と~ま君の部屋

楽しい老後を送りたいとやっています。所詮人生回り道。修士(人間学、仏教学)。ぼけ防止・脳のリハビリでやってるブログです。

君、なるべく早いうちに、君の第一印象を書いておきたまえよ。

2016年08月24日 22時05分52秒 | 在野研究ごっこ

「君、なるべく早いうちに、君の第一印象を書いておきたまえよ。第一印象というやつは、あれは君、日増しに影の薄くなって行くものでね、一度消えてしまったとなったら、二度となかなか帰ってこないものだ・・」


小泉八雲が、日本に着いてからまもなく会った懇篤なイギリス人の教授に言われた言葉である。「日本瞥見記」の上巻に書いてある。

さすがに小泉八雲である。

小説家として有名であるが、実は民俗学者としても実績がある。霊魂とかの研究もしたのである。日本にかなり興味を持っていらしたらしいから。

神社仏閣に行った時、あるいは路傍の地蔵さんを見ているときにも「日本瞥見記」はいい。このような旅をしていきたいからである。

もっともボキなんかとはレベルが違うけれど。

これは大事なことである。

第一印象をメモしておくべきであろう。まさに。でないと忘れてしまうからである。どこに行ってもである。

ボキなんか、なにしろどこに行ったかすら忘れてしまうのだから始末に負えない。

だから惚け防止の努力を怠るとあっと言う間に、奈落の底に落ちてしまう。

それにつけても、旅に出たい。

奥深い山のひなびた温泉へ。

山猫が迎えてくれるような。

盆休みもなにもナイから。ボキの場合。

毎日が盆休みだからだ(^_^)。

休みついでに、今日は愛車cx5をディーラーに持っていった。タイヤの空気圧とか、Oilとか調べてもらった。いつでも山奥に出かけられるようにである。マジに。あとは、ガソリンを満タンにすればいいだけにしてあるのじゃ。

ああああああああああ、山の精霊がボキを呼んでいる。

温泉とささやかな山菜料理と、朝市で珍しい山のものを買って喰いたい。

美味い団子も喰いたい。

団子は、山形県の団子に限るからじゃ。

最上千本団子がいい。

最上川中流の大石田町にあるけど。

あ、これだと山の精霊がボキを呼んでいるんではないな。

団子じゃ、団子。

団子がボキを呼んでいるってぇこっちゃ(^_^)。

それにしてもレベルの低い話である。

今日はずいぶん書いた。

拙ブログを。好きなんだねぇ~。

駄文だけれど、脳トレにはなっているようだし。

これでよし、これで。

好きなことはずっと続けた方がよろしいから。

 

また明日!

 

 

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本当に教育は劣化しているのか・・・そんなに日本の教育はダメなのか

2016年08月24日 19時15分39秒 | 老人大学ごっこ2015年から2016年

なぜ日本の教育論議は「信念の吐露」にすり替わってしまうのか

 

 

 

巷間、教育は劣化しているばかりだと言われる。そういう論調で教育現場を責める発言が多い。マスコミも、政治家も、保護者も、生徒もそう言っているとのことである。

しかし本当にそうか?

もし百歩譲って教育が劣化しているとしたら、証拠はあるのだろうかと思うからである。数値はなんだろうかとも思う。材料はなにかとも思う。

よく言われることに、ゆとり教育が日本をダメにしたというのがある。

これも本当にそうなのか。おおいに疑問である。

リオ・オリンピックでメダルラッシュに沸いたが、今回の選手達はそれこそゆとり世代である。ゆとり世代だからこそ、メダルを取ることができたのである。自分で目標を設定して、まさに自分で努力した結果であるからだ。総合的な学習のスポーツ版である。ボキはそう思って毎夜テレビ観戦をしていた。

むろん選手達の周囲の人間達が、情報戦略を立てて努力した結果でもある。柔道も情報担当が80人とかいたと聞いているし。

これを教育が劣化したからメダルがとれたのだという論調にはまだお目にかかっていない。そんなことを言ったり、書いたりしたら袋だたきにあうだろう。

スポーツの分野ではなくて、学力が低下したというのなら話はわかる。数値的にもこっちの方はあきらかになる。証拠があるからである。OECDによる調査でもって経年比較をしたら簡単にわかる。順位を出してくれているからである。国別対抗の。

学力が低下しているというのなら、低下する以前に戻せばいいだけである。時間数もそうであるし、教育内容もである。

それをである。

オノレの受けてきた昔の教育がいいから、あるいは昔は熱心な先生がたくさんいたから、またまたあるいは社会全体が教育に熱心であったから・・・等々の体験的な話しか聞こえてこないのはなんでだろうか。

こと教育に関しては、オノレの信念を吐露しているだけになってしまうのが通弊である。体験しているからである。現状を否定して、オノレの受けた教育が一番であるとのたもう。

信念に付け加えて感情論も入ってくる。教師達への個人批判である。感情論というのは、そういうことである。

これが一番始末に負えない。

さらに「なぜ教育が必要なのか」ということを語ろうとしないのが、日本である。

教育はなぜ必要なのか。経済活動のためにのみあるのか、カネカネカネですべてを決めていいのか。

教育を受ける本人も含めて、社会も必要としているのが「教育」である。本人も社会も「知」を求めて努力すべきである。その結果が、社会の進展につながる。技術開発やシステムの設計などには知的活動が必要だからである。勉強することでもって、それは可能になる。勉強しなくちゃ「知」の獲得はできない。それを習得させるためには、強制的にでも勉強をさせることが必要である。

学校はそれにこたえようとしてしてきた。明治維新以来、めざましいほどの学校教育の進展ぶりである。

しかしである。

学校にこれまであまりにも多くを求めすぎたのではなかったか。

教師個人にもまるで聖人君子のような要求をしてこなかったか。

理想論ばかり焦って求め過ぎたのではないのか。

現実を見てきたのであろうか。

昔の教育だけが立派だったのではない。

今だって、立派な教師は数多い。

昔より、いろいろな意味で制約されている今の教師達の方が、立派である。戦後すぐの時には、軍隊帰りの教師達もいたはずである。しかも、現在でも全国すべての県にある国立大学教育学部は戦後やっと大学になったばかりであったし。教育自体、そんなに期待はされていなかったのである。

現代の教育は、アクティブラーニングとかの手法も出てきたようだし、実に多種多様になってきている。

逆説的に考えてみればいいと思っているのである。

教育がダメになったというのなら、どこがどうダメになったのかということをである。

昔は、教育に寛大だったから見えていなかった可能性がある。政治家と一緒である。昔の政治家の方がたくさんの問題を抱えていた。維新後すぐは、まさに私利私欲で動いていた政治家が多かったではないか。

現代は、教育と政治家に対して寛容ではない。厳しいだけである。都知事選でもそうだったではないか。

これを昔は良かったというだけでは、いかがなものかと思う。昔は良かった、今はダメというのでは、議論にもならなない。

 

結論を言おう。

教育は昔も今もそんなに変わっていないのである。それこそ教師の個人的資質が命運を握っている。だからこそ、個人的資質を向上させるために厳しくオノレを律していくしかないのである。それが王道である。

これくらいにしよう。

書いてみたかったことであるから。一度は。

 

Bye-bye!

 

 

 

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この本はある意味思い出に・・・

2016年08月24日 18時29分02秒 | 老人大学ごっこ2015年から2016年
 
あの頃、ぼくらはアホ・オタクだった・・・トホホ(今でもそうか)
オタクを気取って、「お勉強!」といくか 「おたく」の精神史 一九八〇年代論 新書 – 2004/2/21 大塚 英志 (著) 講談社現代新書今日はこれ!......
 

 

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アメリカ、中国、イタリア、フランス、スイス、インドよりも、国内のひなびた温泉で山菜料理でも食いながら(^_^)

2016年08月24日 08時01分44秒 | 老人大学ごっこ2015年から2016年

またまた旅に出かけたいという「虫」が、うごめき始めた。病気ですな。病気。完全に。

 

 

ところで・・・いきなりなんだ?と言われてしまうが、まさにいきなりである。ところで、昨日モニュメントバレーのことを思い出してしまったのだが、あのときに現地を案内してくださったガイドさん(日本人の老人=と言ってもボキと同年配らしき人)のことである。

彼は、なかなかの人物である。若い時に単身でアメリカに渡ってきて、語学の修行をしていたと言っていた。どーもその話は、表面上はホームステイと言っていらしたが、眉唾ものだとボキは思う。

なんとなく感じたのであるが、奴隷として生きていたのではないのか。ホームステイ先で働いていたと言っていたし。奴隷が悪ければ家僕。

人種差別的な感覚というのが、確かに彼の地には存在していると思う。なんとなくではない。レストランで朝食を取るときに、「イエロー・モンキー」と言われたのをはっきりと覚えているからである。

白人には我々日本人がイエロー・モンキーに見えるのであろう。先住民族を追い出して現在のアメリカを作ってきた移民の世界であるからだ。現代中国とその部分は手法的に重なって見えるのだがいかがか。

両国への憧憬というものはない。ボキには。古典の世界にある中国はかなり興味があるけど。アメリカには、せいぜい西部劇程度である。これまた現代アメリカには興味がない。

中国もそう。現代中国にはまったく興味なし。しかもである。夜の遊びに関しても現代中国はかなり進展していて、ホントに共産国家なのかと疑ってしまう。鬼来迎と目連救母との関係で厦門には興味があるが、これまた古典の世界の中国であるから興味があるだけである。

どこが好きだ?と聞かれたら「日本」である。狭いと嗤われてしまうかもしれないが。もっともそんなに海外旅行に行ったわけでもないから、大きなことは言えねぇ、言えねぇ(^_^)。

ど~にもこ~にも、おもしろくもなんともない話ではある。

されど、インドにはかなり興味がある。

実は、昨日「地球の歩き方 インド」なる書物を買ってきた。いわゆる海外旅行ガイドブックである。年金暮らしなので、古本チェーンからである。200円。最新版ではなかったが、手始めに読むにはこれでいい。

で、驚いたのが、最初に仏教遺跡を訪問するという頁から始まっているのである。しかもかなりな部分をそれに割いているのである。

これは驚いた。

ま、当たり前と言えば言えるのだろうが、しかしインドは仏教国ではないはずである。ヒンズー教である。

それだけニーズがあるってぇわけだ。

日本人には。

またまた旅に出かけたいという「虫」が、うごめき始めた。

病気ですな。病気。

完全に。

山奥の温泉にでも入って、安い旅籠に泊まって、ゼータク禁止のささやかな健康料理を食べる。そして小説でも読む。Kindleで。

最近は山奥の旅籠でもWi-Fiが充実しているから、ありがたいもんである。

あああああああああああああああ。

物置が台風で壊れなければ、今すぐにでも行きたいですな。

今朝も歩いてきた。

NHKの語学講座を30分聴いてから、この記事をアップしている。

まさに快調。

生涯学習ごっこが。

わははっはははっははっはははっははっは。

 

Bye-bye!

 

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8月23日(火)のつぶやき その2

2016年08月24日 05時09分51秒 | 老人大学ごっこ2015年から2016年
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8月23日(火)のつぶやき その1

2016年08月24日 05時09分50秒 | 老人大学ごっこ2015年から2016年
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光こそ、すべての源という気がするのだが

柔道をやると~ま君

サンスクリット般若心経

高齢\(^_^)/