ふぶきの部屋

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韓国史劇風小説「天皇の母」153(希望のフィクション)

2014-05-20 07:00:00 | 小説「天皇の母」141ー

夏休みの思い出

今年の夏休みは私にとって、特別なものとなりました。

8月。私達家族はタイの王室からお招きを受けました。

今年はシリキット王妃陛下のお誕生日のお祝いと、父の学位授与式が

あり、それに招かれたのです。

その話を母から聞いた時、私と妹は飛び上がって喜びました。

けれど、その後、私達はとても緊張してしまい、足がぶるぶる震えました。

タイ王室と日本の皇室は古くから友好の絆を大切にしてきており、曾祖父の

先帝へいかも祖父の陛下も大変、大事にお付き合いをしてきたとの事。

私達は日本の皇族としていくのだから、常にきちんとした態度を取らなくてはいけないと

母にそれはそれは厳しく言われたからです。

初めての海外・・なんて喜んでいる場合ではありませんでした。

私達は世界地図を広げてタイという国がどこにあるのか調べ始めました。

それからどんな歴史があるのか、今の国王陛下は何代目かなど、沢山調べました。

本当は難しすぎてよくわからない部分も多かったのですが、一生懸命に勉強しました。

最初に習ったタイ語は「サワディカ」と「コップンカー」です。

「サワディカ」は「こんにちは」

「コップンカー」は「ありがとう」という意味です。

母は私に「どんな時でも笑顔で「コップンカー」という事を忘れてはいけません」と言いました。

なので、私も妹も忘れないように家の中でも「サワディカ」「コップンカー」と練習をしました。

それからお辞儀の練習もいたしました。

国王陛下や王妃陛下へのお辞儀、その他の方々へのお辞儀。

体を45度から60度に曲げてゆっくりと・・・私と妹は毎日繰り返しました。

笑顔を忘れてはいけません。お行儀よくしなくてはいけません。あなた達が少しでも

無作法な事をしたら日本という国全体が笑われる事になるのです

私も妹も段々心が重くなっていきましたが、それでも毎日、お辞儀の練習をしました。

父はそんな私達に「まあ、硬くならずにね。お母様の言う事を聞いていたら間違いはないからね。

お前たちは元々とても行儀のいい子なんだからお父様は安心しているよ

と言ってくれたので、ほっとしました。

 

タイは「微笑みの国」と呼ばれているそうです。

一年中暑くて、雨季と乾季に分かれています。

日本との時差は4時間あります。

8月は日本では一番暑い時期ですがタイではそうでもないと聞きました。

仏教国で、沢山のお寺があるそうです。

 

海外に行く前に、武蔵野の先帝陛下のご陵にお参りして、それから

宮中三殿にお参りしました。

そして両陛下にもご挨拶しました。

気をつけて行ってらっしゃいね」と皇后陛下はおっしゃいました。

 

いよいよ出発し、私達は6時間かけてタイのドンムアン空港に着きました。

飛行機から降りると、とてもいい香りがしました。

夕暮れ時がとても美しかったです。どこか懐かしいような感じがしました。

出迎えてくれた人達にさっそくお辞儀をしました。

みな笑顔で私達に綺麗な花飾りをくれました。

隣の妹を見ると、ちょっと緊張していましたが私が笑いかけると妹もにっこりと

笑い返してくれました。

それからの時間はあまりに次々と新しい事が起きて、あまりよく覚えていません。

でもバンコクはとても暑く、突然雨が降り出したりするので驚きました。

街や市場の人々はみなとても明るく、なぜ「微笑みの国」と呼ばれているかわかりました。

街には沢山のお寺があります。

日本にあるような木のお寺ではなく、どこも金色をしていて、宝石がちりばめられています。

太陽の光があたるとワット(寺)はきらきらと光ります。その眩しさといったら。

王宮もまたひかり輝いていました。

私達は国王陛下と王妃陛下に御挨拶をしました。少し膝を曲げて、カーティシーと呼ばれる

お辞儀です。

国王陛下は私達に「とても可愛いプリンセス達だね。フミヒトによく似ている」と微笑まれました。

また王妃陛下は

なんて色が白いのでしょう。まるで白磁のようね」とおっしゃいました。

私達は次にワチュラロンコン皇太子殿下とシリントン王女に御挨拶をしました。

シリントン王女と両親は大層長いお友達で、私達もよく存じています。

この国を楽しんで下さい」と王女はおっしゃいました。

 

私達は沢山の公式行事に出席しました。

沢山の大人に囲まれて座ったりお辞儀をしたりするのはとても

緊張する事でした。

その場にいる誰もが私と妹に最高の礼を尽くしてくれます。

誰も私達を「子供」だと言ったりしません。

それはあなた達二人が日本という国の代表として見られているからよ。

あなた達に礼を尽くしているのではなく、日本という国、そして今まで友好を築いて

こられた陛下に礼を尽くしているのですよ

母はそんな風に言いました。

妹は時々、疲れてしまって母に甘えているので、私はちょっとうらやましくなりました。

でも、その分、父が色々なものを見せてくれました。

日本にはいない鳥や動物たちの説明を聞きながら、私はとても楽しい気分になりました。

ほら、見てごらん。これがティラピア。かつて陛下がタイに送られたものだよ。その当時は

タイは非常に食料が乏しくてね。それを心配された陛下がご自分のご研究の中から

ティラピアを選ばれ、食用として送られたんだ。

お前たちが生まれた頃、日本は大凶作になって、その時、タイ国が沢山のお米を

送ってくれたんだよ。王室と皇室の繋がりがそのような助け合いを生んだともいえるね。

私にとっては家禽の研究には欠かせない国だ。

それもこれも国王陛下が優しく受け入れて下さったから、研究も出来たのだよ」

父が語る事はいつも私の胸に染み込んで行きました。

 

タイの食べ物はとてもおいしかったです。

ココナッツを使ったカレーは私も妹も好きになりました。

果物も豊富です。

果物の王様のドリアンを初めてみましたし、マングスティンや・・オレンジ色のパパイヤ。

夕日の色をしたパパイヤはとても甘かったです。

それから大きな仏像。涅槃像の足の大きさにも驚きました。

 

緊張しながらも大変楽しい旅になりました。

帰国した時、両親は「二人とも大変よく出来ました」と言ってくれました。

何よりもその言葉が一番うれしかったです。

帰ってきてからの方がタイという国について色々考える時間がありました。

日本とタイの友好。

国と国が助け合い、仲良くすることの重要性を知りました。

そして、今も昔と同じ生活をしている人達の姿が目に焼き付きました。

美しい鶏の尾を思い出すたびに、もう少し長くいる事が出来たら

スケッチ出来たのに・・・とか。

いつかまた訪れる時が来たら。

今度はもっともっと頑張って学びたいと思います。

 

                                      アキシノノミヤ マコ内親王

 

 

 

 

 

 

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