土佐源氏
宮本常一せんせの「土佐源氏」っていう文章がある。名作であるということは、知っていたんだが。なんだか、とっつきにくい名前だなぁと思っていたから、岩波文庫の「忘れられた日本人」の前後の...
土佐源氏
宮本常一せんせの「土佐源氏」っていう文章がある。名作であるということは、知っていたんだが。なんだか、とっつきにくい名前だなぁと思っていたから、岩波文庫の「忘れられた日本人」の前後の...
あと7年後に開催
東京オリンピックが、あと7年後に開催される。今朝の産経新聞にかの増田明美さんが書かれていたが、彼女の実の父親が71歳になってそのオリンピックを楽しみにしておられるという。今年病気になられて、背骨の病気だからちょっと動きに不自由されておられるのだそうだ。しかし、あと7年頑張ろうと云われているそうだ。
これは実にいいことだ。
あと7年やろう!って自分を自分で奮い立たせることができる。しかし、オレは思った。あと7年がんばって、そのアトも数十年頑張ろうって!
これのほうが、積極的である。生きる意欲が湧いてくるというもんだ。オレはオリンピックの時は、69歳だ。まだまだ若造である。見た目も若いけどね(@^▽^@)。いや、そういうことではなくて、こころ持ちだと思うからである。
人間、あれですよ、気持ちの面から老いていったら、あっというまにカンオケに片足つっこんでしまう。
将来のことを悲観して、あるいは進学や就職に失敗して、またまたいろいろな面で挫折して。。。というのは、オオイニあり得ることであって、誰しも可能性はある。だからといって、それを心配して、働く気力も失せ、生きるための活力も無くなるっていうのはいかがなものかと思うからである。
将来どうなるのかというようなことは誰にもわからんことである。それを知っている、知ってから生きるというのでは、人生なんも面白くない。面白いから、生きてる価値があるんだと、オレは思っているし。
豊臣秀吉だって、あんなふうな人生を送るようになるとは自分でも思ってもみなかっただろうとオレは思う。大阪城を作ったり、関白になったり、最初から計算してなったわけではないと思う。それこそ、「今」を精一杯生きてきたから、あれだけの成功をしたんであって、***になる、なりたいから努力したわけではあるまい。
このことは、***になりたいから大学に行く、大学院に行くという思考法とも違う。最初から計算して、その方程式を解いて、正解を得たから行動をするというのとも違うとオレは思っている。
「今」を大切にするということは、そういうことなのではないのか。もっとも、学校に行くというのは、資格取得のためならば、それはそれで仕方ない部分もあるから、一概には言えないと思ってはいるけれども。そこまで否定する気持ちはない。医者になりたいから医学部に行くんであって、まずは医学部に入らなくちゃ、なれるものもなれない。それくらいのことは、いくらオレがあふぉ~でもわかる。
勝ち負けだけで人生を生きていると、そもそも前提がおかしかったのではないかと気がつくことがある。
受験勉強だってそうだ。勝ち負けだけの世界である。今ならオレは云える。そもそも、それだけではなかった筈である。勝った人にはそれなりの人生があり、負けた人だってそれなりの人生がある。
オレは全ての面で、連戦連敗だった。オレの人生なんてこんなもんだろうなと思って生きてきた。努力だけはしたけれども、計算通りにはまったく行かなかった。本当に一介の田舎教師で終わってしまった。だから慚愧の思いで老いさらばえているのではない。敗者には敗者なりの、楽しい人生が用意されていたからである。
孫に恵まれ、九十九里海岸で隠遁の生活を送らせていただいている。配偶者としばしば旅行をさせていただいて、全国各地を放浪している。
熾烈な人生競争で健康を損ねるというようなことも無かった。今も、すこぶる健康である。それに元々頭脳が優秀ではなかったから、能力が衰えるということもない。つまり、元々最低ランクからスタートしているのだから、アトは落ちようがないのである。これからは、上昇する一方なのである。「上昇じじい」である。だって、スタートがドン底だったんであるから。こういう人生を生きているじじいがいても良いのである。じじいたちの希望の星である。なんとでも云い給え。オレはオレ。好き勝手に生きるんだから。わはははははである。
オレの周囲にたくさんいる学校秀才さんたちとは、そこが違っているのである。
落ちようがないのだ。
だから巷間流行している「倍返し」なんて考えたこともない。あの半沢・・なんとかいう番組は、狭い自分のテリトリーであがいているだけの人間をいかにみっともなく描くかというものにしか見えないからだ。
もう、社会的には葬られてしまった人間である。オレは。何を云っても、なんの意味もない。
せめて、7年後の東京オリンピックを楽しみに生きてまいりますよん。
そのアトも、しぶとくね。
(^0^)/ウフフ
じゃぁ、これから学校に行ってきま~す。
さよなら、元気でね。
記者は、いや報道は記事を売る商売なのだから、売れる記事でないと辛い。また、売りやすいパッケージが可能でないと辛い。例えば「震災前の原発」を思い出してみると、それを「ネタ」に恒常的に記事が書けたかは疑問だ。それでは科コミュにならない。
では現実にはそれは誰が担っていたのだろう?と考えると、おそらくそれは、「地元議員」だろう。原発立地地域の人の感情や利害全部耳に入れて聞いて、落とし所を作ってたに違いないから。ただし、「落とし所」は極めてお粗末な有様だったことは今や明らかである
天才というと、オレのクラスメイトたちも語学の天才がおられて、いちいちオレはたまげているんですよん。英語もすげぇし、母国語もすげぇ、日本語もすげぇ... blog.goo.ne.jp/tym943/e/505f4…