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息吹 テッドチャン
評判の高い海外SFの一冊。未来を変えられないタイムマシンの意義についての可能性を提示する「商人と錬金術師の門」、人類滅亡後に生き残ったロボット?にエントロピー増大の法則がもたらす世界の終焉を語らせた表題作「息吹」、学習して成長するAIロボットとの交流を描いた「ソフトウェアオブジェクトのライフサイクル」など、それぞれ静かな語りの中で、いずれもが重厚な問題提起をしているような作品ばかりで驚かされる。特に「ソフトウェアオブジェクトのライフサイクル」は、AIを育成していく過程で人間の子どもを教育していく時と同じような問題に直面する様が描かれていてものすごく面白い。AIが人間の補佐的な役割を担っていくともしかしたら生じるかもしれない報酬の問題、AIを法人化することは可能かという問題提起など、びっくりするようなアイデアの中に、今後の技術進歩に伴って生じるかもしれない新たな問題が次々と示されていく。さらに、思い通りに育たなかったAIを消去していまうことに道義的な問題はないのかという問題提起も古そうで新しい問題のような気がする。これまでに読んだ海外SFの中でも屈指の作品であることは間違いないが、ひとつ残念なのは、表題作の「息吹」という訳語。これでは文学的すぎて内容とマッチしていない。本文の訳に関して、読者は原作のニュアンスをどれだけ忠実に伝えてくれているかについて訳者を信じるしかないのだが、少なくとも表題はその題名を見て作品の内容が想起されるように訳語を選んで欲しい。(「息吹」 テッドチャン、早川書房)
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