よし坊のあっちこっち

神出鬼没、中年オヤジ、いや、老年オヤジの何でも有りブログだ!

注目のアメリカサッカー

2010年02月12日 | サッカー
この数年でレベルを上げているアメリカのサッカーは、この先いろいろな意味で注目株だ。世界ランキングのベスト10入りは決して楽ではないが、射程距離にあるのも事実。

このところ、ヨーロッパの大物プレーヤーのMLS入りが噂されている。バルサのアンリと、レアルのラウルである。特に、ラウルは、カカとロナルドのゴールデンボーイの参加でベンチを暖めるのが多くなったので、出る方がいいだろう。NYレッド・ブルが候補のようだが、いずれにせよ、面白くなるのは間違いない。この大きな流れは、やはり、ベッカム効果と言えそうだ。ヨーロッパがアメリカにも目を向け始めているのは、間違いない。この経済不況で頓挫したが、あのバルサが、フロリダでアメリカ版バルサを立ち上げる計画があったことは、よく知られている。

今までは、アメリカのサッカーは中南米のプレーヤーで支えられていたが、これにヨーロッパ勢が加われば、五大スポーツへと更に一歩前進となろう。

自信喪失国家

2010年02月07日 | いろいろ
世界の経済成長率が先進国では軒並み改善予測にも関らず、日本だけ置いてきぼりの感がある。あまりにも長い間、世界第二の経済大国を演じてきたので、すっかり疲れ果てたのか。

なにやら、思い出すのは、世界があまり関心を見せなかったバレーボール、当時、スポコン一本の鬼の大松方式で世界を取ったのと戦後復興は同じような空気を感じる。汗と涙とど根性で反映を築いた。その間に得た栄光は、優れた日本的経営、品質の日本等など。日本的経営といえば、とどのつまり、みんなで仲良く合議制、を旗印のコンセンサスを特徴とする。品質では誰にも負けない、そのプライドは大したものだ。しかし、本当にそうなのだろうか。

品質ニッポンに疑問符を投げかけたのが、ニッポンの象徴とさえ言われ始めたトヨタのリコール騒ぎ。どうも、日本の品質優位は峠を過ぎたかのようだ。もちろん、いまだに日本品の品質は厳密に比べれば、他より優れているが、昔ほどの差はなくなっている。品質が圧倒しているのなら、携帯電話で日本品が市場から駆逐されるはずも無いが、アメリカでは、何処を探してもお目にかからない。長らく、品質王国を謳歌した日本の驕りかもしれない。
アメリカでは、トヨタ方式と呼ばれる手法もあちらこちらで見直され始めている。

グローバルが進めば進むほど、日本は不利だろう。世界の主流のビジネスモデルとは違った方向だから、当然そうなる。よく考えてみると、アメリカのみならず、主要プレーヤーの中国韓国は、いずれも、トップダウンの経営手法が普通で、日本の「皆で渡ろう」方式とは正反対だ。ここに疑問符を投げかけないといけない。

平時と戦時。戦時では、個人の強烈なリーダーシップが求められるのが常。日本はこの15年、戦時にも関らず、国や企業のトップはあまりにも、平時の将を担ぎすぎた。自民党政権しかり。今の民主党政権も似た様なものだ。あの、お坊ちゃま首相は、どう見ても、戦時のリーダーではない。

日本もトップダウン手法を許容しない限り、世界のスピードにはついていけない。当分経済大国三位を確保できるだろうが、最早それまで。アメリカに次ぐ第二位という看板だから光輝いていた。

RAIZO -狂四郎のこと

2010年02月01日 | RAIZO
ご存知、柴錬の代表作のひとつだが、小学生だったから、そんなことは知る由も無い。
初めて、眠狂四郎を観たのは、阿佐ヶ谷東宝で、鶴田浩二主演のものだ。当時は、いつもの時代劇のひとつだ。それなりの時代劇だったとは思うが、眼目の円月殺法も、ただそう呼ぶだけの円まわしだけだったように思う。今考えると、美男俳優鶴田浩二の顔は狂四郎役には、ちと甘いマスク過ぎる。世を捨てた無頼の徒、ではない。

狂四郎か雷蔵か、雷蔵か狂四郎か。これに一端はまると、ほかの役者がやっても、まったく興味が湧いてこないから不思議である。それぞれの良さがあるだろう。別の狂四郎がそこに居るかも知れぬ、という新しい発見の面白さはあるだろうが、どうもその気になれない。従って、雷蔵以後、テレビや映画で狂四郎が演じられても、観たことはない。

転びバテレンと日本の女の間に生まれたという出自の設定も、無頼の徒に繋がる。何よりも、雷蔵自身の出自とその後の複雑な家族関係が落とす影が狂四郎と二重写しになる。

一作目の「殺法帖」は新東宝から出た若山富三郎が城健三郎と改名しての登場、初回で華を飾るのは中村玉緒。円月殺法を会得し、初めて画面で円を描く狂四郎。しかし、この円月殺法、初回ではまだ型が出来ていない。