毎日がしあわせ日和

ほんとうの自分に戻れば戻るほど 毎日がしあわせ日和

思い出すだけ

2013年03月29日 22時22分47秒 | ふと思うこと
前の日記、いささか尻切れトンボだったかな?

ふとわれにかえって、「長すぎたぁ~」って焦っちゃって(^^ゞ



で、続きです(笑)



私が「外側の世界」などと呼んでいるのは 五感で捉えることのできる世界、そして「言葉」はこの世界の必須アイテム。

ところが、この五感と言葉、私たちの暮しに重要な位置を占めている割には 頼りないアイテムなんだなぁ(^_^;)



人は 五感の中でもとりわけ視覚優位と言われており、一説によれば 五感の情報の約8割を視覚が占めるのだそうです。

しかし。

人間の目が錯覚を起こしやすく、また脳内補完によってないものをあるように見てしまったりするのは有名な話。

こんな画像を見たことある方も多いのではないでしょうか。

あとの4つの感覚も そうそう当てにはなりません。

聞き間違いもすれば、最初氣づいた匂いも しばらく経つと鼻が慣れて感じなくなったりするし、鼻が効かなくなれば 味覚だってあやふやになる。



そして、言葉。

きのうもちょこっと書いたけど、言葉って 知らず知らずのうちに 過去の情報が大きく影響しているんですね。

同じように柿を見ても、美味しい柿の思い出を持つ人はにっこりするだろうし、渋柿の思い出が強烈な人は顔をしかめるでしょう。

二人の人が「リンゴね」「うんうん、リンゴね」と共通の話題に頷き合っているつもりでも、ひとりが思い浮かべているのは赤リンゴで、もうひとりのは青リンゴかもしれない。

「秋」という字に、豊かな実りや美しい紅葉を連想する人もいれば、夕暮れ時の物悲しさを思い出す人もいる。

言葉には、ほとんど無意識のうちに 過去の体験から想起されるイメージがついて回る。

そして人は、言葉が指し示す物や事そのものよりも、言葉に抱いているイメージの方に反応するんですね。

過去の体験はひとりひとり違うから、当然言葉についてのイメージもひとりひとり違う。

でも、同じ言葉を使っていると、ついつい相手も自分と同じものをイメージしているように思い込んでしまい、そこに誤解やすれ違いが生まれる。

しかも、そのことに氣がつかない場合が多いんだ~



言葉は 五感の世界のアイテム。

だから、五感で捉えられる情報なら、コミュニケーションもまだなんとか成立しやすい。

どうしてもうまく伝わらないと感じたら、現物を見せるという手があるし。

前述のリンゴの話だって、目の前にリンゴを置いての会話なら、そこまで大きな勘違いは生まれないでしょう。

が、言葉には「そこにないものでも話せてしまう」という性質があります。

足のある魚だろうと 羽根の生えた象だろうと、言葉上は生み出せてしまう。

魚や象なら「そんなの見た人いないでしょ」と言えるけれど、これが五感を超えた世界の話となったら。。。(^◇^;)

五感で確かめ合えない以上、相手のイメージを誤解なく受け取るのは至難の業、っていうか まず不可能



愛、神、本質、真理。。。こういう言葉のイメージって、柿やリンゴの比ではなく ひとりひとりに大きな違いがあると思います。

それを、「これがただひとつの正しい答え」として言葉の世界で広めようとする・・・混乱や争いが起きないほうが不思議だよね(T_T)



一方で。

言葉や理屈を超えたところで感じる力というものもある。

口ではいいことばかり言っているのに、なぜかいい印象を受けない人に会ったことある人も多いのではないでしょうか。

また、風呂桶に水を汲みかけて忘れていて、はっと氣づいて飛んでいったら、ちょうど溢れる寸前だったとか。

分かれ道で、正しいはずの道を行こうとしながら なんかもう一方の道が氣になるなぁと思っていたら、そちらの道のほうが正しかったとか。

学習して得た知識とは違う、理屈抜きの瞬時のひらめき。。。かすかだし強引さも圧迫感もないのに、不思議と氣になる 声なき声。



人間以外の生き物は、いちいち教わらなくとも、最初から多くのことを知っている。

いつどのように花を咲かせるか、どうやって繭を作りサナギになるか、どんなふうに巣を作り 子どもを育てるか。

そして、これも前に書いたと思うけど、人間だって、まだ細胞数十個の受精卵のときに、自力でお母さんのおなかの中を転がっていって、ここぞという場所にしっかり着床する力を持っている。。。脳も目もなく、まだ人の形でさえないのに。



成長するにつれて忘れてしまうけれど、言葉ではつかめない「内なる答え」も、それを感じ取る力も、私たちは初めからちゃんと持ってるんだよね

外からは決して得られない、常に過不足なく完璧な答え。

わずかでも信じる氣持ちがあるなら、あとは思い出すだけ、それぞれの道のりで、それぞれのやり方で。

力になってくれる情報は、今の世にはいっぱいあるから(^^)

私にとっては、「ONE」もそのひとつ、ということなのです