落穂日記

映画や本などの感想を主に書いてます。人権問題、ボランティア活動などについてもたまに。

『遺言─桶川ストーカー殺人事件の深層』清水潔

2004年03月16日 | book
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先日読んだ『桶川女子大生ストーカー殺人事件(鳥越俊太郎&取材班)』の中で、鳥越氏が事件に興味を持ったきっかけがフォーカスの記事だったと云う記述があり、その後フォーカスでこの事件を担当した記者の手記があることを知り、読んでみました。
犯人逮捕後に埼玉県警の不正を暴く過程を書いたのが『桶川女子大生ストーカー殺人事件』とすれば、『遺言』には事件発生から被害者の元交際相手の死までが書かれています。

参考までに事件の経緯を日付で追ってみると以下のようになります。

99年10月26日 事件発生
99年12月19日 実行犯逮捕
99年12月21日 フォーカス、実行犯のスクープ写真掲載
2000年1月27日 被害者の元交際相手の遺体発見
2000年3月4日 「ザ・スクープ」“桶川女子大生殺害事件の真相 第1弾”放送
2000年4月6日 埼玉県警、不正行為に関与した警察関係者を処分
2000年5月18日 ストーカー規制法成立

すなわち99年10月26日から2000年1月27日までを中心に主に加害者である被害者の元交際相手周辺を取材した記録が『遺言』、それ以降被害者遺族と警察を取材したのが「ザ・スクープ」と云うことになります。
フォーカスが第一走者、ザ・スクープは第二走者、ってカンジです。

この事件では警察よりも先にフォーカスが実行犯を特定していたことが既に知られていますが、この本を読む限りでは、清水記者はとりたてて特別なことは何もしていません。あっと驚くようなトリックもなければ、政治力を駆使したり大金を積んで誰かを買収したりもしない。書いてないだけで本当は何か“マジック”を使ったのかもしれないけど、さっと読んだ印象ではそんな風には感じない。取材に応じてくれた関係者の話に真摯に耳を傾け、元交際相手とその仲間をひたすら地道に追い続けた、それだけのことです。非常にマトモにごくフツウに事件と向き合い続けた結果辿り着くべくして実行犯に辿り着いた、その決して華麗とは呼べない、苛酷で壮絶な軌跡がこの本には書かれています。
と云うことは、一介の週刊誌記者の能力の範囲内で出来たことが、なぜか大手新聞社にも百人体制の捜査網を敷いた警察にも出来なかったことになる。そこに記者は怒っている。そんなんどー考えてもおかしいやんけ、と。

ところどころでヒロイックに流れつつも臨場感に溢れた文章には怒りが漲っています。
文中、記者は「何がこの事件に自分をこれほどのめりこませるのか」何度も自問していますが、それはやはり“怒り”なのではないかとぐりは思います。
金を使って罪もない被害者を責め苛み容赦なく殺した元交際相手への怒り、自らの保身にのみ汲々としてロクに捜査しない警察への怒り、被害者側の証言よりも警察発表に踊らされるマスコミへの怒り。
記者は事件直後、被害者の親しい友人にインタビューし、被害者がどんなに酷いめに遭っていたか警察がどれだけ頼りにならなかったか、事件に至るまでのいきさつを記録を元にした克明な証言として得ています。その証言を読むだけでこちらまで真剣にハラが立って来るくらいですから、取材した記者だって相当アタマに来た筈です。こんなことが許されてたまるか、このままで済ませるワケにはいかない、と。怒りゆえに、同情でも正義感でもなくただただ事件に解決して欲しい、被害者の無念を晴らしてあげたい、改めて声高に主張するまでもなく人としてごく当たり前の感情ゆえに、記者は事件を追いかけたんじゃないかと思います。

考えてみれば、こんなことが許されてたまるか、このままで済ませるワケにはいかない、と云う怒りこそがこれまでの人間の歴史を動かして来たのかもしれません。階級制度、人種差別、人権運動・・・、それらの歴史の1ページに、フォーカスの記事はストーカー規制法と報道被害問題と云う大きな足跡を残したのかもしれません。
清水記者の取材自体はヒジョーに地味ですが、読み物としては大変面白い本です。思いもかけない、驚くようなことがいろいろと書かれています。それらの情報は勿論他のメディアでは報道されてない筈です。強いて『桶川女子大生ストーカー殺人事件』(「ザ・スクープ」)とどっちがお薦めかと云えば『遺言』の方かなぁ。出来れば両方、「ザ・スクープ」の方から読むと分かりやすいと思います。