EUのリーダー国のドイツ。そのドイツを16年間引っ張ってきたCDU(キリスト教民主同盟)のメルケル政権が終わりを告げようとしている。
過去16年のうち12年が社民党との連立だったが、その間に、本来なら保守党であるはずのCDUが、社民党の色の濃い政策を次々に実行に移し、ドイツが静かに左傾化していった。
そのせいで社民党の株が上がったかというと、まったくその反対で、ここ10年ほどは消滅するかと思うほどの衰弱ぶりだった。
9月26日の連邦議会選挙では、その社民党(SPD)が25.7%の得票率で首位に立った。瀕死の病人が立ち上がったかのように、皆が驚いた。
次期連立政権はどの党の誰が率いるのか。
一方、まだ首相であるはずのメルケル氏は、自党の大混乱にはわれ関せずで、各国をお別れ訪問中だと、川口 マーン 惠美さん。
ドイツの行方(=EUの行方)について解説しておられます。
本来なら保守党であるはずのメルケル首相のCDUが、社民党の色の濃い政策を次々に実行に移し、ドイツが静かに左傾化していった。
9月26日の連邦議会選挙では、その社民党(SPD)が25.7%の得票率で首位に立った。瀕死の病人が立ち上がったかのように、皆が驚いたと川口さん。
一方、CDU/CSUは激しい落ち込みで、たったの24.1%。党が始まって以来の最低記録。
開票後の一瞬は、1位の社民党と2位のCDU/CSU、どちらが政権をとるかは連立次第と、スリリングな気運が満ちた。
蓋を開けてみたらCDUは責任のなすりつけあい、仲間割れで乱れに乱れ、とても政権を担当できるような状態ではないことが露呈。ラシェット党首は敗北の全責任を押しつけられ、辞任に追い込まれCDUはいまだに党首がいないのだそうです。
連立については、社民党は、緑の党、自民党(FDP)と10月21日より3党連立を目指して本協議に入っている。しかし、社民党と緑の党の方針と、自民党のそれはかなり違うため、どのように落とし所を見つけるのかが注目されている。これがうまくいけば、ドイツには16年ぶりに(中道)左派政権が成立し、12月16日にはショルツ新首相がEU首脳会議の初舞台を踏むことになると、川口さん。
メルケル首相の中国寄りは知らぬ者がいない。中国がダンピングなどでEUの制裁を受けそうになると、それを助けるのが常にメルケル首相の役目だった。メルケル首相ほど中国で愛されている外国人首脳はいないだろう。
ドイツの対中政策が変わるのか、変わらないのか、それを気にかけている傍観者は多いと川口さん。
先月14日には、習近平国家主席がビデオでメルケル首相に対して「old friend」と呼びかけ、餞別の辞を贈った。old friendは中国では最大の敬意のこめられた言葉だそうだが、メルケル政権の16年にわたる努力のおかげで、ドイツ経済と中国経済は二人三脚で、ともに目眩(まばゆ)いほどの経済発展を果たしたのだから、これはただのお世辞ではないと。
2007年、首相になって間もなかったメルケル氏はダライ・ラマを官邸に招いたことで、中国より長期にわたって激しい抗議を受けた。以来、メルケル氏の中国に対する人権問題への言及はポーズだけとなった。中国を変えることはどのみちできない。だったら仲良くして儲(もう)けるのが一番というのが、以来、ドイツの国是であると川口さん。
2016年から昨年まで、中国はドイツにとって最大の交易相手だ。中国市場なくしてドイツの経済発展はあり得なかったし、これからもあり得ない。
華やかな成功といえるドイツの対中政策だが、問題が少なくとも2つあると。
1つ目は、自分たちが儲けることだけを考えて、EUとしての対中政策を怠ったこと。
中国は、「一帯一路」プロジェクトの一環として、東欧やバルカン諸国の17カ国ものインフラに多額を投資。ドイツのその間隙を縫って、17カ国のうちの12カ国をEU加盟国で獲得。
2つ目の問題は、ドイツ経済の行き過ぎた中国市場依存。特に自動車産業はすでに中国の言いなりだし、多くのサプライチェーンは中国に完璧に依存。
さらにメディアも中国のマイナス面を取り上げることには消極的で、そのため、これだけ中国の影響がドイツ社会に入り込んでいるにもかかわらず、国民の間でそれが危機として意識されていない。
当然、香港も、ウイグルも、台湾も、ドイツ人にとっては、どれも遠い話。
メルケル首相の対中政策の極め付きは、EU中国包括的投資協定だと川口さん。
メルケル氏が自分の力が及ぶ最後のチャンスを利用して強引にまとめたものだ。これによりメルケル氏は、それまでの親中政治を、自分の引退後も動かぬものにしようとしたと言われる(ただし、現在、欧州議会が対中ブレーキを引いており、批准に至るかどうかが分からなくなっている)と。
こういう経緯があるからこそ、メルケル後のドイツがいったいどちらに舵を切るのかと皆が興味津津になっているわけだが、川口さんは、ドイツの対中政策は大きく変わる余地は少ないと見るのだそうです。
新政権に緑の党が加われば、人権問題を責め立てるだろうし、自民党は市場開放を叫ぶに違いない。しかし、中国を怒らせて困るのはドイツの産業界だ。中国攻撃の行き過ぎは、ドイツ企業が許さないはずだと。
一時、歓迎されたドイツのフリゲート艦のインド太平洋地区への派遣も、よく聞いてみると1993年建造の船で、しかも、航行は商業航路のみ。中国が領有を主張している島々には近寄らず、台湾海峡も避けるというから、中国に対する気の遣いようは大変なものだ。それどころか、メルケル氏のたっての要望で上海への寄港も検討していたが、それは中国に断られたという。
完全に中国に首根っこを押さえられているメルケルさんと言う事ですね。
いずれにせよドイツの新政府の悩みの種は、どうすれば米国の地雷を踏まずに、中国とうまく商売を続けられるかだ。
そんな折、バイデン政権が対中政策を軟化させてくれているのは嬉しい誤算? と川口さん。
日本の抱える中国依存問題もドイツのそれと瓜二つだ。一刻も早く、大切な産業を日本の手に取り戻せるよう、政府には最大の援助をしてほしいと。
# 冒頭の画像は、東京に寄港したドイツ海軍のフリゲート艦「バイエルン」
独艦艇20年ぶり日本寄港 インド太平洋に関与強化 - 産経ニュース
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過去16年のうち12年が社民党との連立だったが、その間に、本来なら保守党であるはずのCDUが、社民党の色の濃い政策を次々に実行に移し、ドイツが静かに左傾化していった。
そのせいで社民党の株が上がったかというと、まったくその反対で、ここ10年ほどは消滅するかと思うほどの衰弱ぶりだった。
9月26日の連邦議会選挙では、その社民党(SPD)が25.7%の得票率で首位に立った。瀕死の病人が立ち上がったかのように、皆が驚いた。
次期連立政権はどの党の誰が率いるのか。
一方、まだ首相であるはずのメルケル氏は、自党の大混乱にはわれ関せずで、各国をお別れ訪問中だと、川口 マーン 惠美さん。
ドイツの行方(=EUの行方)について解説しておられます。
「仲良くして儲けるのが一番」中国への“どっぷり依存”やめられないドイツのジレンマ - SankeiBiz(サンケイビズ):自分を磨く経済情報サイト PRESIDENT Online 2021.11.8
■与党CDUが仲間割れ、党首辞任の異常事態
ドイツでは、まもなく16年間に及んだCDU(キリスト教民主同盟)のメルケル政権が終わりを告げようとしている。過去16年のうち12年が社民党との連立だったが、その間に、本来なら保守党であるはずのCDUが、社民党の色の濃い政策を次々に実行に移し、ドイツが静かに左傾化していった様子については、総選挙前に<「日本も他人事ではない」メルケル首相を失ったドイツ総選挙が大混乱に陥っている理由>で書いた。ただ、そのせいで社民党の株が上がったかというと、まったくその反対で、ここ10年ほどは消滅するかと思うほどの衰弱ぶりだった。
9月26日の連邦議会選挙では、その社民党(SPD)が25.7%の得票率で首位に立った。狂喜するほどの数字ではないが、それでも、瀕死の病人が立ち上がったかのように、皆が驚いた。さらに意外だったのはCDU/CSUの激しい落ち込みで、たったの24.1%。党が始まって以来の最低記録だった。
そんなわけで、開票後の一瞬は、1位の社民党と2位のCDU/CSU、どちらが政権をとるかは連立次第と、スリリングな気運が満ちた。ところが、蓋を開けてみたらCDUは責任のなすりつけあい、仲間割れで乱れに乱れ、とても政権を担当できるような状態ではないことが露呈。ラシェット党首は敗北の全責任を押しつけられ、辞任に追い込まれたため(選挙後、党内で意見が一致したのは、これぐらいではないか)、CDUはいまだに党首がいない。それにしても、この壊滅状態をよくも今まで隠し通せていたものだと、皆が呆(あき)れ返っている。
■当のメルケル首相はただ1人上機嫌で…
一方、まだ首相であるはずのメルケル氏は、自党の大混乱にはわれ関せずで、ましてや、自分に責任の一端があるとも思っていないらしく、各国をお別れ訪問中。26日、ベルリンの大統領府で内閣の任が解かれる式典が行われた際には、これから下野を控えて沈鬱な表情のCDU/CSUの大臣たちの横で、1人なぜか上機嫌だった。
外遊先の各国では“偉大な”功績を褒めたたえられているが、自国内での「功績」のほうは今後、問題化してくるはずだ。おそらく次期政権は、まずはメルケル政権の残した瓦礫の山の片付けに追われることになるだろう。
肝心の連立だが、社民党は、緑の党、自民党(FDP)と10月21日より3党連立を目指して本協議に入っている。しかし、社民党と緑の党の方針と、自民党のそれはかなり違うため、どのように落とし所を見つけるのかが注目されている。これがうまくいけば、ドイツには16年ぶりに(中道)左派政権が成立し、12月16日にはショルツ新首相がEU首脳会議の初舞台を踏むことになる。
■新政権はメルケル首相の対中政策を引き継ぐのか?
さて、ドイツの政治家が新政権樹立に取り組んでいる現在、世界の各国は「その後」を探っている。特に、ドイツの対中政策が変わるのか、変わらないのか、それを気にかけている傍観者は多い。
メルケル首相の中国寄りは知らぬ者がいない。中国がダンピングなどでEUの制裁を受けそうになると、それを助けるのが常にメルケル首相の役目だった。メルケル首相ほど中国で愛されている外国人首脳はいないだろう。
中国は2001年にWTO(世界貿易機関)に加盟した。当時、EUは、15年後には中国をEUの定める「市場経済国」の仲間に入れると決めたが、2016年、それを時期尚早として却下した。15年たっても、中国は市場を共有できるレベルにはなっていないという判断からだった。中国はもちろん怒った。
ちょうどその頃、メルケル首相は中国を訪問していたが、李克強首相の態度は普段とは打って変わって厳しかった。それどころか彼はメルケル首相に対して、「私たちはEUが義務を行使すること、そしてドイツ側が今まで通りポジティブな役割を演じてくれることを期待する」とまで迫った。
しかしメルケル首相はこのプレッシャーに怖気づくこともなく、のらりくらりとかわした。そして、こういう手強い相手には、中国はちゃんと敬意を表するらしく、その後も独中関係が崩れることはなかった。日本にはこういう心臓の政治家が見当たらないのが残念だ。
■どのみち変えられないのなら仲良くして儲けたい
先月14日には、習近平国家主席がビデオでメルケル首相に対して「old friend」と呼びかけ、素晴らしい餞別の辞を贈った。old friendは中国では最大の敬意のこめられた言葉だそうだが、メルケル政権の16年にわたる努力のおかげで、ドイツ経済と中国経済は二人三脚で、ともに目眩(まばゆ)いほどの経済発展を果たしたのだから、これはただのお世辞ではない。しかし一方、その中国が一党独裁であり、人権問題でそれほど潔白ではないことも事実で、それも誰もが知っている。
2007年、首相になって間もなかったメルケル氏はダライ・ラマを官邸に招いたことで、中国より長期にわたって激しい抗議を受けた。以来、メルケル氏の中国に対する人権問題への言及はポーズだけとなった。中国を変えることはどのみちできない。だったら仲良くして儲(もう)けるのが一番というのが、以来、ドイツの国是である。
今では、ドイツと中国は二国間政府協定を結び、首脳は年に何度も顔を合わせる。2016年から昨年まで、中国はドイツにとって最大の交易相手だ。中国市場なくしてドイツの経済発展はあり得なかったし、これからもあり得ない。メルケル首相の任期中の中国訪問は12回。コロナがなければ回数はもっと増えていただろう。
■中国の思惑次第で分断されてしまう危険
華やかな成功といえるドイツの対中政策だが、問題が少なくとも2つある。
1つ目は、自分たちが儲けることだけを考えて、EUとしての対中政策を怠ったこと。その間隙を縫って中国は、「一帯一路」プロジェクトの一環として、東欧やバルカン諸国の17カ国ものインフラに多額を投資し、これらを束ねて「17+1」というグループまで結成した。しかも、その17カ国のうちの12カ国がEU加盟国だ。
これらの国々は当然、多かれ少なかれ中国に借款がある。東欧のEU国と、EUを主導している西側国との間には、そうでなくても意見の違いが多いから、下手をすると、中国の思惑次第でEUがさらに分断される危険が生じている。
2つ目の問題は、ドイツ経済の行き過ぎた中国市場依存。特に自動車産業はすでに中国の言いなりだし、多くのサプライチェーンは中国に完璧に依存している。また、中国企業によるドイツのハイテク企業や不動産の買収も進んでいるが、これまでメルケル氏にはそれらを修正しようという意思が希薄だった。
さらにメディアも中国のマイナス面を取り上げることには消極的で、そのため、これだけ中国の影響がドイツ社会に入り込んでいるにもかかわらず、国民の間でそれが危機として意識されていない。つまりドイツ社会には、中国とはどういう付き合い方をしていくべきかをオープンに議論する空気もなかった。膨張している中国の軍事力に至っては、距離が遠いため、脅威と感じているドイツ人はほとんどいない。当然、香港も、ウイグルも、台湾も、ドイツ人にとっては、どれも遠い話だった。
■中国を怒らせても自らの首を絞めるだけ
メルケル首相の対中政策の極め付きは、2020年の12月30日に駆け込みで大筋合意が決まったEU中国包括的投資協定だ。これはドイツが欧州理事会の理事長国であった最終日(最終日は正確には31日)に、メルケル氏が自分の力が及ぶ最後のチャンスを利用して強引にまとめたものだ。これによりメルケル氏は、それまでの親中政治を、自分の引退後も動かぬものにしようとしたと言われる(ただし、現在、欧州議会が対中ブレーキを引いており、批准に至るかどうかが分からなくなっている)。
こういう経緯があるからこそ、メルケル後のドイツがいったいどちらに舵を切るのかと皆が興味津津になっているわけだが、私は、ドイツの対中政策は大きく変わる余地は少ないと見る。もちろん、新政権に緑の党が加われば、人権問題を責め立てるだろうし、自民党は市場開放を叫ぶに違いない。しかし、中国を怒らせて困るのはドイツの産業界だ。中国攻撃の行き過ぎは、ドイツ企業が許さないはずだ。
現在、新政権が中心に据えている政策に、デジタル化の促進がある。ドイツは、高速の電話回線や4Gの整備、また、企業や公共機関のデジタル化が遅れており、それらの整備が次期政権の最大の課題の一つだ。さらに今後は5Gの整備も必要で、華為技術(ファーウェイ)を採用するかどうかがかなり前から議論されていた。しかし、華為に関してドイツ政府は、すでに締め出している英国、あるいは、締め出しつつあるフランスなどと違い、いまだに明言を避けている。おそらく、部分的制限を施した上で、採用の方向に決まるのではないか。ドイツが中国に対して強い態度で出るとは考えにくい。
■人権問題でプレッシャーをかけている場合ではない
それどころか現在、ドイツはさらに中国に擦り寄らなければならない状況に見舞われている。現在、世界に供給されているマグネシウムの8~9割が中国産だが、その生産が中国の電力不足で止まっており、基幹産業の多くがパニックに陥っているのだ。マグネシウムはアルミニウム合金の硬度、強度、耐熱性などに決定的な役割を果たすため、自動車や飛行機をはじめ、ありとあらゆるところで必要とされているが、ヨーロッパではコストが合わず、2001年から生産は中止されている。
そんなわけで今、マグネシウムの価格は今年の初めの5倍。すでにフォルクスワーゲン社ではマグネシウム不足による短縮操業が始まっており、このままいくと11月末には、ドイツ、およびヨーロッパの多くの工場がストップする可能性があるという。ドイツの金属工業の事業連合会では、外務省に政治的援助を求めており、要するに、旧政府であれ、新政府であれ、中国に人権問題などでプレッシャーをかけることなど今や夢物語だ。
■日本もまったく同じ状況を迎えている
一時、歓迎されたドイツのフリゲート艦のインド太平洋地区への派遣も、よく聞いてみると1993年建造の船で、しかも、航行は商業航路のみ。中国が領有を主張している島々には近寄らず、台湾海峡も避けるというから、中国に対する気の遣いようは大変なものだ。それどころか、メルケル氏のたっての要望で上海への寄港も検討していたが、それは中国に断られたという。
いずれにせよドイツの新政府の悩みの種は、どうすれば米国の地雷を踏まずに、中国とうまく商売を続けられるかだ。サプライチェーンにおける中国依存を減らすことも考えているというが、環境汚染に直結しそうな金属の製錬などを自国で行うのは至難の業だ。コストも跳ね上がる。そんな折、バイデン政権が対中政策を軟化させてくれているのは嬉しい誤算?
なお、いつも私の結論は同じになるが、日本の抱える中国依存問題もドイツのそれと瓜二つだ。一刻も早く、大切な産業を日本の手に取り戻せるよう、政府には最大の援助をしてほしい。
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川口 マーン 惠美(かわぐち・マーン・えみ)
作家
日本大学芸術学部音楽学科卒業。1985年、ドイツのシュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科修了。ライプツィヒ在住。1990年、『フセイン独裁下のイラクで暮らして』(草思社)を上梓、その鋭い批判精神が高く評価される。2013年『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』、2014年『住んでみたヨーロッパ9勝1敗で日本の勝ち』(ともに講談社+α新書)がベストセラーに。『ドイツの脱原発がよくわかる本』(草思社)が、2016年、第36回エネルギーフォーラム賞の普及啓発賞、2018年、『復興の日本人論』(グッドブックス)が同賞特別賞を受賞。その他、『そして、ドイツは理想を見失った』(角川新書)、『移民・難民』(グッドブックス)、『世界「新」経済戦争 なぜ自動車の覇権争いを知れば未来がわかるのか』(KADOKAWA)、『メルケル 仮面の裏側』(PHP新書)など著書多数。新著に『無邪気な日本人よ、白昼夢から目覚めよ』 (ワック)がある。
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■与党CDUが仲間割れ、党首辞任の異常事態
ドイツでは、まもなく16年間に及んだCDU(キリスト教民主同盟)のメルケル政権が終わりを告げようとしている。過去16年のうち12年が社民党との連立だったが、その間に、本来なら保守党であるはずのCDUが、社民党の色の濃い政策を次々に実行に移し、ドイツが静かに左傾化していった様子については、総選挙前に<「日本も他人事ではない」メルケル首相を失ったドイツ総選挙が大混乱に陥っている理由>で書いた。ただ、そのせいで社民党の株が上がったかというと、まったくその反対で、ここ10年ほどは消滅するかと思うほどの衰弱ぶりだった。
9月26日の連邦議会選挙では、その社民党(SPD)が25.7%の得票率で首位に立った。狂喜するほどの数字ではないが、それでも、瀕死の病人が立ち上がったかのように、皆が驚いた。さらに意外だったのはCDU/CSUの激しい落ち込みで、たったの24.1%。党が始まって以来の最低記録だった。
そんなわけで、開票後の一瞬は、1位の社民党と2位のCDU/CSU、どちらが政権をとるかは連立次第と、スリリングな気運が満ちた。ところが、蓋を開けてみたらCDUは責任のなすりつけあい、仲間割れで乱れに乱れ、とても政権を担当できるような状態ではないことが露呈。ラシェット党首は敗北の全責任を押しつけられ、辞任に追い込まれたため(選挙後、党内で意見が一致したのは、これぐらいではないか)、CDUはいまだに党首がいない。それにしても、この壊滅状態をよくも今まで隠し通せていたものだと、皆が呆(あき)れ返っている。
■当のメルケル首相はただ1人上機嫌で…
一方、まだ首相であるはずのメルケル氏は、自党の大混乱にはわれ関せずで、ましてや、自分に責任の一端があるとも思っていないらしく、各国をお別れ訪問中。26日、ベルリンの大統領府で内閣の任が解かれる式典が行われた際には、これから下野を控えて沈鬱な表情のCDU/CSUの大臣たちの横で、1人なぜか上機嫌だった。
外遊先の各国では“偉大な”功績を褒めたたえられているが、自国内での「功績」のほうは今後、問題化してくるはずだ。おそらく次期政権は、まずはメルケル政権の残した瓦礫の山の片付けに追われることになるだろう。
肝心の連立だが、社民党は、緑の党、自民党(FDP)と10月21日より3党連立を目指して本協議に入っている。しかし、社民党と緑の党の方針と、自民党のそれはかなり違うため、どのように落とし所を見つけるのかが注目されている。これがうまくいけば、ドイツには16年ぶりに(中道)左派政権が成立し、12月16日にはショルツ新首相がEU首脳会議の初舞台を踏むことになる。
■新政権はメルケル首相の対中政策を引き継ぐのか?
さて、ドイツの政治家が新政権樹立に取り組んでいる現在、世界の各国は「その後」を探っている。特に、ドイツの対中政策が変わるのか、変わらないのか、それを気にかけている傍観者は多い。
メルケル首相の中国寄りは知らぬ者がいない。中国がダンピングなどでEUの制裁を受けそうになると、それを助けるのが常にメルケル首相の役目だった。メルケル首相ほど中国で愛されている外国人首脳はいないだろう。
中国は2001年にWTO(世界貿易機関)に加盟した。当時、EUは、15年後には中国をEUの定める「市場経済国」の仲間に入れると決めたが、2016年、それを時期尚早として却下した。15年たっても、中国は市場を共有できるレベルにはなっていないという判断からだった。中国はもちろん怒った。
ちょうどその頃、メルケル首相は中国を訪問していたが、李克強首相の態度は普段とは打って変わって厳しかった。それどころか彼はメルケル首相に対して、「私たちはEUが義務を行使すること、そしてドイツ側が今まで通りポジティブな役割を演じてくれることを期待する」とまで迫った。
しかしメルケル首相はこのプレッシャーに怖気づくこともなく、のらりくらりとかわした。そして、こういう手強い相手には、中国はちゃんと敬意を表するらしく、その後も独中関係が崩れることはなかった。日本にはこういう心臓の政治家が見当たらないのが残念だ。
■どのみち変えられないのなら仲良くして儲けたい
先月14日には、習近平国家主席がビデオでメルケル首相に対して「old friend」と呼びかけ、素晴らしい餞別の辞を贈った。old friendは中国では最大の敬意のこめられた言葉だそうだが、メルケル政権の16年にわたる努力のおかげで、ドイツ経済と中国経済は二人三脚で、ともに目眩(まばゆ)いほどの経済発展を果たしたのだから、これはただのお世辞ではない。しかし一方、その中国が一党独裁であり、人権問題でそれほど潔白ではないことも事実で、それも誰もが知っている。
2007年、首相になって間もなかったメルケル氏はダライ・ラマを官邸に招いたことで、中国より長期にわたって激しい抗議を受けた。以来、メルケル氏の中国に対する人権問題への言及はポーズだけとなった。中国を変えることはどのみちできない。だったら仲良くして儲(もう)けるのが一番というのが、以来、ドイツの国是である。
今では、ドイツと中国は二国間政府協定を結び、首脳は年に何度も顔を合わせる。2016年から昨年まで、中国はドイツにとって最大の交易相手だ。中国市場なくしてドイツの経済発展はあり得なかったし、これからもあり得ない。メルケル首相の任期中の中国訪問は12回。コロナがなければ回数はもっと増えていただろう。
■中国の思惑次第で分断されてしまう危険
華やかな成功といえるドイツの対中政策だが、問題が少なくとも2つある。
1つ目は、自分たちが儲けることだけを考えて、EUとしての対中政策を怠ったこと。その間隙を縫って中国は、「一帯一路」プロジェクトの一環として、東欧やバルカン諸国の17カ国ものインフラに多額を投資し、これらを束ねて「17+1」というグループまで結成した。しかも、その17カ国のうちの12カ国がEU加盟国だ。
これらの国々は当然、多かれ少なかれ中国に借款がある。東欧のEU国と、EUを主導している西側国との間には、そうでなくても意見の違いが多いから、下手をすると、中国の思惑次第でEUがさらに分断される危険が生じている。
2つ目の問題は、ドイツ経済の行き過ぎた中国市場依存。特に自動車産業はすでに中国の言いなりだし、多くのサプライチェーンは中国に完璧に依存している。また、中国企業によるドイツのハイテク企業や不動産の買収も進んでいるが、これまでメルケル氏にはそれらを修正しようという意思が希薄だった。
さらにメディアも中国のマイナス面を取り上げることには消極的で、そのため、これだけ中国の影響がドイツ社会に入り込んでいるにもかかわらず、国民の間でそれが危機として意識されていない。つまりドイツ社会には、中国とはどういう付き合い方をしていくべきかをオープンに議論する空気もなかった。膨張している中国の軍事力に至っては、距離が遠いため、脅威と感じているドイツ人はほとんどいない。当然、香港も、ウイグルも、台湾も、ドイツ人にとっては、どれも遠い話だった。
■中国を怒らせても自らの首を絞めるだけ
メルケル首相の対中政策の極め付きは、2020年の12月30日に駆け込みで大筋合意が決まったEU中国包括的投資協定だ。これはドイツが欧州理事会の理事長国であった最終日(最終日は正確には31日)に、メルケル氏が自分の力が及ぶ最後のチャンスを利用して強引にまとめたものだ。これによりメルケル氏は、それまでの親中政治を、自分の引退後も動かぬものにしようとしたと言われる(ただし、現在、欧州議会が対中ブレーキを引いており、批准に至るかどうかが分からなくなっている)。
こういう経緯があるからこそ、メルケル後のドイツがいったいどちらに舵を切るのかと皆が興味津津になっているわけだが、私は、ドイツの対中政策は大きく変わる余地は少ないと見る。もちろん、新政権に緑の党が加われば、人権問題を責め立てるだろうし、自民党は市場開放を叫ぶに違いない。しかし、中国を怒らせて困るのはドイツの産業界だ。中国攻撃の行き過ぎは、ドイツ企業が許さないはずだ。
現在、新政権が中心に据えている政策に、デジタル化の促進がある。ドイツは、高速の電話回線や4Gの整備、また、企業や公共機関のデジタル化が遅れており、それらの整備が次期政権の最大の課題の一つだ。さらに今後は5Gの整備も必要で、華為技術(ファーウェイ)を採用するかどうかがかなり前から議論されていた。しかし、華為に関してドイツ政府は、すでに締め出している英国、あるいは、締め出しつつあるフランスなどと違い、いまだに明言を避けている。おそらく、部分的制限を施した上で、採用の方向に決まるのではないか。ドイツが中国に対して強い態度で出るとは考えにくい。
■人権問題でプレッシャーをかけている場合ではない
それどころか現在、ドイツはさらに中国に擦り寄らなければならない状況に見舞われている。現在、世界に供給されているマグネシウムの8~9割が中国産だが、その生産が中国の電力不足で止まっており、基幹産業の多くがパニックに陥っているのだ。マグネシウムはアルミニウム合金の硬度、強度、耐熱性などに決定的な役割を果たすため、自動車や飛行機をはじめ、ありとあらゆるところで必要とされているが、ヨーロッパではコストが合わず、2001年から生産は中止されている。
そんなわけで今、マグネシウムの価格は今年の初めの5倍。すでにフォルクスワーゲン社ではマグネシウム不足による短縮操業が始まっており、このままいくと11月末には、ドイツ、およびヨーロッパの多くの工場がストップする可能性があるという。ドイツの金属工業の事業連合会では、外務省に政治的援助を求めており、要するに、旧政府であれ、新政府であれ、中国に人権問題などでプレッシャーをかけることなど今や夢物語だ。
■日本もまったく同じ状況を迎えている
一時、歓迎されたドイツのフリゲート艦のインド太平洋地区への派遣も、よく聞いてみると1993年建造の船で、しかも、航行は商業航路のみ。中国が領有を主張している島々には近寄らず、台湾海峡も避けるというから、中国に対する気の遣いようは大変なものだ。それどころか、メルケル氏のたっての要望で上海への寄港も検討していたが、それは中国に断られたという。
いずれにせよドイツの新政府の悩みの種は、どうすれば米国の地雷を踏まずに、中国とうまく商売を続けられるかだ。サプライチェーンにおける中国依存を減らすことも考えているというが、環境汚染に直結しそうな金属の製錬などを自国で行うのは至難の業だ。コストも跳ね上がる。そんな折、バイデン政権が対中政策を軟化させてくれているのは嬉しい誤算?
なお、いつも私の結論は同じになるが、日本の抱える中国依存問題もドイツのそれと瓜二つだ。一刻も早く、大切な産業を日本の手に取り戻せるよう、政府には最大の援助をしてほしい。
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川口 マーン 惠美(かわぐち・マーン・えみ)
作家
日本大学芸術学部音楽学科卒業。1985年、ドイツのシュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科修了。ライプツィヒ在住。1990年、『フセイン独裁下のイラクで暮らして』(草思社)を上梓、その鋭い批判精神が高く評価される。2013年『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』、2014年『住んでみたヨーロッパ9勝1敗で日本の勝ち』(ともに講談社+α新書)がベストセラーに。『ドイツの脱原発がよくわかる本』(草思社)が、2016年、第36回エネルギーフォーラム賞の普及啓発賞、2018年、『復興の日本人論』(グッドブックス)が同賞特別賞を受賞。その他、『そして、ドイツは理想を見失った』(角川新書)、『移民・難民』(グッドブックス)、『世界「新」経済戦争 なぜ自動車の覇権争いを知れば未来がわかるのか』(KADOKAWA)、『メルケル 仮面の裏側』(PHP新書)など著書多数。新著に『無邪気な日本人よ、白昼夢から目覚めよ』 (ワック)がある。
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本来なら保守党であるはずのメルケル首相のCDUが、社民党の色の濃い政策を次々に実行に移し、ドイツが静かに左傾化していった。
9月26日の連邦議会選挙では、その社民党(SPD)が25.7%の得票率で首位に立った。瀕死の病人が立ち上がったかのように、皆が驚いたと川口さん。
一方、CDU/CSUは激しい落ち込みで、たったの24.1%。党が始まって以来の最低記録。
開票後の一瞬は、1位の社民党と2位のCDU/CSU、どちらが政権をとるかは連立次第と、スリリングな気運が満ちた。
蓋を開けてみたらCDUは責任のなすりつけあい、仲間割れで乱れに乱れ、とても政権を担当できるような状態ではないことが露呈。ラシェット党首は敗北の全責任を押しつけられ、辞任に追い込まれCDUはいまだに党首がいないのだそうです。
連立については、社民党は、緑の党、自民党(FDP)と10月21日より3党連立を目指して本協議に入っている。しかし、社民党と緑の党の方針と、自民党のそれはかなり違うため、どのように落とし所を見つけるのかが注目されている。これがうまくいけば、ドイツには16年ぶりに(中道)左派政権が成立し、12月16日にはショルツ新首相がEU首脳会議の初舞台を踏むことになると、川口さん。
メルケル首相の中国寄りは知らぬ者がいない。中国がダンピングなどでEUの制裁を受けそうになると、それを助けるのが常にメルケル首相の役目だった。メルケル首相ほど中国で愛されている外国人首脳はいないだろう。
ドイツの対中政策が変わるのか、変わらないのか、それを気にかけている傍観者は多いと川口さん。
先月14日には、習近平国家主席がビデオでメルケル首相に対して「old friend」と呼びかけ、餞別の辞を贈った。old friendは中国では最大の敬意のこめられた言葉だそうだが、メルケル政権の16年にわたる努力のおかげで、ドイツ経済と中国経済は二人三脚で、ともに目眩(まばゆ)いほどの経済発展を果たしたのだから、これはただのお世辞ではないと。
2007年、首相になって間もなかったメルケル氏はダライ・ラマを官邸に招いたことで、中国より長期にわたって激しい抗議を受けた。以来、メルケル氏の中国に対する人権問題への言及はポーズだけとなった。中国を変えることはどのみちできない。だったら仲良くして儲(もう)けるのが一番というのが、以来、ドイツの国是であると川口さん。
2016年から昨年まで、中国はドイツにとって最大の交易相手だ。中国市場なくしてドイツの経済発展はあり得なかったし、これからもあり得ない。
華やかな成功といえるドイツの対中政策だが、問題が少なくとも2つあると。
1つ目は、自分たちが儲けることだけを考えて、EUとしての対中政策を怠ったこと。
中国は、「一帯一路」プロジェクトの一環として、東欧やバルカン諸国の17カ国ものインフラに多額を投資。ドイツのその間隙を縫って、17カ国のうちの12カ国をEU加盟国で獲得。
2つ目の問題は、ドイツ経済の行き過ぎた中国市場依存。特に自動車産業はすでに中国の言いなりだし、多くのサプライチェーンは中国に完璧に依存。
さらにメディアも中国のマイナス面を取り上げることには消極的で、そのため、これだけ中国の影響がドイツ社会に入り込んでいるにもかかわらず、国民の間でそれが危機として意識されていない。
当然、香港も、ウイグルも、台湾も、ドイツ人にとっては、どれも遠い話。
メルケル首相の対中政策の極め付きは、EU中国包括的投資協定だと川口さん。
メルケル氏が自分の力が及ぶ最後のチャンスを利用して強引にまとめたものだ。これによりメルケル氏は、それまでの親中政治を、自分の引退後も動かぬものにしようとしたと言われる(ただし、現在、欧州議会が対中ブレーキを引いており、批准に至るかどうかが分からなくなっている)と。
こういう経緯があるからこそ、メルケル後のドイツがいったいどちらに舵を切るのかと皆が興味津津になっているわけだが、川口さんは、ドイツの対中政策は大きく変わる余地は少ないと見るのだそうです。
新政権に緑の党が加われば、人権問題を責め立てるだろうし、自民党は市場開放を叫ぶに違いない。しかし、中国を怒らせて困るのはドイツの産業界だ。中国攻撃の行き過ぎは、ドイツ企業が許さないはずだと。
一時、歓迎されたドイツのフリゲート艦のインド太平洋地区への派遣も、よく聞いてみると1993年建造の船で、しかも、航行は商業航路のみ。中国が領有を主張している島々には近寄らず、台湾海峡も避けるというから、中国に対する気の遣いようは大変なものだ。それどころか、メルケル氏のたっての要望で上海への寄港も検討していたが、それは中国に断られたという。
完全に中国に首根っこを押さえられているメルケルさんと言う事ですね。
いずれにせよドイツの新政府の悩みの種は、どうすれば米国の地雷を踏まずに、中国とうまく商売を続けられるかだ。
そんな折、バイデン政権が対中政策を軟化させてくれているのは嬉しい誤算? と川口さん。
日本の抱える中国依存問題もドイツのそれと瓜二つだ。一刻も早く、大切な産業を日本の手に取り戻せるよう、政府には最大の援助をしてほしいと。
# 冒頭の画像は、東京に寄港したドイツ海軍のフリゲート艦「バイエルン」
独艦艇20年ぶり日本寄港 インド太平洋に関与強化 - 産経ニュース
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