落穂日記

映画や本などの感想を主に書いてます。人権問題、ボランティア活動などについてもたまに。

横たわる三日月たち

2015年12月24日 | movie
『ひつじ村の兄弟』

牧羊で生計をたてる小さな村でスクレイピーが発生。村の羊をすべて殺処分することに決まったが、品評会で優勝したばかりのキディー(テオドール・ユーリウソン)は「貴重な血統を絶やしたくない」と当局の指導に非協力的で、困惑した保健所は隣家に住む弟グミー(シグルヅル・シグルヨンソン)に助力を求める。だが兄弟は40年間ろくに会話もしないほど仲違いしていた。
今年のカンヌ国際映画祭「ある視点」部門でグランプリを獲得したアイスランド映画。

アイスランドといえばビヨーク。火山の国で、ヨーロッパでも気候変動の影響を最も受けている。
それくらいのことしかわからない。
でもこの映画を観ていると、なんだか自分がそこに住んでるような気分になってくる。
全編とても静かで、ちょいちょい「これは大丈夫なんだろうか」と心配になるくらい、徹頭徹尾淡々としている。
とにかく台詞がない。ほとんどない。そして物語の展開が地味。めっちゃ地味。
けど、田舎の生活ってそんなもんなんだよね。日の出とともに起きて、家畜の世話をして、日が沈んだらごはんを食べて寝る。だいたいとくに人と話さなくてはならないようなことはあんまりなくて、思い通りにならないのが当たり前な自然との対話のなかで時間が過ぎていく。

展開がどんなに地味で画面が平和でも、人の心の物語だけはそうはいかない。
隣り合わせに暮しながら40年も交流のない兄弟の間柄は、とても平和とはいいがたい。どうして彼らの関係がそこまでこじれたのか劇中で具体的な説明はないけど、まあなんとなくわかるよね。兄弟だから、家族だからこそ受けいれがたい、許せない、めんどくさいことってあるよね。すごいわかるよそれ。わかりますよね。
どこの兄弟だって生まれつきこじれてるわけじゃない。でも気づいたらこじれちゃってることってあるじゃん。ありますよね。
そのこじれたふたりの間に、牧羊という仕事への愛情が流れている。ふたりとも羊が好きで、ほんとうに心から可愛がっている。ふたりの羊への愛がやさしくて、観ていて心があたたかくなる。
その愛ゆえに到達するラストシーンにはめっちゃビックリしたけど、なんだかものすごく共感してしまった。絵ヅラ的にはハッキリいって衝撃映像だと思うけど(w。

ところでスクレイピーは字幕では伝染病となってたけど、正確には変性病である。牛に発生するBSEで知られる伝達性海綿状脳症の一種で、治療法も感染経路も実際のところわかってないみたいです。
つーても劇中ではそういう説明もさっぱりない。そういうとこもちょっと心配になりました。
でもまあおもしろかったです。ハイ。
BSEや鳥インフルエンザなど家畜の感染症は発生すれば報道されるけど、発生したあと地元の人たちの身の上に何が起こるかまでは、一般消費者には知る機会がない。それがとても丁寧に描写されていて、モノの向こう側にいる人々の暮らしや人生の重さについてひしひしと感じることの多い物語でした。
それと、劇中でアイスランドの人たちが着てる服がかわいかった。みんな似たようなカウチン着てるんだけど、色使いが絶妙でかわいいの。ああいうの、ほしいなあ。



Manners maketh the man

2015年12月24日 | movie
『キングスマン』

養父率いるギャンググループとのトラブルで拘留されたエグジー(タロン・エガートン)は、幼いころ、父が亡くなったことを伝えにやってきた紳士(コリン・ファース)に渡されたメダルのことを思いだす。困ったときは裏の刻印に電話をかける、合い言葉は「ブローグではなくオックスフォード」。
世界最強の独立諜報機関のエージェント候補生になったエグジーの成長と、荒唐無稽な地球救済計画を目論む大富豪ヴァレンタイン(サミュエル・L・ジャクソン)との闘いを描いたスパイ・アクション・コメディ。

東京に住んでて何がありがたいって、ふつーとっくに上映が終わってるはずの映画が、だいぶ遅れても観れるってとこだよね。しみじみ。
この映画もずっと公開を楽しみにしてて、今日、やっと観れました。
あーおもしろかった。これこれ、こーいうのが観たかったさー。
ムッチャクチャだもんね。いちいちバンバン人殺しまくり。劇中でいったい何人死んだのか、もうぜんっぜんわかんない。勘定できないくらい、バッタバッタボッコボッコ殺す殺す。すんごいよ。でもコメディだからね。ファンタジーなの。
どこがファンタジーってとりあえず大量虐殺シーンのBGMがこれだから。

あと完全に007を皮肉ってる。コリン・ファース演じるハリーの人物造形とか、キングスマンの拠点や武器の仕様なんかもめっちゃ見たことある感じだったり、ラストシーンのエグジーの×××な展開とか、いちいち「スパイ映画ってこんなやろ?」っみたいなお約束がてんこもりです。ああおかしい。

スパイ映画は基本的にファンタジーであるべきというフォーマットを使って、より爽快に思いっきりそのファンタジーを心から笑い飛ばせるように作り替えるというウイットたっぷりな着眼点がほんとうにイギリス映画らしくて楽しかったです。
映像やアクションは香港映画のアクションものにすごく似てるかな。銃身固定の主観映像でアクションを表現したり、意味もなくメインキャラクターが義足だったり、その義足が武器に使われたり、そういうとんでもなさはなんだかジャッキー・チェンのアクションコメディを思いださせる。
一方で台詞がやたら長広舌でまわりくどいのはクエンティン・タランティーノ風。まずサミュエル・L・ジャクソンがわあわあ長台詞ふりまわしだしたら反射的にタランティーノ連想しちゃうよね。ゴメン先入観よね。
どっちもアクションコメディエンターテインメントの巨匠だから、そのテイストをがっちり受け継ぎつつイギリスのスパイ映画の枠にまとめてるのがまたエラい力技で、そこも気持ちよかった。

それにしてもコリン・ファースかっこよかったあ。50代なんだよね。どっかのスパイ・ヒーロー氏と違って相応に綺麗な歳の取り方してるよね。しかもこの人、文芸作品から歴史映画からめちゃめちゃ振り幅広い。かっこいいー。
他にもマイケル・ケインやらマーク・ストロングやら、イギリス映画といえば的に素敵な大人の男優がぞろぞろ出てて眼福でございました。