落穂日記

映画や本などの感想を主に書いてます。人権問題、ボランティア活動などについてもたまに。

残酷な神が支配する

2007年11月13日 | movie
『題名のない子守唄』
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冒頭に、わざわざ監督自身の言葉で「この映画は結末に楽しみがあるので、観た人は結末を他言しないように」というテロップがでる。
けどこの映画、どんでん返しに次ぐどんでん返しの連続で、一体どの箇所から後が監督のいう「結末」にあたるのかがよくわからない。
ぐりがここに普段書くレビューは基本的にネタバレはしないようには意識してるけど、この映画に関してはちょっと自信がないです。なのでこれからこの映画を観る予定のある人はくれぐれも今日のレビューは読まないように。

イタリア映画の味わいはカフェアッフォガートに似ている。
こってりしたバニラジェラートに煎れたてのエスプレッソコーヒーをかけたデザートのように、あたたかくて冷たくて、芳醇に香り高く、まろやかに甘くてほろ苦い。オシャレなんだけどハートウォーミングで、笑いもあって涙もある。感動的でありつつ同時に芸術的でもある。
ジュゼッペ・トルナトーレはそんななかでも、思いっきり深煎りした豆でいれたエスプレッソの香りが濃厚に漂うようような、苦味の強い悲劇を撮る作家だ。
ぐりは彼がカンヌで審査員特別賞を受賞した『ニュー・シネマ・パラダイス』が大好きなのだが、おそらく世間的にはアレはただひたすらメロメロに甘いメロドラマというような印象を持っている人が多いんではないかと思う。ぐりも最初に劇場オリジナル版を観たときはそう思ったのだが、後で公開されたディレクターズカット版を観て驚いた。話が全然違うから。
初めてDC版を観たときは、長いしくどいし、オリジナルバージョンの方がわかりやすくて好きだと思ったけど、今ではその長くてくどい方が好きだ。彼が映画にこめたかった本当のメッセージは、ワインスタイン兄弟にバッサリと切られてしまった「長くてくどい」=苦味部分の方に表現されていたのだ。
それがなんであるかを言葉で表わすのはとても難しい。ぐりは言葉で言い換えられない表現をする映画作家を最も尊敬しているけど(關錦鵬スタンリー・クァンやアトム・エゴヤンがそうだ)、そういう意味でもトルナトーレの映画はいつも素晴しい。彼の映画には、彼の映画でしかいえないメッセージがしっかりと描かれている。

トルナトーレにとって6年ぶりになるこの映画は、初めは一見サスペンスかスリラーのようにみえる。
ウクライナ人だというミステリアスなヒロイン(クセニア・ラパポルト)は前半ほとんど台詞もなく孤独に謎の行為を繰り返す。ボロボロのアパートを大枚を払って借り、向かいのマンションの管理人に手数料まで払ってとりいる。彼女のターゲットがマンションに住む金細工師一家であることは容易にわかるのだが、彼女のそもそもの目的はなかなかみえてこない。少なくともカネや好奇心のためではないことだけははっきりしているのだが。
なので物語が単純に前進していかず、あちらこちらに思わせぶりな伏線がこれでもかと張り巡らされる。彼女の悲惨な過去のフラッシュバックも、単純に物語の方向を示してはいない。
しかし実際に人の人生というものにはそうした迷走はつきものなんじゃないかと思うし、主人公が異国人で女性ならむしろこうしたストーリー展開もリアルに感じる。
彼女自身にさえ、目的なんかわかっていなかったのだ。ただただ、娘の姿をみて、声を聞いて、肌に触れて、そばにいて、成長を見守りたかっただけで、その欲求に、目的なんかいらなかったのだ。

そんな女心/親心が甘いジェラート部分なら、この映画のエスプレッソ部分は先進国における外国人への性的搾取の苛酷さだろう。
アメリカでも社会問題として注目を集めている人身売買産業だが、どういうわけかあまりマスコミでは騒がれないけど日本にも世界的に大規模な人身売買マーケットが存在している。
この映画で描かれるのは最近クローネンバーグが撮った『Eastern Promises』でもとりあげられたロシアン・マフィアによる人身売買の実態である。売春、風俗産業などというなまやさしい話ではない。文字通り、すべての尊厳を剥ぎ取られ家畜として売り買いされた人間の、そのなれの果ての悲劇である。
苦いの苦くないのってそりゃ苦いですよ。キビシイっすよ。人が人にこんなに残酷になれるってことが怖い。でも人の欲に際限がないのなら、欲のためにいくらでも残酷になれるのも人間なのだろう。子どもがほしいとか、若くて綺麗な女の子とイチャイチャしたいなんて欲望は誰にでもあるだろうし心の中でそう思うだけなら罪ではないけど、その欲望にも値札がつけられるとしたら、人身売買はその時点で他人事ではなくなる。そして他人事では済まされない人身売買とは一体どういうことなのかを、ひとりの女性の生き地獄を通じて描いたのがこの『題名のない子守唄』なのだ。

トルナトーレの過去のどの作品よりも社会派でちょっとトーンの違う映画だけど、ぐりはこの映画すごく好きです。
社会派ドラマなのにこういうアプローチをするところがまたトルナトーレらしいと思う。