今日こんなことが

山根一郎の極私的近況・雑感です。職場と実家以外はたいていソロ活です。

館林の気温はズルいか、検証してみた

2015年08月05日 | お天気

ここ数年、館林 (群馬)が熊谷(埼玉)を抜いて「暑さ関東一」の座をキープしつつある。
かつては「暑さ日本一」の座にいた熊谷にしてみれば、アイデンティティにかかわる問題ともなっている。

ところが、これに異論が出ている。

地方気象台がある熊谷はちゃんとした”露場”で観測しているが、館林のアメダスは地面などが高熱になっているので、それで観測値が高くなっているという指摘である。
この館林の設置環境はズルイとして、「ズル林」と揶揄されている。

館林のアメダスの気温は信頼できないのだろうか。
その疑問を検証したくて、8月5日館林を訪れた。 
装備は、いつも携帯しているハンディ気象計kestrel4200に,レーザーポインタ付き赤外線放射温度計(中国製)、それに新装備のサーモメーターFLIR E4。これらでアメダス周りの温度分布を詳細に測るつもり。

そもそも気象現象は、レベルの異なるスケールによる複合現象(一般にはマクロ、メソ、ミクロ)なので、館林の気温についても、地域、地点、設置環境の3つのスケールから検証したい。

まずは、①”地域”として館林は暑くなる要素があるか。

これは、地理環境的に、館林が特に暑くなる要因があるのかという問題。
この要因がないのに館林の気温が高いとすれば、それは何か人工的要因や②か③が原因となり、気象学的データとして問題があることになる。

②”地点”としてその場所は周囲より暑くなっていないか

これは、アメダスの設置点としての代表性の問題となる。館林の中でも特に高温になる場所にアメダスを設置したら、館林という地の代表性として問題がある。

③アメダスの”設置環境”に高温になるバイアス(偏り)がないか

これが指摘されているアメダスの地面の問題である。指摘が具体的であるから検証もしやすい。

では①から検証しよう。
これについては専門家の研究論文があるので紹介する。  
日本気象学会の学会誌『天気』の2009年7月号に掲載された「関東地方で日最高気温が40℃を超えた2007年夏の高温 その2」(篠原、眞下、桜井、須永)という研究ノートで、上越国境の三国峠付近から赤城山の西裾を通る山越え気流がフェーンとなって館林付近に到達することがシミュレーションで確認されている(気象学会のサイトから誰でも読める)。

館林を暑くするのは、上州の”からっ風”の夏バージョンだったのだ。

>同研究の「その1」と併せて読むと、館林が熊谷より暑くなる場合は、北よりの風である場合で、熊谷が館林より暑くなる場合は、西よりの風である場合となるようだ。

以前、私はこのブログで、東京のヒートアイランドが東京湾からの海風(南よりの風)によって関東平野内陸に移動されるという説に従い、熊谷から館林に最高温部が移動したのを、東京湾からの風向の変化に原因を求めたが、それは風向違いだったようだ。
そもそもヒートアイランドは最低気温を高める効果はあるが、夏の最高気温の記録を塗り替えるほどの熱力学的パワーはない。
それができるのはフェーンだけだ(長年暑さ日本一の座にいた山形がそうであったように)。 

次に②。
たとえばアメダスの設置点が周囲の建物などで風がこないと、熱気がたまって昇温してしまう。
これは実測するしかない。
8月5日の14時50分に測定してみた(後で知ったが、この10分前にここのアメダスはこの日の最高気温39.8℃を記録していた。うれしいことに館林的暑さを体験できたわけだ。
ただ、風向は南東で、風速は2m以上なので典型的な暑い日パターンではなかった)。

まずアメダスの柵の真横で測定した気温は37.6℃(この10分後の15時のアメダスの気温は38.2℃)。
周囲の建物の影響を除く意味で、1ブロックほど離れた地点に移動し、地面から同じ高さ(日陰)で計測する。

その結果、東:38.0℃、西:38.0℃、南:37.7℃、一番最後に測った北:38.8℃
で少なくとも、アメダスのある地点が周囲より高温になっているとはいえない。 

以上から、アメダスの地点は特に暑い場所とはいえず、館林の市街地の標準的な環境といえる(16時館林駅前の気温は38℃だったが、同時刻でのここのアメダスは37.2℃)。
ちなみにここから1キロ以上離れた茂林寺では14時半頃37.0℃だった。
ただ茂林寺周辺は市街地ではなく自然林が多いので、「館林」という街の代表地点にふさわしくない。

そして問題③。
温度計直下の地面からの影響。
これも実測するしかない。

これは13時55分に測った(上と1時間ほど違うのは、茂林寺に行く前と行った後の差)。
まずアメダス横の柵の外(下はアスファルト)での気温は38.7℃。 
毎正時に記録される14時(この5分後)のアメダス館林の気温は38.6℃ 。
柵の外から赤外線放射温度計で アメダス温度計真下の防水シートが敷かれた面を測ると62℃、そして地上1.5mの温度計が入っている金属のカバー面(日陰側)は39℃だった。
アメダスの温度計そのものは、このカバー内の日陰にあり、しかも空気が強制的に出入りさせられて停留しないようになっている。

温度計外側のカバー部分が同じ地上高の外気温とほとんど等しいことから、地面の熱が金属のポールを伝って温度計部分に伝導しておらず、また熱放射としても届いていないといえる。

ついでに、14時50分に撮影したアメダス周囲の表面温度のサーモグラフィの画像と実写を示す(右図)。
対象の温度は放射温度計の方が正確だが、こちらは空間の温度分布がわかりやすい。
サーモグラフィ上では、地面シートの赤ー白い部分が70℃以上(確かに高温)。
ただ、中央上端の温度計の外カバー部分は43℃。
この程度の温度はカバーへの直射日光の効果で説明でき(内部のセンサーは直射日光の効果を免れている)、それより30℃も高い地面からの伝導や放射によるとは言い難い(ただし、私が測っているのはすべて物体の表面温度であり、空気中の温度(気温)ではないので、直接的な証明にはなっていない)。 

以上から、館林はもともと高温になる地理的根拠があり、設置点が不自然に周囲より高温というわけでなく、そして地面の熱が1.5m離れたカバー内の温度計に影響していることも確認されなかった。

なので、私は館林アメダスが「ズル」いとは認定しない。

この結論に不服の人も、見た目の印象や理屈上の可能性だけで判断するのではなく、実測をもとに検証してほしい。

多治見のアメダス訪問記


館林に”暑み”に行く

2015年08月05日 | 

かつては関東で一番暑いのは熊谷だったが、ここ最近は館林(タテバヤシ)がトップに立つことが多く、世間の認識でも暑いといえば館林の気温が話題となる。

逆に言って、館林が話題になるのは”暑さ”くらいしかなく、JR線からも外れているので、首都圏の多くの人は通過したことすらないだろう。

私も同様で、幼少時に祖母の知り合いでここ出身の人が訪ねてきたことが再三あったため、地名だけは記憶に残ったが、もともと東武伊勢崎線自体に縁がないこともあり、最近になるまで通過したことすらなかった。

その館林に行こうと心に決めたのは、もちろんこの地の”暑さ”を実感したいがため、より正確にいえば、この地のアメダスの露場を確認しながら気温を自分で計測したいがためである。

夏の暑さを避けて高原に涼みに行くのではなく、暑さが話題になる地にその暑さを味わい(”暑み”) に行く人が出ることこそ、暑さ日本一を競う各地の期待する所なのだろうが、それを実行する物好きは私のような計測オタクくらいしかいないので、残念ながら経済効果は期待できそうもない。

ところが、館林は行って見たら、”暑さ”以外にもいろいろあり、観光の街としてそれなりに整備されていた。

なのでまずは館林のざっとした訪問を記し、詳細な気温チェックは次の記事にまわす。

 

さて、11時すぎに館林の駅に降り立つと、すでに35℃になっており、駅前の広場にミストシャワーがあり、テレビ局のスタッフがカメラを持ち歩いている。 
暑い街の玄関にふさわしい。 

まず向った駅前の観光案内所は水曜が定休日だった(市内の田中正造記念館も水曜定休なので水曜には訪れない方がよい)。

そこで問合せようと思った無料レンタサイクルは隣の店で借りられると張り紙があり、隣の店で「ポンチャリ」という名のレンタサイクルを借りる(保証金として500円出すが、後で返却される。夕方5時まで借りられる)。

この自治体主導の無料レンタサイクル制度が、観光地を自負する自治体で広まっているのはありがたい。
なにしろ、バスなどの公共交通機関が路線的にも時刻的にも期待しづらい地方だと、遠来の観光客にとっては移動ができない。 
自転車自体は前カゴ付き、変速ギアなしのママチャリであるが、カゴ がある分荷物が入れられてありがたい。
言い換えれば、館林はレンタサイクルで巡るに値するだけのスポットが市内に散在しているわけだ。

駅から東に広がる、城下町内の武家屋敷、そして館林城趾、その周辺に地元出身の作家・田山花袋の旧家と文学館、明治建築の上毛モスリン事務所が点在する。

それらを巡る前に、まずは「館林うどん」の店で館林うどんを食べ(ランチ時にはアイスコーヒーがつく)、土産に館林うどんを買う。

熱い日差しの中で自転車をこぐ私の装備は、前後に庇があり通風性のよいキャップをかぶり、目がねの上を覆うサングラス、それに高分子ポリマーが水分を含んで膨らんだ鉢巻きを額と首にそれぞれ巻き、肌の露出部はSPF50でガードしている。
かような重装備なので炎天下もどこ吹く風だが(確かに35℃の気温も自転車で快走すると、心地よい風に変わる)、 さすがこの暑さの中を出歩く市民はほとんどいない。

旧城下町、城跡、第一資料館、モスリン事務所、田山花袋文学館などを巡ると、縄文時代から昭和までの館林の歴史がいっぺんにわかる。
城跡の東に広がる「城沼」は湾曲して川のようになっており、このほとりで半日ぼんやりしたくなる。
ここも含めて館林には池が点在しており、その周囲には木立があり、ちゃんと涼める場所があるのだ。

でも私には行くべき所があるので、先を急ぐ。
本来の目的地である「アメダス」については次の記事に譲って、そこからさらに「茂林寺」に向う。
ここまで足を伸ばせるのもレンタサイクルのおかげ。

茂林寺は「分福茶釜」で有名な寺で、境内、いや門前の両側の土産物店から、狸の像が居並ぶ。 
拝観料300円を払って、本堂内に上って奥の部屋に分福茶釜の実物を見る。
でもただの茶釜で、手足を出して踊るからこそ見世物に値したことを痛感。
本堂と山門は江戸時代の建築なのでこっちをよく見よう。 

ここから館林駅に戻るため、茂林寺の北に広がる「茂林寺沼」の湿原の狭い一本道を自転車で縦断する。
行く手には発達した積乱雲(かなとこ雲)が空一面に広がっている(写真)。
あたりにはミンミンゼミの音が響きわたる。
映画『鉄塔武蔵野線』の1シーンを思い出し、
今、これがボクの夏休み」なんだなと実感する。 

駅の反対側に行って「正田記念館」を訪れる。
ここは正田醤油の旧本社で江戸時代の建築。
経営者の正田家は現在の美智子皇后のご実家。 
せっかくなので、社屋に入り、近所のスーパーなどでは見ない正田醤油を土産に購入。

自転車を返却して、駅前のミストシャワー(切れていた)の下で慰労の缶ビールを空ける。午後4時だが、そこはまだ38℃もあった。 

以上、館林は、単に暑いだけの街ではなかった。
城跡、古建築があり、文豪田山花袋、正田家(日清製粉)と美智子皇后、あと宇宙飛行士の向井千秋さん(記念科学館がある)を輩出し続けている、現役の文化都市だった。
しかもこれらを無料のレンタサイクルで廻れるサービスのよい観光都市でもあったわけだ。 

充実し、暑い割りに疲れなかった日帰り旅だった。