誰にでも威張りたいという潜在欲求がある。自分だけが偉くて、他人はアホであると思い込む。そして、他人からの指導や注意を受け入れたくないとなる。したがって、トラブル。文句を言い返すわけである。文句を言われたからと思い込む。だったら戦わないと損だとなるわけだ。
それが怖いから、威張ってしまうのだ。よく仕事の内容を聞いてみると、そんなもんで威張っている輩は、アホであった。威張り散らすようなポジュションにもいないし、価値の高い仕事をしているわけででもない。けれども、やたらと威張り散らすのである。器がチイセェのであった。そんな輩は会いたくもない。したがって、会わない。アワナイから会わないのである(^0^)。
講道館で柔道を修行していたときに、初段だったボキはいろんな方に乱取りを挑んでいた。それがタノシカッタからである。外人にも挑戦した。ことごとくぶん投げられたが、それなりに得たものは大きかった。さすがの講道館である。上京して苦学してでも良いから講道館に行ってみたかったからだ。所詮シロウト柔道で、弱かったけれども、講道館の文化というのはさすがであった。嘉納治五郎全集も買っていたし、ともかく嘉納文化、講道館文化というのに憧れていたからである。これは絶対に、みちのく山形県では得られない文化でもあった。
だから、東京で過ごした4年間というのは意味ある歳月であったのである。
しかし、柔道はご存じだろうけれども段位制になっている。初段と3段では雲泥の差であった。そこでボキはいろいろな方々に、もっと修行しなさいと戒めていただいたのだった。うぬぼれることなかれということであった。謙虚に生きることである。謙虚に。
これは仕事人時代も役だっていた。謙虚に周囲の方々と接することであると思い知らされていた。したがって、部下を部下と思ったことは一度もなかった。対等な人間関係で仕事をしていると思っていた。だから組織の再建屋とも呼ばれたのであった。ダメになったガッコを立て直すという仕事が得意になったのは、この精神でやっていたからだと思う。
今、いろんなアルバイトをさせていただいている。そして思う。どっかに、威張ってみたいというあまのじゃくなこころが忍び込んでいないかと。それは悪魔のささやきである。
そんなもんは、拒否することである。
威張っちゃいけねぇのだ。
所詮、人間は全部たいしたことはないからである。謙虚に生きようと思った。
今日は、午後から長男の家が引き渡しになったので、見に行ってみた。これもまた、謙虚に生きてきたボキならびに長男へのプレゼントであると思った。生前贈与を活用して、やっと建てた家であるが。
捨てる神あれば、救ってくださる神もいたからである。
ありがたいものである。孫も授かったし。
天は見捨てなかったのである。
感謝!