東奔西走というのは、ボキのためにあるのだなぁとしみじみ思った。昨日千葉市に行っていたからである。結局12時から午後4時までいた。モノ好きである。ボランティアでやっているからだ。電車賃すら自腹である。往復2300円はかかる。月額2000円のジムより高いではないか。
わははははっはははっはははははははははははははははっはは。
アホだなぁと思う。思うけど、頼まれごとだからやる。やらせていただいている。頼まれごとは、自分からは絶対にやってこない。困っているから頼むのだ。困っていれば、助けてあげるのが良い。それがボキの基準にある考え方である。内容は書けない。書くつもりもない。秘密である(*^O^*)。
ボキは、そもそも眼中に忙しいというのがない。忙しいからやらない、オノレはエリートだからそんなもんやってられるかと言う御仁も多い。世の中には。
いろんな組織で講話を頼むこともあるが、レベルが低いと断ってくる御仁も世の中には多い。そんな低レベルの聴衆相手に、話ができるかとおっしゃる。自己評価が高いのである。笑ってしまう。そんなにエライのかねぇと思うからだ。
これは組織でもそうだ。いろんな組織にはプライドがある。そのプライドをけなしたらアカンのだ。塾も、大学も、高校も、研修専門の組織も全部そうだ。ボキは、そこのところだけは気をつけているつもりである。評価は自分でするものではない。他人がするものである。しかし、組織の中にいるとそこのところが抜け落ちてしまう。要するに自分はエライと思ってしまうのだ。つまり、自分だけ舞い上がって、オノレの評価が低いから退職するというヒトも多い。しかし、ちょっと待てよと申し上げたいのだ。
たとえば、塾で小学生相手にする授業もタノシイのである。小学生相手だと、オノレの評価が低いというような問題ではないのだ。学習意欲を持たせるというのは、実は非常に困難なことである。やる気のない生徒をどうやって向上させるかということは、教育の永遠の課題でもある。
受験一辺倒だったら、毎年繰り返している内容であって、実はラクなのである。内容にあまり変化がないからだ。ま、どうでも良いようなことだが。
忙しいと言ったら、表面的にはボキくらい忙しいジジイはいないだろう。マジに、バイトを9つ抱えているからである。一つ一つは確かに重量級のバイトではないが、デタラメだけは許されない。だから、慎重にやっているのだよん。
歴史の会で研究誌が出る。昨日、ボキの論文について、編集長から指導していただいていた。注がおかしいので訂正バージョンを出して欲しいと言われた。ありがたいものである。慎重にやっているというのは、こういうことである。デタラメでは組織に迷惑がかかるからだ。もう、これで通算4本目の論文になる。ボキの生き甲斐でもある。
今朝も歩いてきた。もう一つのボキの生き甲斐である。9000歩以上は歩いてきた。傘を持ってである。午後から図書館に行って、ノートパソコンで論文の訂正をしてくる。歩いて行ってくる。これで、一万歩以上はいくだろう。もっとも、昨日は15キロ歩いた。歩数にして17508歩。むろんMetsである。今日は自重するけど(^0^)。
BYE-BYE!