毎日がしあわせ日和

ほんとうの自分に戻れば戻るほど 毎日がしあわせ日和

あらゆる問題の根底に潜む お金 ・ 時間 ・ 法律にまつわる催眠を解く ~ その3

2019年11月24日 11時20分09秒 | 貴秋の視点、すなわち偏見



世の中には、才を生かし苦難に打ち勝って時流の波に躍り出た “成功者” と呼ばれる人たちがいます。

俳優、タレント、芸人、スポーツ選手、学者に起業家、その方面に疎い貴秋でも次々名や顔が浮かぶほど、そういう人たちに当たるスポットライトは強烈なのでしょう。

その華やかさにすごいなぁ、きらびやかだなぁ、と溜息が出ますが、そんなすさまじい競争を勝ち抜いてきたであろう彼らが真摯でひたむきであればあるほど 同時に痛ましさをも感じてしまうのは貴秋だけでしょうか。
 
彼らの多くは決して看板倒れではない、持って生まれた才能をたゆまぬ努力で磨き上げ 崇められる地位に上り詰めたのだと感じます。

そんな彼らの輝きさえ一介の商品に貶めてしまう、それが現行のお金のシステムというもの。




「視野狭窄」 とは通常目の疾患を指す医学用語として使われるようですが、これが 「心理的視野狭窄」 となると、精神的に苦しい状態が続いて通常の思考ができなくなり、解決策が見つけられないままどんどん追い込まれてゆく心理状態をいうようです。

これを貴秋なりに言い換えると、引きの視点 ・ 人生という物語の作者としての視点を忘れた状態のことといえそうです。

迷路を俯瞰で見ればゴールまでの道のりは簡単にわかるのに、中でさまよう視点しか持たないので 袋小路に突き当たると出口のない部屋に閉じ込められたように思い込んでしまう、そんな心持ちのこと。

現代は、お金の不安や恐れから 世界を挙げてこの心理的視野狭窄に陥っているように見えます。

お金がなければ食べ物も買えず家も持てず 人としての尊厳も命も守ることができない、だからなんとしてもお金を稼がなければならない、そんな強迫観念に個人も企業もとりつかれ がっちり縛られているようです。

そんな恐れる人々が、現行のお金のシステムを下から支えているのです。




今年やたらとスポーツ協会の腐敗や芸能プロダクションの搾取についてのニュースを目にした氣がしますが、協会であれ会社であれ 組織の長がこのお金にまつわる心理的視野狭窄に陥っていれば、こうなるのはある意味とても自然なことといえます。

トップとしての地位をいかにうまく使って利益を確保し身を守るかというところに意識が貼りついてしまうのは、この美味しい地位を失ったら自分はどうなるか。。。。という恐れと背中合わせ。

こうなると、どんな素晴らしいアーティストもスポーツ選手も学者も技術者も 自分のゲームを優位に進めるための持ち駒としか見えなくなってしまうのも不思議ではありません。

人間だけでなく、他の生物も資源も どんな美しい景色も豊かな環境も すべて利益を確保し身を守る道具としか見えなくなる、そんな意識の蔓延が地球をいまのようなありさまにしたのだと 貴秋には思えます。




では、ごく一握りの “真の権力者” の人たちはどうかといえば、彼らこそいまもっとも大きな恐れを抱いているのではないでしょうか。

ここでいう “真の権力者” とは、たびたびニュースに名前が挙がる政治家や億万長者のことではなく、もっと奥の世間から見えないところでつねに命令を出す側に回り 実質的に世界を動かしている人たちのことです。

こういう人たちの情報はほとんど表に出てこないし 無論知り合いにもいませんから憶測でしかないのですが、いまもっとも精神的に追い詰められているのは彼らなのではないかという氣がします。

そもそもてっぺんに上り詰めればあとは落ちるしかないところへもってきて、分離から統合へと向かうこの 「かえり」 の道は、彼らに逆風となって吹きつけることが多いようです。

マッチポンプで戦争にもってゆくとか、いたいけな子どもに糾弾させることで世論を動かすとか、政治的にマズイことが起こるとタレントのスキャンダルで目をそらすとか、庶民のデモに権力者側の人間を紛れ込ませてわざと煽って暴動に持っていくとか、大手マスコミはまず取り上げない彼らの手法も いまのネット社会ではけっこう簡単に広がってしまう (もちろんすべてを鵜呑みにはできませんが) し、これまでなら隠しおおせたであろう不祥事も なぜか明るみに出ることが多い。

ちょうどローマ法王がお見えになっているときになんですが、カトリック教会の性的虐待問題なども記憶に新しいところです。

 


権力者だろうと庶民だろうと 現行のお金のシステムの下で幸せになれる人などいない、これが貴秋の結論です。

しかも、もう幸不幸の問題だけでは済まないところまできているようです。