落穂日記

映画や本などの感想を主に書いてます。人権問題、ボランティア活動などについてもたまに。

わたしを忘れないで

2007年03月10日 | movie
『叫』
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デパートの化粧品売り場で販売員さんと話していたら、館内のBGMが『雨に唄えば』に代わった。
外で雨が降り出したらしい。このデパートでは雨が降ってくると『雨に唄えば』が流れるのを、前に教えてくれたスタッフがいたのだ。「傘持ってこなかったのに」というと、彼女も「私も。予報で降るっていってたんですけどね」と答えた。
外に出ると既に雨は止んでいたのだが、その後映画を観終わって席を立つ時、忘れ物がないかバッグを覗いたら、赤い折畳みの傘が入っているのが見えた。いつも通勤バッグに入れっぱなしにしているカードタイプの軽量傘だ。
今日持って出たのはその通勤バッグではない。出がけに普段のバッグから休日よく使う小ぶりのショルダーバッグに財布と化粧ポーチ、タバコとライター、携帯電話とペンを移し替え、洗濯したハンカチを入れたことは覚えている。でも、TV(=天気予報)をみないぐりが、いつどういう発想で折畳みの傘をそこへ入れたのかはどうしても思い出せない。

こんな具合に、人間の記憶とはきわめてあやふやで頼りないものだ。
覚えているはずのことが思い出せない。忘れるはずのないことを忘れる。
逆のこともある。覚えていたくないことを、人間は「忘れた」ことにしてしまうことができる。その方がラクだから。というか、この能力があるからこそ人間は正気を保って生きていられるのだろう。覚えておく必要のない情報は自動的に記憶の表層から削除されていく。 その取捨選択の基準には、「覚えていたくない」「忘れたことにしたい」「できればなかったことにしたい」という逃避願望も含まれている。相手がどん?ネに「覚えていてほしい」「忘れないでほしい」と切実に願っていても、人はしばしば自分が「覚えていたくない」「忘れたい」ことをさっぱ?閧ニ忘れてしまう(そううまくいかないこともあるけど)。一旦「忘れて」しまったら、記憶の方から「おまえはそれを忘れていてもいいのか?H」と問われでもしない限り、それはいつしかほんとうに「なかったこと」になってしまう。
実際には人間の脳は「忘れる」ってことはないらしいけどね。自分の意思でその記憶を意識の上に引き出せないだけで。ということは、人間は自分の意思でどうしようもない膨大な“記憶”という別の“自己”を抱えて生きているということになる。
『叫』はそんな“人間の記憶という暗く得体の知れない深い海”についてのサスペンスホラーだ。

もーーーーーお、チョー怖かったよおー。なんつうかねえ、誰が怖いとか、話が怖いとか、そういうことじゃないのよ。世界観が怖いのよ。黒沢清だからねー。
観てる間じゅう、「あなたはどうなの?え?あなたは自分がやったこと全部覚えてられる?ホント?責任もてる?忘れたことにして、忘れたフリしてること、ないの?ねえ?」とゆー、ドスの利いた葉月里緒奈の声が頭の中でわんわんと鳴り響いているよーな気分だった。今も?ソょっとそんな気分かも。
葉月里緒奈コワかったあ。ある意味「貞子」っぽい。キャッチーな衣装とか、すさまじい形相とか。
“思い”が伝播するという部分は『リング』に通じるところはあるけど、たぶん『叫』の怖さは『リング』みたいには若い子や子どもにはわからないんじゃないかな?この主人公吉岡(役所広司)の「オレは何をやったんだ?いや、オレは何も知らないはず・・・アレッ?」という、自分で自分を信じられない、記憶の頼りなさからじわじわと広がる恐怖感って、やっぱ物忘れを自覚している、“老化”が始まった後の世代でないと実感涌かないんじゃないかな?どうでしょう?

予告編は例によってメチャクチャだったけど、本編そのものは期待通りおもしろかったです。
シナリオがすんごいミニマムになってて、黒沢清も巨匠化してんなとは思いましたが。そこは好き嫌いの分れるところかな?ぐり的にはもちろんOKッス。
美術も音響設計もいうことなし。いうことがあるとするなら、いささかキャスティングが豪華過ぎってことくらい。オダジョーとか加瀬亮とか全然出てこなくてよかったもん。つかむしろもっと誰だかわかんない人のがよかったかも。あの役柄なら。野村宏伸はまたどーしよーもないボンクラ役がハマってておかしかったけど。
葉月里緒奈は素晴らしかったです。怖さも含め。この人、けっこう好きなんでもっと活躍してほしいんだけどね。