どうしても他者比較の地獄に生きている
坂村真民先生の本を久しぶりに読んだ。昨日、ボキの書庫にあったのを思い出したから。
坂村真民先生とは、坂村真民記念館(http://www.shinmin-museum.jp/)の紹介によると以下のとおりである。
1909年(明治42年)、熊本県玉名郡府本村(現・荒尾市)生まれ。本名、たかし(たかし)。8歳の時、父親が急逝し、どん底の生活の中、母を支える。神宮皇學館(現・皇學館大学)卒業後、熊本で教員となる。その後、朝鮮に渡って師範学校の教師に。終戦後、朝鮮から引き揚げて愛媛県に移住。高校の教員として国語を教え、65歳で退職。58歳の時、砥部町に定住し、92歳で砥部町名誉町民に選ばれる。2006年(平成18年)97歳で砥部町にて永眠。
20歳から短歌に精進するが、41歳で詩に転じ、個人詩誌『詩国』を発行し続けた。仏教伝道文化賞、愛媛県功労賞、熊本県近代文化功労者賞受賞。
一遍上人を敬愛し、午前零時に起床して夜明けに重信川のほとりで地球に祈りを捧げる生活。そこから生まれた人生の真理、宇宙の真理を紡ぐ言葉は、弱者に寄り添い、癒しと勇気を与えるもので、老若男女幅広いファン層を持つ。
しかし、まだ行ったことがない。一度は行ってみたいところである。
ま、そんなことはどうでもいい。
坂村真民先生の生き方がボキのような凡夫とは違っているということである。ボキなんてぇふざけた自称もなさらない。当然である。人間の出来が違う。
一言でいうと反省させられた。
これまでの生き方、今、現在の生き方をである。
どうしても他者比較の地獄に生きている。どうして他人とボキを比べるのだろうか。あるいは、比較されてハラが立つのであろうか。
情けない。
悟りの境地とは程遠い。
論文然り。
読書体験然り。
家庭環境然り。
近所付き合い然り。
老人大学の人間関係然り。
郷土史もそう。
本当にバカバカしい。
バカはこうやって生きているという見本である。
オノレがナイ。
確立していない。
揺るぎがある。ゆさゆさと揺れている。実にバカそのものである。
もっと自己否定の徹底をしていかなくちゃアカンですなぁ。
でないと苦海そのものである。
あさましいことである。
ボキなんか。
ムムム・・・・・トホホ。