井上陽水の「夢の中へ」ですが…
そうそう、彼の歌詞は「忘れものは何ですか?」ではなく、「探しものは何ですか?」だった^^;
何とまぁ物忘れが激しくなると、探し物が何であったかを思い出すのに時間がかかったりしましてねぇ…そんな状態だから、「忘れものは何ですか?」という歌詞に書き替わっていたりする。2023年も残すところあと二日…何かし忘れたことはないかと考えてみるに、今年こそはやろうと新年に誓ったことさえ忘れてしまっている。良いのよいいのよ、『恥じらい』という感情さえ忘れてしまっているのだから、し忘れたところで誰にも迷惑をかける訳でもありますまい。
「つごもり(晦)」は、陰暦で月の終わりごろ、月の光が全く見えなくなることを指す言葉であり、本日12月30日は旧暦の11月18日であるから、本来の『大晦』までは1ヶ月以上もある。ちなみに旧暦の12月30日は2024年の2月9日のようだから、その頃までには何とか思い出しておきましょうと、自分の都合の良い方向に先延ばしをすることにいたします。問題を先送りしても誰も解決してくれないことなど十分承知しておりますが、解決すべき問題も持ち合わせていないのかも知れない。朝起きて、ご飯を食べることだけは忘れてはいないようだから、まだ『生きる』ことへの執着はあるようだが、その内に、そういったことさえも忘れてしまったりしてねぇ(笑)
自分に都合の良い生き方を…
さて、『おやじぃ』の少額のアルバイト代金さえ忘れてしまっているのだから、数々の『裏金』を忘れてしまうのも当然のことかも知れないねぇ。連立与党某代表さえ、寄付金20万円以上の記帳義務を5万円に引き下げようなどと的外れな談話を発表しているようである。確か国家予算の大枠は100万円単位で要求するはずだから、万単位の寄付金収入など、『目糞鼻糞』の類なのかも知れない。庶民感覚でいう円単位の記帳義務も、その位の大枠で捉えていただけたなら、『おやじぃ』もセコセコと記帳する必要も無いはずであるけれど…。
はてさて、『晦』は月の光の届かない暗闇である。『夜にお金を数えると泥棒が入る。』などという迷信もあるけれど、儲かったなら儲かったと白日のもとで数えれば良いものを、何で暗闇の中で数えてニンマリするのかねぇ…それは、他人に知られたくないからでしょうなぁ。「忘れものは何ですか?」と忘れたフリをしても、お金を集めることだけは忘れないようであるから、あとは記帳することだけ忘れなければ良いだけなのだけれど、これだけはしっかり『忘れて』しまうようである。個人の寄付は、企業団体からの寄付は、と制度を複雑にするから忘れてしまうのであるから、ここは単純明快に1円単位まで記帳しましょうという制度に改めれば良いものを…単純なことを敢えて複雑にする。これがお金を集める秘訣かも知れませんなぁ…来年の目標にしよう(笑)