1歳のお子さんを丸一日抱っこし続けて肩が痛くなってしまったとご来院のAさん。
私の顔を見るなり
「あ、先生!お父さん脂肪肝でした!」
とニッコリ。
Aさんのお父さんはとある分野の職人さん。
時折お身体の相談をいただいています。
確か前回お会いしたのは夏のころだったような…
そういえば、確かあの時、内科的な問題を疑ったような…
しかし、脂肪肝でよかったとは?
何か肝臓と関係した筋骨格系の症状があったのかしらん?
と記憶の糸をたどりつつ
「あ…え~…それは何より…」
と歯切れの悪い返事で誤魔化すも
『あ、わすれてんな…』
と悟られること0.1秒。
微妙な空気になるより先に
「カルテ診てきていいっすか?(^_^;)」
と白旗を挙げる私。
不思議なもので、カルテを見るとその日の情景がみるみる蘇ります。
たしかに「脂肪肝でよかった!」です。
▲左から正常な肝臓・脂肪肝・肝硬変
Aさんのお父さんは両側の足の裏がチクチク痛むと来院されました。
かれこれ3か月も足の裏の痛みが続いているとのこと。
お父さん、お仕事では長時間立ったまま。
足元は靴底の硬い長靴をはいています。
お父さんの足裏を診てみると、土踏まず以外が赤く、少し膨れています。
これをみて私は、はじめ単に底の硬い長靴での立ち仕事がたたって足裏が腫れたんじゃなかろうかと思いました。
しかし、お父さんはどうにも納得のいかない様子。
もう少し様子を聞いてみると、お父さんの口からは気になる症状が飛び出します。
・このところ疲れが抜けない
・足がつる
・足がむくむ
・去年から急に太った(10kg体重が増えた)
・お酒は大好きだけど、最近量が飲めなくなってきた
疲れが抜けなくて筋肉がつる…
お酒はよく飲むが飲めなくなってきた…
飲まないんじゃなくて飲めない?
そして足がむくんで困っている…
体重が増えたというけれど、10kg脂が付いたようには見えません。
おなかを触ってみると皮下脂肪はさほどでもなく、腹腔が水風船のように膨れています。
私の頭の中は学生時代の病理学各論の授業風景がフラッシュバックしていました。
言い方が悪いのですが、こうしたお腹を「蛙腹」と呼んだりします。
つづいて、「低アルブミン血症」「浮腫」といった単語が泳ぎだします。
そして「アルコール性肝炎」「肝機能障害」「腹水」「門脈圧亢進」という単語が不気味にちらつきます。
ぐるぐる回る単語たちの向こうに「肝硬変」の文字がうっすらと浮かびます。
肝硬変では消化管からの血流が硬くなった肝臓を通れずに滞るため、お腹に水がたまったり手足がむくんだりします。
そうすると太って見えないのに体重が増えたりします。(水太りっていうんでしょうかね)
この状態を門脈圧亢進といって、消化管の静脈がパンパンに膨れて食道静脈瘤の破裂なんて危険性も出てきます。
肝臓の働きである解毒作用がうまく働かなくなれば筋痙攣も起こします。
そんな私の疑念を感じてか、
「足の痛みが内臓からくるってことあるかなぁ?」
と、しきりに聞いてくるお父さん。
多分、ご自身の飲酒歴から肝臓を心配しているのでしょう。
さすがは 吞ん兵衛 職人気質のお父さん。
勘が鋭い。
しかし、私は医師ではありません。
検査もできなければ診断もできません。(そもそも診断権というものがありません。それがあるのは医師だけです。)
ですが、時に進行性の疾患との判別(つまり、自身の職域で対応していい疾患であるかの判断)はしなくてはなりません。
徒手医学では通常、内科的な疾患の影響が筋骨格系に及んだ場合、手技療法のような治療では改善が得られないといわれています。
その証拠に、食道炎の影響で起こった首の付け根(襟の高さ)の強いこり感は、手技療法や鍼灸治療でも一瞬症状の緩和が得られるも、ものの数十秒で戻ってしまいます。
そうした反応を見たときは、首の付け根のコリの原因が内科的な問題で引き起こされていたことが分かります。
これを診断的治療といいます。
こうしたときは胃薬を飲んでもらうとしつこいコリもスッキリ治ってしまいます。
といった理由から、お父さんの足の裏の痛みが消えるのか試しに治療することで内科的疾患とのつながりが判断できるかもしれない…と考えました。
お父さんの足の痛みは下腿の循環障害によるうっ血と浮腫が原因です。
血流を滞らせているのが単にふくらはぎの緊張であれば、緊張を解けばかかとの痛みは消えるでしょう。
門脈圧の亢進であれば消えないかすぐに戻るはずです。
治療はかかとにある失眠というツボと土踏まずの先端にある湧泉というツボにお灸をしました。
かかとへの灸は腓腹筋という筋肉の緊張緩和を狙ったもの、湧泉への灸は腓腹筋の下の深層筋の緊張緩和を狙ったものです。
結果、足裏の痛みは消えました…
すぐに再発する様子もありません。
じゃあお父さんの肝臓は問題ない?
いえいえ、そうとは限りません。
諸症状を俯瞰すればアルコール性肝炎なんかも心配です。
肝機能が低下していれば浮腫も起こります(低アルブミン血症)し、筋痙攣も起こります。
さらに言えば、
内科疾患の影響によって生じた整形外科的障害(症状?)にたいして
徒手医学的アプローチ(保存療法といいます)を施すことによる身体のリアクションの話は、
あくまで経験則の範疇の話できちんと証明されているものでもありません。
個々の状況によっては「手技療法で消える痛みだから内科的疾患ではない!」とは言えないケースもあるはずですし、今までも実際にありました。
得られた所見を見渡して肝機能障害が疑わしいならば、やっぱり検査をお勧めするべきでしょう。
医者でもない、ただの鍼灸マッサージ師の私の言うことがどこまで通用するのかわかりませんでしたが、
きちんと病院に行っていただけるようAさんにお父さんのお身体についてご相談させていただいたんです。
で、ようやく冒頭のやり取りに戻るわけです。
心配していた「肝硬変」ではなく「脂肪肝」だったということで、一先ずはほっと胸をなでおろしたということです。
でも肝機能の低下はあったということですし、肝硬変の前段階でもあったわけですからしっかりと治療しなくてはなりません。
食事制限、辛いだろうなぁ…
お酒を豪快に飲んでいただろうお父さんの顔を思い浮かべて気の毒に思う秋の日なのでした。
=終わり=