落穂日記

映画や本などの感想を主に書いてます。人権問題、ボランティア活動などについてもたまに。

祈りよりも

2006年09月05日 | movie
『ユナイテッド93』
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すごいよくできてます。いささかよくできすぎてて却って落ち着かないくらい。観ている間中、「これはどこまでがノンフィクションでどこからがフィクションなのか」が気になって気になって仕方がなかった。
あの日、ハイジャックされた4機のうちのユナイテッド航空93便だけが、本来のターゲットには到達せずに墜落したことは事実だ。そして離陸が遅れたためにテロ計画も遅れ、ハイジャックに気づいた乗客が地上の家族との電話から自分たちの乗っている飛行機がどうなるのかを知り、「何か」をしようとしたらしいことまではわかっている。
だが実際に機内で何が起こったのかは誰も知らない。テロリストも含めた乗員乗客全員が死亡したからだ。映画にはテロリストに抵抗した乗客たちがコクピットにまで侵入し操縦桿を奪い返そうとするシーンが描かれているが、公式調査では彼らはコクピットに入ることはできなかったという結論が出ている(劇場用パンフレットには別のことが書いてあるが)。それもまた「事実」とはべつの話ではあるのだが。
この映画をみていて落ち着かないのは、推測に基づいた創作部分が、生きた証言者がいるノンフィクションのパート─各地の管制塔・航空局・防空指令センター。それぞれのパートには当時勤務していた本人も数人出演している─にも増してリアルに描写されていて、一見あたかも両者が同等に「現実」であるかのように感じさせられるからだ。
しかし映画は映画だ。どんなにリアルにみえても、目撃者のいない再現ドラマはあくまで再現ドラマでしかないはずだ。この映画を観た人間がハッキリ意識すべきなのは、93便の乗客でも誰でも、テロの犠牲者をむやみやたらにヒーロー視することの危険性ではないだろうか。
彼らがヒーローであろうがなかろうが、テロリズムはテロリズムでしかないし、亡くなった人は永遠に亡くなったままだ。生きている人間たちが、勝手な理想を亡くなった人に押しつけるべきではないと、ぐりは思う。

観ていて悲しくて悲しくて、何度も何度も涙が出た。
我々はあの日彼らがどうなったのかを知っている。でも画面の中の彼らはそれを知らない。乗務員にとっては日常の職場だった飛行機、乗客たちにとっては仕事先や旅行先や家庭に向かう交通手段にすぎなかった飛行機、それが巨大なミサイルに代わろうとは、それまで誰に想像できただろう。そんなこと思いつくのは頭のおかしいテロリストだけだ。そういう人間が世の中にいることを、我々は今では知っている。まさに、あの日を境に世界は変わってしまった。
実は日本人はこれよりも前に、公共交通機関が無差別殺人の道具になり得ることを知っていた。1995年の地下鉄サリン事件。ぐりはこの映画を観ている間、地下鉄サリン事件をモチーフにやはりセミドキュメンタリー形式で撮影された是枝裕和の『ディスタンス』を思いだしていた。あの映画はテロそのものではなく実行犯遺族のその後を描いているが、地下鉄サリン事件もアメリカ同時多発テロ事件も、狂信の果てに「世界を救うため」に実行された点は同じである。『ディスタンス』に登場する実行犯たちも、真剣に「世界を救おう」としていた。暴力で解決するものなどこの地上のどこにも存在しないというのに。
『〜93』は冒頭、テロリストの祈りの声から始まる。劇中でも、テロリストも乗客もそれぞれの神に必死に祈り続けていた。おそらく彼らはそれまでの一生でそれほど強く激しく祈ったことはなかっただろう。それほど、祈りの声はせつなく、絶望的だ。
結局はどの神にも彼らの祈りが聞き届けられることはなかった。聞き届けられたのは、彼らが家族に向けて発した「愛している」という電話越しの声だけだった。
つまるところは、どれだけ神に祈っても、ほんとうに相手に届くのは生きた人間に対する愛の方だということだ。世界を救うのは神でも暴力でもない。
できることなら、そのことをもっとハッキリ表現して欲しかった。

あと例によってテロリストの台詞に字幕があったりなかったりするのはどーゆーことなのか。やはりイスラム過激派が登場する『ミュンヘン』もそうだったけど、そこすっごい疑問でした。

アメリカ同時多発テロ事件(ウィキぺディア)