時期は少々遡りますが…
昨夜は夜中の突然の雷に目が覚めた。そして、夕立のような雨…。今年の夏は猛暑だったけれど、考えてみると夕立は少なかったようにも思える。改めて「稲妻」という言葉を調べてみたのだけれど、「①空中電気の放電による電光」etc.とある。11月になっても20℃を超える気温の日中であるから、大気の状態が不安定なことは分かる…むしろ、「稲の夫(つま)」という表現が目に留まりました。「稲の結実期によく起こることから、これによって稲が稔る」と信じられていたという民間信仰。なるほど…古くは「つま」という言葉は、夫婦や恋人が互いに相手を呼ぶ言葉であり、夫も妻も「つま」と読んでいたらしい。昭和の時代は『雷親父』という表現もあったけれど、突然の雷鳴は「夫(つま)」よりも「妻(つま)」に落ち着いたのかしらなどと下らないことを考えてしまいましたよ(笑)
「くわばら(桑原)、くわばら」…嫌なことや災難を避けるおまじないと思っておりましたが、菅原道真の領地桑原には落雷がなかったことが由来とか。立派な方のところでは「妻」も雷を落とさないようである。しかし、何をやっても相手のお気に召さないときは、「桑原」に逃げ込むのが良さそうである…庭の草むしりをしていたら、鳥が種を落としたのでしょうか?「桑」の木が芽生えておりましたけれど、ここに逃げ込みなさいという神のお告げかも知れない…。
そろそろ冬眠場所を探しているかな?
さて、「稲妻」にまつわる話を検索していたら、アリスの「冬の稲妻」という楽曲を思い出しました。作詞された谷村新司さんもお亡くなりになったんですよねぇ…。歌詞をたどると「突然すぎた」「別れの言葉」「立ちつくす」と続くから、無意識のうちに『別れを告げられた女性』をイメージしてしまうのだけれど、これもまた『昭和のオジさん』のアンコンシャスバイアスというものかも知れない。愛想が尽きて別れ話に発展するのは女性側からということが多いような気もしますもの^^;
はてさて、稲作や神話の世界から発祥した「稲妻」や「雷」ではあるけれど、東北地方の日本海側では、意外に冬の雷が多く、石川県金沢市では年間42.2日の雷が観測されているらしい。「雪起こし」「ブリ起こし」という冬の雷の呼び名もあるようですから、着実に冬が間近に迫っているということかも知れない。少しずつ働く時間を伸ばしながら、庭や裏の畑を片付け少しだけ体裁が整ってきたと自己満足する日々でありますが、コツコツと取り組むことの大切さをしみじみと感じておりますよ。『冬の稲妻』が落ちない内に、何とか片付けないとねぇ…ため息なんぞついていても、誰も助けてくれないもの(笑)