水持先生の顧問日誌

我が部の顧問、水持先生による日誌です。

「こころ」の授業(4)

2019年10月11日 | 国語のお勉強(小説)
四段落

 ある日私は久し振りに学校の図書館に入りました。私は広い机の片隅で窓から差す光線を半身に受けながら、新着の外国雑誌を、あちらこちらとひっくり返して見ていました。私は担任教師から専攻の学科に関して、次の週までにある事項を調べてこいと命ぜられたのです。しかし私に必要な事柄がなかなか見つからないので、私は二度も三度も雑誌を借り替えなければなりませんでした。最後に私はやっと自分に必要な論文を探し出して、一心にそれを読み出しました。すると突然幅の広い机の向こう側から小さな声で私の名を呼ぶ者があります。私はふと目を上げてそこに立っているKを見ました。Kはその上半身を机の上に折り曲げるようにして、彼の顔を私に近づけました。ご承知のとおり図書館ではほかの人のじゃまになるような大きな声で話をするわけにゆかないのですから、Kのこの所作はだれでもやる普通のことなのですが、私はそのときに限って、一種変な心持ちがしました。
 Kは低い声で勉強かとききました。私はちょっと調べものがあるのだと答えました。それでもKはまだその顔を私から離しません。同じ低い調子でいっしょに散歩をしないかというのです。私は少し待っていればしてもいいと答えました。彼は待っていると言ったまま、すぐ私の前の空席に腰を下ろしました。すると私は気が散って急に雑誌が読めなくなりました。なんだかKの胸に一物があって、談判でもしに来られたように思われてしかたがないのです。私はやむを得ず読みかけた雑誌を伏せて、立ち上がろうとしました。〈 Kは落ち着き払ってもう済んだのかとききます 〉。私はどうでもいいのだと答えて、雑誌を返すとともに、Kと図書館を出ました。
 二人は別に行く所もなかったので、竜岡町から池の端へ出て、上野の公園の中へ入りました。そのとき彼は〈 例の事件 〉について、突然向こうから口を切りました。前後の様子を総合して考えると、Kはそのために私をわざわざ散歩に引っ張り出したらしいのです。けれども彼の態度はまだ〈 実際的の方面 〉へ向かってちっとも進んでいませんでした。彼は私に向かって、ただ漠然と、どう思うと言うのです。どう思うというのは、そうした恋愛の淵に陥った彼を、どんな目で私が眺めるかという質問なのです。一言で言うと、彼は現在の自分について、私の批判を求めたいようなのです。そこに私は〈 彼の平生と異なる点 〉をたしかに認めることができたと思いました。たびたび繰り返すようですが、彼の天性は人の思わくをはばかるほど弱くでき上がってはいなかったのです。こうと信じたら一人でどんどん進んでゆくだけの度胸もあり勇気もある男なのです。養家事件でその特色を強く胸のうちに彫りつけられた私が、これは様子が違うと明らかに意識したのは当然の結果なのです。
 私がKに向かって、この際なんで私の批評が必要なのかと尋ねたとき、彼はいつもにも似ない悄然とした口調で、〈 自分の弱い人間である 〉のが実際恥ずかしいと言いました。そうして迷っているから自分で自分がわからなくなってしまったので、私に公平な批評を求めるよりほかにしかたがないと言いました。私はすかさず迷うという意味を聞きただしました。彼は進んでいいか退いていいか、それに迷うのだと説明しました。私はすぐ一歩先へ出ました。そうして退こうと思えば退けるのかと彼にききました。すると彼の言葉がそこで不意に行き詰まりました。彼はただ苦しいと言っただけでした。実際彼の表情には苦しそうなところがありありと見えていました。もし相手がお嬢さんでなかったならば、私はどんなに彼に都合のいい返事を、その渇ききった顔の上に慈雨のごとく注いでやったかわかりません。私はそのくらいの美しい同情を持って生まれてきた人間と自分ながら信じています。しかし〈 そのときの私は違っていました 〉。

 悄然 … しょんぼりする様子
 慈雨 … 恵みの雨

Q18「Kは落ち着き払ってもう済んだのかとききます」という描写の役割を説明せよ。
A18 自分の都合だけを考え、他人の様子に無頓着なKの様子を描写し、
   一般的な観点からすると人間性に問題があったことをそれとなく示している。

Q19「例の事件」とは何か、簡潔に記せ。
A19 お嬢さん問題

Q20「実際的な方面」とはどういうことか。
A20 自分の恋心に基づき、何らかの具体的行動にでること。

 「彼の平生と異なる点」について、
Q21「平生」のKはどんな人物だったとここでは述べられているか。35字以内で抜き出せ。
A21 こうと信じたら一人でどんどん進んでゆくだけの度胸もあり勇気もある男

Q22 どのような点が「平生と異な」っていたのか。本文の語を用いて20字程度で記せ。
A22 現在の自分について私の批判を求めている点。

Q23 「自分の弱い人間である」とあるが、Kは何によって自分を「弱い人間である」と判断しているのか。簡潔に述べよ。
A23 恋愛感情をもったこと

Q24 「その時の私は違っていました」とあるが、なぜか。20字程度での記せ。
A24 お嬢さんを自分の結婚相手と考えているから。


事 Kが相談にくる
 ↓
心 違和感
 ↓
行 Kを観察する

 平生のK……自分の道を突き進む
   ↑
   ↓
 現在のK……私に批評を求めている
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