんだよね?
そんな望みを想いながら長い腕を伸ばし、書架の黒い背表紙を手に掴んだ。

「はい、周太、」
「ありがとう、英二の見たい本はどれ?」

優しい笑顔が礼を言いながら訊いてくれる。
こうして訊いて興味を貰えることも幸せで、英二は歩きながら答えた。

「山岳救助隊の資料を見たいんだ、確認したいことがあるから」
「もしかして、初任教養のときに、よく見ていたファイル?」

考えるよう首傾げた、そんな様子も好きだと見てしまう。
もう自分は周太のことは何でも可愛いし好き、そんな自覚に微笑んで英二は、一冊のファイルを取出した。

「そうだよ、周太。これ、よく見たよな、」

答えながら閲覧テーブルに行くと、静かにファイルのページを捲っていく。
そして広がった雪山の写真を、そっと指で示した。

「この背中を、誰なのか確認したかったんだ、」

雪山の尾根に立つ、スカイブルーの冬隊服まとった背中。
この写真の背中への憧れが、英二を山岳救助隊への志願に肩を押した。
この背中が誰なのか確かめたい、そんな想いと開いた写真を黒目がちの瞳が見つめて、英二を振向いた。

「光一と似ているね?」

やっぱり。
そんな確信を見つめて英二は微笑んだ。

「やっぱり、周太もそう思う?」
「ん、すごく似てるよね?…背が高くて、細身だけど確りした雰囲気の体で…毅然としていて、」

写真に目を落としながら頷いて、落着いた声が述べてくれる。
そのどれもが自分が感じたままと似ていて、同じ感覚なことに嬉しくさせられてしまう。
嬉しくて英二は綺麗に笑いかけると、ファイルを閉じた。

「これで俺の用事は済んだよ。部屋に戻ろうか、周太?」
「ん、貸出してもらってくるね、」

素直に頷いて周太は貸出カウンターへと立った。
すぐ手続きを終えて図書室から出ると、英二を見上げて周太が微笑んだ。

「搬送のトレーニング、するんだよね?…はい、」

笑いかけて腕を伸ばして、英二の鞄を持ってくれる。
さっき嫌だったのかと思ったのに?嬉しいけれど意外で英二は訊いた。

「周太、嫌じゃなかったの?させてくれて、いいのか?」
「ん、…はずかしいけどでも、…このあといっしょにいてくれるためなんでしょ?」

言いながらもう、周太の首筋を薄紅のいろが昇っていく。
この色彩に幸せ見つめて英二は、小柄な体を横抱きに抱え込んだ。

「うん、一緒にいるよ?ありがとう、周太、」

告げた先、黒目がちの瞳が羞んでも幸せに微笑んだ。
その瞳はきれいで明るくて、ついキスしたくなって、英二は足早に廊下を歩きだした。
早く部屋に戻って、この眼差しを独り占めして、キスをして抱きしめたい。

俺だけを見て、どこにも行かないで、俺だけで心を充たして

そんなふうに本当は言ってしまいたい、けれど言えない。
けれど本当は独り占めしたい、だから口実があるのなら逃したくない。
だから今こんなふうに理由があるのなら、迷わず浚いこんで部屋に籠めて、ふたりきり時を見つめたい。
こんなこと言えないけれど、もし言ったら君は何て応えてくれるのだろう?

君を、独り占めに見つめていたい。
この手足に絡む恋愛の鎖で惹き寄せて、この腕のなかへ閉じ込めて。





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