さて、前回の続きです。
前回の調べでは
『尺骨神経が小胸筋の下と肘部管で締め付けられていて、どうやら傷ついていそうだ。』
というところまで分かったわけです。
治療自体は神経への締め付けを解いてあげることをするわけで、いたってシンプルな話です。
ですので、ここまでの調べを基盤に治療を組み立てても大丈夫なのですが、
それでははっきり説明できない症状がある、わけです。
というわけで今回のお話のテーマは
「朝起き抜けやつり革をつかんでいるときに出てくる五本指全部に広がるシビレ」です。
まず、尺骨神経だけの問題だった場合、痺れる指は薬指と小指です。
図版引用:iris-iris より引用
図の水色のエリアです。
しかし、「起き抜け」と「つり革」のシチュエーションではなぜか五本指全部がしびれているのです。
ということは、尺骨神経以外の末梢神経にも影響があったということになるんです。
傷のないはずに神経にも痺れが出てくるって、おかしな話じゃないですか!?
不思議でしょう!?
「朝」と「つり革」、そして「五本の指全体のシビレ」…
この3点のつながりとは!?
なんて考えてゆくと、ちょっとした推理小説みたいで面白い…
と感じるのは私だけでしょうか?(^^;)
ま、それはいいとして。
これら3つの点を結ぶ条件とはなにかと申しますれば、「血流障害」というものなのです。
腕に行く神経と血管は、小胸筋と胸郭の間を通り抜けてゆきます。
図版引用:公益社団法人 日本整形外科学会HPより
小胸筋が固く縮みこんだ状態で腕を上に挙げると、引き伸ばされた小胸筋は腕へと向かう神経や血管を圧迫します。
こうして圧迫を受けた血管は腕に十分な血液を送ることができません。
血流の不足は尺骨神経だけを狙い撃ちすることなく、腕に枝を伸ばす他の神経(正中神経や橈骨神経)にも等しく平等に影響を及ぼします。
いったいどんな影響を及ぼして、何が起こるとおもいますか?
そう、酸欠や低栄養によって手の神経が一過性の麻痺を起す、つまりシビレちゃうんですね。
こうした血流不足によるシビレは末端から始まります。
正座の時に起こる脚のシビレなんかもそうでしょう!?
腕の根元で血管がせき止められるもんですから、心臓から遠い指先から順に酸素や栄養の不足が起こるわけです。
なので、五本の指先がシビレたんですね。
と、ここまではAさんから伺った情報からの推論です。
そうした推論を確かなものとするために、
私たち治療家は理学検査というものをするんです。
Aさんにはライトテストという検査をさせていただきました。
Aさんは上の図の姿勢を取ると、やはり右手だけ脈を感じなくなります。
検査は陽性です。
ちなみに、この小胸筋症候群は別名「過外転症候群」と申しまして、
手を挙げた姿勢が続くことで腕に行く神経を傷つけたり血管を圧迫して起こると考えられているんです。
でも、そうだとしたらまだ釈然としない話が残りませんか?
そう!朝起き抜けのシビレです!!
Aさんからは朝起き抜けに万歳してたという話は聞いていません。
手を挙げていないのに、なんで私は「過外転症候群」に伴う「血流障害」をシビレの背景に考えたのでしょうか?
仕組みは簡単、いたってシンプルな話です。
心臓は死ぬまで休みなく鼓動を打ち続けますが、
寝ているときはゆったりとしたリズムに変わることで休んでいます。
この時、血圧も脈拍も低くなるんです。
当然、血液を送り出す力は弱くなる。
一方で、緊張した小胸筋は休むことなく血管を踏みつけているわけです。
すると、Aさんの寝起きの右手は
ただでさえ「血管の圧迫」で血の通りが悪い上に、
寝ぼけた心臓が「血流量の低下」を起こしているというダブルパンチを食らうわけです。
加えて、寝ているときには心臓の拍動が穏やかになることの影響で生理的な浮腫というものも起こります。
寝起きって皆、むくんだ顔をしているでしょう!?
あれです。
全身がむくむと血管や神経の通り道になっている隙間も狭くなるんですね。
こうなるともうトリプルパンチです!
…これはぱちぱちパンチです(*_*;
そうした生理現象も相まって、朝起き抜けの「五本指のしびれ」が現れたわけです。
ちなみに、朝起き抜けのシビレは布団から出て顔を洗う頃には引くといいます。
その理由も休んでいる心臓にあります。
朝のねぼけた心臓も布団を這い出して歯を磨くころには目を覚まし、しっかりと血液を回しだします。
そうなると、多少の血管の圧迫があっても問題ないレベルで腕に血液を送れるようになるんです。
だから寝起きのシビレはしばらくすると消えるというわけなんですね。
一見不思議な現象ですが、身体の仕組みの基本を知ることで理解できるようになるんです。
さて、そうこうしてAさんの故障の背景を把握できたら「回復への道筋を二人三脚で歩き出そう!!」ということになるわけです。
Aさんの初回の治療では、患部の締め付けを除くことを主眼とし、
右前腕や右胸の筋肉に無駄に力がこもってしまう背景要因(崩れた姿勢と固定している種々の問題点)を摘むべく、
全体の関節機能を整えるための介入を行いました。
結果は上々。
一先ず無事にライトテストの陽性所見が現れないところまで持ってゆきました。
治療後、小胸筋や肘部管の圧痛と放散痛も大幅に軽減し、放散するエリアも狭くなりました。
そうした身体のリアクションから、神経自体のダメージはそう大きなものではなかった事もわかってほっと一安心。
症状を緩和させるためのセルフケアをお伝えして、この回の治療を終えました。
=終わり=