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Thanksgiving 感謝祭 の真実

2020年12月02日 | アメリカ通信
感謝祭が終わり、人々はクリスマスに向かう今日この頃であるが、その感謝祭について。

史実というのは必ずしも真実ではない。後々誤って伝えられることもあるが、為政者が都合よく捏造したり美化することもある。

ボストン近郊の町プリマスと言えば1720年メイフラワー号に乗った清教徒が最初に踏んだアメリカの地であり、それを記念した石が観光スポットになっている。1980年代の後半、日本からのアメリカ出張でニューイングランド地方を訪れた時にプリマスに立ち寄ったことがあるが、多くの外国人観光客がそうであるように、当時の筆者の頭の中は、学校の世界史で教わる「清教徒、メイフラワー号、プリマス」だけであった。

次のプリマスとの出会いは1996年。前年、家族共々アトランタに赴任、日本の高1だった娘がこちらのハイスクールに入ったのがきっかけだ。英語が最も不得意な娘にとって、授業や宿題は難行である。そこで筆者が夜な夜な宿題を助ける羽目になった。その時読んだ歴史の教科書では「入植者とネイティブアメリカンは宴を張り、これがThanksgivingの始まりとなった」とある。あたかも未知の世界に足を踏み入れた入植者達が土着の民に歓迎されたかのような記述となっていた。多くの人達はこのレベルで納得し毎年ターキーを食するのである。

そして昨年、ほぼ25年振りにプリマスに関わる”Thanksgivingの真実”という記事に遭遇した。

記事によれば、プリマスに上陸した清教徒達が戦いの準備をしているのを察知したネイティブアメリカンは「何故戦おうとするのか。よく話し合おうではないか」と持ち込んだ食料を食しながらの会談となった。これがThanksgivingの発端だが、決して歓迎の為に食料を提供したのではないのだ。その後はどうなったか。外からの侵略者達は次々と土地を奪取、土着の民を駆逐していった。

プリマスの石の近く、Cole's Hill公園の一角にネイティブアメリカンの史実を反映した記念プレートが設置されている。「アメリカ国家が定めた感謝祭の日はネイティブアメリカンにとっては、先祖が土地を奪われ、虐殺され、文化を破壊されてことを忘れず追悼する日である」と記されている。アメリカ人の今があるのは、これらの犠牲の上に成り立っている、と説いている。

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