落穂日記

映画や本などの感想を主に書いてます。人権問題、ボランティア活動などについてもたまに。

11年めの涙

2006年06月24日 | play
『舞台|阪神淡路大震災』

その日、6時にもならない早朝にうちの電話が鳴ったとき、私も妹もまだ寝ていた。
電話口まで起きだしたがベルはもう止んでいる。「こんな時間にかけてくるのは実家しかない」と妹がいい、早速かけなおしてみたがつながらない。何度かけてもダメ。TVをつけてみると、NHKではもう地震のニュースをやっていた。映像も具体的な情報もなく、ただ大きな地震があったらしいことしかわからない。
何度も何度も実家に電話したが一向に繋がらない。8時になるころか、被災地方面への電話が殺到し回線が飽和状態になっているので電話を控えてもらいたいという報道が始まった。そのころには大規模な火災や倒壊した高速道路の映像が流れていた気がする。
10時過ぎに実家の方から電話があり、家族も親戚もみな怪我もなく無事で、自宅にもほとんど被害はなく心配はいらないという。それを聞いてぐりは大学に出た。卒業制作の〆切まで1週間をきっていたのだ。妹は試験前で講義がなく家にいたが、ぐりの友人知人が何人も心配して電話をくれたそうだが、ぐり本人が大学へいったと聞いてみな呆れていたという。
ぐりが実際に被災地を訪れたのは、無事に卒業制作を仕上げ都内美術館での展覧会も終わって卒業が決まった、地震から1ヶ月以上後のことだった。JRは不通のままで、途中から振替のバスに乗った。兵庫県内に着いたのは夜のことで、見渡す限りべったりと瓦礫の山と化した街には灯りがまったくなく、思春期の思い出がいっぱいつまった神戸の街は文字通り完全に死んでいた。言葉もなかった。涙も出なかった。その瞬間そこにいなかった自分には、今さら泣く資格もないなと思ったのをよく覚えている。
それが、ぐりの「震災」の記憶だ。

この戯曲を書いた岡本貴也氏はぐりとちょうど同い年で、やはり震災時は大学生で都内にいた。震災のとき被災地にいなかった「被災地出身者」として、どうしてもあの震災をもっと知りたい、わかりたいという思いでこの作品を書いたという。
上演中、何度も泣いた。
この舞台は、主人公どころか個人名を役名にもつ登場人物さえいない、凄まじい数の名もない人々が織りなす群像劇だ。ハッキリとしたストーリーもない。物語を「語る」のではなく、劇場に被災地を再現し、観客に「被災」を疑似体験させるのを目的としてつくられているからだ。それはおそらく、この作品を書いた岡本氏自身の強い欲求でもあったのだろう。愛する故郷の人々と、その恐怖と悲しみと悔しさを同時に共有できなかったという悔恨を、被災した人・しなかった人も含め観客全員と分けあいたかったのだろう。
そういう意味で、これは確かに舞台でしか決してできない表現だし、戯曲としても非常に優れた作品だと思う。あのときの轟音と暗闇の恐ろしさ、被災者の言葉にならない絶叫と怒号と泣き声の悲痛さ、避難生活の惨めさ、孤独、怒り、虚しさ、痛み、せつなさ、やるせなさ、そんなあふれるような感情が、雪崩のように舞台から客席へと暴力的に押し寄せてくる。ひたすら圧倒される。
エピソードのひとつひとつが非常に生々しい。大規模な火災が起きて、目の前に家屋の下敷きになっている怪我人がいるのに助けられない。助けを求めるかぼそい悲鳴が報道のヘリの音にかき消されてしまう。救急車も自衛隊もあてにならない。まだインターネットも携帯電話も今ほど普及していなかったあのころ、水もガスも電気も電話もとまったまま孤立し救援物資も行き届かない自宅避難民もいた。警官も区役所員も医者も被災していた。同じ被災者同士、避難所のボランティアとの間にも「温度差」があった。
そこに描かれているのはただのパニックではない。人間そのものでもある。自然の暴力の前に、ただただ愚かで脆弱で無力で矮小な生き物。それでも互いをいたわりあい、感謝し、立ち直ることもできるのが人間だ。
凄惨で単純に教訓的なだけでなく、希望にもあたたかさにも満ち、かつ現実の厳しさも描かれている。常に大規模地震の危険性に怯える日本に住む人なら、誰もが観るべき舞台ではないかと思う。

兵庫県はこの震災の復興に膨大な予算を費やし、また地場産業が復興しないうちに他の産地にマーケットを奪われ、慢性的な不景気に今も苦しんでいるそうだ。
また、震災によって古くからの住民が地元を離れ、代りによそから移ってきた住民もいて、コミュニティ自体の均衡にも変化が生まれているという。
復興復興というが、一旦徹底的に壊れてしまった街はそうそう簡単に元通りにはならない。というか、決して元には戻らないのだ。
その苦悩が、この舞台を通して、ひとりでも多くの人に伝わるといいなと思う。心からそう思う。
だから、ひとりでも多くの人に、この舞台をみてほしい。ぐりもまた観たい。

東京公演は27日まで。来年のツアーも現在計画中だそうだ。是非我が街でこの舞台を観たい、という方はこちらでお問い合わせを。

「舞台 阪神淡路大震災 全記録」 岡本貴也著 三修社刊
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